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史香、友達がいない事を心配されるの編

 史香の高校生活は滑らかに始まった。


 クラスメイト達は、土地柄なのか高校生になったからなのか、史香の中学の頃のクラスメイト達よりも、うんと落ち着いた子ばかりで安心した。

 これなら色恋がどうのこうのといった騒ぎに巻き込まれずに済むだろう。

 友達は……まだ出来ない。

 みんな近隣中学からの友人や知り合いで固まってしまって、引っ込み思案な史香はちょっとだけ孤立していた。

 それでも四月半ばには「おはよう」の挨拶くらいは交わせる様になってきたし、あと一歩という所だ。

 少し寂しいけれど、一人でいる気楽さを楽しむことにしている。

 時間が経つにつれてやせ我慢みたいになってきたけれど、仕方が無い。

 そういう訳で、寄り道する相手がいない史香は、祖母の家に真っ直ぐ帰る毎日が続いた。

 当然、帰宅時間は大体四時半頃となり、拍臣のお出迎えを受ける事となる。


(計算違いだった……)


 最初はそう思ったものの、拍臣が夕食前にだしてくれる一口オヤツが美味しすぎて、史香は彼への考えを変え始めていた。


 今日のオヤツはは三色団子だ。


「桜の塩漬け、寿甘すあま、ヨモギ。この三色は、桜の花と、残雪と、その下に眠る若葉を表現してるんですよ」

「へぇえ~」

「さ、どうぞ!」


 拍臣はそう言って、夕食の仕上げにかかる。

 史香は、お菓子を頬張るところを見られるのが恥ずかしかったので、彼が背を向けたり飾り付けに集中している隙を狙って団子を食べた。

 口いっぱいに優しい味と春の香りが広がって、まだ慣れない人達に囲まれている緊張や、これから挑む事になる学業からのプレッシャーが、頬の内側に消えていく。


(魔法)


 空のお皿を見つめ、真顔で思う。


(魔法のお団子)


 うむ、と、自分の思いつきに深く納得して、史香はお礼を言った。


「美味しかった。すごく……あの……おいしかった!!」

「そりゃ良かったです」


 拍臣は忙しかったのか、短くそう言ってチラリと笑った。


「おかわりはないですよ。また作ってあげますから」


 史香は、混ぜご飯の具と炊いたご飯を混ぜ合わせている拍臣の背に、黙って手を合わせた。

 そんな史香へ背を向けたまま、拍臣が尋ねた。


「ふーちゃん、友達出来ましたか?」

「え、ううん。まだ。みんな中学の知り合い同士で固まっちゃって、入りにくいんだ」

「わー、ボッチなんですね」

「ご、ゴールデンウィーク明けに野外学習があるから、そこで頑張る。拍臣君は働いていて友達と遊ぶ時間とかあるの?」


 どんな友達がいるんだろう。やっぱり友達も格好いいのかしら。

 史香は拍臣の友人像を思い浮かべ、尋ねた。


「ボクもこの辺りには友達いません。親しくしていた奴らは故郷にいます」

「え、そうなんだ。拍臣君もお家を出て来たんだね」

「おうち……うーん、そうですね」


 うん、と頷く拍臣を見て、史香はある事を思いついた。


(私と、友達になってくれないかな)

「私と、友達になってくれないかな」


 心の声が一字一句違わず口からも出てしまった。

 史香は、声に出すつもりの無かった言葉が口から漏れてしまうと、とんでもなく動揺する事を初めて知った。

 真っ赤になって俯いていると、拍臣が言った。


「あはは、考えておきます」


 史香は「友達になろう」という誘いに対し、こんな返事の仕方を初めて聞いたのでポカンとしてしまった。考えておきます、だなんて。

 拍臣は「ふふ」と柔らかく微笑んでいる。


(え、なんだろう。私フラれた人みたい)


 ちょっとショックだったけれど、その晩の混ぜご飯がとても美味しかったので、おかわりをたくさんしてから「ま、いいか」と思った。

 史香は「ふぅ」と満足の吐息をついて、お茶碗を食卓へ置き手を合わせた。

「ごちそうさまでした」

「ふーちゃんは、若いからハック~のご飯をたくさん食べられて良いわね」


 史香の旺盛な食欲を見守っていた祖母が、羨ましそうに言った。


「私もハック~のご飯をもっともっと食べたいわ。テレビで見るフードファイターとか本当に羨ましい」

「あはは、確かに際限なく食べていたいくらい美味しいよね。ふぅ、食べ過ぎた」


 明日は食事を絞ろうと反省しつつ、食器の後片付けをする。

 自分と祖母の食器をお盆に乗せ、台所へ向かった。

 食事をする居間から台所は、一畳もない程の床板の空間を挟んですぐだ。

 初対面の時、拍臣がオヤツを持って現れたのは、この出入り口の障子だ。

 障子を開け、小さな床板の空間の先の木戸を開けると、床が一段下がった台所に出る。

 史香は古い家のこういうちょっと面倒くさい所が好きだ。


「ほらほら、詰まってます」


 祖母が品数豊富なおかずの残りをお盆に乗せて、史香の後ろから付いてくる。

 史香の担当は食器洗いで、祖母はおかずの残りを適当な蓋付きの器に移したり、そのままラップにかけたりするのが担当だ。

 祖母は長年主婦をしていただけあって手早く自分の仕事を済ませると、ヤカンに火をかけてから、史香の洗った食器をテキパキと布巾で拭いていく。


「ふーちゃんが来てから、後片付けがとっても楽よ」


 祖母はそう言って嬉しそうだ。

 史香も「任せて」と笑って、祖母が拭いた食器を棚にしまった。

 祖母はありがとうと言った後、


「ふーちゃん、お友達はできた?」

「う、それ、拍臣君にも言われた」

「ええ。ハック~と二人で、ふーちゃんの帰りがいつも思ってたより早いねって話していたの。もっと、ほら、お友達と寄り道とかして遊んできてもいいのよ?」


 祖母と史香の間の約束で、門限は六時半に決めてある。

 けれど、史香がいつも四時半頃には帰ってくるので、祖母に遠慮して早く帰って来ているのでは、と、心配していたのだという。

 祖母も拍臣も、史香には友達が出来ている前提で、その先の友達付き合いの心配をしてくれていたらしい。

 しかし、史香はまだ友達を作れていない。


 友達なんてすぐできるよ!


 そんな風に宣言した訳ではないけれど、やっぱり、なんとなく不甲斐ない。


「まだ友達出来てないの」

「あら……何も言わないから、てっきり上手くいっているのかと思ってたわ」

「みんないい人たちばかりだけどね。ある程度輪が出来ていて、なかなか入り辛くてさ」

「そうだったの……それは、寂しかったわねぇ」


 祖母はそう言って、史香の頭を撫でた。

 史香は初め「もう高校生なのに」と、ビックリした。

 けれど、祖母の温かい手があんまり優しく撫でてくれるので、ちょっと鼻の奥がツンとした。


(そうだ。私、寂しかった)


 ヤカンの中の水が沸いてシュンシュン音が立つ中、祖母はしばらく史香の頭を撫で続けてくれた。

 史香はだんだん照れてきて、しかも泣きそうになってきたので無理に笑って祖母の手から離れた。


「大丈夫。友達が出来ないから、上手くいってないなんて事はないと思うし」


 友達の有無で学校生活の善し悪しを判断するのは、史香の言うとおり馬鹿げている。

 そうは言うものの、史香はやっぱり友達が欲しいのだけれど。

 拍臣にやんわり保留されてしまった事を思い出して、時間差で胸が詰まった。

 けれど、その事は祖母には言わなかった。

 雇い主への告げ口みたいになりそうで、イヤだったのだ。

 祖母は「そうね」と頷いて、ヤカンから茶葉の入った急須へお湯を注ぐ。

 あられ入りの玄米茶の優しい香りが二人を包んだ。

 二人はいつも、台所の作業台をテーブルにして食後のお茶を啜る。

 きちんと片付けた台所を眺めて飲むお茶は美味しい。

 そして、開け放した出窓と勝手口から入って来る春の夜風が気持ち良い。

 冬になったら寒くて出来ないだろうけれど。

 香ばしいお茶を飲みながら心を落ち着けて、史香はふと、今勝手口からタヌキが飛び込んで来たら楽しいのに、と思った。


「おばあちゃん、私が到着した日ね、勝手口からタヌキが入ってきたよ」

「ああ、きっとポン太ちゃんだわ」

「ポン太ちゃん?」

「去年の春頃から見かけるようになったのよ。この辺に住み着いたんだわきっと」

「そ、そうなんだ」


 やっぱり、タヌキがこの辺に住んでいるんだ。

 史香はもっと早くタヌキの話をすればよかったと思った。


「ゴミを荒らしたり庭に糞をしたりとか、そういう悪さはしないから放っておいているの。野生だから可愛く思っても触ろうとしたりしては駄目よ?」


 祖母はそう言って史香が頷くのをちゃんと見つめた。

 確かに、野生の動物は見た目が可愛くても安易に触らない方がいい。


「またポン太に会えるかな」

「しょっちゅう見かけるから、会えるわよ。でも、餌付けをしないでちょうだいね」

「うん」


 勝手口の外から、あの時と同じようにさわさわと葉の擦れる音がする。

 もしかしたら、ポン太はすぐそこで自分たちの会話を聞いていたりして。

 史香はそう思ってクスリと微笑み、お茶をもう一口、口に含む。

(次にポン太と会えたら、仲良くなれるかな)

 ちょっとだけ切ない気分で、そう思った。


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