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拍転子、いけすかんケド意外と話が合うの編

「へぇ、キツネのお面を被るんだ」

 史香の部屋へ入って来た弓弦が嬉しそうに言った。

 大急ぎで布団を片付け、袴に着替えた史香は、ハクに渡されたお面をつけて、ペコリとお辞儀をした。

 だってこうするしかなかったのだ。

 弓弦の後ろで、笑いを堪えているハクが恨めしかった。


「良いお面だね。でも、タヌキじゃなくていいの?」


 楽しそうに聞かれて、史香はハクの顔を見る。

 ハクはちょっと肩を竦めて、


「バレちょる」


 と言った。


「……そうなの」


 史香は座布団を用意しながら、弓弦を盗み見る。

 今日は着物の上に羽織を羽織っていて、畏まった印象だ。

 写本を見る気満々、そして、その行為を敬ってくれている様に思えた。


「ままま、どーぞ」


 と、ハクが促し、弓弦が座布団に正座すると、ハクはちょうどその正面に正座をし、畳に手をついて頭を下げた。

 史香はちょっとだけ驚いて、成り行きを見守る。


(タヌキとキツネだから、喧嘩になっちゃうかなって心配していたけれど、大丈夫そう)


「まずは、筆を持ち主に返して頂いたこと感謝する。そちらへ筆が行った経緯も、大体把握しているので安心なされよ」


 ふふふ、と、そよ風のように弓弦が笑った。


「面をお上げください。こちらは当然の事をしたまで。しかし、『安心なされよ』とは引っかかりますなぁ。私は、自身が不安に思う様な事は、犯していないと思っておりますが……」

「勿論、勿論。ただ、ボクに怯えていないといいなぁと思ったまで」

「ほぉ、元気がよろしいことでございますなぁ」

「ね、ねぇ、二人共もう止めよ?」


 史香が慌てて二匹の間に割って入る。

 部屋でタヌキとキツネがギャウギャウ喧嘩し始めたら堪らない。


「ハクもさぁ、お礼を言うなら、ちゃんと言わなきゃ」

「ふん。言うたもん。まぁいいや。そっちの目的が分からんが、何を考えちょるん?」


 自分だけ史香に言われて面白くないのか、ハクは正座を崩して胡座をかき腕組みをして尋ねた。

 弓弦は正座を崩さないまま、切れ長の目を細めて言った。


「もうそこなタヌキに見抜かれているけれど、史香ちゃん、私はキツネのあやかしなんだ」

「あ、は、はあ……はじめまして。そのキツネさんが、どうしてこの筆を使うところを見たいのですか?」

「私はね、史香ちゃん。珍品が大好きで集めているだけのキツネなんだ。その筆は特に別珍で、貴女のお母様から買い取らせて頂きました。しかし」


 心底悲しいという表情をして、弓弦は憂いを帯びた瞳で史香を見つめる。

 史香は身体の芯が痺れそうになったけれど、ハクの冷たい視線でなんとか堪えた。


「しかし?」

「墨が勝手に出る筆だと、実際に墨の滴るところを見せて頂いて、即決で買い取ったものの、私が手にしても墨は滴らなかった……」

「ぶはっ!」


 ハクが吹き出した。

 ムッとした様に自分を見る弓弦に、ハクはさも可笑し気に説明する。


「この筆はなぁ、写本師の嘘にしか墨を吹かないけぇ。『勝手に墨の出る筆』っちゅー希里子の嘘に墨が出とったんだな……なるほど、そらぁいっぱい喰わされたなぁ!」


 弓弦は、ハクのバカにしたような言い方に怒るでもなく、諦めた様に微笑む。


「……まぁ、気づいた時は後の祭りって事だね。私なりに色々調べさせてもらったら、そういう事みたいだ」

「キツネも騙されるんだな。これは愉快」

「ハク!!」


 史香が慌ててハクをたしなめると、「いいんだよ」と、弓弦が笑った。


「私も自分で自分が可笑しいやら情けないやら……ふふっ。貴女のお母様は大したお方だ」

「は、母がすみませんでした」


 心底そう思って、史香は深く頭を下げた。


「うん。いいんだよ、お見事な事に目くじらを立てるのは見苦しいからね。それに史香ちゃんは何も悪くないから。ただ、筆が子孫に継承されると知って、ストーキングさせてもらったよ」


「え」


 史香は顔を引きつらせて固まった。


(この人、今なんて言った? ……ストーキング? わ、私を?)


「すとーきんぐ?」

「み、見張ってたんだって……」


 首を捻るハクに、史香はやんわり説明する。

 弓弦は目を閉じ、両手を合わせて左頬に添えた。


「生まれたての史香ちゃん、子狐みたいにみゃあみゃあ鳴いて、可愛かった……」

「……赤ちゃんの頃からですか……」

「うん」


 ちゃぶ台に突っ伏して、史香は脱力した。

 ハクは弓弦から一種の気色悪さを感じたらしい。

 腕に鳥肌をたててちょっと引いている。


「変わったやっちゃなぁ」


「だって、いつタヌキ側の準備が整うのか分からなかったから。時期が来た時に、すぐにお渡しする事ができて良かったでしょう。ささ、筆を使うところを見せて欲しいな。ちゃんと大人しくしているから」


 筆を使うところを見たくて、史香を生まれた時からマークしていた弓弦に、ハクは素っ気なく言った。


「写本は書をそのままを写すけぇ、墨は出んぞ」


(ストーキングは気持ち悪いけど、そうまでしていたのにちょっと可愛そう。昨夜だったら墨の出るところ見れたのにね)


 史香はコッソリとそう思う。

 しかし、弓弦はさほどガッカリしなかった。調べたと言っていたから、大体知っているのだろう。

 彼は、うん、と、頷いて言う。


「ようく知っているよ。太三郎狸様の奥方の尾なのだろう。それだけでも眼福なのに、その筆が使われる所を眺められるなんて、素晴らしい」

「ふむ……」


 筆を崇められて満更じゃない顔をするハクに、弓弦は拳を握り、口調に抑揚をつけてもう一押し。


「タヌキの神通力も一度拝見したいと常々思っていた事だし、是非ご披露願えないかな」

「しょうがねぇなぁ☆!」


 弓弦の言葉の、半分あたりでウズウズし始めていたハクは、ぴょんと立ち上がった。

 そして、ポンッと、部屋に書と巻物の小山を出現させて見せた。

 豆本をそっと手に取り、弓弦が「ほほう」と目を輝かせる。


「これはこれは……」

「実寸はこうじゃ」


 ハクはどうじゃとばかりに弓弦の手に取った豆本を実寸大にポンと戻した。


「素晴らしい……この書は鎌倉の香りがする」

「匂いは原本が出来た時代か、写本された時代のだな」

「あやかし臭が強いものと薄いものがあるね。あやかしの力量と関係が?」

「それもあるが、写本される度薄まるようじゃ」


 へえ、と無駄に色っぽく声を漏らし、弓弦はハクに色々な豆本を原寸に戻させた。

 弓弦があまりに珍しがって有難がるので、ハクは得意満面だ。人間からこういう反応を貰えない事を、ハクは常日頃不満に思っていた。


「存在を知った時は、ふることぶみ(古事記)を真似ているのかなと思っていたけれど……写本の度に薄まるのか……それって浄化みたいだね」

「どうだか。仮にボクが書になっても、『浄化される』覚えはないき」

「ははは、私も」

「嘘こけ」


 ハクはなんだか弓弦との話が楽しそうだ。

 友達は遠くにいると言っていたし、あやかしと話せるのが嬉しいのかもしれない。

 二匹は膝つき合わせて、キャッキャウフフと書や巻物を手に話し込み初めてしまった。

 史香は盛り上がる二匹の前で、少し疎外感を受け居心地が悪くなってきていた。


「おーい、いつ始めるんですかー」


 ちょっと拗ねて声を掛けると、弓弦に巻物を見せていたハクが顔を上げた。

 頬が艶々している。


「おお、いつでもいいぞ。今日は何にするん?」

「ユヅルさんもいるし、平凡で短いのがいいなぁ」


 昨夜の事を思い出し史香が尻込みすると、弓弦が「そんな事言わずに」と、史香に長い巻物を差し出す。


「うんと長くても構わないよ?」

「でもまだ慣れていなくて……」


 書く事は構わないけれど、弓弦の前で昨夜みたいになったら嫌だ。

 それでも差し出された巻物を、一応受け取る。


「あ! いつの間に原寸に戻す術を……!? 勝手すんなや」

「タヌキに出来るならキツネにも出来るさ。史香ちゃん、その巻物どうかな。キツネだよ」


 目を細めて嬉しそうに微笑む弓弦に、史香は「へえ」と声を上げる。

 弓弦はキツネだという事だし、せっかくならキツネの書の写本しているところを見せてあげると良いかもしれない。

 史香はそう思って、巻物の表紙にあたる部分の題目を見た。


『金毛白面九尾乃狐』


「九尾……」

「そらぁアカンよ、フー。やめときぃ」


 ハクが史香から、ヒョイと巻物を奪う。

「まだ早い……フーにはキツい」

「そうなの?」


 そんなに怖い一生を送ったあやかしなんだろうか。


「そうなの……ちゅーて……おま……」


 史香の様子に、ハクは訝しげな表情をする。


「え、なに?」


 巻物を選んでくれた弓弦の方を見ると、こちらはちょっと悲しげに眉を下げていた。


「フーは九尾のキツネも知らんのけ?」

「かなりショックです……」

「おお……気にすんな弓弦……。此奴は四国の三大狸を一匹も知らんかったけぇ」

「なんと。かの有名な犬神刑部、太三郎狸、金長狸をご存じないと……?」

「そうじゃ。いっくら平成生まれとて、度を超しとると思わんかぇー?」

「これだから平成生まれは……」


 タヌキとキツネがそれぞれネチネチ言ってきて、史香は頬を膨らます。


「あなたたちって知られたがらないじゃない。なのに知ってないとそうやって怒るの不条理だよ」


 史香はお面をつけた顔を、ツンとそっぽ向けた。

 拗ねた史香を前に、ハクと弓弦は顔を見合わせる。

 ハクがため息を吐いて、ポンッとタヌキの姿になった。


『史香ぁ~拗ねんとってぇ』


 彼は甘い声を出し、もふもふの毛皮を揺すって史香にとてとて近寄って来た。

 そして、史香の膝に前足を乗せ、お腹の辺りに頭を擦りつける。媚びている。

 史香が、もふもふの魅了にグラつくまいと更に頑なに庭の方を見ると、シャン、と音がした。

 思わず見ると、美しい銀の毛をしたキツネが、しなりしなりと史香に近づいて来るところだった。

 圧倒的もふもふタイムが始まった。

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― 新着の感想 ―
[一言] モフりた~~~い!
[一言] おっおっ。意外と気が合うじゃないの! そして、圧倒的もふもふたいむ~~~!!(羨ましい!!) ふーちゃんは美形に迫られるより、もふもふに迫られた方が、陥落率は高そうだなぁ( *´艸`) 四…
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