表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/16

侵入者 9


     9


 玄関チャイムの音がして庄助は目覚めた。

 テレビはつけっ放しでバラエティー番組をやっている。もうそんな時間なのかと腕時計を見る。まだ八時六分だった。

 夢でも見たのか? 蛍光灯はスモールにしてあった。外から見れば留守に見えるはず。

 ―誰だろ? 

 足を忍ばせて玄関に行く。

 上がり口に立って、じっとドアノブを見つめる。向こうも気配を窺っているのかも知れない。

 サムターンがゆっくり回る、映画やドラマのシーンが浮かんだ。

 そうなれば侵入者とご対面となる。チェーンロックは掛けてあるけど。

 だが、サムターンはピクリとも動かない。外からは何の気配もしない。敲きに下りて、マジックミラーを覗いて見る。何も見えない。

 五分くらい間を置いて、ようやく庄助はチェーンロックを外し、恐る恐るドアを開けた。左右の通路に人影はなかった。やはり夢だったのか。駐車場を見回し、思わず知れず、見覚えのある車両はないか探した。車の数はぎっしり増えていた。

 部屋に戻り、ぼ~と立って、夢なら良いけど幻聴だったら厄介だなと思う。幻視に加え幻聴もとなると、いよいよ、心身の異常を疑わなければならない。以前に一度、心療内科の門をくぐりかけたことがあるけど、健康保険証を忘れたので残念。そのうちヒマがないのと、病院代が惜しくなって行かずじまい。

 あの頃はバイトに学業にと精励し、寮でも深夜まで司法試験の勉強をしていた。二十歳を過ぎた頃から寝つきが悪くなり、短時間しか眠れず、目覚めているのか眠っているのかわからない、夢ばかり見る状態が続くようになった。

 そのくせ日中に急激な睡魔に襲われるなどして、講義の間は居眠りばかり、バイト仕事にも支障をきたすようになった。風邪を引いた時にクリニックから睡眠導入剤を処方してもらい、服用していたのであるが、あまり効果はなかった。睡眠剤の効能は四時間くらいしかなく、三、四時間しか眠れない睡眠バターンにすっぽりおさまった。熟睡するという効果はあったけれど。

 そのうち数が数えられなくなった。ある電子会社の深夜バイトをした時、加熱処理したICをを検査機にかけて、良品と不良品に分けて、ワンロットの良品の数を数えるのだけど、どうしても最後まで数えきれなかった。最初から何度も数えなおした。

 そればかりか、作業伝票に落書きまでするようになった。自分がしたとは思えず、誰かのイタズラだと思って班長に報告、班長は、よし俺がつかまえてやるといって休憩時間に、寒い冬のさなか一週間も外から見張ってくれたけど、犯人はわからずじまい。今思えば、自分が無意識にやったことだと思う。あの頃から自分はおかしくなっていたのだ。

 成人祝いに父親がアクアを買ってくれた。親バカ丸出し。それがアダとなって、自慢のバカ息子は取り返しのつかない人身事故を起こした。人を一人死なせた。三人に重軽傷を負わせた。

 もし、以前に病院にかかっていて、”睡眠障害”という既往症があったなら、危険運転致死傷罪となって、もっと、重い刑罰が科せられたことだろう。勿論、執行猶予なんて付くはずもない。

 だがもし、病院の治療を受けていたなら、事故は未然に防げただろうか―。

 堂々巡りの、後悔念慮から我に返った庄助は、侵入者の気持ちになって、夏子の部屋を見回した。妹の部屋でさえ憚られた女子の部屋に、自分が一人でいることが信じられないことであった。

 一体あの女は何を考えているのだろうか。

 侵入者は部屋の中を歩き回って、カーテンを少し開けて外を窺い、キッチンに行って、喉の渇きを潤したかも知れない。冷蔵庫を開けて見るが、用心深く、清涼飲料水には手をつけづに、水道の水を飲むか、あるいはストーカーなら、わざと、飲みかけの清涼飲料水を、おやっ? と思わせる程度に、二口三口飲んで、反応を楽しむ。

 庄助はマナカの留守中に彼のとっておきのブランデーを少し飲んで、水で薄め、元の量にして誤魔化していたことがある。そっこう、バレていたけど。

 興奮のあまり喉が渇いた庄助は、冷蔵庫を開けて、1000ミリリットル入りの紙パックから、牛乳をコップ半分ほど注いで飲んだ。冷えた牛乳ほど喉越し爽やかなものはない。紙パックだから残量の心配はいらないし。

 そしてそれから先は、単なるストーカーなのか、変質者なのか、もしくはその両面を持つ者とに分かれる。ストーカーは、”すぐ傍にいるぞ”という微妙なメッセージを残して行く傾向にある。

 今回の場合がストーカーによるメッセ―ジだとしたら効果覿面こうかてきめん、夏子を恐怖のどん底に突き落としたのだから。

 であるにしても、侵入者が立ちションをしてうかつに便座を上げたままにしたか、夏子が無意識に上げた可能性も否定出来ない。どちらとも取れるところが巧妙な作為なのだ。

 そんなことをあれこれ考えたり、テレビを観たり、居眠ったりしているうち、夏子が仕事から帰って来て慌てた。迎えに出るべきだったのに。

 時刻は午前零時を過ぎていた。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ