表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/16

侵入者 2


     2


 今池の焼き肉レストラン『明洞』のオーダーストップは二十三時だが、長居する客があって、たいてい、後片付けや掃除などを済ませると午前様になってしまう。そんな時刻に、一人住まいのマンションに帰るのが怖いという未成年の女の子を、一人で帰すのは忍びない。相談を受けた時点で正助は重い責任を課せられたように感じていた。

 別に職場の上司でも何でもない、フルタイムというだけで同じアルバイターなのだけど。年齢もひと回りも離れてはいない。思慮深い顔立ちゆえに(豊麗線のせいもあって)、年齢よりは老けて見られがちだが、まだ二十代半ばの若輩者なのだ。佐藤夏子には三十代の分別ある中年に見えているのかも知れない。本来なら上司のマネージャーに相談すべきこと。マネージャーなら、酔いたくれをつまみ出すほど気が強いし、腕力もあるから、頼りになる。正助はどう見ても非力な優男なのだ。

 皮肉にも、マージャーではなく、自分を相談相手に選んでくれたことは正直うれしい―反面、一緒にマンションに行って、部屋の中を調べて欲しいというのは、世間知らずといえばそれまでだが、そこまでの仲ではないのに、そこまで信頼されると男と見られていないような気がして、人畜無害な男、というレッテルを剥がしたくなる。

 どういうわけか正助は人から頼み事をされたり、相談を持ちかけられることが多い。顔立ちからして、人の好さそうな癒し系キャラなのだった(裏を返せば気兼ねなく頼みやすい、相談しやすいタイプといえる)。

 実際に、頼まれたら嫌といえない性格であり、頼まれなくても、相手の心情を汲んで労を厭わない。だけども、人に関わって、ろくなことにはならない。思わぬトラブルに巻き込まれたりしてバカをみた。

 つい先だっても、以前に「悪い客につきまとわれている、表でタクシーを拾うまで一緒について来てもらえない?」と頼まれたホステスの女から、「マンションの部屋の前までお願い」といわれて、戻りのタクシー代とチップを加えた五千円を握らされた。

 部屋の前まで来ると女は(四十代に見えた)、お茶を一杯飲んでいかない、という。仕事中だからと断っていると、何処からともなく男が現れて、心ならずもつかみ合いとなった。相手は五十代くらいの親父、小柄で武器を持っていなかったので何とか撃退出来たけど、一つ間違えば警察沙汰になってたし、仲間を連れて仕返しに来るのではないかと気が気ではない。

 そんな折にまた厄介な相談を持ちかけられた正助は、閉店後、とりあえず店を出て駐車場で詳しい話を聞くことにした。荒木や一階担当の者らは(白衣の料理人たちを含めて)、テーブル席で売れ残り物を夜食代わりに食べており、マネージャーとママはレジの所で売り上げ計算などをしていた。

「お先に失礼します」といって示し合わせたように出て行く二人は、当然彼らの視線を背中に受けた。あいつもかという声が聞こえた。遅くなりがちな土曜日だけの有難い振る舞いだけど、それに付き合うと一時二時になってしまう。佐藤夏子は、専門学校は休みだけどパートタイマ―の仕事があるから、スルーするのはいつものことだった。

 多少は後ろめたい気持ちがあった。こんな時間に独り暮らしのまだ一人前でない女の子の部屋に行くのだから。マネージャーに相談しなかったのは賢明だった。あの男はアルバイト店員だった女子大生に、もっと時給がいいスナックを紹介してヒモになっている。親の庇護を離れたばかりの雛鳥など、彼にかかったら赤子も同然。

店の駐車場の一番奥に従業員用の駐車スペースがあり、その左端に佐藤夏子の赤いアルトが駐車してあった。ほかにはマネージャーのプリウスと、店員のライトバンとステーションワゴンに、荒木のホンダカブほかチャリが三台(その中には正助のチャリも含まれている)が駐車されており、二十台ほど駐車枠があるお客様用スペースに一台、黒いフルスモークのセダンが、ここ二、三日ばかり駐車されたままになっている。

 二人はアルトの所まで来て、防犯灯の下で五,六分ほど立ち話をして別れた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ