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侵入者 13


     13


 三日後にはもう届いたというメールが入った。

 次の日の朝、マナカの出勤前にそれを受け取って、リュックに入れて十時前に出勤、帰りは夏子のアルトに同乗してマンションへ行き、防犯カメラを仕掛ける予定だった。

 いつも店の駐輪場に庄助のチャリが残されているから、二人が付き合っていることは公然の秘密。ほかの従業員からは、お客の食べ残しを持って帰って二人で食べるんだ。燗冷ましの酒でさしつさされつ―と聞こえよがしにいわれ、マネージャーには、相手は未成年だぞ、といわれた。チャリが倒されていたこともあって、そろそろ居ずらくなってきた。何処の職場でもそうだ。きっとそういう時期がくる。

 午後からは雨になった。

 夕方五時前になって夏子から、体調が悪いからお店を休むというメールが入った。

《監視カメラが手に入ったんだけど、それじゃあ今晩は無理だな》

《ううん、来て。少し熱っぽいだけ。体がだるくて。この時期、いつものことなの》

《何か必要なものがあれば買っていくけど?》

《別にない》

《そうか、じゃあいつもの時間に》

《(^_-)-☆!!!》

 庄助は苦笑してメールを閉じた。心が通い合う者がいるということは気持ちがほっこりする。何の連絡も寄越さない弟や妹は他人と同じだ。

 ということは雨の中をチャリで向かわなければならない。リュックの中にはヒャッキンで買った薄いピロピロの雨具が入っているから心配はないけど。

 仕事を終えて夏子の待つマンションに向かう。

 夏子が抜けた穴を埋めるべく下からこけし人形のような女が上がって来たけど、二部屋ぶち抜きの、五十人からの宴会があったので、かなり忙しかった。疲れた体にムチ打って、冷たい雨の中、チャリをこいだ。

 途中、ネットカフェ『宇宙空間』に寄ると、雨のそぼ降る中、駐車場の前に白いピニール傘に寄り添って立つ二人がいた。ノッポで痩せっぽちの元町会議員と、小柄なタチカワ老人である。

 庄助はリュックからビニール袋に入った(残飯を詰めた)タッパと、燗冷ましを入れた五合瓶を渡した。二人はことのほか喜んだけど、庄助の負担は限界にきていた。

 そこからはしばらく緩やかな坂道が続く。立ちこぎの連続でこれは膝にこたえる。雨に潤んだ夜景が広がって、銀河の中を走っているような気持ち。最終的には押して歩かざるを得ない勾配になった。三階建ての夏子のマンションは小高い丘の上にあるのだ。

 マンションに着いてから階段の所で雨具を脱ぎ、チャリの荷台の、携帯テントの中に折り込んだ。

チャリは犬走りに立てかけ、階段の防犯灯に照らして、リュックから取り出した監視カメラの包装を解き、スマホの明かりで説明書を読んで頭に入れた。

 親指サイズのテントウムシのような黒い水玉模様の小型カメラは付属の電池を装着して、ズボンのポケットに入れた。手の平サイズは包装紙や説明書などと一緒にリュックに押し込んだ。この間,住人の若者が一人胡散臭そうに見て通っただけ。

 チャイムを鳴らすとすぐにドアが開けられた。

「やっぱり濡れたのね。雨の中大変だったでしょう。ごめんね、迎えに行けなくて。めまいがするの」

「夏子はパジャマの上にタオル地のバスローブをまとっていた。髪も解いて肩まで下ろしている。

「熱は?」

「38・1 あたしにしたら大したことないんだけど」熱っぽい目でいう。

「頭は?」

「全然。食欲もあるし。とにかく上がって」

 狭い玄関のフローリングですれ違う時―夏子は濡れた靴を揃えようと―おやっ? という風に庄助を振り返った。

「ニッキ食べた?」

「いいや?」

「シナモンの香りがしたけど、気のせいかなあ…」

 庄助は意に介さず部屋に入ってリュックを下ろし、手の平サイズの監視カメラを取り出して、テーブルの上で組み立て始めた。カブトムシのような形をしたこいつには、腹に単三のアルカリ電池三本を埋め込み―アダプターがあればコンセントから電源を取ってもいい―強力な電磁石で鉄板に吸着するようになっている。ケーブルでパソコンに繋げば録画した映像が観られる優れものである。

「暗闇で人を感知したら背中が光る仕組みになっているから、玄関の明かり取りにもなる」覗き込んでいる夏子にいう。

「それなら防犯灯と同じじゃん」

「そう。普通はそう思う。監視カメラだと思えば持って行かれる可能性はある」

「それなら意味ないじゃん」

「でも犯人はわかっているからね。警告にはなる。恐れをなして二度と近づかないだろう」

「犯人はわかってるって、どういうこと?」

「スペアーキーを持っている者が犯人。それ以外はドアを開けられないからね。―マスターキーかな?」

 夏子はぽかんとしている。

「君がドアノブの取り換えを頼んだ管理人か、入居の世話をした不動産屋の担当者。どちらか、思い当たるフシはない?」

 夏子はくりくりした瞳で思いを巡らせていたが、ハタと気づいた風だった。

「それなら管理人のおじさん、イヤらしい目で見るもの。都会の一人暮らしは淋しくないかい―なんていうの」

「だとしたら、真っ先に疑われるから二度としないさ」

「でも許せない。人の部屋に入り込んで、二度も便座下ろすの忘れてった、もうろくジジイのくせに」

「明るいうちはこの小さなのが赤く点滅するだけだから、何かで扮装すれば気づかれない。きっと証拠映像が撮れるよ。ネットカフェで一緒に観よう」

「やったあ! ―お風呂入る?」

「えっ?」

「濡れて風邪引くといけないから、お風呂沸かしてあんの。着替えはないけど…」夏子は下を向いていう。「女物はイヤでしょう?」

 おっと、イヤじゃないといえば変態になる引っ掛け問題。

「そうか。それならお言葉に甘えるとしよう。着替えはいつもリュックに持ち歩いてるんだ」

 トイレにテントウムシを仕掛けるには願ってもないことだ。


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