1 案外嫌いじゃない
「帰りまーす」
「お疲れ様」
仕事が終わり、上司に挨拶をして会社から出る。最寄りの駅に行き電車を待つ。いつもの帰宅。伸びをしスマホを取り出して時間を確認、現在20時。
俺は福井田隆生、独身で三度の飯よりゲームが好きな26歳の男。仕事もせずに1日中やっていたいくらいだ。無理だけど。
帰り道、明日発売の気になっているゲームの情報を頭の中で整理しながら帰宅。明日と言っても0時にはダウンドロードで買えるから、あと数時間後、もうじきではある。発表されてから情報を追い続けてきたこのゲーム、楽しみにしているがとある理由からその思いは非常に複雑だった。
購入予定のゲームは稀代のクソゲーと謳われたRPG、「Vermilion to die」、通称ヴァミ、その最新作の「5」。色々あったがヴァミは進化を続けプレイヤーに受け、今回で5作目とこれだけ続きが出るほどに人気のある作品となっていた。常に新しい要素を取り入れ好評を博してきたこのシリーズ、今作も思い切った進化を遂げ我々の元へと帰ってきた。
今回の目玉はユーザーの意見を聞き、行き着いた「究極」と言っても差し支えのないシステム。ムービーが長いからスキップしたい、移動はもっと楽に。会話が面倒、ボス倒しておいて等、煩わしいポイントを徹底的に排除。そして完成したモノ、それは……。
「ゲームクリアボタン」
この情報を見たとき頭を抱えた。どうやら進化しすぎてしまったようだった。
当然発売前から大ブーイング。雑誌やネット、SNSでは軒並み低評価、辛辣なコメント、どこのレビューを見ても最低記録を更新している。1部熱心なファンたちの間からは「俺たちのヴァミが帰ってきた」と歓迎されていたけど。
家に到着。くつろぎながら、お酒を飲み御飯。風呂の準備ができたら入浴。さっぱりしてからスマホをいじったりネットサーフィン。しばらくしてから時計を見る、0時3分前、そろそろ準備をしよう。
ゲーム機本体の電源をオン。販売サイトに飛びヴァミを購入してダウンロードする。DLが終わり今度はインストールが始まる。これも終わり簡単な手続きを終えゲームが起動、タイトル画面に。
「さあ、始めるか」
早速クリアボタンを試してみよう。スタートを選び、ゲーム開始。その状態でクリアボタンを押してみた。そして次の瞬間画面には「FIN」の文字が。そして決定ボタンを押すとタイトルへ。
‥‥本当に終わった。もう一度試してみる。決定ボタン、クリアボタン、決定ボタンでタイトルへ。わずか3ボタンでループ。
俺はたまらずスマホで情報を漁る。ネットでは案の定、不平不満の嵐。悪い意味で大盛況だった。中には一瞬で終わるから限られた人生の時間数十時間を消費せずに済んだ、浮いた時間で他のことができる、時間のありがたみを知ることが出来た等の意見もあった。レベルたけぇーな。
何故こんなことになってしまったのかはわからない。開発の人たちは真摯に今作を作っていた。結局のところ、何でもかんでも意見を取り入れれば良いものができるわけではないのだろう。取捨選択が重要なわけだ。テレビの画面を見ながら俺は頷くとともに大きなため息を吐いた。
スマホの閲覧と同時進行でやけくそ気味にクリアを続けていたところ、聞いたことがある効果音が俺の耳に入る。どうやらクリア100回で実績が解除されたようだった。これほど嬉しくない実績解除は初めてだ。
情報を見る。どうやら世界で1番乗り。トロフィーの上を見ると実績解除は1万まであることがわかった。
「やるか」
1番乗りが嬉しかったのかもしれない。とにかく俺はまたボタンを押す作業をするのであった。
しばらく続けているとなんだか楽しく感じるようになってきた。ランナーズハイと似た現象だろうか、快感すら感じてきている。クソゲー愛好家の素質が俺にはあるのかもしれないな。
それから12時間後、1番乗りで1万を達成。終わった途端疲れと眠気が俺を襲う。徹夜で達成した偉業(?)。達成感より、俺は一体何を今までやっていたんだという自責の念に駆られながらその場で力尽き眠った。
そして目を覚ましたとき……、先ほどとは違う場所に場所に俺は居た。
「ここはどこだ?」
あれから半日ほど経過。
「冒険者登録は終わりだ。こいつは冒険者カード、大事にしろよ」
名刺サイズほどのカードを受け取る。一番上には俺の名前が書いてある。住民の服装や建物のデザイン等を見て「Vermilion to die 5」の世界に来たことがわかった。とりあえず生きていくためにはと、冒険者ギルドで冒険者になったところだ。
「こいつはギルドからの餞別だ、持っていけ。説明したとおりここから北にある神殿でクラス変更ができる。そこの神官さんがクラスのことを色々教えてくれる。しっかり相談するんだぞ。じゃあな、これから頑張れタカオ」
「ありがとうございます」