幼馴染の公爵アハツェンは、幼馴染の男爵令嬢アンネリーゼを抱きしめる
ヤンデレ推進委員会用の小説です。
「あなた、幼馴染でしたっけ? だからといって、アハツェン様の特別だと勘違いでもしているのかしら? だとしたら非常に滑稽ね……たかが男爵令嬢が、公爵である彼と釣り合うなんて本気で思ってる?」
ああ。まただ。
こうやって絡まれるのは、もう何度目だろうか。
わたしは、ため息を堪えつつ笑顔を向ける。
「嫌ですわ、ドロッセル令嬢……わたしは、アハツェンの幼馴染ではありません。幼い頃、公爵様と何度かお会いしたことがあるだけで」
わたしの名前はアンネリーゼ。田舎のしがない男爵令嬢だ。
流行りのドレスなんて持ってない。化粧品だって市民が使う安物だし、癖の強い金髪を祖母からもらった古めかしい髪留めで留めている。どう見ても田舎令嬢そのものだ。
今日は王都で開催される国王主催のパーティー。いちおう貴族だし、こうしてお呼ばれした以上、パーティーには参加している……でも、わたしはいつも、王都に住む貴族令嬢に絡まれていた。
理由は簡単。
「失礼するよ」
「わっ」
わたしの背後から音もなく現れ、そっと髪に触れる青年……アハツェン。
この国で最も金持ちである公爵当主で、わたしの幼馴染……ということになっている。
「やあアンネリーゼ。今日も美しいね」
「あ、ありがとうございます。公爵様」
「公爵だなんて、アハツェンと呼んでくれよ。昔みたいにさ」
「あ、あはは」
わたしは曖昧に笑うしかできない。
目の前にいる令嬢……名前なんだっけ……が、顔を赤くした。
「アハツェン様! 初めまして。私はアーモンド侯爵の───」
と、ここまで令嬢が言ったと同時に、アハツェンは手で制する。
「静かにしてくれないか? 今、アンネリーゼの髪に触れてるんだ……この極上の絹糸よりも柔らかで肌触りのいい感触を楽しむのに、きみの声は不愉快だ」
「え」
「きみの名前、容姿、生い立ち、家業、全てに興味がない。ああ、話をするのもつまらない。ここから消えてくれ」
「…………」
令嬢は凍り付いていた。
取り巻きの令嬢もまた、凍り付いている。
アハツェンは、餞別とばかりに輝くような笑みを見せた。
「さ、行こうかアンネリーゼ。部屋を用意してある」
「あ、あの……」
わたしの手は、アハツェンに掴まれていた。
離せない。離すつもりがない。まるで手錠のように、わたしの手を掴む。
「ふふ、細くしなやかで、国宝の銀聖剣の柄よりも手触りがいい」
「…………」
わたしはそのまま、別室へと連れて行かれた。
そして、部屋に入るなり抱き上げられる。
「ああ、アンネリーゼ。もっときみの匂いを堪能させておくれ。きみの香りに包まれているだけで、ボクはもう……!」
「アハツェン……」
「覚えてる? 初めて会ったあの日のこと」
「ええ……覚えてる。
アハツェンとの出会い。それは、忘れられるはずがない。
◇◇◇◇◇◇
アハツェンとの出会いは、もう十年ほど前だ。
わたしの父が治める領地は田舎も田舎。広大な農地ばかりで大自然に囲まれている。
療養。幼い頃、身体が弱かったアハツェンは、うちの領地で静養する目的で来た。
わたしと出会ったのは、お父さんと公爵様が挨拶している時。
「娘の、アンネリーゼです」
「ご丁寧に。こちらは息子のアハツェンだ。身体が弱いからあまり遊べないと思うが、仲良くしてやってくれ」
アハツェンのお父さんと、うちのお父さん。爵位や階級こそ違うけど、昔一緒に戦場を駆け抜けた仲間だとか……そんなつながりがあり、アハツェンの療養先がうちになったとか。
初めて見た印象は、「弱々しい小リス」だった。
「ち、ちちうえ……」
「ほら、挨拶なさい」
父親の影に隠れる、わたしよりも小さな男の子。
わたしは前に出て、スカートの裾を持ち上げる。
「はじめまして。アンネリーゼです」
「……あ、アハツェンです」
最初は、かわいい弟ができた……こんな風に考えていた。
でも、その考えはすぐに違うと思い知らされる。
◇◇◇◇◇◇
「アンネリーゼ、一緒に寝ない?」
「え?……んー、いいよ」
アハツェンがうちに来て数日。
挨拶や軽いおしゃべりができるようになり、そこそこ打ち解けた。
そんなある日。寝間着姿でお喋りしていると、アハツェンがそんなことを言った。
わたしはまだ六歳だったし、淑女らしくないとか、結婚してない男女が~とか考えてなかった。なので、軽い気持ちで一緒に寝たのだ。
「アンネリーゼ……いい匂い」
「ふふ、アハツェンもいい匂い」
「アンネリーゼ……ぼく、アンネリーゼがすき」
「わたしも好きだよ、アハツェン」
子供同士の、他愛ない会話。
でも、この日からだったと思う。
アハツェンは、毎日私と一緒に寝るようになった。
そして、わたしの匂いを嗅ぐ。ちょっと恥ずかしいくらいにしか考えてなかったけど、アハツェンにとってはそうじゃなかった。
「はぁ、はぁ……アンネリーゼ」
「あ、アハツェン? 顔が赤いわ。熱あるの? 誰か、誰か!」
一緒に寝ていたある日。アハツェンは熱を出した。
わたしはすぐに医者を呼び……この日から、一緒に寝ることができなくなった。
わたしは、責任を感じた。
もしかしたら、わたしが一緒に寝たせいでアハツェンは。そう考えてしまう。
それから、アハツェンとはなんとなく距離を取り……一年ほどで、アハツェンは王都へ戻った。
帰りの馬車で、わたしはアハツェンとお別れする。
「アンネリーゼ……また会おうね」
「ええ。また」
アハツェンと最後の抱擁をする。
やはり、アハツェンの息は荒い。
「はぁ、はぁ……はぁ、アンネリーゼ」
「アハツェン?」
「アンネリーゼ……ぼく、決めたよ。ぼく……きみを」
「え?」
アハツェンが、わたしの発する「フェロモン中毒」になっていたのは、ずいぶんとあとで知ることになる。
◇◇◇◇◇◇
それから、数年。
わたしは十五歳になった。
そして、初めて王都で開催されるパーティーに、お父さんと出席する。
お父さんは、わたしのためにドレスを買ってくれた。
気分はお姫様。でも……わたしは、王都の令嬢たちに洗礼を受ける。
「あーら? あなた、どこから来たのかしら?」
「え、えっと……エンデヴァールから来ました。アンネリーゼと申します」
「エンデヴァール? ああ、あの田舎の……皆さん、田舎のエンデヴァールから来たご令嬢が挨拶したいそうで!」
馬鹿にされた。
わたしは、社交界の闇を知らなかった。
くすくすと嘲笑されるのに耐えられず、涙を堪えうつむいていた。
すると───嘲笑がピタッと止む。
「会いたかった───僕のアンネリーゼ」
「えっ」
ふわりと、背後から抱きしめられた。
大きな、包み込むような腕。わたしより身長が高く、胸板ががっしりしていた。
いきなりのことで混乱するわたし。
すると、目の前にいた令嬢たちが青くなっていた。
「ネイブリー侯爵令嬢、セレナ伯爵令嬢、ウェイン子爵令嬢、アーベル男爵令嬢、ユリアナ男爵令嬢……」
わたしを抱きしめる誰かは、目の前にいる令嬢たちを一人ずつ名指しで呼ぶ。
「彼女を愚弄し嘲笑した罪、後悔するんだな」
ゾッとするような冷たい声だった。
わたしを抱きしめる誰かは、わたしを抱き上げる。
「きゃっ!?」
「久しぶり。アンネリーゼ」
「……え?」
誰かわからなかった。
サラサラの銀髪。宝石のような碧眼。がっしりした体格は騎士のようで……でも、着ている服はまぎれもなく貴族。
銀髪、碧眼。わたしは幼い記憶が揺り起こされるのを感じた。
「まさか、アハツェン?」
「うん。父から爵位を受け継いだから、もう公爵だけどね」
「こ、公爵様!? もも、申し訳ございません。こんな」
「駄目。ずっとこうしたかったんだ。このままキミの匂いを堪能させてよ」
アハツェンは、わたしの首元に顔を近づけ匂いを嗅ぐ。
「すぅ───っ……ああ、アンネリーゼ、この豊潤でかぐわしい……」
「や、やめ」
「駄目。さぁ、部屋に行こうか」
「え、ええっ!?」
「幼いころのように、一緒に寝よう。キミの胸の中で」
「~~~っ」
子供のころならともかく、今はいろいろまずい。
互いに成長したのだ。冗談では済まされない。
でも、わたしは結局部屋に連れ込まれ───。
「アンネリーゼ……ああ、美しい……まるで泉の女神。ぼくの、ぼくだけの女神……」
「ま、待って……ダメ、こんな」
抱かれる───のではなく、アハツェンは上半身裸になり、わたしの首元の匂いを嗅いでいた。
「ああ、狂ってしまいそうだ……アンネリーゼ、ぼくのアンネリーゼ」
幼児退行。という言葉をわたしは知らない。
狂ったように匂いを嗅ぐアハツェンは、子供のように見えた。
この日から、わたしはアハツェンの『抱き枕』となった。
◇◇◇◇◇◇
領地に帰ることは許されなかった。
アハツェンは、貴族街に大きな屋敷を買い、わたしに住むように命じた。
お父さんとどんな取引があったのか知らない。いつの間にか、わたしとアハツェンは婚約していた。
アハツェンは、仕事が終わると必ずわたしの元へやってきて、服を脱いで抱きしめてくる。
「愛してる。愛してるアンネリーゼ……ぼくの、ぼくだけの女神。ああ、アンネリーゼ」
「……わたしも、愛してる」
「あ、ああああぁぁぁぁぁっ!!」
そのまま、狂ったように匂いを嗅がれる。
抱かれるわけじゃない。強く抱きしめられ、これでもかと匂いを嗅がれる。
わたしのドレスはくしゃくしゃになり、髪もボサボサ、汗だくになる。
ようやく気付いた。アハツェンは、変態だった。
そんなある日。
アハツェンは、仕事を終えて上機嫌でわたしの元へ。
「アンネリーゼ、今日はいい報告があるんだ」
「いい報告?」
「うん。以前、パーティーできみを侮辱した令嬢たちがいたろ?」
「……ええ」
「ネイブリー侯爵令嬢、セレナ伯爵令嬢、ウェイン子爵令嬢、アーベル男爵令嬢、ユリアナ男爵令嬢。彼女たちの実家をようやく全て壊滅させたんだ!」
「……え?」
アハツェンは、子供のように笑った。
無邪気な子供は続ける。
「罪を着せて爵位没収。さらに家業をツブして、悪評をばらまいた。それと家の使用人に金を握らせて大量解雇。貴族は使用人がいないと何もできないからね。もう少し時間がかかると思ったけど、早く片付いたよ」
「…………」
「それと、きみの父親にお願いして、この件の事態を収拾させる指揮を執ってもらった。この功績でエンデヴァール男爵家は爵位が上がる。ふふ、嬉しいかい?」
「え、え……? れ、令嬢たちはどうなったのです?」
「さぁ? 平民落ちしたと思うよ。自殺したのもいるみたいだけど……ぼくのアンネリーゼを愚弄したんだ。死んで当然さ!」
アハツェンは、そっとアンネリーゼを抱きしめた。
「待っててね、アンネリーゼ。きみを馬鹿にする奴は全員、ぼくが粛清してあげるから。ぼくの女神……ああ、なんて美しい」
「…………」
わたしは、ようやく知った。
天使のような笑みを浮かべ、悪魔のように嗤う子。それがアハツェン。
わたしのためなら、アハツェンは子供や赤子ですら始末する。
アハツェンと真正面から向き合い……その碧眼の奥が、ドロドロした『愛』で満たされていることを知った。
「愛してる、アンネリーゼ……」
「……わたしも、よ」
悪魔の両腕は、きっと永遠にわたしを離さない───。