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白銀の一枝  作者: 鷹司蒼志
7/21

白銀の一枝7

(十二)


 また一段と高くなった空は、瑠璃子の陰鬱とした心中とは裏腹に清々しく晴れ渡っていた。豪太朗が自分を探しているなどとはつゆ知らず、それどころかまさか自主的に登校しているなどとは夢にも思わず、一年棟の屋上、どこまでも無機質な冷たいコンクリートに座り込んだ彼女は強い風に晒されるままに、何度も何度も件のメールを読み返すのだ。差出人は覚えの無い名前。其れなのにこのメールを開いてしまったのはタイトルに大島智子の名前が記入されていたからだ。其の文面にはこうあった。「大島智子の投稿を発見しました。優等生のフリして陰でこんな事してるなんてショックです。」其れに添付された画像はとても正視に耐えられる物では無かった。黒の下着を露にし男の淫媚な視線を期待するかの如くその身を撓らせる大島智子の写真だった。其の下に挿入されたURLは、とある出会い系掲示板のモノだった。正体不明のURLをクリックするという行動に若干の躊躇を覚えつつも、もう既に何度も何度も閲覧したページを開く。其処に映し出されたのは先程の写真と、男を漁る下卑たメッセージ。確かにコレが明るみに出たとすれば死にたい気持ちも分からなくは無い。それでも何度見直してみても、とてもあの大島がこんな事をするとは思えない。この卑猥な写真も素人目ながらアイコラではないかという疑いが残る。イタズラか?だとしらたなぜ彼女は弁明もせずに死を選んだのか。

勿論、彼女の事を熟知している訳でも無いし、誰もが他人に見せない多面性を持っている事くらいは分かっているつもりだ。それでも医者を目指していた彼女がこの大事な時期にこんな軽卒な事をするだろうか。などと既に小一時間程、そんな出口の無い殺伐とした思考に苛まれ続けているのだ。


「・・・お前!やっぱりロクでもねえ事考えてやがんな!」


 幼い頃より聞き慣れた、若干頭の悪そうな言い回し。そして振り返った瑠璃子の目には無駄にデカい図体と「またか」という意味合いを込めた眉間の皺が映った。この男は姑息にも背後からこっそりと近づき、女子の携帯電話を覗き見していたのだ。事と次第に依っては犯罪に分類されるであろうこの行為、だがしかし瑠璃子は悪い気はしなかった。むしろホッとしている自分に気が付いたのだ。世話の焼ける男ではあるもののやはり側にいてくれれば心強い。こう見えて意外に頼りになったりならなかったりと、まあその辺はやんわりとしたオブラートに包んでおくとしても、少しだけでも陰鬱な気分から解放されたのは事実だった。


「あんたこそ。覗いてんじゃないわよ!」

「うるせえ!言っとくけどな。この場合お前に出来る事なんて何もねえからな!」

「だって放っとけないでしょ?」

「うるせえ!うるせえ!聞く耳なんか持ちません!」


 何百回、何千回、ひょっとすると何億回と子供の頃から繰り返してきた遣り取りだ。瑠璃子にだって分かっている。豪太朗が自分を心配してくれているなんて事は最初っから。それでも気になるモノは気になるのだ。かと言ってアイツの言う通り、あたしに出来る事なんて何も思い当たらない。其の遣る瀬なさがあたしのモヤモヤの原因の一つでもあるのだろう。


「・・・とにかく!お前は昔っから!」

「何よ!アンタにあたしの何が分かるってのよ!」


 其の時だった。二人の不毛な喧嘩を諫めるが如く、突然の雷鳴が鳴り響いたのだ。意外にも雷の苦手な瑠璃子は手近に有った馬鹿デカイ障害物に隠れてしまった為に、否応無く男臭い背中に顔を埋めるはめに相成った。そうまでしてでも恐怖の対象から逃れたかったのだ。だが私は思うのだ。其の程度で何とか成る恐怖なら始めから大した事無いんじゃね?と。時折見受けられる無駄な抵抗にそう告げたい。


「何なのよもう!こんなに晴れてるのに!」

「ほら見ろ!神様もお前に引っ込めって・・・」


 意味も根拠も無いただ兎に角ムカつくドヤ顔に、右ストレートが炸裂したのは其のセリフを言い終わる前だった。合掌。




「あたし雷ってどうしても恐くて・・・」

「お前ほどじゃねえよ。」

「何?」

「いっいや。拳は仕舞えって!あぶねえだろ。」


 無駄に奇麗なフォームでファイティングポーズを決めるうら若き乙女に最早完敗の男、いやむしろ攻撃力では無く精神力で負けているのであろう。こうして男ってのは徐々に飼い慣らされていくのだな。なんて切ない・・・しかしながら考えように因っては正しい選択と言えなくも無い。男が折れて女を立てる。此れだけで世界は平和を手にする事が出来るのかもしれない。ただ一つ間違いの無い真実は、途中で折れて男が勃たない場合は大惨事の始まりだ。男は根性だ。ファイト一発以上!


「・・・ねえ。久しぶりに聞かせてよ。横笛。」

「その聞かせる音が出ねえんだって。」

「いいじゃない。アンタの場合、笛以外が音出してくれるんだし。」

「それ、フォローのつもりか?」

「もちろん。嫌味に決まってるでしょ?」

「・・・・・・」


 豪太郎は若干の脱力を体全体で感じながらも、腰にぶら下げた黒革の笛袋から占月を取り出した。日の光を浴びた其れは、艶やかに輝き黒く塗られた篠竹を一層黒々と際立たせるのだ。瑠璃子をうっかりと殺してしまわない様に、しっかりと背を向けて立った豪太郎は静かにしかし確実に己の息を歌口へと吹き込んだ。


ギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!


 いつもと寸分違わぬ光景だった。今日も音色は響かず、イタズラに振動波を振り撒くのみだった。で、締め括るはずだった。


「あちっ!」


 急激な尻への高熱を感じた豪太朗は己の尻を叩きながら無様さ丸出しでピョンピョンと飛び跳ねた。熱は直ぐに引いたものの掌に当たる制服の尻、其処が焼け焦げて破損しているのが其の感触で分かる。


「すごいわ!アンタお尻から火が吹けるのね。」

「んな訳ねえだろ!ケツが燃えちまうトコだったんだぞ!」

「え?新しく身に付けた芸じゃないの?」

「俺はいつからそんなキャラになったんだよ!」

「・・・お尻に貼ってあったお札が急に燃え上がったわよ?」

「はい?札?・・・何で気づいてたんなら言わねえんだ!どう見ても不自然だろ!」

「新種のアクセサリーかと思って。アンタ変わってるし。」

「・・・お前ほどじゃねえよ。」


 豪太郎は忘れていたのだ。瑠璃子の其処はかと無く悪趣味な感性を。もしかしたら本気で前衛的なファッションだと思っていた可能性も否定出来なかったりする。己の尻をさわさわしながらも一応の考察に挑んでみる豪太郎だった。


 朝ズボン履いた時には何も変わった所は無かったはず・・・その上で俺のケツに興味持つなんて輩は・・・・・・オッサンか?尻を張り倒されたあの時くらいしか俺のケツへのダイレクトコンタクトなんて思いつかねえ。でも何故だ?何でオッサンが俺のケツを燃やす必要があるんだ?そもそもその札って何なんだ?しかも何で急に燃え出したんだ?萌え出す?違うな。俺のケツに萌えてる場合じゃないな間違いなく。でも俺が認識していないだけで実は俺のケツには堪らない魅力が有るなんて可能性も有ろうが無かろうがこの場合は関係なさそうだな。燃える燃える燃える・・・・・・今日は日差しが強いからかな?


 頭だけでは無く想像力まで過度に困窮しているようだ。涙を禁じ得ない状況ですね。はい。尤も何が起きているかなんて通常の人には分かるよしも無く、一連の出来事は何れ一つの繋がりを持ち、次第に意味を成してくる。と、有名な推理小説の作家さんも言ったとか言わないとか。勉強になる。しっかり覚えておくとしよう。


「ま、身体を張った新ネタはいいとして、その破れたズボンは何とかしないとね。脱いで。」

「はい?」

「だからズボン脱いでって。」

「いっいいって別に。多少破れてても誰も見やしねえって。俺のケツなんて。」

「広範囲に渡って某ラブリーなキャラクターが鏤められたパンツが丸出しで、しかも非常に趣味のいいピンク基調のモノでも?」

「うっ!ちっ違うんだ!コレはオッサンが買ってきて!俺の趣味じゃねえんだ!」


 うっかりすっかりさっぱり忘れくさっていた。洗濯が間に合わず、やむを得ずタンスの奥底に封印していた恥ずかしいパンツに足を通してしまったのだ。「可愛い甥っ子に」とか何とか言いやがってあのオヤジ絶対わざとだな。そうに決まっている。嫌がる俺を見て間違いなく楽しんでやがるなあの男!ノーパンよりはマシだろうと簡単に考えてしまったのだが、否しかしズボンが破れた今と成ってはノーパンだと大変な事に、いやでも待てよ?このパンツを見られるくらいならいっそ生尻の方が潔かったんじゃないか?などという低俗な思考により本筋であるはずの札と燃焼の原因などという複雑な話は忘れ去ってしまっていた。若者は生きるスピードが速い。そして細かい事をいつまでもネチネチと気にしてしまうのは老いた証拠だ。ただし、効果効用には個人差がありますのであしからず。


 瑠璃子のハンカチは清楚な紺色だった。これならば派手なパンツよりも人目は引かないであろうと考えながら、学生ズボンの尻にソレを当て布として縫い付けるのだった。ちなみに家庭科部に所属する彼女はソーイングセットを常備している。勿論、無意味に鉤裂きやほつれ破れ目など作ってしまう行動の粗雑な男の側にいる為なのは言うまでも無い。いっそ脳味噌を修繕できるソーイングセットが欲しいところはあるが、其れを何だかんだと言いつつも嫌がらず、むしろ進んで世話を焼いている感のある場合はもう勝手にするがいいと思う。この淡くやや気恥ずかしい空気感は懐かしくも切なく、現在進行形ではその素敵さに気づきにくかったりなんかしちゃたりして非常にまどろっこしいものである。人間関係というのはその明確な位置付けにも基づいて成り立っている。しかしかくも甘く穏やかに育んだ関係は何処をどう何処まで突っ込んでいいのかも分からず、今更その切っ掛けも掴めぬまま無駄に時間だけが過ぎ、いずれは後悔してしまう日が来てしまうかもしれない。もっとこうしておけば、もっとああしておけば、人生なんてソレの連続だ。本当に満足の行く生き方なんて誰にも分からない。どの選択肢を何故選んだのか、そう悩んで答えを出した自分を信じるしか無い。それでもその儚い時間はきっと大切な宝物になる。つまりはこういう事だ。「ヤれる時にヤレ」


「サンキュ・・・」



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