白銀の一枝6
(十)
数時間の遅刻。重役出勤宜しくやっと学校へとやって来た豪太朗は、校門の前に仁王立ちする巨躯を捉えていた。素通りしたい気持ちを押さえ込み一応声だけは掛けてみるのだ。
「・・・何やってんだよオッサン。こんなトコで。」
「おお!豪太朗じゃねえか!お前こそどうした?ここは学校だぞ?何やってんだ?」
「生憎と俺はここの生徒様なんだよ。」
「こりゃ驚いた!ちゃんと覚えていたんだな!意外とお利口ちゃんだな。」
「・・・仕事はどうしたんだよ。インチキ占い師だかエセ祈祷師だか知らねえけどよ。」
「してるさ。仕事ならちゃんとな。お前なんかと一緒にすんな。」
「はいはい。で?女子高生見物なら無理だぜ。今は授業中だからな。」
「バカヤロウ。そんなこたあ分かってる。時間くらい調べてあるわい。で?それが分かっているお前はその授業中に何故教室にいないんだ?」
「うっ・・・ちょっと体調不良で・・・」
「後でぶっ飛ばすから覚悟しとけ。」
「・・・」
そう言えば「保護者」だった事を今思い出した少年は大人しく校内へと歩みを進めるのだった。
「そういやお前。大島智子さんを知っているか?」
「?ああ。瑠璃子と同じクラスだったと思うけど。知り合いか?」
「・・・ちょっとな。」
「???」
「さっさと行って勉強して来い!ただでさえいろいろと足りねえんだから!いろんな意味で。」
そう発破を掛けたオッサンは俺のケツを盛大に張り飛ばした。
「いってえ!」
「今日はちゃんと全部の授業を受けるんだぞ。途中でフケやがったりしたら・・・この俺が先生方に御挨拶して回っちまうぞ?」
「任せろ。世界が終わっても絶対に帰らねえ!」
藍の紬に明灰の袴、そして裸足にい草の雪駄という叔父の出で立ちに固く誓いを立てる豪太朗だった。そして其の去り行く後ろ姿に背を向けた厳治朗は呟いた。
「ここには居ないようだな。でも此れで校内の生徒達は守れるだろう。」
特徴のある少しテンポのずれた下駄の音と、剛質な杖が地面を突く音を響かせながらゆっくりと学び舎から遠ざかって行くのだった。
(十一)
「あれ?どうしたんですか?ここは学校ですよ?勉強する場所ですよ?」
豪太朗が教室へと辿り着いたのは其れから8分後だった。五辻重蔵はいつもの如く呆れ顔を態とらしく強調しながら基本のイヤミ攻撃だ。やはり何事も基本は大切だ。しかしながら「俺に同じ技は二度は効かねえ!」とばかりに慣れたトーンで切り返す豪太朗の生き様にも過分に問題が有るようだ。っていうか慣れる程言われまくってんじゃねえ!なんて咆哮を上げてしまうなんて事は体力とその他諸々の無駄になるので止めた。
「うるせえ!そのネタはさっきもう聞いた。オッサンとカブったな。」
「・・・叔父様の苦労が偲ばれますね。」
「で?何なんだこの妙な空気は。」
上に超が2、3個付いてしまうくらいに鈍感な豪太朗にでさえ、今日のクラスメート達の様子がおかしい事くらいは気が付いたのだ。浮き足立っているというか、妙によそよそしいと言うか、兎にも角にも居心地が悪く息が詰まりそうな空間だと感じた。
「珍しく豪太朗くんが居るから皆緊張してるんですよ。噛みつくんじゃないかって。」
「ほう。新パターンだな。それで?」
「・・・大島智子さんが亡くなりました。」
「え?」
そして俺は噂レベルの域を出ては居ないものの、学校側の報告と生徒達の間で囁かれている話を聞かされた。特に接点も無い生徒だったけれど、顔を見知っている人間の死は流石にショックだった。俺は思ったよりも偽善者だ。そして其れ以上に心配に成ったのが瑠璃子の事だ。あのお節介女はまた余計な事に首を突っ込んではいないだろうかと、今朝方姿を見せなかった事実と相まって俺の不安を掻立てるのだ。大島智子。其れはオッサンの口からも聞いた名前だ。何でだ?彼女の死と何か関係あんのかよ?しかもこんな時間に学校で何やってたんだ?・・・分かんねえ・・・とりあえず今は瑠璃子を探さなきゃ。俺の思い過ごしだといいんだけどな。