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白銀の一枝  作者: 鷹司蒼志
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白銀の一枝3

(四)


 大島智子は苦悩していた。先日の模試の結果が芳しくない為だった。様々な数字が書き込まれた用紙を見つめながら小さな溜め息を止められずに過ごして居るのだ。一年八組。周囲では明るく楽しげな昼食の一時ではあるものの、母が拵えてくれた小さな弁当箱の包みすら解く気には成れずに居た。


「大島さん。体調でも悪いの?お弁当も食べないなんて。」


クラスメートの大沢紗香だ。珍しく大島智子に話し掛けてきたのだ。


「ううん。大丈夫。ちょっとダイエットでもしようかと思ってた所よ。」

「全然太ってないのに~あたしなんてマジ悩んでんだから。全然体重減らなくて、死にたいくらいだよ!」

「さあちゃんそれチョウ分かる~!あたしも彼にデブって言われてさ~!」

「マジで?レイちん最悪じゃん!」

「ひど~い!大丈夫なのそれ。」


 女子の大好物、ダイエットネタに喰らい付いて来た女生徒達が智子を置き去りにして勝手に盛り上がる。しかも男共の悪口もふんだんに携えて。コレは超面倒臭い展開だ。男子としては聞きたくは無いけれど気になってしまう。こうなったらさも興味無さそうに他の話題に集中しているフリをしながらこっそりと盗み聞きする。コレが無難な対応だろう。たがしかし悪口にしろ褒め言葉にしろ女子トークの中に自分の名前が出てくる事を期待する以前に話題にもされなかった時の切なさの癒し所だけは確保しておきたい。そんな複雑な年頃。


「・・・大丈夫よ。ダイエットも継続すれば必ず結果は付いてくるわよ。頑張ってね。あなた達。」


 此の流れを止めるべく優しく笑い掛けた友達面の下で智子は思っていた。


“五月蝿い連中ね。何て下らないことばかり考えてんのかしら。此のクラス本当に馬鹿ばっかり。馬鹿と付き合うとあたしまで頭が悪くなっちゃうじゃないの。だから私の偏差値まで下がるのよ。ホントムカつくわ。頼むからもう死んでくれっての。マジで全員死ねばいいのに・・・”


 彼女の中でジリジリと燻った負の感情が頭を擡げ始める。此れは誰もが持っている感情だろう。嫉妬、優越感、侮蔑、自己中、憎悪。それらの重く冷たい感情、其れを心の堰で塞き止め、己の器量で昇華させて何とか生きていけるのだろう。「私は両親の期待に応えなければならない。」此れだけが大島智子の命題だった。父は弁護士、母は医者という厳格な家庭で育った彼女は常にエリートで居なければならなかった。一流大学を出て弁護士か医者、其れで無くとも一流の人間に。其れが両親そして智子の希望でもあった。其のプレッシャーが智子の心を頑にさせ、いつしか溜まりきったストレスは出口を求めてグズグズと這う様に蠢き続ける。


「・・・アイツさ。やっぱアタシ達の事バカにしてるよね。」

「頑張ってね。だってさ。上からかよ。」

「ヤダヤダ。優等生ぶってさ。」

「何考えてるか分かんないし。キモイっての。」

「ムカつく~!」

「・・・じゃあさ。ちょっぴり困って貰ちゃおうか。」


年頃の少女達の笑い声は遠離り、密かな企みは胸の奥へとオミットされた。




 開け放たれた窓。穏やかな風に優しく揺れるカーテン。いつも通り一人っきりに戻った智子の元に、何処からか風に乗って深紅の花びらが舞い降りた。否。其れは仄かに揺らめく焰だった。彼女の目にだけ映る幻だろうか。放心といおうかただ力無く中空を見つめる智子の揺れ動き心ざわめく未成熟な胸元にそっと染み付き、其の深淵に溜まる滑ったどす黒い感情に火を付ける。辺りでは、夢見る少女の様な瞳の奥に灯った小さな狂気に気が付いた者は一人も居なかった。

 

少女が胸の奥に宿した焰の名を「縊鬼いつき」と言った。


(五)


「ぶえっくしょん!」


 寒風吹きずさむ此の季節、誰が好き好んで校舎の屋上なんぞに上ってくるものか。そう此処は豪太朗にとってはうってつけの練習場所と成っているのだ。あれだけ口煩いオッサンも俺の実力を思い知ってからと言うもの「家での練習は禁止だ!」とか言い出しやがる始末だ。どないやねん!


 腰から下げた笛袋、其の封を解く。指先には清浄なる篠竹の撓り。日の光の元に取り出された横笛は銘を「占月」(せんげつ)と言う。生前、親父が愛用していた篠笛だ。艶やかな表面は何処までも黒く、悠久の歴史を刻んだ其の身は幾人もの楽士が愛した名笛だ。と、オッサンから聞かされている。


「ヒュウウウウウウウウ・・・ウウ・・」


 前触れも無く豪太朗の掌で、独りでに笛が泣いた。


「ひあっ!」


 見事な腰抜けっぷりで情けない声を上げた男は、初めて遭遇した己の知らない現象に何らかの理由を求め其れに縋り付く事で恐怖心を押し殺そうとした。此れが必殺の自分説得だ。己の都合の良い風に思い込む事で「怖くない怖くなんてないんだ。」と小学生並みの浅薄さで自分を甘やかすへなちょこ男子の得意技だ。冷静に考えれば此の風だ、偶然歌口に風が舞い込み、たまたま音が出ただけだ。うんそうだ。そうに違いない。誰がなんと言おうと決定だ。俺は非科学的な現象なんて信じない。此の日進月歩、直に他星系にだって住めるかもしれない此の時代に超常現象なんて有る訳ない。俺は別にユーレイとかが怖い訳じゃないんだぜ?只ナンセンスだと言っているだけで・・・。常々思って居たのだ。「古い笛」何かが籠ったり取り憑いたり宿ったりしちゃってるなんて事は有ったり無かったり。漫画とかじゃ良く有る設定だけに、何となく拭いきれない恐怖心をほんのりと抱えていたのだ。兎にも角にも、独りぼっちで此の言い訳がましさはきっと何かの病気に違いない。そんな微妙な悩みに心が揺れる少年の足下、階下には一年八組の教室が座していた。


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