白銀の一枝2
(二)
其れはありふれた風景。午後のひと時、生徒達は銘々に昼休憩を過ごしている。購買部。其処は戦場だった。三限終わりに若干フライング気味に飛び出した生徒でさえ、思い通りのメニューを手に入れるには一抹の苦労が有り、特に一番人気「半熟卵入りカレーパン」を入手するには最早コネか賄賂、もしくは魔法でも無ければ難しいだろう。思い切って購買部に就職するという離れ業も捨てがたいけれど、高校を中退するリスクを考えると些か踏み切れないものがある。そんな戦場を潜り抜けた男が今、二つ目のコロッケパンを頬張り始めた。ちなみに人気ランキング6位という微妙な位置付けのコロッケパンではあるものの、其れを二つも手中に収めた其のの手腕は近々伝説と成るやもしれぬと勝手に思って居る。桜成高校二年三組。どんな汚い手段を使ったのかは分からぬが、まんまと窓際最後列というベストポジションを掴み取っていた豪太朗はフツーツ牛乳とコロッケパン2個、三食おにぎり(桜漬け付き)カツサンドに茹で卵、鶏唐BIGにメンチカツ。デザートにはメロンパンととろける焼きプリンという非常に豪華かつ腹さえ膨らめば何でもいいと言うか本能のままにただ手を伸ばしただけのラインナップと言えよう。いくら若いからと言ってもやがて備蓄が始まる腹回りの脂肪は十分気を付けるべきだと声を大にして主張したい。切実に。
「大丈夫ですか?もうあまり時間が無いですよ?」
只黙々と食べ物を口に詰め込むだけの生物に成り果てていた豪太朗を寡黙に、否、冷たい視線で見守っていた男、五辻重蔵はそう口を開いた。
「んあ?うぐっはぐはぐ・・・・・・」
「早く行ったらどうです。無駄な抵抗に。」
「・・・んがっ・・・ふーっ。俺だって分かってるって。親父の遺言じゃなけりゃとっくに止めてるっての。」
重蔵とは中学からの腐れ縁だ。其の一見知的な優等生スタイルに惑わされる女生徒も少なくは無く、丁寧かつ優しい口調も密かな人気を集めている。だがしかし一度でも同じクラスに成った女子からは見向きもされないと言う呪われた運命に翻弄される悲劇の男なのだ。本人曰く「ありのままの僕を受け入れてくれる女性に出会えない」と。そうつまり絶望的に性格が悪いのだ。それがもう本気でフォローの付け入るほんの僅かな隙間さえも無いくらいに完璧にズッポリと。故に少しでも彼の内面に触れる機会に恵まれた女子は、幸運にも目を覚ます事が出来ると言う訳だ。じゃあ何で豪太朗はそんな男とツルんでるのかって?そりゃ勿論、男は腐ってるくらいが一番美味いからに決まっている。
「じゃ、ちょっくら行ってくるわ。」
「お気を付けて。うっかり人を殺してしまわないように。」
「おう。」
親父の遺言はただ一つ。「毎日欠かさず横笛を吹く事。」雅楽師だった親父は俺に跡を継がせたかったのだろう。まだ幼かった俺は顔さえ覚えちゃいないけれど、オッサンに言われるままに肌身離さず横笛を携え、意外な程の律儀さでこうして練習していたりする。
「向いてねえんだけどな・・・俺。」
件の笛袋なら豪太朗の右腰で静かに揺れていた。
(三)
厳治朗は少し早めの昼食を済ませて居た。午後からの仕事、其の準備を始める為だった。普段は和食党の厳治朗ではあるもの何の因果か気の迷いか、ハイカラなパスタなんぞを拵えてみようと試みたのが不味かった。男手一つで甥を育ててきた此の男には或る程度以上の家事能力が身に付いている。其の自信が油断を招いたのだ。元々の大雑把な性格も仇なして、結果的に激辛に仕上がってしまったペペロンチーノを努力と根性で完食した彼の身体は炎の様に熱く、全身隈無く厭な感じにしっとりと濡れそぼっていた。此の大事故は叔父としての威厳を守る為に隠蔽しようとよく分からないプライドを振りかざしてみている段階だ。ちなみに本人曰く「結婚出来ないんじゃなくてしないだけだ。」と、言えば言う程に切なさが溢れ出す必死な建前を繰り返して居るので御座います。優しくしてあげましょう。リビングにて無造作に衣服を脱ぎ捨て一糸纏わぬ姿になった厳治朗の裸体を大きな窓から差し込む自然光が照らし、鍛え抜かれた筋肉の鎧を浮かび上がらせる。仕事の前にはいつも必ず風呂で身を清め精神を統一するのだ。左足の太腿には幾重にも晒が巻かれ、其れが彼の下半身の自由を奪う枷となっている。余談だが其の隣でブラブラしている彼の一物は豪太朗の其れとは比べ物にならない程に立派なモノで、歴戦の勇士を思わせる畏怖堂々たる其の風格に、「デカけりゃいいってもんじゃねえし」とか「デカい奴はテクニックがねえ・・・」なんて言う羨望の裏返し的な陰口も笑って受け止めてしまう程の器のデカさがまた殊更に悔しさを倍増してしまうのだ。・・・ホント悔しい。(涙)
白く長い布をゆっくりと巻き取ると、紙幣程の大きさの一枚の札が現れる。そして其の下に横たわる鋭利な刃物で切り裂かれたかの様な長く深い傷、其れは古く、肉の裂け目は乾燥に因る硬化が進み、ミイラの如く奇怪な様相を晒していた。
「力が弱くなってやがる。新しい札も一週間と保たねえか。」
文様の如く複雑な文字が書き込まれた其の札は、端々に焼け焦げた跡が浮かび、深い傷口の奥底には木炭に残る種火の様にちりちりと、外界を伺うかの如く赤い炎の断片が覗き見えていた。
「そろそろ限界かもしれんな・・・」
其の時、一瞬大きく膨らんだ炎と共に、役目を終えたかの様に静かに札は崩れ落ちた。太腿に刻まれた傷口からは禍々しい炎が頭を擡げ、細やかな焰を撒き散らしつつ今にも中空へと躍り出そうとするのだ。
「うおっ!こりゃマズい!」




