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青い用心棒☆彡  作者: 諸星進次郎
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4話 いっちょやります……かっ!!


「なるほどのう、それが叛十生零流……。一般人のワシにもわかる、なんと禍々しい……そしてなんと美しい……、ゴホッゴホッ!」

「ジジイ! メンゴメンゴ! んなヤバ空気出すなよ!」

 ――――親方様の愛したこの町を救え。新しき鬼よ。

「きこえてんなら会話せーよ! 会話! 友だちなくすよ」

 病院の個室で刀に向かってワアワアするアオイノに、ベッドの背もたれで体を起こしているジジイが眉間にシワをよせる。

 顔も体も包帯でおおわれ点滴の管がのびている。いたるところが骨折し瀕死にさせられたが命に別状はなかった。あくまで半殺し、プロの犯行であることがジジイの老体が如実に語っていた。

「やっぱりきこえんなあ。しかし面白いのお、オニの首をとった刀が、オニに助けを求めているとは、そんな昔話、ワシはきいたことないぞい」

「ま、どーでもいっしょ。ジジイが元気そうでよかった~~。これ食べな、チカラでるって八百屋のじっちゃんがいってたから!」

 お見舞いのスイカを手のひらにのせて豆腐でもきるように叛十生零流でスパスパと切り分けた。

 ベタベタになった叛十生零流をウエットティッシュで拭いて、そこらへんで拾った蛍光灯の包装のダンボールに入れた。

「あ、ありがとう。後でいただくよ」

 かたわらの机に置かれたスイカは切り口がよく研磨されたようにキレイに涸沢を放ち何でもないように見える。老いたジジイの眼でもわかる。細かく何か雫のようなものが蠢いていた。

「女の子にこんなこといいたくはないが……あいつを救ってやってくれ」

「そんなマヂになんなくてもトッシーなら一人で何とかするっしょ~~、どーせ、なにしにきたーって言われっし」

 あっけらかんと笑うギャルに、ジジイが小さくうなずいた。

「あいつは仲間がしんだのを自分のせいだと勘違いして、自分を攻め続けているんじゃ」

「それ……トッシーが仲間をおいてビビって逃げたってやつ?」

 雨の日、神社できいたやつ。

「それは違うんじゃよ。ワシがトシと出会う前の話じゃが、ワシにウソはつけんの、わかるじゃろ?」

「ジジイすげーしねぇ。あーしがウソの色いっても絶対に色当ててくるもんな~~、マヂ閻魔」

「じゃろ? つまり、あいつが【仲間に身をていして助けられた】事実から目をそむけて、自分のせいだって騒いでいるのなんてすぐわかったさ」

「仲間に助けられた……」

「あいつは事実を知らないほどバカじゃない。わざとそう自分にそう言い聞かせてるんじゃ。自分と親しくなったやつは不幸になるといいきかせ、つっけんどんにふるまい、誰も仲間と思わない、作らないように、仕事だけの関係だと言い張っているんじゃ」

「そこまでわかっちゃうんだ」

「現地調査のおかげじゃよ。何年も一緒にやってる、仕事だけの関係のな!」

 ガハハと笑うジジイ。

「老いさき短い爺さんならさっさとしぬし、思い入れもしないですむと思ってワシを雇ったんだじゃろうな。ワシも、そのつもりだった。殺し屋なんて社会に産み落とされた哀れな土人形だと思っておったが……笑っちまうくらい、あいつは人に優しすぎる」

「……」

 アオイノの手が握られる。とても力が入っているとは思えない弱々しさで。

「あいつのへんなジンクスみたいなものを断ち切ってくれ、アオイノちゃん。トシロウを助けてやってくれ、頼む」

 すがるような必死なジジイに口を開こうとしたその時、アオイノのスマホが着信音を鳴らした。




「良かった繋がりました。電波が届くか不安でしたがケータイの技術は進んでますねえ、人間の唯一のいい面といってもいい」

 アオイノのスマホに電話をかけながら、金生達夫は上機嫌に笑う。

 窓が一切ない広々とした空間。相撲の土俵によく似た縄で作った円の中心に立っていた。

 回りを埋めるように四角い鉄檻がいくつも置かれ、中には拉致されてきた人間。灯籠が鉄檻一つにつき一つ前に立っている。

「端的にいいます、取引しましょう。私はトシロウをだします、アナタは叛十生零流をだしてください」

 後ろ手に手錠をされて正座しているトシロウの肩を叩く。トシロウがいるのは同じく土俵の中心。三0メートルはありそうな巨大な赤い鳥居が二つ重なって十字を作っている真下で、生々しい傷に血をにじませていた。

 目の前にはしめ縄で巻かれている鬼の生首が入っている箱。

 儀式の準備が整った異様な空間で、金生達夫の声が響いている。

「明日、本社ビルの地下まできてください。アナタが寝泊まりしていたさらに下です。そこで取引しましょう」

「こなくていいぞーーーー」

 金生達夫はトシロウのふとももにのった。三角形の鉄を並べた拷問器具にトシロウの足がくいこんで苦悶の悲鳴が木霊する。

「もしもアナタがこなくても見つけ出すことは容易です。時間を短縮するためにアナタに持ってきてほしい、そういうわけです。明日の二四時まで待ちます。一秒でも過ぎたら、トシロウの命は無いと……地獄へ落ちますからね」




 スマホを谷間にしまって叛十生零流の入った蛍光灯ケースをわしずかみにすると、アオイノは病室の扉をあけた。

「アオちゃん」

 不安を隠そうともしないジジイの声に、肩ごしで不敵にほほえんだ。

「約束してっから、ちょっといってくる~~」

 扉をしめ、決意に満ちた顔つきで廊下を行く。

 落ちつきはらってゆっくりと、はやる気持ちは弾丸よりも早く。

 ジジイ。ナベちゃん。ツナグン。

 トッシー。

 まっててね……!

「もしかしてアオイノさんですか?」

 通り過ぎた長椅子に、オドオドしている男。不釣り合いなギターケースを大切そうに抱いて様子をうかがっている。

「ちょー、カッコよくキメてたのに~~、ナンパとか今募集してなんですケド~~」

「え? す、すみません。でもアオイノさんで、よろしいんですよね? これ、預かってきました。店長からだといえば、わかると」

 差し出したのはそのギターケースだった。

 それを受け取りあける。鬼ではないと弾けないとテンチョーがいっていた、大鬼が持っていたとされる木製のギターだった。

「その、刀? そんなのに入れてちゃカッコつかないだろうと……」

「テンチョー、だいじょぶだったんだ……おっさんアリガト!」

 ヘッドの上に開いている穴に叛十生零流を挿しこむと、まるで最初からそうであったかのようにピッタリ収納できた。

「トシロウさんによろしくお伝え下さい。少しでも恩返しできて、私も、よかった」

 廊下先から子供の鳴き声と、あやかす母親の声。男は頭を下げて家族に呼ばれていった。

「どっかであった気がすんだけど……まいっか。おや?」

 ボディの裏になにか貼りつけてあった。

「ンッフッフ、わかってんじゃ~~ん」




 本社ビルは相変わらずスーツの人間が出入りしていて、それに混じってヘルメットとプロテクターを装備し酒銃を構えて武装した人間が目を光らせていた。

 数日前から厳戒態勢が敷かれている。

 それはもちろん、『青鬼』が近いうちに攻めてくるのを迎え撃つためだ。

 社長室でタブレットに写っているビルの映像を金生達夫が眺めていると、部隊長がキビキビと入ってきて敬礼。

「警備ご苦労さまです。わざわざお呼びするまでもなかったのですが、念を入れて伝えておきたいと思いまして」

「ハッ、警備は固めてあります。外部内部ともにネズミ一匹通れません。一般社員を装った隊員たちを往来させておりますので、もしも外部の人間が入ってくれば、直ちに対応できます」

「なるほど、いまここにいる社員は私だけというわけですね。いい作戦です」

 満足そうに笑顔をたずさえる。

「前にも話したように、やつは用心棒の仲間です。いつどこから潜入してくるかわからない。やつの擬態能力はトシロウ以上ですから、どれだけ構えていてもすり抜けられる可能性は大いにあります。絶対に、気を抜かないでください。今まで処理してきた殺し屋やゴロツキのような不安分子と一緒にしない方がいい。ゴジラとか仮面ライダーのほうが参考になりますよ」

「ハッ、肝に銘じておきます……それであの。どういう、容姿なんでしょうか?」

「伝えていませんでしたか?」

「いえ……その、申し上げにくいのですが、未だに信じられないといいますか……」

「ムリもありません。でも、しょうがありません、事実ですから」

 金生達夫は神妙な面持ちで、タブレットを見つめる。

「青鬼が黒ギャルなのは」




 次の日の昼。

 ネズミが一匹、本社ビルの門を通りレンガの道をつたってエントランスへ一直線に向かっていく。

 巡回している武装隊員の足の間をくぐりぬけるが、正面玄関で警備している隊員が(玄関といってもほぼ全壊で吹きさらしで、全面あった鏡は枠に残っているだけで見る影もない)ひょいっとつまみ上げた。

 ネズミごしに視界にうつりこんでいる門に、大柄の人影。

 旋風が激しく吹き、まとっている侍の着物が、手をひっこめている袖がマントのように強くはためいている。

 ギターケースをせおって、なびいた青い毛先が顔を隠していた。

 自動小銃をこれ見よがしに装備している二人の門番が行く手に陣取った。

「止まれ、止まらなければ発泡する」

 威圧にやっと立ち止まる。

 金髪で褐色の肌。ゆたかな胸のふくらみが着物をおしかえしている。侍の服装にギターケースを担ぎ、そしてニコニコのお面をかぶっていた。

 一斉に無数の銃口が向けられた。




「金髪の面に注ぐ。両手をあげて、投降しなさい」

 アオイノは口の中でつぶやく。

「……なんでゴチャンに書き込む話してるのかわかんないけど……無駄に戦わない……頭を使う……」

「両手を上げてうつ伏せになれ!」

 袖から腕をだして、ゆっくり手をあげた。

――何をしている。人間などはらえばよかろう。

「人生って知らない? あーしは知ってる」

 あげた右手で背後のギターケースを掴み上げた。

「撃てーーーー!!」

 弾丸の塊が一斉に放たれギャルを覆いつくした。ボロボロと弾が小さく変形してアオイノの目の前に落ちていく。

「イテテテテだけど」

 ゆっくりとギターを弾くポーズ。ギターケースがみるみるうちに剥げていき中身のギターが露出、木のギターが完全に外気にさらされると、発砲が止まった。

 ダメだと気がついたのだろう、手で合図すると自動小銃を装備している隊員たちと入れ替わって別の型の小銃の隊員たちが前に出る。側面に筆記体でアルコール弾と刻印されている。アオイノを昏倒させた銃だ。食らえばひとたまりもないのはその身を持って折り紙つきだ。

「人間は……ころさないって、キメたし!!!

 地面を踏み抜きほぼ高速移動のダッシュ、三0メートルほどあった距離を一瞬で詰め、棍棒のようにギターwp振り回して薙ぎ払った。

「ヘルメット脱がないでね~~~~」

 一振りするだけで一0人が飛んでいく。

 横になぎ、叩きおろし、衝撃でギャグ漫画のように人間がぶっ飛んでいく。

 隊列もクソもない状態でまだ残ってる隊員が発砲、ギターボディを盾にして全てを受け止め、返す刀でふっとばす。

 隊員たちが行く手を阻んでいるが、正面玄関へ続く道は人ならざるアオイノの怪力によってもはや開けているのも同然だった。

 エントランスまであと少しのところ、空気と障害物をぶっこわして直径十二0mmの弾がとんできた。

 カッ! 長いつけまつ毛の青い瞳が見開かれた。

 ヘッドから叛十生零流の禍々しい刀身を引き抜いて斬り下ろす。

 弾が通りすぎ、後方で爆発が二つ、十二0mm弾に当たった刀身は絹豆腐でも斬るかのように鉛の塊をスッパリと両断したのだ。

 地面が小刻みに揺れだし隊員が急いでレンガの道から離れる、かろうじて残っていた玄関の残骸を突き破って、鋼の戦車が姿を晒した。

「あ!! あれあれあれ~~~~!! シンゴジで見たやつ~~~~~~ッ!! スゲゲゲゲゲゲゲーーー!!」

 瞳をランランさせて指差して興奮しているアオイノに間髪入れずに放たれたもう一発、刀をバットのようにもって高速で射出された鉛の弾丸を側面で打ちつけた。

 激しい火花が散る、だが刀は一切たわむことなく、アオイノの怪力をあますこと無く伝え、大砲の弾を打ち返し、砲塔にスポッと。

 じんわりと装甲が熱で明るくなっていく。

 一目散に逃げる乗組員たち、まるでそれを確認したかのように、戦車は大爆発。

 風と炎と煙でまたたく間に視界が奪われ、アオイノはその場で踏ん張ってジャンプ、ビル外壁に足を接触させて、

「チェーーーーイ!!」

 全速力で走った。下っていくエレベーターを追いこして五秒後、最上階二五階のガラス窓をヒーローよろしくぶち破った。




「三人をかえせってあれ誰もいなみ~~~~」

 広々とした社長室の中で切っ先をピッと向けているが、がらんどう。太陽光だけの薄暗い部屋にポツンと社長机が置いてあるだけだ。

――ここにはいない。

「え、わかんの?」

――用心棒の肩を貫いている。掌握できる。

「さーーーーきにいいなさい!! どこどこ!」

――この建築物の奥底に小僧の血脈を感じる。

「地下か~~。ナベたちの場所もついでにわかんないの?」

――貫いておらぬモノはわからぬ。

「んーーだよ~~~~。トッシーにメッセできない?? 今いくしって!」

――メッセは貫いたことがない。

「貫いとけよ~~~~。まーいっか。じゃーここ下って……」

 床に向かって拳を振り上げるアオイノ。しかし、下の階に警備の人間の気配を感じ取りとると、ひっこめた。

「階段探すか~~、階段なら誰もいないっしょ~~」

――エレベーターは廊下をでて右奥だ。

「え?! エレベーター知ってんの?!!」

――エレベーターは貫いた事がある。

「便利だな~~。あれ、てか、エレベで下ってったのってもしかして……」


 ギターを背負ってエレベーターにはいる。

 ボタンを押しても動かなかった。電源が切られている。数秒後に電気がついて勝手に動き出した。ほのかに叛十生零流がポワッと光っている。

「便利グッズ~~~~」

 凄まじい速度でエレベーターが下がる。階数表示のランプががおかしいくらいに早く切り替わっていく。下っているというより落ちている。

「んん? てかこのエレベーター地下のボタンなくない?」

 だが一階を過ぎても底に当たる気配はない。階数表示にボタンには存在していないB一、二、三……が通り過ぎていく。

「ウワー! 秘密組織っぽーーーーい!! これ何階まであんだろーー!!」

 一0……二0……三0……。

 地上に建っているビルよりも深い階層が存在している。無限にもつづいていそうな階数表示にやっと気がついたのか、

「てか、これめっちゃはやいけど止めてくれるんだよね」

――我は貫いたモノしか察知できぬ。

「ほほう?」



 最下層のB八0階の前で通路を埋める隊員が酒銃を構えていた。止まっているはずのエレベーターが通常の倍以上の速さで移動し、ある操作をしなければこれないはずの地下に下ってきているのだから警戒されて当然だった。

 構え! あと数階。それなのにエレベーターは減速する気配がない。超高速のまま降りてくる。

 退避ー!! その瞬間に破裂音をたててエレベーターのドアが吹っ飛んで構成していたパーツがスペースデブリのように高速にとびだし隊員たちを襲い壁に突き刺さった。

 一際大きな塊が飛び出す、それはもちろんアオイノ、身を守っている隊員たちをまとめて壁にめり込ませた。

「ベンリっち、トッシーどこいる?!」

――直線。

「いまいくぞ~~~い!!」

 エレベーターホールをでて突き当りの壁を突き抜けた。



 ドアを突き破ってアオイノはやっと足をとめる。

 広い広い空間、中心には折り重なって十字を作ってる奇妙な鳥居、辺りを囲む人間を入れた鉄檻群。

「トッシーいたあ!」

 派手な音をたてただけあってトシロウはアオイノに気がついて何か訴えてきているが猿ぐつわでわからない。

 距離を詰めるアオイノ。太い鳥居の柱の陰からスーツの金生達夫が幽鬼のように、ニコニコと現れた。

「これは驚いた。お侍様ですか」

「逃げないとしらないケド~~~~」

 叛十生零流を水平にして、振るう準備をした。

 眼前に拳、振り抜かれた。

 アオイノは勢いがついたまま、ズザザザザ、背中で滑走してトシロウの後ろを通りすぎ、鉄檻を弾き、円状の部屋壁に激突した。金生達夫が一瞬のうちにアオイノの前に現れて拳を振り抜いていたのだ。

 ブリッチするようにぴょんっと飛び起き、バカの一つ覚えでもう一度真正面から突っ込む。今度は真横から拳がくる。身を屈めてさけ、返す刀で刀を振る。

「お」関心と驚きの混ざった初老の声がもれるが、摘まれて止められる。

「閻魔パウワああああああ」

 一際大きく叫び強引に怪力で金生達夫をふっ飛ばした、一度も床に着地させることなく反対側の壁に直撃。

「ハッハッハ、これが鬼との戦い、鬼との戦闘」

 ムクリと立ち上がって上機嫌にネクタイをすてた社長。無傷。アオイノは空中で前転した踵落としで追い打ちをかける。片腕で掴まれ、壁に叩きつけられ、めり込んだまま引きづられ部屋の中心まで壁に線がひかれ、その勢いのままぶん投げられた。

 鳥居の太い柱にぶち当たるが両足で踏ん張り、足の裏を鳥居に刻みつけ、射出されるロケットのようにもう一度社長に戻っていき、切っ先を向けた一本の槍に。

 金生達夫が抑えられない喜びを放出するように顔が笑顔にゆがんだ。

「血が沸騰する……」

 高速でとんだアオイノ、背中を肘鉄で地面に叩きつけれる、両手を組んだ固い拳の塊が振り下ろされる、それを立ち上がるはずみの頭突きではねのけ、叛十生零流の美しい刀身の背で殴りつける、

「死が体中を駆け巡っていく!!」

 片手でガードしストレート、首を捻ってチカラを逃して後ろ回し蹴り、耳すれすれ手の甲で受け止められて掴まれる、身体を回転させてそれを振りほどき着地、膝蹴りに顔をかちあげられて後方に飛んだ、勢いでお面がとぶ。アオイノはバク転して三メートルほど後ろに着地し、手の甲で血をぬぐった。

「感動! エキセントリック! 今! この時!! 私は、若返っている!」

「おっさん敵にしておくにはおしいな~~~~」

 一瞬にして行われた命の取り合いに、鬼と鬼が笑いあった。




「あいつらにとって戦いはスポーツってか」

 間髪入れずに異次元の攻防をはじめる二人を遠目でみながら、鍵をされている手錠を落とした。

「このままじゃあいつは負けるだろうが、その前に」

 鉄檻の一つに近づく。必死に助けを求めてくる拉致者をかき分けて渡辺姉弟がトシロウの前にたった。

「ツナグ、やっぱり来てくれた、トシロウさん来てくれた」

「僕がついていながらすみません……」

「素人が調子にのるな。話は後だ、今はここからどうやって逃げるかだ」

「アオイノちゃんは」

「あいつならどうとでもするだろう、なんたってバケモンだからな。それよりも人間のオレたちがどうやってここから逃げるかを考えるほうが建設的だ」

 戦いの余波で断続的に揺れ、鳥居がミシミシ悲鳴をあげて天井からパラパラと粉塵が落ちてくる。

「本当にここで儀式する気があるのか。このままじゃ崩壊するぞ」

 円状の部屋で出入り口が一つ、あのバケモンに見つからずに見晴らしのいいこの部屋の中央から全員でられる方法。

 ついでに右肩の傷と折檻された両足をかばってオレが逃げれる方法。

 そんなのあるのか。

 ガガガガガッ、床をめくりあげて止まる音。アオイノだ。間髪入れずに金生達夫がありえない跳躍で殴りかかる。すでにスーツの上を脱ぎ捨て、とても初老の男とは言えないはちきれんばかりの筋肉隆々の上半身を見せつけている。身体の大きさも肥大化している、肌に赤い線が筋肉のスジのように伸びていく。もはや人間の容姿ではない。

「アオイノがんばれーーーーッ!!」

 トシロウの近くにいた男が叫んだ。当然会話を聴いていたのだろう。それに連鎖するように、一人、また一人と、アオイノに声援が飛んでいく。

 鬼たちにはきこえていない、激しい戦闘の最中にかかわらずに口元に浮かんでいるのは歓喜の笑み。

 トシロウはアオイノをしっかり見た。

 いや、ある。

 最初から、一つだけあったんだ。

「……そうか」

 前提が間違っていた。

 ここを抜けるのに必要な要素は一つだけだった。

 オレがあいつを信じればいい。

 ニコニコお面が灯籠に引っかかっていて、トシロウに笑いかけていた。




 人間の顔の何倍にもなった拳がアオイノにくる、フンッ! 叛十生零流で受け止めて衝撃が弾ける。

「ぬうううおおおおお」

「ちょっ!」

 押し返そうとチカラを込めた刀身はまったく折れる気配はなくアオイノの力を伝えている。そんなの苦にしていないと拳が振り抜かれるが、刀で轍をつけて一0メートルほどのブレーキをかけた。

 口をモゴモゴさせて金生のツバの弾丸がバババババッ放たれる。慌ててアオイノが側転で避け、なおも襲ってくるそれから走って逃げる。

「なんかどんどんでかなってない?! オニと合体したニンゲンってこんなんなの?!?!」

――あやつは取り憑かれている。

「ベンリっちワカンの?!」

――何十、何千、と、親方様達の首を取りに来た。

「ハルクじゃんか~~、ししゃものトッシーでかくなったらおもろいな~~取り憑いてみっかな~~~~」

 唾痕で細かくめくり上がっていく床、アオイノはジャンプし高い天井を横断していく。

「ま、ニンゲンにトリツクとか、GMですケド~~~~!!」

 着地と同時に粉塵が少しだけ舞いアオイノの姿を一瞬消すが、その中央に一際大きな唾弾が打ち込まれロケットランチャーが爆発したような破裂音がこだまし、一気に煙が晴れる。

 アオイノの姿はない、真っ赤な血で染め上げたような眼がキョロキョロと探し「きえええええい」上に向くと、飛んでいたアオイノが鋭い刀身を振りかぶって金生達夫の眉間に向かって落ちてくる。

「鬼は脳みそあるのかァ?」

 極太の腕で赤い顔が庇われる、禍々しく煌めく刀身、なにかを感じ取ったように金生達夫の狂気の笑顔に戸惑いが、何かをするには遅い、スイカでも斬るような気軽さでスパッと筋骨隆々の腕を骨ごと両断。

 そのまま刀身が柄まで硬い床にくいこんだ。あまりにも切れ味がよすぎたのだ。引き抜いた瞬間、隙だらけの腹に打撃が突き刺さった。

 痛みに青い瞳が見開かれる。野太い踵落としが背中に直撃、アオイノを中心としたクレーターができあがった。グッタリしたアオイノの頭が片手で掴み上げられてパッと離されると、鬼の強烈な連打がアオイノを火達磨にした。

 強烈な一打でぶっ飛ぶギャル。鉄格子に突っ込む、アオイノはぐるんと身体を回して刀身と足でブレーキをかけてギリギリ止まった。

「ヒュー、危ない危ない。無事だった?」

「私のフルパワータツオストライクを受けてなお立っているとは頑丈にも程があるぞ、鬼」

 檻を肩をたたくようにポンポンやって笑顔のアオイノに、金生達夫が少しだけ苛立ちをにじませていった。

「しかし、噂に違わぬ切れ味だ叛十生零流」

 金生達夫がマジマジと眺めているその右手は、肩から先がスッパリ切れ落ちていた。切り口がよすぎるのか血液が一滴も垂れていない。

「再生もできない。鬼の能力までも無効化するか……まさに妖刀。正直、儀式に関して一%だけ信じていなかったが……身を持って信じることができたよ」

「ならもっと斬ってあげっし。あーしの大好きなジゴクアジのヒラキ豆詰めにしてあげる☆」

「なぜニンゲンに肩入れする。鬼にとって人間は下劣で低俗な虫けら以下なんだろう。罪を罰する永遠に終わりのない労働を作った根源、恨むべき存在だと。いなくなったほうが君にとっても良い話じゃないのか?」

「むーん。そうなんだけどさ~~」

 叛十生零流を肩にトントンやって、唇を尖らせて、ムムムと考えている。

「おっさんの言うこともスゲーわかるしさ~~、いまもそう思ってんだけど~~~~……そんなんどーでもいいのよ~~」

「どうでもいい? 信じられないな」

「人間ってやっぱどーでもいいけどさ~~。しのーがしなないがさー。でもさー、あーしがダチだと思ったヤツは、どーでもよくないんだよね~~~~」

 中央で拷問道具に正座してうなだれているトシロウの頭を青い瞳がみつめている。

「逃してくんない? あーしー、この儀式とかジャマしないからさー。ね~~おねが~~い」

 前かがみになりゆるい着物の谷間をみせて誘うアオイノ。戦いの余波で着物は破け、胸元は大きく開き、着物というより布を巻いてるだけだ。金生達夫は豪快に笑った。

「随分この世に染まったみたいですね。まるで私のほうが鬼みたいだ。確かに私はギャルが好きですが、ヤルべきことから目をそむけるほど心が弱くもない。だてに社会で修羅場をくぐっていませんよ」

 艶美な谷間に完璧に釘付けの金生が重さで床をミシミシさせながら歩く。

「そろそろ終わりにしましょう。私とアオイノさんの実力は互角ですが、腕が無い分少しだけ私のほうがフリ。ですが、いまの話をきいて確信しましたよ」

 歩みを止めたのはトシロウの前。人間五人が余裕で乗れそうな手を頭の上にかざした。

「少しでも動いたら地獄におくります。これでどうでしょう? 心優しき青鬼さん」

「ず、ずっこぉお~~~~い!!」

 叛十生零流を肩に置いたまま凍りついたように動けなくなった。

「ハハハッ、せっかく鬼だというのに自ら弱点を作り出してしまうなんて、大馬鹿ですねえ」

 口をモゴモゴさせ、ほお袋がバスケットボール大になり、特大の唾弾の準備される。

――やつの代わりに死ぬというのか。

 アオイノは青い瞳をパチパチさせて、まったく迷う様子をみせずに、八重歯をだした。

「それならいいよ。だってあーし、用心棒だもん」

 笑顔は慈愛と決意にみちたいい表情だった。

 そして、人間くさかった。

 勝ち誇った笑みとともに、ためにためた特大唾弾が――。

 だから、金生達夫は気がつけなかった。

 うなだれている顔をあげたトシロウに、『ニコニコお面』がされていたことを。

「バカはてめえだ、マヌケ」

 トシロウはなんてこと無いと立ち上がって、手首にしていた鍵のあいている手錠を投げ、アゴに直撃させた。

 ボンッ!!!

 金生達夫は思いっきり舌を噛み、唾弾が口の中で爆発、目と鼻と耳、口の端から火柱と煙がとびでた。

 すでに踏み込んでいたアオイノが居合のように刀の背に手をそえて押し出し、筋肉の鎧の中心から脇腹にかけて、すれ違いざまに、両断。

 ポンプで押し出されたかのような強烈な鮮血を噴射した。

「この……タヌキ…………め…………、赦さん…………」

 ズン……膝から崩れ落ちると、背中からアメーバのように赤い鬼を溶かしたような物体が蠢いて、金生をジワジワと包み込んでいく。トシロウが社長室で見せられた、鬼の鎧を身にまとう気だろう。

「時間がねえ、エレベーターホールに向かうぞ。おい! お前ら聞こえただろ! 死にたくなかったらさっさと行け!!」

 呼びかけに鉄檻が一斉に開かれて拉致者が穴が開いたままの出入り口へ雪崩の如く脱出していく。トシロウがあらかじめ全ての鉄檻を開けておいて、合図で飛び出す手はずにしていた。

「トッシーーーーーーー!!!!」

 よけるまもなく抱きしめられて足が宙ぶらりんになり、トシロウの頭は谷間にインしていた。返り血でべっちょりの鉄臭さと柔らかい地肌が四方をボヨンボヨンと包み込んでくる。

「どうしてお前は何かと谷間に入れたがんだ」

「トッシーあんがとう~~マヂ心細くてあーしほんとにヤバだったけどトッシー来てくれてテンアゲマッハだったしトッシートッシー~~~~~!!!」

「わかった、わかった。後できく、さっさと逃げるぞ。そいつにころされたくない」

「ハッ! そうだった。じゃあとでねっ!! てか周り火事だし!!」

 灯籠が一つ残らず倒されて火の手が回っていた。トシロウは自分の服の袖を破って手際よく肩を縛った。

「逃げ遅れたやつは……いないか」

「エレベーター壊れてっから、あーしがバーンしてみんなつれてっから!」

「ああ、そうしてくれ。ついでにここからオレを担いでけ。運動したくない」

「もお~~いろいろあって体もう動かないから助けてってことっしょ~~? そういえばいいのにい~~」

「それでいいからさっさとしろ。お前と違ってオレは熱さを感じるし燃えるんだ」

「ハイハイ。いきまちゅよ~~、ちゃあんと、捕まっててくだちゃいね~~」

 ギターに叛十生零流をしまって背負うと、子猫を持ち上げるようにトシロウの腹の辺りを抱きしめた。

 鳥居も炎に飲まれていく。

 そのそばで自己修復でもするように鬼の皮をまとっていく金生達夫が血を隆々と流していた。

 ぽつんと一人、うなだれ、虚空をみていた。

 あいつはオレだ。

 憎しみに委ねきって、周りを疑い、全てを憎み、破壊し、永劫の狂気に囚われて、自分をこんなにした社会や世界そのものを殺したい影も形もない憎しみの陽炎。

 そして、途方もないほどに臆病だ。

「まて」

 出入り口に着地したとき、トシロウは顔を反らせるようにあげて、首をかしげている褐色の顔を下からみた。

「あいつも連れてくぞ」

「……まぢで」

 あっけらかんがデフォルトなアオイノが嫌悪感を隠さずに眉間にまゆをよせた。

「あーし捕まえて、いろいろヤバいことしまくってさあ、みんなのこと殺して、トッシーにこんなにしてんだよ。しょーじき許せないんだケド」

「信念は貫くもんだ、お前も殺さなかったろ?」

「だっけっどっさーぁ……」

 ぶーっと唇を尖らせているが、無言で見上げてくるニコニコに、しかたがないともう一度ジャンプ。身体の半分まで赤い皮膚に覆われている金生達夫のそばにトシロウを下ろした。

「おい、立て。いくぞ」

「……冗談はよしてくださいよ。アナタたちは私に勝った」

「オレはてめえを許せねえ。それは紛れもねえ事実だ」

 渡辺姉弟を拉致。

 金生の屋敷を襲撃。

 大勢の人間を拉致誘拐。

 オレの相棒を殺した。

「だがな、そんなもんで曲げるほど、オレの信念は軟弱じゃねえんだよ。わかったか」

「……ハハハッ。だから助けると? 不殺の殺し屋だからですか?」

「おい、運べ」

「はああああああ?!?!?! 何であーしが??????」

 凄まじい声量で周りの炎が少し消える。

「うるっせえな、オレがこのデカイの担げるわけねえだろ。男一人と鬼男一人ぐらい余裕だろうが、早くしねえと崩れる、いそげ」

「そらあ余裕しゃくしゃくだけどさあ、ええーー、納得できないんですケドーーーー」

――今すぐ息の根を止めろ。こいつの中にはまだ鬼がいる。

「ほらあー、ベンリっちもこういってんじゃーーん。なんかもうニンゲンの気配カンジないしぃ、鬼でもこんなウソつき殺してもいいっしょ」

「誰かと念で会話するじゃあねえよ」

 嫌悪感丸出しのギャルをトシロウは鼻で笑った。

「やっぱりお前は一生用心棒にはなれねえなあ。ということは善悪もわからねえし、もう一生父ちゃんみたいに立派な獄卒にはなれねえんだなあ、いやあ残念だったな」

「あーーーーわーーったわーーった。トッシーに口で勝てるわけないしぃ」

 ウゲーっとしながらも自分の倍ある巨体の腹を片手で抱えた。子供でも抱えるような気軽さだった。

 金城達夫はそれで本当に、見下し蔑み攻撃し野望の道具にしようとしていた相手に助けられるのだと悟ったのか、黒目に戻っている目を少し大きくして驚いた。

「信じられないな……。こんな人間が現実に存在しているのか」

「残念だったな。地獄になんて逃がすつもりはねえ」

「こいつが地獄きたら、そっこー無間地獄いきだね。パパの折檻はツライぞ~~~~」

 利き手の右手でトシロウを抱え、アオイノは両手に成人男性二人(一人は鬼)を抱えたまま軽々と出入り口にジャンプした。

「あなたは……あなた達は、本当に、どうしようもないくらいのお人好しですよ」




 金生グループ本社のエントランス。

 隊員が巡回して青鬼が開けた大穴には黄色いテープでキープアウトになっていた。

 その大穴から、ポンッと巨大な青鬼が飛び出て大理石の床を激しく揺らした。

 野太い両腕にはたくさんのニンゲンを抱えている。

 飛び出てきた凶悪な鬼に恐れおののいた隊員たちが一斉に発砲を開始した。

 青鬼は呻いてから人間を隠すようにうずくまる。その時、隊員たちの耳に聞き覚えのある声がした。

「撃つな止めろ!!」

 銃のけたたましい音に負けない大声に発砲が停止。青鬼はゆっくり手を広げて、人間を下ろした。

 拉致されていた人間たち、その前に金生グループ社長が立った。

 誰もが驚愕している。鬼もそうだが、上半身裸で左手がスッパリなくなっているその姿に社長の姿にだ。身体を覆い尽くそうとしていた鬼の皮膚は、地下から遠ざかるほどに潮が引くように背中に吸い込まれてなくなった。

「しゃ、社長、どうされたのですか?!」

「私はあなた達にもウソをついていました。この人たちを、手厚く保護してください。いいですか? 『隠語』ではありません。そのままの意味でです」

「でも、一体何が、なんだか」

「私が完璧に負けて、彼らが勝った。それだけですよ」

 振り返ればニコニコお面の男と、背の高い褐色ギャル。




「いや~~、すくっちったな~~。人命救助っつうのぉ? はあ~~、不殺、不殺でねえ~~~~、だーーれも殺さないで、救っちゃったな~~~~。できるケド、しなかったんだよな~~~~」

「ああ、最初の仕事からかなり進歩した」

「え、ホメホメ? ホメホメホメホメ?? トッシーが?????」

「うるせえ、まとわりつくな。こっちはお前みたいに頑丈じゃねえんだよ。あんな簡単に人間ころしてたんだ、誰がみたって進歩してるっつうの」

 金生の隊員たちに連れられていく拉致者の後ろをついていく用心棒と鬼ギャル。

 エントランスの外、青空の下にでた。

 トシロウは思い切り伸びをして、右肩の傷が引きつって痛かったが、開放された喜びを噛みしめた。

「どうやら、生きてるなあ」

 トントン、肩を叩かれてみれば、はだけ放題の胸をおしあげて腕組みしてドヤ顔している褐色ギャル。

「ありがとよ。今回ばかりは死ぬかと思った」

「……どうしたのトッシー? なんか、脳みそにされた?」

「オレがお礼いっちゃわりいか? そういう気分なんだよ、今日は」

 深く土下座している社長を遠くから眺めてそういった。

 エイジロウ、お前はまだこの世を彷徨ってるんだろう。

 でもよ、お前と決めた不殺の誓い、破るわけにはいかねえよな。

 もしも嫌ならオレを呪い殺せ。

 そしたら、お前は破ることになるがな。

 何で今まで気が付かなかったんだ。

「そんなもんで曲げるほどぉ~~、オレの信念は軟弱じゃねえんだよ……。わかっちけぇ~~」

 隣に立っている鬼を見上げた。あっけらかんとした笑顔。

「トッシーって、やっぱギャルさんだよね。あれはかっちょよかったな~~」

「そんなこと言ったか?」

「ええー、またまた~~謙遜しちゃってえ~~。マネはできても、心までは、まだまだ無理だな~~」

「まだまだねえ。お前これからどうすんだ。まだこっちでいい悪いを学ぶのか?」

「それなんだけどぉ、帰っかなーって」

「そりゃまた何でだ。人間の文化もえらく気に入ってたじゃねえか」

「ギャルさんのことだけじゃなくて、もうちょっと人間のことベンキョーしてからこようかなーって。この世ってあーしの知らないことばっかだったんだぁ。教えてもらうよりチョクで言ったほうが速いやんとか思ってたケド、実際そうだったケド。ちゃんとわかるには、知らないことを知るには、さきに知っとくしかないっていうかさー。いい悪いがわかるには、それが必要なんじゃないかなぁ~~とかおもったりなんかしちゃって。うーん、わかる~~? センセーに聞けばわかっかなー」

 その必要はねえんじゃねえか、といいかけたがトシロウはやめた。

 こういうのは自分で気がつくもんなんだろう。


 自分を『信じる』なんてのは、他人に教わることじゃねえからな。


 それに、こいつが足りねえ頭で悩んでるのを見てるのは、おもしれえしな。

「お前がそう考えるならそうなんだろ。じゃあさっさと帰れ」

「ヒドっ! ちょっと引き止めてくれてもいいじゃ~~~~ん。かなC~~~~」

 フンッと鼻を鳴らして笑った。

「なんだなんだ、卑しい低能の人間に引き止めてほしいのか?」

「それはもういいから~~~~」

「ゴホッ。ゴホッ。死ぬ。これは。しゃれにならん」

 少女時代の自分に恥ずかしがるように頬を赤くそめているアオイノ。トシロウは貧弱な背中をバンバン叩かれるのに合わせてピュッ、ピュッ、と血をはいた。

「そういやセンセーってのは、どんなやつなんだ。たしか人間なんだろ? お前みてえな脳筋鬼に考えることを与えたんだ、そらあ相当な軍師とかなんじゃねえのか」

「センセーはあ、女の人で、ちょーど人間で大人になる歳にしんで地獄に落ちてきてー。本当は地獄めぐるする予定だったんだけど、生い立ちがあまりにもかわいそうだったから閻魔大王がやさしくしてくれてたみたいで、拷問のかわりに低級の鬼のセンセーになることでリンネテンセーできるようにしてくれたらしいよ。グンシとかじゃなくて、死ぬ前はぁ……ボディーガードっていってた。自分の身体守る仕事ってなんなん?」

 二0才の女か……。

 ……二0才の女がボディーガード?

「そいつはそんなに屈強な女なのか」

「ぜんぜん? 鍛えてみたいだからシュッとしてるケド。背も小鬼くらいでちっこいし。でも人間だったら普通のしんちょーなんかな、なんで?」

「そのセンセーの…………名前はなんてんだ」

「センセー」

「じゃなくて本名だよ本名! もしかして、そいつの名前は――――」

 けたたましい悲鳴が清々しい空気を切り裂いた。

「うるせえな!重要な話してんだよ!!」

「あっ、ツバ舐めキモキモオジサンが!!!」

 みればエントランスの出入り口にいる金生達夫の穴という穴から赤いドロドロの液体が流れ出し、その身体を飲み込んでいく最中だった。

「……サイショ……カラ、ダマして……いた……ノカ……クソオオ!!」

「何かやべえ、どうなってんだありゃ!!」

――鬼を懐柔できるなどたわけた事を考えておったんだろう。

「あー取り憑いてるってベンリっちいってたもんな~~マジだったんだ~~」

「だから誰と喋ってんだ!! お前何とかしろ!」

「ニゲ……ロ……、ギシキ……ハ……モウ……」

 身体をドロドロさせたまま、もだえ苦しみ、急に振り返るとパックリ開いている穴に向かって走って、人間とは思えない跳躍をみせて飛び込んだ。

「なんだってんだ一体、勘弁してくれ!! おいイケッ!!」

 そう言う前にアオイノが走っていた。だが、それと同時に立っていられなくなるほどの強震が襲った。

 エントランスのいたる所が音をたてて崩れていく。

 強震の中、腰がぬけて動けないトシロウは大量の汗をたらして、穴からでてくる信じられない光景を見ているしかない。




「おい……やべえ、絶対にやべえぞ……、本格的にやべえぞ……!!」

 穴をさらに押し広げてでてくる、巨大な額にたいして小さい二本角。

 睨みのきいた丸に丸が入った黒目で大きな眼。

 人一人くらい余裕で入れそうな豚っぱなな鼻の穴。

 波打っている耳、大きく裂けた口、そこから覗くざんばらで尖った牙。

 その大きさ故に、直上に建っている金生グループの象徴である本社ビルを壊滅させて、巨大すぎる全容を表した。

《イヒヒハハハハハ、イヒヒハハハハハハ、イヒヒヒハハハハハハ!!!!!!》

 狂悪だがどこかユーモラスで、浮世絵から飛び出してきたような巨大な鬼の生首が、真空波とともに大音量の笑い声を響かせた。

 そうすると太陽が分厚い雲に覆われ、昼にも関わらず世界が闇にのみこまれる。

 ライオンのたてがみの様な髪が意思をもっているように蠢き、鬼の生首の感情に連動して動いていた。

《バカな人間め。自分がオレを復活させるための生贄だったと気づいちゃいなかった! ウソ儀式の手順を教えたってのに簡単に騙されやがって、人間は本当に騙しやすくてバカだぜ!! イヒヒハハハハハハ!!!》

 逃げまどう人々、その中からアオイノが走ってきて、その禍々しい存在を指差した。

「トッシー! アイツ今までした計画ぜんぶ勝手にいってる! ぜったいアイツボスでしょ!! ラスボス!!!」

「お前はわざわざそれ言うために走ってきたのかよ」

「鬼なのにウソつくとかマジ信じらんない! アイツ最悪すぎ、ゲロゲローー」

《恐怖、憎しみ、あと必要だったのは深い絶望だった。忌々しい鳥居と坂田と渡辺の血を滅却すれば成功するウソ、儀式の失敗で得られるつもりだったが、上手くいった! 礼を言おう、あんな小さな箱に閉じ込められていた俺を解き放った、我が同胞よ》

 ギョロリと丸い眼が、用心棒のトシロウとギャル鬼のアオイノをとらえた。

「ウソつくうえに聴いてないことしゃべりるまくるやつと同じにすんなし!!!」

《それをよこせ。オレをこんなにした、忌々しい叛十生零流!! 噛み砕いて糞にして鳥に食わせて跡形もなくしてやる!》

「渡すわけないっしょ、うそつき生首ラスボス!!」

 アオイノは巨大化してジャンプすると生首の鼻っ柱を強烈な一打。空気が波打ってトシロウがふっとぶ。

 だが効いている様子はなく、鼻息だけで吹き飛ばされる、ビルを三つ突き破って、顔面から道路にこすりつけられ、トラックにあたって止まった。

「ヤバいトッシー。あーしじゃ勝てねーわ」

 なかなか遠くに飛ばされたのに、後転を失敗したようなトシロウの側に肩でいきをしながらアオイノが一瞬のうちにあらわれた。

「オレにいい考えがある」

 トシロウはでろんと腰をもどして勇ましく立ち上がった。

「逃げるぞ」

「トッシー、さすがにそればマヌケっしょ。あんなでっけーし、あの鬼あーしより強いから、ほっといてもハッとしたらころされっちゃうと思うよ」

「……お前に言い負かされるとは」

 たてがみがウネウネうねって、街にはっていき、人間をのみこみ、無差別な破壊をはじめた。

《イヒヒハハハハハハ!!軟弱な人間たちめ!もっと負の感情をよこせ!》

「だが鬼のてめえがダメなんだ、どうしようもねえだろうが」

「あーし低級の鬼って知ってるっしょ? トッシーからもらうまで名前もなかったしい、てか、何かメイクとる(変化を解く)とまたちっこくなってるし」

――あれだけ溜め込まれては、我の力だけでは難しいだろう。親方様のような霊力がなければ両断は不可能だ。

 生首の眼下の穴の中、その側面に灯りがつくようにどろりとマグマが溢れだし、辺りに硫黄の強烈な臭いが漂いだした。

 地下深く続いている穴にも関わらず、腕が次々と伸びてくると大理石を鋭い爪でひっかけて、大小様々な鬼が這い上がってきたのだった。

《出てこい同胞達、お前らの思う通りに暴れまわれ! 低俗な人間のせいでたまった鬱憤を思う存分はらせ!!》

「トッシー霊力ないの? 霊力あればベンリでズバッとできるっぽいけどってトッシーどこいくの!!」

「襟首をつかむな。勝手にオレが戦うかんじにするな。なんか大勢鬼もでてきたしオレはやっぱり逃げる。金生のとこにイケば警備がなんとかしてくれんだろ。こんなとこで体張って死ぬ気はねえ」

《何をやっても無駄だ! この世は鬼の世界になる。地獄の無限労働から開放される鬼の楽園になるのだ!!》

―― 一つになるのだ。

「ま~~た頭の中にスケベしてくる、こんなときに一つになれとかシモネタの質もひきーしウケね~~、てかトッシー電柱にしがみつく力つよすぎひん?」

「なに!?」トシロウの脳裏に鬼の鎧をきた金生達夫の赤い肢体がうかんだ。「絶対にしないぞ!! お前と合体するくらいならあの穴に飛び込んだほうがましだ!!」

《人間の世界を鬼の世界にするのだ!! イヒヒハハハハハハ!!!》

「合体? あ、そういうこと!! ヤロっか!」

「やるかバカ!!!!!」

《人間たちは息絶えるのだ!!! 人間は!! おしまい!! だ!!》

 鬼たちが進軍し、悲鳴と破壊が街中をみたしていく。

「やったことないけどたぶんできるっしょ。はい、トッシーちこうよれ(ハート)」

「いやだーーーー!!! オレは絶対にしないぞ、オレはオレだ!! こんなバカと合体したら生命として終わる!」

「ちょっとーあーしも嫌なんですけど。トッシーはトッシーだけどプライベートゾーンあーし広いから合体って憧れちゃうけど嫌なんですけど。むしろあーしが嫌なんですけど」

「じゃあ離せバケモンギャル! マヌケ塊!! オレ置いてそっから飛び込んでさっさと帰れ!!」

「さっきまでビミョーに別れ惜しんでたかんじてたくせに!! ありがとよ。今回ばかりは死ぬかと思った美鬼のアオイノ……一生オレの側にいてくれ……絶対オレから離れるな、いつまでもってさあ!!」

「アレは雰囲気に言わされただけだし盛ってんじゃねえ! 知らないことを知るにんわぁ~~、さきに知っとくんしかないっていうかさん~~。善悪がわかるには~~それが必要なんじゃないかなってっさあん~~、シャシンとるぅ~~ん」

「ちょ、ちょっとそれはナシでしょ!! センチメンタルアオちゃんはいじっちゃだめな聖域でしょーが!!」

「うるっせえ、お前は普段からなにいってんのかわかんねえんだよ!!起承転結を考えろ起承転結を!!」

「そっちこそずっとシャに構えちゃって気取っちゃってさあ!! かっこいいと思ってんの?! 絶対トッシーって中二病だよね!!! 正直ハズいときあるんだわ~~~~!!」

「お、お前それは一番いっちゃいけない単語を!!」

《虫けら無視するな!!世界が終わるんだぞ!! いいのか!!》

「うるせえ黙ってろ!!」「うっせ~~!!」

 鬣が唸りを上げて襲い地面が破裂して二人は弾き飛んだ。

《まあいい、必要なのはその刀だけだあああ!!!》

 触手のように鬣が鋭く襲ってくる、二人は走って何とか逃げる。

「クソックソックソッ!! てめえがこなければこんなことにならなかったんだ!!」

「関係ないっしょ~~! ツバ大好きキショキショオジサンがあの鬼に騙されたんだし、むしろあーしがいなかったらトッシーとっくにしんでるっしょ~~~~~!!!」

「知るか!!!」

 ダバダバ走るトシロウは数秒走っただけですぐに転んで、地面につきそうになった貧弱な身体をアオイノがかかえて走った。

「てか、元ツバ舐めオジサン生きてんじゃないまだ」

――鬼の依り代となっただけで、魂は生きているのを感じる。

「状況がかわったんだよ!! できないことはしねえ、あいつの命よりオレの命のが大切だ!!!」

「信念はどうしたの? これじゃ曲げることになるケド」

「そこらへんの鬼にでもくわしとけ!! しにたくない!!!!」

「うわーー……ザ・トッシー」

 断続的に攻撃を繰り返してくる鬣をひらひらと避けていくアオイノ、ぴょんと一際大きくとびあがり、ビルの屋上にたつ。

《このォ~~餓鬼が大人しく潰されろ!!》

 ドリルのように先端が巻かれた髪が、ミサイルのように高速で照射される。一拍遅れて何とか避けると爆発が起きた。爆炎の中、アオイノがギリギリさけていく。

 攻撃のスピードと苛烈さが増している。簡単にさけていたアオイノも余裕がなくなっている。

 ちょうど車のうえに着地、もう一度飛ぼうとしたのを鬼に足を掴まれた。

 直撃して爆発。ゴロゴロと転がって車にあたって停止した。

「おい無事か!!」

「イチチ……、あたっちった」

 背中のギターは跡形もなく弾けとんで、中身の叛十生零流が空中を回転、コンクリート舗装の道の中心に突き刺さった。

《俺の怨念から逃げられるわけねえ。俺のギターもぶっこわしやがって低級の鬼が粋がりやがってえええええ!!》

 髪が集まって巨大なアンプを作り出し、にべもなくそれがアオイノの頭上から落下する。アオイノどころか一区画ほどつぶれてなくなるだろう。

「オイ、やべえぞ、オイ!!」

 力のこもっていない腕から抜けて肩をゆすった。打ちどころが余程わるかったのだろう、動こうとしているが身体がついていっていない。

「トッシー逃げて、あーしはだいじょぶだから、すぐ追いつくよ」

 逃げる。すかさず走った。

「あいつなら大丈夫だ。なんてったって人間はクズ同然で死んだってなんとも思わない、地獄の鬼だ」

 アオイノが足を掴まれた。

 当たる瞬間に背中を向けて、トシロウをかばった。

「いつまでンなこと言ってんだ!!」

 踵をかえして、怪しく光る叛十生零流を引き抜いた。

「ヤイヤイヤイ! どこの鬼だかしらねえが、てめえは何十年も寝てたんだろう? 用心棒のトシロウは知らねえだろうな」

 刀身を肩にポンポンやりながら、這いつくばっているギャル鬼をかばうように立って、巨大な鼻先に切っ先を向けた。

「オレは執念深いぞ、しんだ仲間の仇をとるためだけに生きてたんだ。オレを殺したらそんじょそこらの怨霊よりも始末が悪いぜ」

《ほおう? ソレはいいことを聞いたな》

 鬼の生首はトシロウの見栄におもしろがって、巨大なアンプを空中でとめていた。

「もしも呪い殺されたくなければ、このダセえアンプをしまって、さっさと地獄にかえって自分の身体に慰めてもらうんだな」

《イヒヒハハハハハハ! 童子とおそれられた俺を呪い殺すだと? 面白いなキサマ、ニンゲンにしておくにはもったいない》

 再び動き出した巨大なアンプ。

《俺の舎弟にしてやる。まずはその弱い身体から魂を開放してやろう、俺に殺してもらえるなんてお前は本当に幸せ者だ》

「それはありがたい。ついさっき、オレの生きる意味がなくなっちまったところだ、人間やめるのもいいかもな。だがオレが舎弟になったらお前をくっちまうとおもうぜ? なんせ、てめえはコイツと同じマヌケな鬼なんだ」

 少しずつ回復してきたようで、アオイノが膝をついて立ち上がろうとしていた。雑魚の鬼たちもジリジリ距離をつめてきていた。

《たしかにな、アイツに首を切られてこんな面のような姿でしか俺は復活できていない間抜けだ。だが、その代わりに、この俺の怨念は、どんな清流をも沸騰させ、息吹に満ちた春の山を猛毒の丘へと変えられる。……嗚呼、思い出した。あの忌々しい目つき、俺を前にしても、目障りな笑顔をうかべていやがるあの顔……ッ!》

 生首の眼に映るのは、トシロウの傷だらけで切れて曲がっているニコニコお面。

 ただでさえ赤い顔がさらに赤くなり、深いシワがさらに増え、鬣のアンプの下を埋めつくす剣山がはえた。

《ニンゲンは皆殺しだ。この世からニンゲンが生きていた証をすべて消してくれるわ!!》

 倍のスピードでせまってくる死。立ち上がろうとしていたアオイノは、再び転倒。

「……オレは諦めが悪いんだ」

 雑魚鬼は潰されたくないと散り散りに逃げていく。その場に根をはやしたように仁王立ちしてトシロウは叛十生零流を構えた。

 何の作戦もない。最近こんなことばっかりだ。

 ただ自分がそうしたいからやる。

「また……相棒をなくすほど、マヌケじゃねえんだよ!!」

 決意を決めた頭上をなにか煙の尻尾がよこぎっていった。

 それはズドン! 巨大な眼に命中した。




《なんだぁ、いまのは》

 群れをなして追いこしていくていく戦闘機。

 道路をめくりあげて車を潰し街頭をなぎ倒しくる戦車群。

 武装した子供たちが鬼を駆逐していく。

 兵器の側面に輝くのは金生グループの紋章。

 金生のナイトが武装して駆けつけたのだ。

 その中の二人がアオイノによってきて立とうとしている身体を支えた。

「ずっとあやまりたかったんだ。バケモノっていってごめん」

「今度は僕らが助ける番だ。ママにみんなで頼んできたんだ!」

「うう~~みんなありがとう~~~~!!!!」

 首を胸にひきよせられた男の子たちが鼻のしたをのばした。

「ヤメロマヌケ、少年には刺激がつよすぎる」

 大砲とミサイルが巨大な頬と眉間で爆発を起こす。気を取られた鬼の生首は鬣のアンプをバラして自分を攻撃してくるものすべてを追った。

 追いつかれそうになる子供たち、すんでのところで毛先に複数の風穴があいた。

 姿はみえないが遠くからの精密な狙撃だった。

「生きてたか。ネコのためにこの世を救いたいか」

 武装しているヤツらに混じって単独で行動する千差万別な容姿の殺し屋が動き回っていた。

『まんまとてめえに借りを返すときがきた、と息巻いておったぞ。大人しく助けられることじゃな』

 街頭テレビから聞き馴染みのある声がする。

「ジジイ。まだくたばってなかったか」

『アオちゃん、トシロウをよろしくたのんだぞ!』

 それだけいってジジイの声はきえた。

「なんだ、この状況。なんだか……なにかの外堀が埋められていくのはきのせいか」

《ハエがまとわりつく!!》

 思いがけない人間たちの抵抗に鬼の生首がもうアオイノとトシロウから意識がそれていた。

 漂う嫌な予感にトシロウはスススッとフェードアウトしようとしたが、襟首をアオイノにつかまれた。

「今しかないよ! 合体しよ!」

「……はなせ」

「トップをねらえ!見たことない? ニッポン人なら常識っしょ~~。合体すると強くなるんだよ」

「んなのはどうでもいい! 合体って、金生みたいに、お前と一つになるってことか?! なんでそんなことしなきゃならんだ」

「あのでかいのヤんないとみんなしんじゃうっしょ! あーしらがやらないと」

「知るか鬼! あんなのに勝てるわきゃねえだろマヌケ!! あいつの目的はこの威張りくさってる刀なんだろ、さっさと渡せば逃げられるだろうが」

「だからあいつから逃げるのとかムリだって~~。人間ぜんめつさせるっていってたし、ここで逃げてもムリムリカタツムリ~~」

「人類のために頭がミジンコの褐色ギャル鬼と合体するくらいなら死んだほうがマシだぁあああヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダ!!!!!」

「うわっ、めっちゃダダコネるくらいイヤなんか、ムカつく……あーし、これおわったら本読む。天文学者になる」

 絶対にヤラん! 他には色々許したような気もしないが、絶対に、合体だけはしない!! もしもアイツにジャム塗りたくられて食べようとされてもだ!!

「早く世界をすくっちまえ!!」

 抱きしめて谷間にうずめようとしてくるアオイノから全力で身体を反らしていると殺し屋が発破をかけてきた。


「お人よしも極まれば人間をもすくっちまうんだな」

「え」

「がんばってトシロウさん! 私たちが食い止めてるうちに!」

 助けにきた人間全員が、トシロウを信じ切り、英雄を讃えるように。

「待てヤメロ! それ以上地ならしするな!!」

「人間ぜんいん助けちまえ、不殺の優しき用心棒さんよ!」

「なんと言われようと絶対にやらねえええ!!」

『これに勝ったらいちごパフェ三0年分くれるってイチゴ農家がいっとるぞ!!』

「アオイノ、合体だ!!」

「えちょっ、やんっ」

 自ら胸に顔面ごと飛び込むと眩いばかりに二人が発光した。




 まるで光が刃になったようにそこかしこに乱暴に駆け回り、乱反射する晴れわたる青色。

 青光の中で二つの影が一つに溶け合う。

 光の嵐が晴れると、光源にたっていたのは、澄んだ青を基調としたアイドル衣装とみまごうばかりの綺羅びやかで見栄えする服装のアオイノ。

 髪を後ろで束ねて、精悍な顔で大胆不敵にほほえんでいる褐色の肌。


 風もないのに裾と勇ましくはためかせ、右の黒い瞳と左の青い瞳で、巨大な鬼の生首を睨みつけた。



《鬼のくせに、人間と意思を通わせて合体をしただとぉ?》

 腰に手をやって胸を張りニイッ、尖った八重歯をみせて笑った。

「さあ、ちゃっちゃとやっちゃいましょうか~~!」

「意外と心地がいいが……こんな溢れ出る力にあてられたらオレが溶けて消えちまいそうだ」

 出てくる言葉はそれぞれのモノで、アオイノが青瞳、トシロウが黒瞳、しゃべるとそれぞれ点滅する。

「この衣装はなんなんだ」

「生配信ライブでみたヤツ。かわいいっしょ~~」

《イヒヒヒハハハハ!! 驚かせやがって!! なんだそのフリフリプリプリは!! それにたいして霊力もない! 脅かしやがって》

「そんなもん着させられてんのか……キツイ」

「そんなはずないよ、あーしの身体に合わせて変化させてんだし。ほら、キラキラのアクセもつけてるしぃ~~」

「着心地を気にしてるわけじゃないんだよ。オレの要素が一切ないのが気に食わん」

「あんじゃん、ちん○生えてるし~~」

「オレの面影はちん○だけか!! もういい!! 一秒たりともお前と一緒になっていたくない、早くやるぞ!!」

「合点承知の助!!」

《だから俺を無視するなああーーーーッ!!》

 アオイノたちに鬣が怒りの血管のように脈打って集中する。

 足元に突き刺さっていた叛十生零流を掴む。

 空中で静止すると、バラバラと鬣が落ちてビチビチはねる。それは目にも留まらぬ速さで繰り出された斬撃で、アオイノたちは動いていないようにみえた。

《何だ……? 低級の鬼ふぜいが俺の自慢の髪をなぜ落とせる??》

「いよぉ~~~~しっ、みんな、アオロウいっくよ~~~~!」

「勝手にくつっけんな!!」

《同胞たちよ、アイツを殺せ!》

 吐き出された息にあてられた雑魚鬼たちに何か禍々しい妖気がまとわりつくと目の色が変わり、統率もなにもなかった鬼たちが、綺羅びやかな衣装で疾走するアオロウに一斉に襲いかかった。

 踊るように攻撃をさけ、刀で切りつけていく。前のめりの意思をつたえるように身体が前に前に前進していく。

 止まらない。刀は鬼を斬るたびに、その形がじょじょに白に青のロッドへと変化した。

《なんだ貴様ら。虫けら程度の霊力で!!》

 止まらない。二人は止まらない。この戦いを楽しんでいるように、合体できた喜びを噛みしめるように、お膳立てされたこのステージで身を躍らせていた。

《落ちこぼれがあああ!!!!》

 巨大な丸い眼玉が真っ赤に染まった次の瞬間、二本の赤光の柱が両眼から発射された。

 ビルや鬼を蒸発させて一直線にとんでくるビームを、すっかり女児アニメの魔法使いが持つロッドになった叛十生零流を横にして受け止めた。

「ええーーーーいなんのその~~~~~~ッ!!」

 プロペラのようにロッドを回転させて受け止めつつ、ビームの本流の中を泳いで、ついには眉間にロッドでタックル。衝撃で地鳴りのような低音をあげ、後方に大きく弾かれ、街を潰しながら墜落した。

 衝撃波で衣装と髪がキレイにはためく。浮遊しながらキラッとポーズを決めた。

「イエイッ! あーしらサイッキョ!!」

「こんな力が出るもんなのか……合体ってもんは」

――二人がお互いを信じていたから、力が二倍以上になったんだレイキ!

「なんだこのあまっトロイアニメ声は」

「え、もしかしてベンリっち?! なんか妖精みたいにかわよくなってる~~! きゃわわ~~~~!」

――キンジョウはまだ生きてるレイキ!! ちょうど眉間のあたりレイキ!! 助けるレイキ~~~~!!

「なんだか知らんがさっき思いっきし眉間にタックルしたぞ」

《ゆるさんぞ……俺にこんな無様な姿をさせやがってえええ!!》




 天地を揺るがすほどの怒りがはじける。

 雑魚鬼がわき目もふらずに街に輪郭をおとしている鬼の生首に群がった。

 それは徐々に鬼による肢体を形成していき、ついには鬼の生首を持ち上げ、頭をおもたそうにもたげながら両足で地面を踏みしめていた。

《もうこんな大地どうでもいい、この世ごと捻り潰してやるはあああ!!!》

 ぎゅうぎゅうに雲がおしこまれた空でイナビカリが鳴り響く。

 ボロボロ鬼を落しながら、自壊と形成を繰り返している何千にも折り重なった肢体で、憎しみと怒りをにじみだしている鬼の生首がアオロウをとらえた。

 何十メートルもある両腕が口の中につっこまれ、特大の火玉が取り出された。

《きこえたぞ!! お前らはこの街に居る何千マンの人間をかばうしかない、心優しき用心棒どもがおおおおおおおおおおおお》

 それを思い切り天に掲げて下卑た笑い声をあげた。

――ヤバいレイキ!! このままじゃみんなが鬼やばいレイキイイイ!!!! なんとかするレイキイイイエエエエエイイエエエエエエイイ」

 汗をとばしてあわてるレイキの声をききながら、火球の光で煌々と照らされている街をアオイノたちが見下ろし、

「おい、一発でやるぞアオイノ」

「オッケー!! トッシー!!」

 言葉をかわさずとも何をすべきかわかる。

 二人は一人だ。

 レイキを両手で強くに握りこむと、ロッドが青白い光に包まれ、変形していく。

 かかげられた火球が火の粉をまとって――。

「ハアアアアアアアアアアアアア」

《かばって死ね雑魚どもおおおおおがあああああああ》

 アオイノとトシロウの掛け声がシンクロする――!!

 街に火球が落ちた。

《えっ?》


 爆炎を上げて、大爆発を起こした。


 街があとかたもなく消し飛んだ。


 恐る恐る、大きな眼が浮遊しているアオロウをとらえる。

 巻き起こった風をうけて衣装をはためかせながら、まだハアアアアアアアアとシンクロさせて力をこめ、ロッドを変形させている最中だった。目も閉じている。

《オ、オイ! どうして守らない!! 守る所だろうココは!! お前ら血も涙も無いのか!!!》

「知らん人間のことなんぞしるか」

「少しくらいへってもだいじょぶっしょ」

《きさまら鬼かああああ》

 街が消え去るのも無視して力をこめていたロッドはすでに先端が太い巨大な棍棒へと変形をはたしていた。

 振りかぶると、しなり、巨大さゆえに雷雲を両断して青空が顔をだす。

 困惑と混乱から鬼の生首は気を持ち直したのか、そこら中の瓦礫をまきこんで思い切り息を吸いこむと、鬼の身体で形成されている腹が大きく膨らんだ。

 綺羅びやかな衣装を振り乱して思い切りめちゃくちゃに回転するアオイノたち。

 ぐるぐる回転するのにあわせて、白い棍棒が毛糸を巻くようにひきずりこまれ、すべて巻き込まれ、小さくまとまった白い棍棒ができた。

《意味のわからんことばかり、するなああああ》

 アゴが大きく開き、特大の炎の柱が発射。

 浮遊している白い棍棒が猛スピードで逆回転をする。折りたたまれていた棍棒が元の巨大さに戻ると、十分な回転エネルギーとともに振り下ろされ、炎の柱と衝突した。

 白い棍棒の棘がさらに増えて火炎と拮抗している。

 炎の柱はさらに威力が増す、棍棒の勢いを押し返していく。

 全身全霊をこめて、さらに両足を踏ん張り、鬼は火炎を業火へとかえる。

 白い棍棒はみるみるうちに飲み込まれ、そして炎の柱が突き抜け、溶けた。

 後にはなにも残っていない。

 鬼の生首は、アゴを開いたまま天地を揺るがすほど豪快に笑った。

「用心棒の極意を教えてやる」

「ほえっ?」

 そこでやっと気がついたようだ。

 眉間の前で浮遊している、青いアイドル衣装。

「一刀一殺だ~~~~~~~~ッ!!!」

 思い切り振りかぶった右ストレートが、タックルを決めてできあがっていた亀裂にめり込んだ。

 それに呼応して青色の衝撃が波打ってかけぬけ、形成してた鬼の塊が炸裂、同時に眉間から金生達夫がとびだした。

 苦悶の絶叫をあげて巨大な鬼の生首が強く眼を瞑って悶ている。

 顔面を駆け上がり、トンッと上昇。

「これが本当の……」

 高高度まで上り詰めて、米粒になった敵を見すえて落下を開始、両手をバツ、さらに捻りを加えて、空気の摩擦で炎をまとった。


 一筋の流星がかけぬける。


 三度目の攻撃が眉間に突き刺さる。

 回転と唸りをあげて炎となったアオイノたちが凄まじい勢いでその巨体ごと跳ぶ。

 目指す先は、平坦になった大地にぽっかり穴を開けている地獄への穴だ。

「一刀一殺だああああああ」

《二回目だあああああああああ》

 瞬く間に穴へと押し込んでいく、が、巨大すぎる穴の周りに鬣をまとわりつかせて、最後の抵抗をする。

「うおおおおお~~~~~~ッ!!!!」

《何だ、何なんだ貴様らはあああ!》

「オレたちか?」

「あーしたち?」

 炎の中で、アオイノたちの両の瞳が同じタイミングで、アイコンタクトでもするように瞬きして。

 ニコニコのお面をかぶった。

「心優しき用心棒さ」

 ビクリともしない鬣のせいで、眉間にじょじょにめり込み、そして、流星が突き破った。

 その開いた穴に、本来の刀の姿を取り戻した叛十生零流が回転して吸い込まれていった。


 スパン。


 巨大な丸い瞳がズズッと歪む。

 顔の中心線から真っ二つに斬れ落ち、鬼の生首は自壊するように穴に落ちていった。

 かわりに飛び出してくる一つの影。

 アオロウは苛烈で超人間的な戦いに耐えられなかった街に着地した。その瞬間に合体がとけて、はじき出されたトシロウがケツを突き出して突っ伏した。

「なんだってんだチクショウ」

「あら~~、とけちった」


 ゴゴゴゴ……、地獄の穴が小さくなっていく。


――この世との繋がりを断ち切ったレイキ。時期に完全に塞がるレイキ。

「キャハハハ! ベンリっち声戻ったのにくちょー戻ってないし!」

「なるほど、この刀の声だったか」

「聞こえるんだ。トッシーもこっちがわにきちゃったのかな~~」

「勘弁してくれ。もう鬼はコリゴリだ」

 手を差し出してくるアオイノ。叛十生零流を握っているトシロウだったが、すぐにその手をとって立ち上がろうとしたが、ひょいっとお姫様抱っこされた。

「何だ、ヤメロ」

「トッシーうごけんっしょ? 筋肉痛?」

「……まあな」

 アオイノの言う通りトシロウは身体中に痛みを感じて動くには難しかった。

 何も言わなくてもバレちまうようになったか。

 しかたなく辺りを見渡す。瓦礫の影から金生の子どもたちと殺し屋が姿を表す。逃げ遅れた人々を介抱していた。

 横たわっている金生達夫の姿もあった。安心したトシロウは短く息をはく。

「大方、ジジイが街の人間を避難させるように魑魅魍魎たちに頼んでたか」

「いや~~頭いいな~~~~~。あーしなら絶対思いつかなかったね。トッシーも三回同じとこ攻撃するとか、かなわないや~~」

「フン、お前の怪力も役に立つときもあるんだな。まあ、完璧に焼け野原になっちまったが」

「ホメ~~~~~。でもトッシー何で、きてくれたの?」

「それは、お前を助けろと依頼をうけたから」

 もうほとんど閉じている穴に目をそらし、言葉をのみこんだ。

「……お前が消えると浙江せっこうがいなくなるからな」

「んん~~~~~トッシー攻略~~~~~!!」

「ヤメロ、顔をこすりつけるな」

 ヘリが飛んでいる。ロッドの叛十生零流が切り裂いた部分だけ曇天がはれて、少しだけ青空が差し込んでいた。

 遠くから自衛隊の車両が隊列を形成してくる。殺し屋や金生チルドレンが身を隠すようにずらかっていく。帰り際にトシロウの頭を叩いていった。

「よくやった」「街めちゃくちゃにしやがって」「生きてりゃ安いさ」「お幸せに」「アオイノちゃん今度遊ぼ!」「鬼もたいしたことねーな」

 何度も何度も自分の意思とは関係なく、何度も謝るように首を縦に振った。

「オレたちも行くぞ。街一つぶっ壊したんだ、捕まったら言い逃れできねえぞ」

 抱えているアオイノはなぜかニコニコしていた。

「な、なんだよ」

「ううん、なんでもない。帰ろ!」

 上機嫌でアオイノはスキップした。


 めちゃくちゃな数ヶ月だったな。

 まあ、思ってるより悪くはねえか。


 思い切りぐんと足を踏み込み、アオイノはたしかに飛ぼうとした。

 その足に、どす黒い怨霊のような髪がまとわりついた。

 それは後一メートルくらいで塞がる地獄の穴から伸びていた。

「クソッ! 往生際の悪いヤツが!!」

 叛十生零流を伸ばして切ろうとするが手に力が入らない。みるみるうちに髪にのまれていくアオイノ。

「もうちょっと耐えろ! オレが今、叩き斬ってやる!」

「……トッシー、あーしもすっげー楽しかったよ」

「あ? 何を言って――」

 ポンッ。

 トシロウは地面に突っ伏した。投げられたトシロウは満足に動けない身体で振り返る。振り返ることしかできない。

「おい!! バケモン刀、オレを操作しろ!!」

 沈黙。

 褐色の肌が、青い瞳が、トシロウの相棒が、鬼の鬣に絡め取られていった。

 いつものように、あっけらかんとした無邪気な笑顔をのこして――地獄の穴に。

「アオイノオオオオオオオオオ」

 曇天がウソのように晴れていく。

 青空の下。

 穴などどこにもない。

 そこにはただ荒野が広がっていた。

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