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青い用心棒☆彡  作者: 諸星進次郎
3/6

2話 後半 用心棒なっかな~~~~


 呆然とするのを何とか振りきって口を開けた。

「な、なに、なんだ? 用心棒? 何言ってんだ。狂ったか」

「トッシー人殺さないじゃん」

「それが当然だ、何もおかしなことじゃねえ」

「トッシーがやってることって『殺さない殺し屋』っしょ? 用心棒ってそういうことなんしょ! 白黒のえーがだとめっちゃ斬ってたけど、トッシーは殺さないで人を助けるんだよね」

「……」

「あーし見てたし。用心棒になれば、そーいうこと解るかもっしょ? 今みたいについてってるだけじゃなくて、ちゃんとおせーて。いまはできないかもだけど、これから覚えっから! マジ! ヨロ!」

 雨ざらしでびしょびしょになりながら手をあわせて頭をさげるアオイノ。

 トシロウは考えるようにアゴを触り、。

「……わかった。お前をオレの弟子にしてやる」

「マジ?!?!?!?!?!?!?!?!?!?」

「とでもいうと思ったか筋肉組織の塊が」

 嵐の中境外へ歩き出したトシロウを慌てて追うアオイノ。

「いいじゃんいいじゃん!! ねえねえねえねえ」

「ついてくんじゃんねえ! 青二才のギャルがやっていいような仕事じゃねえんだ。漫画家やロックスターになりたいみてえなのとは大違いなんだよ」

「そんなんじゃないよ!」

「ならカタキでもとりてえか」

 唇をひらいて言葉に詰まった。

「お前ならすぐにやれんだろ、なんてったて鬼だからな。そんな私利私欲のためにこの仕事やってんじゃねえ、生きるためにやってんだ」

「そんな言い方しないでよ!! テンチョーがやられたんだよ!!」

「知るか」

 ぐっしょりになった重たい服をひきずり振り返らずに石段を下っていく。

 雨音で自分にもきこえないような声でつぶやいた。

「私利私欲のためにこの仕事やってんじゃねえ……よくいうぜ」

 人でなしィーーーーーッ!! 落雷の合間に大声量がしたが、トシロウはきにもとめなかった。




「叛十生零流、なんとうつくしい……。ずっと抱いていたいくらいだ。少しエラーがおきたが問題なしだ」

「ジュンビ、デキタの、か」

「私は聡明なのでね。この世に君臨するために生まれてきた救世主となるべく人間には愚問だ」

「ニンゲン、アタマがイイ」

「力があっても使い方がわからなければ宝の持ち腐れだ。しかし君がいるおかげで私の弱点が解消された。本当に感謝しているよ。それに、儀式を教えてくれたことも」

「オマエ、ミコミ、アル。オデ、えんまに、ミツカラなければ、ソレデ、イイ」

「わかっています。貴方は私にかくまわれてこの世で平穏に暮らす。私は貴方の力を借りて夢を成しとげる。ウインウイン」

「オマエ、イイヤツ。オデ、ネル。きょうも、シロ」

「ええ、おやすみなさい。それでは……」

「…………」

「もう10年飲み続けさせれているのに、まったく好きになれないな、ははは」

「しかし……」

「絵巻物にかかれ、人間を捌く存在としてかかれ、恐れられている存在がどんなモノだと思っていたが……低能のバカでよかった」

「どうやら最近コバエがいるようだが……私の目的には寸分の狂いも許されない」

「…………もしもし。ええ、またよろしくお願いいたします。二人組です。一人は顔を変えていて素性もわからずにすこし手がおれますが……もう一人は、超人的なギャル、みたいで……ははは、私がウソをついたことがありますか。では」

「この世を私が浄化する」




 テンチョーから託された渡邉・弟の情報は、居場所そのものといってよかった。

「個人、金持ちのババア……、ったく、吐き気がする」

 トシロウはクローゼットから同じデザインの作業服をきて模造刀を腰にさし、アマゾンの箱からニコニコのお面をとりだす。

 これまでと同じ、仕事を完遂するために現地でしかわからない情報を収集しいく。

 扉をあける。右を見る。背の高いギャルが直立していた。

「……何のつもりだ」

「弟子ヨロピク☆」

 無視して車に乗りこんだ。

 そうすると運転席の窓にたった。トシロウが顔を向けると、目に☆をいれてキラキラ。

 トシロウは車を発進させ高速道路にのった。

「二時間か。でっけえ駐車場でもあればいいな」


 一時間半くらい走行し高速を降りると、昼飯のために道の駅に入り、あんみついちごパフェを頼んだ。

「くう~~~~……糖分キクゥぜぇ。」

 細かく痙攣しながら隣をむくとニコッと八重歯をみせてギャル。走っている車に並走して着いてきていたのだ。

 さっさと食べて個室トイレに。

 ニュッとドアの上にアタマがでていて、ワッ! 入ってきた人の驚きがした。



 そして30分後、山道の前に車を止めた。山の頂上にはお目当ての富豪の豪邸がまっている。

「世捨て人ってか。いいねえ、金持ちは」

『電波弱いのお。あんまりサポートできなさそうじゃ』

「ジジイはいつも通りやってろ。たのむことはねえだろうな。だいたいわかってんだ」

『なめていると足元すくわれるぞ。それよりアオちゃん知らんか? どこにもいないみたいじゃが』

 運転席の窓の前で拾った木の枝を刀のようにしてヒュンヒュンさせている。

「さあな」

『何やら昨日おもいつめていたようじゃからな。もしもそっちに来たら優しくするんじゃぞ、オマエはほんとに女の子の扱いが悪いからの』

「通信終了」

『なに、まだ話しは――』

「どうやって入るかね。宅急便か、空調か、それとも客か」

 バンバンと叩かれ、フフンと胸をはっているアオイノ。変化の力を使えば簡単にいけるだろう。

 トシロウは車を発進させてコンビニで夕飯あんまんを買い、国営公園の大きな駐車場のハシッコにとめた。すっかり辺りは暗くなっている。

「明日考えるか」

 あいつもいなくなってるだろ。

 トシロウは後部座席を倒して荷台を広いスペースにし、中央に座りこんで刀を抱いて眠りについた。



 朝日が差しこんできてトシロウは目を覚ました。ノビをして外にでる。

「ぐうう、久々によく寝たぜ……………………」

 三メーター先くらい、金髪を朝日にすかして制服のまま仁王立ちしているギャルが。

 単眼のアイマスクをして鼻ちょうちんがでている。足元にはコンビニの袋、豆おにぎりのビニールが大量にはいっていた。

 一晩中ここに立っていた(コンビニにいく以外は)らしい。後方にテントがはってあり、リュックサックがあるが。

「相変わらずコイツの気配はわからねえな……なんだったらオレよりも快適そうだ」

 頭をぐしゃぐしゃやって車のエンジンをかけた。

「…………宿題をやる」

 アイマスクをしたまま運転席の窓にたっているギャルにいった。

「お前がこの世で一番キライなものをもってこい。そしたら考えてやってもいい」

「ふぇっ!? ジマ??」

「ジマ」

「……ッ! ぜったいだかんね! ぜったーーーい!!」

 うれしそうに騒いでいるギャルをおいて走りさるトシロウは窓から手をひらひらふった。

「マヌケ」




 車を隠し、隣接する山をくだり、監視カメラとフェンスで厳重に警備された土地に入り込み、雑木林の中、まとわりつく虫と温暖差で汗ばみ臭くなった服の不快さにたえて何日も相手の動きを探る。

 そんなことするくらいなら死んだほうがましだとトシロウは思った。

「おー、よく見える」

 パーキングエリアの建物の後ろ、傾斜を少しだけ下った山林の間から双眼鏡で豪邸が見下ろせた。

 四方がテニス場や野球場のように高い金網で囲まれて家主の外界を拒む気持ちがにじみ出てくるようだった。

 一人暮らしにしては大きい西洋風の年期の入った館だ。

 トシロウは三脚をたてて望遠カメラを設置。コントローラーで動くか確認して、下の道路とパーキングエリアをつなぐスロープ状の通路に戻った。

「おじいちゃんなにやってるのー」

 見れば警官があがってくる。舌打ちをしてお気に入りのそこらへんにいる爺さんの特殊マスクで笑顔をつくった。

「いんやぁ~~ヤチョ~観察してるん~~じゃ~~い。ここら中にいる野鳥一匹残らず観察じゃ~~い」

「ここは公共の場所だからだーめだって! はい撤去して撤去」

「やめてくれええ~~~~バアサンが~~~~バアサンがみたがってるんじゃあ~~~~~~」

 ガードレールを乗りこえようとしてる警官の腰に追いすがった。

「おじいちゃん結構握力つよいね!! ご老人にしては背も高いね!!」

「ここが気に入ってるんじゃ! ここを貸してくれ~~~~たのむう~~~~」

「わかったわかったからオイオイ泣くのはやめて私がいじめてるみたいでしょ!! ただでさえここは金生さんちがよく見えちゃうんだからさ、ひとんちのぞいちゃダメだからね!」

「だれじゃあ? そいつは」

「あれ、おじいちゃんここらの人間じゃないね。金生邸と言えばここらへんでは有名だよ?」

 ヒソヒソという。

「結構な大金持ちなんだよ。あんまり周りでいざこざ起こすと、銃で撃たれるって噂だ」

「じゅう?? ひなわじゅうか」

「種類まではわからないけど、僕らにも注意するようにいわれてるんだよ。詳しくはいえないけどね」

 ふうん……、さすがに人を買うだけあって、あんまり穏やかじゃなさそうだな。

「なにはともあれ撤去してよ! 今日はみのがすけど、また見つけたら没収するよ!」

 それだけ言い残して警官は自転車にもってどこかへいった。



 トシロウは野鳥を見にきたおじいさんの変装のまま金生のことを周辺住民に訊いてまわった。よほどみんな話したくてたまらないのか、野鳥を見にきたんだがどこから入ればいいのか、そう訊くだけで警鐘をならして持っている情報を勝手にはいてくれた。

「金生は一人暮らしで、ここ何十年も山からでてきていない。

敷地内は警備で人間の侵入はほぼ不可。不法投棄業者、どんちゃん騒ぎをした大学生、その日帰れても数日中に姿を消す。山の中は警察もなぜか手を出さない治外法権。つまりは外のやばい人間とも繋がりがあるってわけだ」

『それくらい調べずみじゃ』

 インカムからどやっているジジイの声がしている。

『まあそうそうたるメンバーじゃよ。ワシラなんぞ泡ものこらんで消されるじゃろて。金生は元武器商人の社長、会社は別の人間に譲って隠居してはいるが、相談役としての権力はまだまだ持っているようじゃなあ』

「へえ、じゃあこれはどうだ。やつの子供たちがときどき山から下りてきて近隣住民にあいさつしにくるらしいぜ」

『ぬう? ……くそう、知らん! 何じゃその情報は!』

「そいつらはあいさつして回って、菓子折りを配ってまわっている。底にまんじゅうよりもあんめえ蜜がはいってるな。警戒心がつよいやつがいてよかったな」

『悔しい……。ワシも足を使うべきかもの。情報屋の』

「周りのやつらはだいたい鋼鉄の魔女の配下ってわけだ。ヘタな動きをすれば監視の目にみつけられちまう。おそらく警官もな、バードウォッチングしてるジジイがいるって伝わってんだろう……しかし、妙だな。どうしてここまでのことができるんだ?」

『そらあ、金生がボケる前に叩き込んだんじゃろ、自分の老後のためにの』

「一0年も前にボケたのにそれが今でもこうして動いているってわけか……、オレも教えをこいたいねえ、そうすりゃこんな仕事やる必要もなくなる」

 鼻で笑うトシロウ。

『で、そんな堅牢な館にどうやって忍びこむつもりじゃ』

「手段はいくつかある。宅配、エアコンの修理、有力はその子供みたいに、身の回りの世話係だ」

『トシが他人の世話……?』

 遅れて爆笑。

「オレがいくわけねえだろ、こういう鉄砲玉がおにあいのヤツがいる」

『ほう。トシもすっかりなかよくなったのう~~」

 そう言われて、自分が何を口走ったのか理解してトシロウは顔面蒼白になった。

『そういえばアオちゃんやっぱりそっちに来てないか? メッセも既読にならないし、ぜんぜん連絡とれないんじゃよ』

「違う」

『は?』

 通信を切って荷室で瞑想をはじめた。

 今のは違う、クセみたいなもんだ……クセでもない、言葉の綾だ。たまたまその時思いついただけで、「そう、シナプスがかって繋がってオレの口を動かしたに過ぎない、オレはなにも考えちゃいなかった無意識がそうさせただけだそうよしいくぞ!」

 数分もない内に、じいさんの特殊マスクをかぶりなおして車をとびだした。

「オレがあいつを戦力に入れている? ハッ、バカなこと言うな。あんなヤツいてもいなくてもいっしょだ、いや居られると困る、いまが最高だ」




 一五時になると、車いすを押されて金生が庭の簡易的なテーブルにでてくる。

 つばの長いレトロな婦人帽子で毛皮のコート。サングラスをして露出が少ない。

 肌ツヤがよく痩せていて60才とは思えない色気と若さ。現役バリバリの若社長だといわれても違和感のない妖艶な美貌をもちあわせていた。

 車の中でタブレットの映像をズームさせる。周りの世話をしているのは、三人の子供。どれも男の子で蝶ネクタイをしてスーツの執事の服装をしていた。

「ガキから生気を吸いとって若さを保ってるバンパイアってところか。いい趣味してるぜ……おっ、早速だな」

 写真をとりだして見比べる。後からティーセットを運んできた男の子は紛れもなくお目当ての渡辺 繋だった。

 渡辺繋がだしたティーカップを真っ赤な口紅の唇で優雅にすする。その間、男の子たちは行儀よく近くに控えている。

「小さなナイトに訓練ずみってわけか」

 ただ立っているだけでなく、盾になるように金生の周りをそれとなく囲んでいた。周りに目をくばらせ、少しの侵入者も許さないように監視していた。

 庭掃除をしているのも、家のバルコニーで作業しているのも、見張り台にいるのも、小さい、どれも子供で男の子だった。

 夜になると懐中電灯の光が敷地を歩きまわり、侵入を許さない警備がしかれていた。

「まるで軍隊だな。そこらの大人よりちゃんとしてらあ……そろそろ飯か。絶対に弁当ぜんぶ抱えてくるんじゃあねえぞ」

 虚空に向かってそう言って、ため息をついた。

「ふう……なにやってんだオレは」



 二0ヶ所目のスーパーの駐車場に停めていた。

「……」

 スーパーのフードコートでマックスコーヒーを手に腰をおろす。糖分の鈍器に悶えるトシロウを、ワンカップを片手にしているじいさんが笑っている。

 その背後になっているガラス張りからみえるトシロウの車、運転席を背の高い背中がのぞきこんでいた。

「ワシの車になにかようか」

 死角から音もなくちかよって背後にたった。じいさんの声音で声をかけると、その男はとびあがって振り返る。

「なんだジイさんじゃねえか」

「よかった、人間か」

「ああ? なめてんじゃねーぞ車よこせ」

 瞬間トシロウは男に密着して、背中に硬いものを押しつけた。笑顔でみあげるじいさんの殺気に男は硬直。

「誰の差金だ?」

「な、なにがね?」

「オレになにかしろっていわれたか? 何がほしいんだいってみろ」

 いっそうと押しつけるトシロウ。

「ちち違う、ただ、ぬ、ぬすもうと」

「そのためにずっと見てたのか?」

「撃たないで、お願い」

 ポケットから財布をとって運転免許証を取り上げる。

「ふりかえるな。ふりかえったら」

 コンッと後頭部を叩くと尻尾を巻いて逃げていった。車にのりこんで、じじいの特殊マスクを乱暴にはがして額の汗をぬぐう。

「ゴロツキが。ビビらすんじゃねえよ。一瞬帰ってきたのかと」

 元々あいつの気配は感じないんだ。冷静さにかけていた、少し考えればわかることだった。

「オレらしくねえ、チクショウ」

 タブレットを開く。映像をみればちょうど15時。ティータイムだった。

「ハッ!」

 突然トシロウは自虐的にわらった。

「そんなわけねえ。アイツが人を殺そうが、なんだろうがオレにはもう関係ないことだ。何を考えてる。これまでにないくらい順調にいつも通りに進んでいるだろう? はあ……少し疲れているかもな」

 目をもんでタブレットの電源を落とそうとした。

「……あ?」

 タブレットをおいて、外の空気をすってストレッチをして、もう一度もどり、タブレットの映像をみた。

「…………新入りか」

 男の子に混じってやたらと背の高い男がいる。明らかにデカイ。顔はリンゴほおで幼い男の子のそれだが、身体が一九0センチはありそうな長身だった。

「まさかな」

 ふいに長身の男の子が金生の眼前で何か摘んだ。弾丸だ。その瞬間に飛んできた方向に武装した男の子が撃ちまくり山狩りをはじめた。

 長身の男の子は車いすをおしている。よく見ると車輪は地面についておらず、ほとんど運んで家の中に避難した。



 次の日。

 黄色いゴミ袋が満杯になっているカートを二台担いで山道をくだってくる。長身の男の子だ。数メートル離れているゴミ捨て場にドサッと捨てると一回でゴミの山ができあがった。

「オイ」

 トシロウは電柱の影からゆらりと姿をあらわし、カートを担いでいだ瞬間に話しかけた。声変わりしていないやけに高い声がかえってくる。

「なにやってやがる。どうやって忍びこんだ」

「おじいちゃん何いってんの? ボキボキわかんない」

「嫌いなものは見つかったのか。それともあの屋敷の中にでもあるのか?」

「……わっかんな~~い」

 口笛をふいて目を泳がせていた。

「どういうつもりだ鬼」

「だって嫌いなもんとかないし!」

 トシロウにぐんっとつめよって頭のうえから見下ろした。

「お父さんとかこの世にいないもん! あーしなんでも食べられるってみんなからも先生からもほめられてるのが自慢だもん!! なーーんもないし!!」

 本当にないのかよ。

「だから、あーしがおとうと助ける。助ければ用心棒っしょ!!」

「はあ? 誰がそんなこといったんだ」

「あーし!!」

「そんなことしたっておい話しはおわってねえぞ!」

 呼び止めるトシロウを気にもとめずに山の中へ帰っていった。

「話をややこしくする天才だなコイツは……まあ人間はころしてねえようだな」

 どこかほっとしてトシロウは車にもどった。




 金生邸裏のゴミ捨て場にカートをドスンとおろしたアオイノ。その音で男の子が一人かけよってきた。

「本当に助かったよ! 山道は険しいからずっと困っていたんだ。君を雇ってよかったよ」

「これくらいらっくしょ~~。こーいうの、ぜーんぶあーしにまかせてくれればおケマル~~」

 190cmはある男の子になっているアオイノは、小さい男の子の顔でギャルピースしてみせると、渡辺繋ツナグは大人びた笑顔をかえした。

「マージで助かった~~。あーしもう少しで腹へって死にそうだったんよ~~。なんかぜんぜん誰も働かせてくんないしぃ、人間じゃなかったのまずかったかなぁ~~」

「ここは子供のミカタなんだ。ママがそう決めてる。いろんな人種の子がいるから関係ないよ、もしも君が、オニだったとしてもね」

「え、バレてんの?」

「もちろん、採用はママからまかされてるんだ。性別のところに”オニ”って書いてあったらバレバレさ。ハハハ。無駄話はこれまでにして、昨日はできなかったから中を案内するね!」

 木造の扉が開かれ広い玄関スペースがお目見えした。子供たちが楽しそうに掃除していて、入ってきたことに気がついていない。

 廊下を歩いていても、ズラッと並んでいる部屋を走り回ったり、サボっていたり、まじめにやったりしていた。白人、黒人、欧米からアジア……様々な人種の子供たちとツナグは手を振り叱りハイタッチし挨拶された。

 図書館、学習室、浴室、作業室、科学室……生活できうる全てが豪邸の中に詰まっていて、そこには子供しかいない。まるで子供の国だ。

「ツナグ人気モンだよね~~」

「そんなことないよ。ただそういう立ち位置にいるってだけだよ」

 たどりついたのは書斎の前。

 ここのドアだけつるつる光沢を放ち、近寄りがたい雰囲気がにじみでていた。あれだけいた子供の笑い声も姿もない。

「ここがママの部屋だ。呼ばれる以外では絶対にはいっちゃだめだから気をつけてね。邪魔するとこわいよ~~」

 爪をたてるバケモノのようにやるツナグに、鬼がキャハハと笑う。

「入るのは悪いこと! うん、おっけい。でもここ子供バッカだし、入られたりしないん?」

「みんなママが好きだからね。僕も大好きさ。……さあ、掃除が終わりの時間だ。仕事をしにいこう」


 地下の仕事場へのエレベーターにのったところで、アオイノは頭を悩ませた。

 うーん……。なんか思ってたんとちがくね?

 拉致って、なんか三途の川らで石積んでるガキンチョみたいなツレーだけのことさせてんのかと思ってたケド。

 隣にいるツナグは何かに繋がれていないし、なにより笑顔だった。

 助ける必要ある? てか、助けるっていうん、これ? うん? でも、コイツさらわれたんでしょ? んでヒロミーが助けてほしいっていってて、でも、ツナグは楽しそうだし、んんんん? どういうことなん?

 丸いイヤリングを上下させて考えていると扉が開く。

 そこはどこかの通販業者や宅配業者の倉庫のように広く、商品が満載につまっている高い棚が何十何百と並んでいた。たくさんの子供がその隙間を走り回り、梱包し、出荷にむけて整頓して積んであった。

「スッゲ~~~~! こん棒工場みたい~~。ナニしてんん? 売ってんの?」

「生活費のたしにしてるんだ。僕ら大所帯だからママの資産だけじゃもたないからね。ママのつてがあるから仕事がなくなることはないんだあ。ママはすごいんだあ」

 目をひからせて語るツナグは子供そのものだった。

 アオイノはまかされた力仕事に精を出し、自力で運んでいる子供からひょいひょい取って天高く積み上げて運ぶ。かなり役立っていた。

 誰もが率先して動きイヤイヤやらされているどころか楽しげだ。

「ナニコレー」

「それツノ~~。あーしは一本なんだ~~」

 大きいアオイノは格好の遊び道具となり、もう収集がつかないくらい集まってきて、アオイノは元々仕事がしたくなかったから両手にブランとさせたりして遊びだした。




 仕事が終わると食堂へ。バイキング型式のよりどりみどりな世界中の料理が食卓を彩っていた。

「うんみゃ~~~~!! うみゃみゃみゃんみゃんんやみゃみゃみゃ~~~~~!!! これも、これもこれもこれもぜーーーーんぶうっめや~~~~~~!!」

 アオイノは配られた紙皿に料理を縦に積み上げて塔を作り上げ、全員に行き渡る量があるにもかかわらず戦争のような食堂で猛威を奮っていた。

 祭りのような熱気と熱狂がまんえんしている会場の火が消え、風呂に飛びこむ。

 大浴場はすぐに満員になりお湯と煙であふれかえる。

 身体がボンキュッボンのまま風呂にとびこんだアオイノだった。男の子が塊になって隅っこに集まり、お湯にうく双乳を驚愕して釘付けになる。

「ア、アオイノって、女なの??」

「うん、女……じゃなくて男だよ」

「で、でもおっぱいが……」

「これはおっぱいだよ」

「え? でも、男って」

「男でもあることもあるっしょ! ねっ!」

 そうはいってもぷるんと揺れる本物の擬態のそれにドギマギして離れて入っていた。



 寝る前、子供たちは金生の書斎を通りすぎていく前にお休みのあいさつをしていく。

「おやすみ~~~~」

 返事はない。

「寝てんの?」

「きいてるよ。少し、はずかしがりやなんだ」

 腑に落ちないアオイノだったがツナグに押されて寝室へ。

 男の子と女の子でわかれて部屋にはいる。大広間に布団をしきつめて寝た。

 バフンと布団にダイブする。仰向けに寝ると足が布団からあふれた。

「ここすっげーーなぁ……あーし、こんなに居心地いいの久々かも。センセーんち泊まったとき以来だな~~ずっとここにいよーーっと」

「18になったらここをでなきゃいけないんだよ」

 隣に布団を敷いたツナグがいう。

「でてどこいくの?」

「行きたいところ。そのためにここにいる間にお金をためて、自分のやりたいことをやるんだ」

「へえ~~、養殖場ってやつね。ツナグはなにしたいん」

「僕は」

 布団にはいってうーんと考え、

「僕みたいな……僕みたいな子供を助ける人になりたい。急に家族から引き剥がされて、イヤなことされて、売られて……そんな子を、助けたい」

「ツナグって、バチクソにいいやつだよねえ~~。あーしにも優しくしてくれっし。どっかの誰かさんとは大違いっつうかー、大人だよね~~」

「…………そんなことはないよ。僕なんか、イイヤツなわけない」

 電気が消えるのが就寝の合図。ツナグは背を向けて眠る態勢になった。

「ツナグさぁ」

「明日もはやいから、ねなきゃ」

「ねーちゃんに会いたくないの?」

「え……なんで、それを」

「うーんとねそれはあーしが、ヨウジンボー、見習い? だからっさ」




 深夜。玄関の灯りしかない暗闇の中、何かが動いている。

 トシロウは運転席で半分寝ていた目を見開いた。タブレットの映像では列になって子供がダンボールを運び出している最中だった。

 山道を下っていく。ライトを瞬かせてトラックが止まった。吸い込まれていくように次々とダンボールを積みこんでいく。

「金生はとっくにボケて仕事から手を洗ったんじゃねえのか。オイ、ジジイ!」

『うおおああああ、ぐあああああ』

「相変わらず永遠に眠りそうなねぞうだな」

 トシロウは望遠鏡をもって寒空の下がらんどうの駐車場にでた。

 その時だった。

「――ッ」

 飛んできた何かを模造刀で二つ弾く。ワンテンポ置いてから車の影に隠れると弾丸がアスファルトに穴をあけた。

「殺し屋か。クソッ、どこでマヌケしたんだ。ここ最近多すぎてわからねえぞ」

 運転席の窓から様子をうかがう。弾丸が貫通して砕け散った。

「……なるほどな」

 トシロウは靴の片方を上になげる。音もなく撃ち落とされた。

「この精度……」

 車の陰から飛び出し、懐に手を入れて仁王立ちした。

 つかの間の静寂が訪れる。

 山間の暗闇で小さく光が。

 トシロウは軸をずらしてヨコに回転すると、そのままの勢いで500円玉をなげつけた。

『やっぱりトシロウか。久々だな。よく生きてた』

 インカムはキザな男の声がした。

「それはやるから見逃してくれ」

『ぜんぜん届いてない』

 五メートル先に落ちている五00円玉がしっかりわかる。

『狙われてるのにとび出て、弾を避けるやつなんてお前しかいない。相変わらず反射速度だけはバケモンだな」

「そうかい。で、オレを殺すのか」

『人間には得手不得手がある。俺は弾をくぐるような男を殺せるほどの腕はもってない。弾を掴むデカイ子供もな』

「それじゃあミスしたお前が殺されちまうんじゃねえのか」

『俺を殺せるやつはこの世にはいない。お前以外な』

「買いかぶりすぎだ。何しにきたんだ、そんなこと言いに来たのか」

『お前、なにした』

 車に戻ったトシロウに鋭い声がした。

「なにって、そらあ色々」

『俺もプロだからな、詳しくはいわない。依頼人は俺の得意先なんだがな……これ以上、関わりあいにならない方がいい』

「……なに? はっきり教えろ」

『スマンがこれ以上なにかいうつもりはない。俺は今すぐにでもこの国から出て行く。お前もここから離れろ、明日襲撃がある』

「なに? 襲撃?? 誰の差金だ! 全部はけ!!」

『じゃあな用心棒。二人共オレが殺した事にしておく、その間に逃げろ』

「オイ。オイ!!」

『神社を探れ。答えはそこにある…………ミャーちゃんの貸しはこれで返したぜ』

 それっきり何もきこえなくなった。

「猫ちゃんだいすきなキザ野郎が。クソッ!不安にさせるだけさせやがって ……そのヒントありがたくいただくぜ。ジジイ、ジジイ起きろ! 嫁さんが呼んでるぞ!!」

『ぐうううう』

「…………金髪巨乳がとんでる!!」

『いくぞおおおおおおい』

「よし起きたな、調べることがある。今すぐにだ!」




 朝食も夕飯と同じ様相を呈していて元気が室内にみちあふれていた。

「うんみゃ~~」

 幸せそうな顔で世界の食べ物を口いっぱいにほおばっていると隣にツナグが座った。神妙な顔をして、前を向いたまま小さくいう。

「昨日の夜のことだけど……」

「やば、いびき?? ハズい~~」

「おねえちゃんに依頼されてきてるっていってたけど……少し考えさせてほしいんだ」

「ああ、それね~~。でも会いたくないの? すごい思いつめてたけど」

「たった一人の家族なんだ、あいたくないわけない。でも、やるべきことが僕にはあるんだ。ここにいる子はみんな、さらわれた子供たちなのは知ってるよね。そういう子ひとりでも多く、救いたいんだ。ママと、僕たちとで」

「ふーん。じゃあしょうがないか~~、一週間くらいマツ! ダメならそのままここに住もうかな~~」

「いいの? だって、依頼ってことはヤラないとお金もらえないんじゃない?」

「いいんじゃなーい? だってヤなんっしょ。しょーがないっしょ~~」

「そ、そんな適当でいいの?」

「あーしが思う故にそれあり」

 胸を張るアオイノにツナグが苦笑いした。

「これ人間の言葉っしょ、これでもあーし人間学は誰にもまけねーんだかんね!」

「使うタイミングとか色々違うと思うけど……ありがとう! 僕のグリンピースあげるよ」

「いいの! やっぴ~~~~豆だ~~~~~!!!」

「ああーー! ツナグがまたグリンピース食べないーー!」

 後ろから男の子が指さしていた。アオイノがグリンピースを皿ごと食べようとしていると、

「えへへ……」

 耳を赤くさせたツナグは歳相応の子供だった。




 十五時。

 聖域の扉があき、車いすを押されて金生がでてくる。

 通路を埋めて出待ちしている子供たちが口々にママ、ママ! と声をかける、金生が小さく手をあげた。

 新人ながら実力をかわれて任命されたアオイノがヘコヘコしながら部隊の後ろにつき、午後三時の日差しの下。

 ぽかぽか陽気でさんぽ日和だ。最善の注意をはらいながら、庭の中心のテーブルに進む。周りで子供が遊んでいるが、テーブルが聖域のように半径一0メートル以内には近寄ろうとしなかった。

「ママ、今日はイギリスのクッキーかってきたよ。大好きな紅茶もあるからね」

 ツナグがカートから手早くクッキーのバスケットとポットから紅茶を注ぐ。

 護衛が四方から囲んで、金生をそれとなく隠す。ゆっくりと、金生がカップを手に取り、緩慢な動きながらも優雅な午後の時間を満喫していた。

 警備も行き届き、なんのトラブルもない。

 紅茶がカップからなくなる、その背後から大きな影が落ちた。

「うまそ~~、あーしも食べた~~い」

「ダメだ!!」

 肩越しに手を伸ばしたアオイノ、その手にバンッ!と強い衝撃が。

 細い煙がたっている。

「ナニコレ?」

 ポロッと落ちたのはプレスされたように変形した銃弾。

 ぬっ、山林の草葉の陰から無数の頭とアサルトライフルの銃口がでて、何の合図もなく一斉に照射された。

「敵襲ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」

 ツナグの一声で周りにいる子供が地面からマシンガンをとりだし臨戦態勢に。銃弾の雨を一気につくりだし、敵の影を駆逐しにかかった。

『山林部隊が全滅してます、トランシーバーも監視カメラもダミーです!!』

「そんな、信じられない……。ロシアのスパイも、自衛隊も太刀打ちできなかったのに……今までの敵とわけが違う」

 アオイノや護衛に守られながら金生の車いすを押しながらトランシーバーで通信し青ざめていた。

 館の屋上から放たれたロケットランチャーがつきささって爆発が起こった。

「マジヤバいんですけど~~~~色々もってんだーーーー!! あーしもこないだ撃った~~~~ネトゲで~~~~!!」

「早く中へ!」

 ウキウキしているアオイノをひきつれて弾丸の雨をくぐって館の中へ何とか入った。

 戸を閉めて護衛がほっと胸をなでおろした。

「ここまでくれば安心だ。この館はミサイルが爆発したって耐える。トラップもあるし警備も行き渡ってる。侵入されることはない、いままでで一度だって!」

「へえ~~、ホントだ! ああいうヤツがいれば安心感ある~~」

 アオイノが指さす先に視線が集まる。

 武装した戦闘員がナイフを構えて二階の欄干から落ちてくる最中だった。

 完全に気をゆるめていた護衛とツナグ、一歩対応が遅れ――。

「いってーーーーー!!」

 黒い作戦用マスクで隠れているが驚いているのがわかる。ナイフがいきついたのは金生の帽子の上に差し出されたアオイノの手のひら。二階からの十分な助走がついているのに、数センチしかナイフの先端はつきささっておらず、アオイノはそれをわしづかみ、手首を返すと、戦闘員が床にビタンとぶちあたった。

「二回目~~~~~」

 ヘルメットをかぶっている頭めがけて剛腕が振り下ろされた。

 戦闘員は驚愕してそれを目視している。ほおの数センチ横に突き刺さった拳が床にクレーターをつくっているのを確認して思い出したように気絶した。

「ころさないころさない」

「あ、ありがとう、助かった」

「ウン。この人間、ママがしんだら、ツナグこまるっしょ? ……大切な人なんだし」

 後半のつぶやきは、護衛の焦りと不安の言い合いにかき消された。

「な、なんで侵入されてるの? なんで!」

「落ちつけ! まずはママの書斎にいこうよ! あそこなら絶対安全だ!」

「ダメだよ、このブンだともう侵入されてる」

「地下に行こう」

 冷静にいうツナグ。

「あそこなら広いから見つかりづらい。スキを見て緊急通路から脱出して、隠れ家に」

 うなずきあって走りだすツナグと護衛。しかし、アオイノは虚空を見つめたままその場にとどまっていた。

「アオイノ?」

「めんご~~さきいっててちょ~~。すぐいくからさ~~」

「……絶対おってきてね!!」

 足音が遠ざかっていく。いつもの笑顔と笑いの塊がみをひそめ、真剣な表情で立ちすくんだ。

「…………それは無理そうかな~~」

 アオイノがみつめている一点、そこを一本の何かが凄まじい早さで突き破り――爆発のような音と粉塵をあげる。

 煙が晴れてると戦闘員の頭に一本の刀が突き刺さっていた。

「ひょーーーー、何かべー気配これのヤツだったワケ? てかこれ、どっかで……」

 硬いヘルメットと頭蓋骨をつきやぶって突き刺さった刀身は怪しくも美しくひかり、流れだした血だまりがクレーターをつたって広がっていく。

「あっ! これ美術館の刀じゃん!! 取られたのにあーしのために戻ってきてくれたのか~~~~くう~~~~あんがとっ!」

 柄を掴みあげひきぬこうとした、その瞬間、両足を強い力で掴まれる。

「チカン!!??」




 地下の天井を突き破り、積み上げられたダンボールの上にたたきつけられた。

 白い粉のジップロックや弾丸、手榴弾などが器を失ってそこら中に散らばった。

「ウソでしょぉ~~、ちょぉッ!?」

 開いた穴から落下してくる戦闘員、両手でそれを受け止めるが、ガドンッとコンクリートの床に沈んでいく。

「何このチカラ!! これ人間なわけぇ?!」

 ズツキ。ガクガク震えただけで効いていない。アオイノが仰向けのアゴをカチあげられ、ローラーでもついているように滑走して、ボーリングの玉のように商品を弾きとばし商品の棚にツッコんだ。

「信じらんない~~~~、おじさん何ナノ? 鬼??」

 ゾンビのようにゆらゆら体を揺らしアオイノに迫る。眼の焦点が合っていない。明らかに命がないが男は動いて歩いていた。

「人間じゃないなら手加減しなくても――」

「アオイノ!?」

 エレベーターからツナグたちが降りてきた。

 その声に反応してぐるんっと、血まみれの顔が金生に向き、落ちているライフルを掴んでノーモーションで投擲。

 金生がカッと目をみひらく、それしかできないほどのスピードだった。

 血が飛び散る。

 かばった護衛がその威力で無残にも壁に叩きつけられた。

「チョイチョイチョイーーーーー!!!」

 座っている状態から手だけで勢いをつけたキックが腹に突き刺さった。

 長い脚が貫通している。それを掴まれた。

「マジありえな~~い!!」

 そのまま力まかせに投げ捨てられ、何十もある棚をつきやぶりつきやぶりつきやぶり、最奥にある壁に、体を空中で反転させて、両足をついて踏ん張る。ぐぐぐっ、まるで地面からジャンプでもするように足の筋肉のバネで壁を蹴った。

 一直線に広い地下倉庫を突っ切り、いともたやすく頭が弾け飛んだ。

 刀がその勢いで回転してとび、金生の車椅子の前に突き刺ささる。

 バケツをひっくり返したような血の塊が落ち、金髪が、褐色の肌が、赤一色に染まり上がった。

「ダイジョブ?!」

 護衛の手当をしているツナグに走った。

「ママに近づくな!」

「なんで? あ、このこと?」

 両手を広げてみせる。

 血を滴り落としてケラケラ笑った。

「ダイジョブダイジョブ、汚さないから~~、それより銃あたって大丈夫だった?!」

「く、くるなバケモノ!!」

 悲鳴にもにた精一杯の威圧に、他の二人もおよびごしになりながら金生を「人間ならざるものを殴り飛ばして頭を破裂させたバケモノ」から隠した。

「え……なんで」

 胸をおさえた。

 小さい男の子だった顔が、ギャルに戻った。

 明確な敵意。

 バケモノという言葉が、アオイノに深く突き刺さった。

「顔が変わった!」

「僕らを騙してたのか!」

「こ、こわいよー」

「ちょ、あーし別になんにもしないよ! みんなには何も!」

 踏み出し、パッと目の前を掴んだ。

 それは、必死に打たれた護衛の弾丸だった。

 当たらなかった。だが、その顔を暗く沈ませる効果はあった。

「あー……、そっか。恐がられてんのか……」

「アオイノ……なのか?」

 ツナグはギャルになったアオイノに目を丸くしている。起こされた護衛はどうやら無事なようだった。

「よかった……、元気がいちばん~~……」

「アオイノ!!」

 ツナグの呼びかけに応じず、その人間離れした脚力で天井の穴から飛び去った。

「なんで撃ったんだよ!」

「だ、だって、あんなの」

「【あんなの】だって?! 僕らを守るために戦ってくれた人だろ!!!!」

 ハッとする護衛の合間をぬけて、ツナグは穴を見上げる。

 冷たい雫がポタポタとツナグの頬を濡らした。




 子どもたちは勝利の祝杯を上げるべくいつもよりもどんちゃん騒ぎの強い夕飯にありついていた。

 その頃にツナグは金生を着替えさせ、書斎から行ける隣の寝室に寝かせた。

 豪奢なベッドに横たわる金生はまるで眠れる森の美女のように瞳を閉じて呼吸をしていた。

「じゃあ行くね。お休みママ」

「助けてくれる小人がたくさんいるんだな、鋼鉄の魔女さんよ」

 突然の声にハッとする。

 寝室の奥の壁にニコニコお面の男が背中をあずけて立っていた。

 ベッド横の電話を取るがつながらない。天蓋の柱の緊急用ボタンも壊されていた。

「何が、目的ですか」

「まあまあそんなこわい顔しなさんな。お前の姉さんに頼まれてお前を助けに来たんだよ。ほら、契約書だ。それでも信じないってんならいろいろ答えてやるからなんでも聞け」

 契約書を丸めて投げてよこす。ツナグは警戒しつつもそれを開いて目を丸くした。確かに間違いない渡辺裕美のサインと血判だ。

「もしかして、アオイノの」

「アイツしゃべりやがったのか、まったく。まあそういうことだ。じゃあ行くぞ」

 トシロウが一歩出ると一歩下がった。

「そういうわけにはいかないんです。みんなを置いてココを出ていくわけには行かないんです」

「ははーん、そうかそうか…………。鋼鉄の魔女ともなれば、しがらみも多いってわけか」

「言っている意味が、わからないんですが」

「襲撃のおかげで調べる時間は十分にあったからな。リストと書類があったぜ。ここにいる子供は金生が選んでるんじゃない。なんてったって金生はこの通り、一人じゃなにもできない状態だからな」

「ち、違う」

「こんなお面つけた気色のわりい人間が部屋にいるってのに何の反応もしめさねえんだ、わかってねえ以外に説明できるか?」

 苦い顔で視線をそらすツナグに畳みかける。

「知っているのはおそらくこの部屋をよく使っているメンバーだけ。机が五つだから五人か? まあ、世話係とでもいってココで仕事しているんだ、なんとでもウソはつけるさ」

「……」

「どこかしらで商品にされた子供を選んでるのは金生じゃない、お前らだな。お前ら子供が子供を買ってる。まあ子供だけじゃ相手にされないのは目に見えてるから、金生を一五時にわざわざ外に出す。金生が生きていてることを界隈のやつらに見せつけるためだ。そうすれば子供は金生の使いの者ってことにできるからな。ここに入ってようやく意味のわからねえ習慣の謎がとけたぜ。飲み食いさせてるのも、その電気を流す装置で、やってたのか?」

 枕元にちょうど低周波治療器に似ている機器と小さいボタンがついてあるコントローラーがあった。

「まるで子供の国だな、ここは。子供が子供に指示して使えるもんはつかい、自分らの生活を自分たちで保証する。金生という人間のブランド力と財力があればの芸当だが、よく考えたもんだな。誰が考えたんだろうな。子供の国の人気者さんよ」

「…………何が目的なんですか。あなたに屈する気はありません」

「だから、お前を助けに来ただけだ。これはただの好奇心で調べただけで、誰かにいうつもりはないし脅すつもりもない。待ってる間暇だったから、この部屋の情報からそういう仮説を立てただけだ。まあその顔だと、まあまあ当たってるみてえだな」

 ツナグはやんわりとカマをかけられていたのに気がつき年相応に暗くうつむいた。

「オレの好奇心のおかげでお前の事情もよくわかった。何があったか知らねえが、この館……いや、子供の国を牛耳ってる身としては、一日だって席を外したくないってわけだろ」

「僕はただ役割を与えられたからそうしてるだけであって、ここにはリーダーなんて存在しない」

「あー悪かった悪かった。まあそんなのオレにはどうでもいい」

 トシロウは模造刀を床に置くと両手を広げて敵意がないことを今一度みせつけた。

「いっただろ、オレはお前の姉さんに雇われてきた用心棒だ。ここで何が起きてるなんてのはまったく興味がねえ。興味があるのは、お前だけだ、渡辺繋」

「……姉さんには会えない。もう……顔向けできないくらい、僕は汚れちゃったんだ」

 悲しげにツナグはつぶやいた。あえるものなら会いたい、そんな機微がかんじとれた。

「……手についた血なんてのは、そこら中になすりつけておけば消える」

 ツナグは顔をあげた。

「お前らはまだ若いだろうが、この世で唯一の家族なんだ。子供がそんなの気にしてねえで一回でいいから会っとけ」

「でも……」

「でももヘチマもねえ。明日の朝、迎えにくる。仲間にも一日だけ出張するとでもいっとけ。このチャンスをのがしたら今生では会えないと思え、いいな」

 かなり逡巡して金生の寝顔を眺めている。

「フンッ、命の恩人だってんなら、それぐら許してくれるだろうよ。ママなんだからな」

 それだけいって颯爽とドアからでていった。




 次の日。

 アジトAの扉が開くと依頼人の渡辺裕美が所在なさげに立っていた。相変わらずニコニコお面のトシロウは乱暴にため息をつく。

「おら、いつまで隠れてやがる」

 繋がおそるおそるトシロウの後ろから顔をだした。

「姉さん……、僕は、もう、戻れないくらいに汚れちゃったんだ。姉さんを不幸にしちゃう、だから、もう」

 ドンッ、ほとんど突進するように言葉を遮ってその小さい体を裕美が強く抱きしめた。

「ね、ねえさん」

「会いたかった……」

 力をぬくように繋が小さく息をはいた。

「繋……無事で良かった」

 姉の無償の愛が子供の大人びた仮面をぬぎさるのには十分だ。

 繋は大粒の涙を流し、呆れるほどの大声でえんえんと泣きじゃくった。

「ったく、ここで泣くんじゃあねえよ、バレたらやべえんだ」

「ありがとうございます、トシロウさん」

 すがりつく繋を部屋にいれながら、涙の笑顔で裕美が感謝をつたえた。

 フンッと鼻で笑う。

「これでもう半分は達成したな」

「あとは取り立て人の大元を叩いて、借金を帳消しにすることじゃな。で、わかったか?」

 リビングに行った渡辺兄弟。ジジイが玄関マットからいうが、トシロウは玄関から中に入ろうとしなかった。

「……? どうしたトシ」

「ジジイ悪いが」

 唇を噛んだ。

「この件からはもう降りるぞ」

「な、どういうことじゃ。何があった――まさか、敵はそんなに」

「このアジトは捨てる。ジジイも数ヶ月間は【仕事】から手をあらえ」

「ちょ、待てトシ!」

 ジジイが右腕をつかんだ。腕で圧迫するようにジジイを壁に叩きつける。

「ゴホッ……、トシ、お前……」

 舌打ちして、乱暴にドアを開けて出ていく。

 掴んだ腕、それは普段の豪胆なトシロウから予想できないほどに小刻みに震えていた。




 決心はしたもののツナグは本当に会っていいのかと頭を悩ませていた。

「……姉さん」

 ツナグー! ごはんなくなっちゃうよ~~!

 あっけらかんとした声にパンパンと顔をたたいて、いつもどおりの「ツナグ」の仮面を被り直しでていった。

 息づかいがなくなった寒々しい金生の部屋の中、闇から溶けだしてニコニコのお面がうかびあがる。

「さあ、はなそうかねえ」

 トシロウは金生の部屋にはいり、模造刀の先端をその喉元につきつけた。

「起きたらどうだ金生。このまま喉かっきってもいいぞ」

 呼吸が三度。

 仰向けで横たわっている顔は動かずに、ぐるんと両眼がトシロウをみやった。

「用心棒のトシロウは人を殺さないんだろう」

「王子様の口づけじゃなくて悪かったな、鋼鉄の魔女さんよ。元といったほうがいいか?」

「何が目的だ小僧。ただで済むと思うなよ。誰からきいたか教えろ」

 脅しているのはトシロウなのに主導権が金生にあると錯覚するほどの威厳と威圧感だった。

 フンと鼻でわらう。

「秘密は守ってやる、だから教えろ。今何が起ころうとしてる。その首謀者は誰だ」

「貴様か。この状況を作り出したのは」

「なに? なんのことだ」

 金生はベッドからおりると自分の足で歩き、部屋の鍵をしめた。

「どこまで知っている」

「オレはただのしがない用心棒だ。誘拐がやたらと流行っているのと、お前が子供つかって自分の身の安全をここ数十年守っていたくらいしか知らん。まあ、あとはその低周波治療器を改造したのが、ただの低周波治療器でしかないってことくらいか。子供の作った工作に付き合うたあ、ホントに優しいママみてえだな」

「虚勢をはるのだけは一人前だな。自分が何に手をだしたのかさえ知らない青二才の小僧め」

 精悍な立ち姿と顔でタンスを開ける。すっぽり収まる形で抜き身の刀、叛十生零流が雑に隠してあった。

「その刀はなんなんだ? 襲撃のとき森の中から肩のいいヤツが投げて吹っ飛んでった。というか、その刀は中古屋のクソ店長が客に渡してどこかにいったはずだ、どうしてある、この件に関係あるのか、それが」

 金生は触らずにタンスをしめた。「その口ぶりだと、これを世に放ったのも」

「オレじゃねえ。あのノータリンのギャルだ」

「貴様のような青二才に話したくはないが、私は【動けない】のでな。この要塞に忍び込めたのを見込んで、【この世】を背負ってもらう」

 金生はいつもそうしているようにやたらと書類が多く質のいい革張りの椅子に体を預ける。今はツナグがつかっている金生のデスクだ。

「この世? えらくでかく出たな、世間にでてないせいで感覚が狂ってるみてえだな」

「私が軍事産業から身を引いたのは黒く入り組んだ勢力抗争や体に限界がきただけじゃない。あの男から私が死ぬまで恐怖と混沌にこの世を落としたくないと思ったからだ」

「おい、煙に巻こうたってそうは行かねえぞ、オレが知りたいのは首謀者、それだけだ。暇つぶしに作ったお話なんざききたかねえ」

「やつは儀式を成功させてあの世とこの世を繋げようとしている。それに必要なのは大量の命と境界という名の事情を断ち切る叛十生零流。そして――」

 トシロウが模造刀を振る。金生のすぐそば、デスクライトの鉄製の棒が切れてゴトリと落ちた。切れ味の良い刀で竹をきったようにキレイに尖った切り口だ。

「オレが知りたいことだけしゃべれ。これ以上口を開くな」

 鼻先に切れるはずのない模造刀の先端を向ける。明確な脅しに金生は微動だにしなかった。

「震えているぞ」

「今日は寒いからな」

 おもむろに立ち上がると、そっぽをむいて寝室に。

 トシロウは切っ先を背中にむけたまま着いていき、ベッドのそばに置いてある金庫に。墨で達筆の文字が書かれたおびただしい数の札が貼られている。

「これだけの『警備』をそろえたが、それももう限界のようだ」

 ダイヤルを回して小さくロックが外れる音すると、ふいに電気がとぎれとぎれになった。

 とりあげたのは、五センチ四方の四角い鉄の箱。

「やつから遠ざけた人里に近い山を根城にして荒らし回っていた『鬼の首』だ」

 それを目にした途端、トシロウは無意識に後退りしていた。

 違和感と不快な空気が、そこから漏れだして部屋の中に蔓延していく。

 なにかニオイがでているわけでもないのに口を覆い顔をしかめたくなる淀みがトシロウの足元から這い上がってくる。

 言いようのないその空気をあえて言葉にするのなら、怨念。

 小さな鉄の箱が外気にさらされただけで、トシロウが金生の与太話を信じるのに十分だった。

「儀式をおこなう周辺の鳥居を破壊し、然るべき手順を行う。そうすればもうこの世はおしまいだ」

「……M町の神社の鳥居が壊され続けている」

『神社を探れ。答えはそこにある』トシロウは殺し屋の言葉を思い出していた。

 足を雇ったジジイに調べさせていたが、こんな意味があったのかよ。


 マズイな。


 なにか、マズイ。


「時間は少ないようだな、急いだほうがいい」

「オレはやらん、勝手ぬかすなババア」

 ガタガタガタガタ。タンスが小刻みに振動している。トシロウは背中でそれを感じとり、振り返りたくなる衝動を必死でおさえつけた。

「貴様が知りたい人物と、【これ】をしようとしてる人物は一人だ」

「ッ――! いい加減にしろ!」

 柄に手を置く。

 頬を汗がつたい、目にもとまらぬ速さで抜いて、背後を斬った。

 キイイン! 書斎の奥の壁に叛十生零流の美しい刀身が突き刺さった。小刻みに震えている。

「姑息なマネをしやがって! 叩き斬るぞ!」

「こんなことしている場合か」

 金生の胸ぐらを掴み上げる。トシロウの顔のとなりを、鬼の首が封されている鉄の箱が通り過ぎていった。

 書斎に落ちる箱。刀が切先を壁に突き刺さしたまま切れ味のいい溝を引いてトシロウに迫ってくる。

 咄嗟に金生を押し倒して避ける。

 ドアの縁から抜けた刀は自由になり、トシロウのことなど興味がないと、なにかを探しているのか空中で停止して人間が目で探すように微妙に切っ先を動かしている。

「あの箱が渡ったら終わりだな」

 トシロウは下敷きにしている金生をニコニコのお面ごしににらみつける。

「さあ、頑張れ。【心優しき用心棒】」

 強く歯を食いしばって殴りつけたくなる衝動をおさえつけて書斎に首をふる。

 身を低くしているおかげで奥のデスクの下にある鉄の箱をみつけられた。

 浮遊している刀の下を音もなくくぐりぬけ、金生のデスクの影に隠れる。切っ先がちょうど正面を向くところだった。

 少しだけみえた側面にはトシロウが斬ったあとが線になっている。

「おっちまえば解決だろう」

 しかるべきタイミングで鉄の箱をとり、しっかり立って腰をすえてヤツをむかえうつ。そしてあそこを叩いて、折る。

 その時、浮遊している刀がガクンと高度を少し失った。苦しんでいるようにもみえる。

 いましかない、トシロウはすばやく移動して鉄の箱を取り、脱いだ上着で包む。

 作戦変更だ、このまま逃げてどこかでロードローラーでも借りて押しつぶす。

 刀をデスクの影からみる。その切っ先は反転して、箱をあきらめたのか、それとも別なにかを探しているように、寝室にむいた。

 その先は、立ちつくしている金生だ。

「ババア! 逃げろ!!」

「私が引きつける。逃げてそれを処理しろ。あれから時間がたって血が足りていないんだろう。首をだしてやっと目覚めるくらいだったんだ、弱体化しているみたいだな」

 思ってもみない状況だ。お言葉に甘えさせてもらうぜ。

 緊張に喉をならして出口へゆっくりむかう。

 こんな悪党、死んで当然だ。

 金持ちで子供を買って働かせて、自分の身の安全を守っている人間のクズ。

 トシロウはついにたどりつき、取っ手を回した。

 よかったな、これでこの世は安泰だぜ。

 お前が死んで、救われる。

「子供をたのんだぞ。ツナグはまだまだ甘い」

「――チクショウッ!!」

 トシロウは上着をほどいて手のひらに鉄の箱のせてみせた。

 緩慢だった刀はビンっと、見つけた。

「道具ふぜいが勝手に動いてんじゃねえぞ!」

 一直線に空気を切り裂いてトシロウに突撃。

 おおきく振りかぶって箱を正面の窓の外に投げた。しかし――

 ビイイン、勢いあまって金生の自画像の眉間に突きささり、トシロウの右肩を串刺しにしていた。

「クッソォッ、ノータリンがああ!!」

 左手で強引に引き抜き壁に突き刺すと、おあつらえ向きに眼前にある線に模造刀を振り下ろした。

 バギイイン……。

 刀身が割れて、トシロウの背後の床に小刻みに震えて突き刺さる。

 振り下ろしている模造刀、中心から先がなくなっていた。

 トシロウがつけた叛十生零流の傷は、トシロウから出た血が染みこみ、そして無くなった。

「こ、こいつは?!」

 目を丸くする、血を吸った刀がまるで元気を取り戻したように壁から抜け、バックして窓の外へ。

 出血する肩をおさえながら窓にかけよると、正面の森の一点に刀が吸い込まれていった。

 弱い霧のような雨の中に、誰かいる。

 かろうじて、その左手に箱、あげている右手に叛十生零流が鈍く光っているのがわかった。

 人の大きさじゃない。

 大柄のクマよりも二周り大きい。

 満足したのか、それは跳躍をみせて夜空に消えさった。

「何だ……、何だ、お前は……。あれじゃ、まるで……」

 廊下からドタドタと足音が。子供たちだ。

「おい、用心棒」

 痛みと焦燥となにかが混ざりあって混乱しているトシロウに金生が歩みよる。

「こちらに緊急用の逃げ道がある。これで貸し借りなしだ」

 寝室を指さす。鏡台の裏に一人分が入れるダクトの入り口がぽっかり口をあけている。

「魔女の貸しを、こんなところで使いたくねえが……せいぜい長生きするんだな」

「愚弟をよろしく頼む」

「ゲフッ!!」

 背中を蹴られてトシロウは落ちていった。



 金生邸前にあるゴミ捨て場の近くに放り出され、雨とドロでグシャグシャになる。

 車はこの近くの国営公園の駐車所にあった。見透かされていたようで肩の傷よりも不快になったトシロウは舌打ちした。

 なんとか車にたどりつく。運転席で肩をみると血がシャツを真っ赤にしていた。

「クソッ、明日起きれる自信がねえな」

 救急箱をとりだし消毒液をぶっかけた。激しい痛みに逆に意識を失わずにすんだ。

 だが傷を縫うまでに至らず、疲れ果てて背もたれに身体をあずけて目を閉じた。

 なんだってオレがこんな目に。

「これも全部あいつのせいだ。次あったらただじゃおかねえぞ、前の一00倍の毒盛って、コンクリで固めて海に捨てる。絶対だ」

 しかも結局、誰がやってるかもわからなかった。一体なにしにいったんだオレは。

「金生があんな口の減らねえババアだとはな、最後まで勝手に色々いいやがって……」

 それをトリガーにして、思考の電流が体中を駆け巡った。

「…………そんなはずねえ」

 自分の脳みそを否定するが、思考は止まることはなく、去り際の金生の言葉が何度も反芻してくる。

「……愚弟。愚弟だと」

 止めようとしても勝手に思考のピースがハマっていく。

 金生は【あの男】からこの世を守るために辞任した。

 あの鉄の箱、鬼の首を持って。

「止めろ、止めろ、止めろ止めろ止めろ」


【愚弟をよろしく頼む】


 金生の弟は、いまどうしてる?


 金生が鋼鉄の魔女が辞任した後、その後継者は誰になった。


「……金生達夫」

 車、農業機器、AI、ホテルなど様々な産業に進出し世界を股にかける大企業。

 クラクションの真ん中に刻まれているKINJOの文字を強く叩いた。

 首謀者は、金生達夫。

 世界を股にかける大企業、KINJOグループのCEO。

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