2話 前半 ニンゲンウケる~~
ボロアパートの薄汚れた窓から朝の日差しが差しこみトシロウが目を覚ました。
壁にもたれかかったまま質素な部屋をみわたした。
「……夢か」
ノビをして脱衣場の戸をあけた。
はりのある谷間の深い胸に、割れた腹筋、くびれと大きめの尻、太もも、濡れた髪。なまめかしくも健康な褐色の肢体をさらして、いたずらっぽくスッピンのギャル鬼が八重歯をだす。
目鼻立ちがはっきりしていて、欧米の美少女といわれても違和感がない。
「いや~~ん☆」
「す、すまん!」
戸をしめてホッと胸をなでおろしたトシロウは、勢いよく戸をあけなおした。
「オレの部屋だ!!」
バッチリメイクしてジャージのギャル鬼がぱんっと手をあわせた。
「いっただきむぁ~~~す」
地べたにレトルトのごはん一膳、豆腐、納豆、味噌汁、イワシの缶詰。全部トシロウの冷蔵庫にはいっていたものだ。
ギャルはわりばしを割ってバクバク食べていく。
「うんめ~~、人間のくいもんうんめ~~、バリエーションっつうのぉ、バリエーションうんめ~~~~バリエーションの種類はんぱね~~」
窓際でゆでたまごをかじり、豆もイワシもくえんのか、とトシロウはため息をついた。
「お前、どうやったらかえる――達成するんだ、その、なんだったか」
「善悪よ、いい悪い。人間のカチカンわかんねーと、獄卒試験うかんねーんだよねぇ。実習ちゅーなのいまは~~、先生に言われたからさー、しゃーなくきたんだけどホントもうマジめんどっ」
「お前にはムリだ。簡単に殺すようじゃ到底わからんだろうな」
「はぁ」
とてもおいしそうにもぐもぐ食べるギャル。
「ねーここテレビないの? テレビみにこっち来たところあんだけどぉ、てか、なんもなさすぎてウケねぇ~~ここ、つまんな~~ここ」
「スマホで見れんだろ」
「うっそマージ??? どーやんの! これ拾っただけだからワカンナイんだよねぇ~~」
「知るか、コッチくんなマヌケ!」
「ケチぃ~~、でもテレビがスマホでみれるとか、もしかしてちょっとだけ地獄より進んでね? えらそげ~~人間のクセに~~、ウケる~~」
人間は地獄の鬼よりも低俗で、殺すことに、テレビより、くいもんよりもきょうみがねえ。
まじめに付きあおうもんなら長くなりそうだな……頼むぞジジイ。
トシロウは立ち上がって、ごちそうさましたしたギャルを横切って駐車場にでて、ワゴンにのりこんだ。
「いつも通りハリコンで情報収集……納期までも十分ある、楽勝だな」
「でっぱ~~~~つ」
助手席に乗りこんできたギャルが元気よく手をあげた。
「ハアーーーーーーーーーーーーーー」
「はあ~~~~~~~~~~~~~~~~~~」
住宅街。
ターゲットの消費者金融の一味が根城にしている二階建ての一軒家がよくみえる公園。その前にワゴン車を止めた。
「…………ハア」
「…………はあ~~~~」
窓枠にひじをつくトシロウ。
窓枠にひじをつくギャル鬼。
鼻をすすると、鼻をすする。
あくびすると、あくびする。
今すぐ地獄帰るというと、今すぐ地獄帰るといった。
「ちょ、反則~~こ~~ざ~~か~~し~~~~」
「……どういうつもりだ」
「形から入ろうとおもってぇ」
「……そうかい」
3日後。
「あのオッサンニュース出てたオッサンにすげー似てる!!ホラホラ!!!! なんだっけ、坂上田村麻呂?!?!? スゲー!!」
バンバン肩を叩かれてトシロウは激しく咳き込んだ。
5日後。
大福がひょいひょいと口にすいこまれていく。
「それはオレのだ」
「ええ~~?! 大福がごはんって栄養ダメクナイ???」
「……」
7日後。
夜の公園。
ワゴンが止まり、ちょうど人間くらいの黒いビニール袋に包まれたなにかが構成員二人にかかえられて家の中へ吸い込まれていった。
手帳を開いてシャーペンで情報をかきこむと、リップを塗って、パッとテラテラひかる唇がなるおとがする。
「マネはどうした」
「あー、してっしっ」
「…………」
14日後。
坂上田村麻呂ににている男が周りを警戒して玄関からでていく。しきりにスマホを確認していた。
「なるほどねえ」
手帳に情報を書きこみ空いている助手席に置いた。
昼の公園で柴犬とメンチきり勝負をしてるギャル。絶対に負けたくないらしくニラミをきかせた眼光を犬から離そうとしない。
「カンペキに飽きてるな」
エンジンをかけて、アクセルを踏んだ。なのにまったく進まないで浮いている。
「ちょっとぉ、いつまでこうやってんのぉ?! ずっーーーーっと、見てるだけじゃん!」
「おろせ、目立つ」
ぶーたれたギャル鬼にバゴンと車体を下ろされたトシロウが天井に頭をぶつけた。
助手席に長身がおさまった。バッチリメイクしているほおがぷくーっとふくらむ。
「なんなのこれ! なーーーーんもしないじゃん、お風呂もろくに入れないしぃ、ずっとコンビニのうまい弁当だしさあ!! こんなことするために人間界にきたわけじゃないんですけどぉ!! いい加減公園でメイクしたくないんですけどお!!」
「公園にドライブにでもきてたとでも思うか? 相手さんの動きがわかるまでずっとこうしてるんだよ」
あくびをするとニコニコお面がうえにずれた。
「もっとも、オレはずっとこのままのが楽でいいがな。この時間が一番楽しいねえ」
コンビニ袋の大福詰め合わせから一つとると、バクッと横どりされた。
「テレビみれんくなったしぃ! なんかすぐおなかへるし! 早くいっちゃえばいいっしょまーーじつまんなっ、サンズで子供とケイドロしてるほうがたのしいわ!」
「金もってねえんだ当然だろう。地獄はしらねえが、この世は金もってないやつは生きていけねえんだよ。はらもふくれねえし、テレビもみれない、残念だったな」
「じゃちょうだいちょうだい! いっぱいもってんでしょ? ねえ~~~~」
「やるかマヌケ、ほしかったら働け。いっとくがメシもタダじゃねーからな。そうだ、家賃だってかかってる。払えないんだったら置いとくわけにゃいかねえなあ」
「じゃ、はたらこっ」
「ああ、それがいい。そんでもう二度と帰って……」
車をおりて、まいてある髪が風をきっていく。向かうさきは、まさにターゲットにしてる金融事務所だ。
「まてまてまてまてどこいくきだ」
トシロウが回りこんで車の影にひきかえらせる。
「じーーっとしててもしょうがないっしょ? さっさといきゃいいじゃん」
「こういうのは、はじまる前の情報でうまくいくかが全部きまってんだ。出入りをみて、いつ入れるかを確認して、確信がもててからじゃねえと動けねえんだよ」
「伝票? とってくりゃいいんでしょ? 簡単っしょ~~」
「こまったら暴力が鬼の常套手段ってか? サルとかわらんな」
「じゃあどうすんの? あーしあの掃除屋とかクソだせーの着たくないんですけどぉ」
「ダサければダサいほど信用される。自己主張と個性ほどじゃまなもんはねえ」
「うーん、じゃ、これならいいっしょ」
ギャル鬼が腕組みした両手をおもむろにアゴの前にかかげ、ワイパーをかけるように左右に開ける。
隠れた腕からふたたび晒された顔面、おしゃれなギャルのそれではなくなり、坂上田村麻呂によくにた男になっていた。
「おまえ、変装できるのか?」
「ふっふーん、おばかな人間じゃわっかんないよね~~、これはヘンゲっていうの、声だってちがーっしょ?」
低音よりのギャルの声がニュースキャスターの男の聴きやすい声になっていた。
「たしかに構成員のあいつに似てる、っていうかコピーだな……」
コイツぜったい聞く耳を持たないだろうし止められない。
それにもしかしたら、この完ぺきな変装なら上手くやれるのか……?
「いてきまーーす」
「まて、これつけてけ」
インカムをイヤリングが目立つ耳につっこみニコニコブローチを谷間に押しこんだ。
「オレの言うとおりにしろ」
「えー、やだ~~ききたくな~~い。人間の声ちかくでききたくないんですけど~~腐り落ちる~~」
「いいか人間は殺すなよ、なにがあっても、まあもういないよな」
スキップして金融の家へ向かう大きい背中をため息で見送った。
チャイムをならすと優男がでてきた。
「あれ、でてったばっかじゃん、なんか忘れ物?」
「え? なに? 全然きこえね~~ウケる~~」
「いやめっちゃ近いでしょ。あれ何か雰囲気かわった? なんかそれ……どうしたんだ」
ブレザーにルーズソックスに男の視線がむいた。
『まずい、変化に気を取られすぎた、戻れ!』
完ぺきにバレてしまう焦りがギャル鬼の耳にきこえてくる。ギャル鬼は坂上田村麻呂顔をニコッとさせた。
「カワイイっしょ!」
「ま、まあ。いいんじゃない、人それぞれだし……。け、けっこう胸、あるんだねハハハ、今まで気がつかなかったよー」
「んふふ、ありがと~~。ちょっとさってみるぅ?」
「い、いや、せ、セクハラになるでしょ~~ハハハー、ハ」
『ちょっと取引でヘマしたかもしれなくて気になった戻ってきた、リストをみたい、そう言って中へはいれ』
「ちょっとさ~~、人身売買でぇ~~マージ、やっちゃったカンジがしててぇ~~、アタマ疲れてハラヘッタし一緒におかしくわね?」
「ちょ、中で!」
焦る優男におされて中へおじゃ~~すと入った。
「外で取引の話しはしないって、初歩的なミス君らしくないじゃないか」
「あーし豆がいいな~~。堅揚げポテトでもいいよ~~」
「オカシはあとでもってくるから、それよりもやっちゃったカンジってなに? どんなミスしたんだ、教えてくれ」
「え? なに? よくきこえない」
「いやだから近いでしょ!!」
「えーとぉ、名前みればわかるっぽい」
「名前? それなら、取引した顧客のリストをみればわかるのかい?」
「そうみたい! ねぇねぇいいでしょおねが~~い、おねがいおねが~~~~い」
「君、なんかさっきから何かに操られてるのかい? いや、わかった、わかったからブラは見せないでくれ、状況を飲みこむまで時間がまだたりてないんだ」
二階へ上がって子供部屋の押し入れに。
中の金庫からノートパソコンを取りだして慌てて操作している優男を、油で揚げた豆のお菓子をもぐもぐしながらギャル鬼がみている。
「ほらこれだ。まってポテチ食った手でさわらないでよ!」
「じゃーやって☆ 見てて、あげっからっ☆」
『お前……なんかスゲエな』
しぶしぶスクロールされていく画面がニコニコブローチの瞳にうつっていく。
『よし、いいぞいいぞ。よく見える。全部だ、一番最後まで、そのまま……チッ、田村麻呂が帰ってきた、隠れろ!』
「もういいのぉ?」
『本人とはち合わせたらマズイつってんだ! さっさとトイレにでも入れ!!』
「もーーうっさいなー、ちょっとお花~~」
耳をおさえながら廊下突き当りのトイレに入ると「おーい」とすれ違いで声がした。
『どうにかして脱出しろ、ぜったいに見つかるなよ。やつらはヤクザなヤツらとはまた違う、個人営業で消費者金融と連れ去り屋をやってるみたいだ、ハリコンでわかった、ぜったいに5人以上の出入りがない、だから最低あと3人いるから』
「イイじゃんべつに、みっかっても。あーし強いからパツイチだし~~てかむしろ隠れるとかトサカくるんですケド」
『あーそうかい、どうでもいいが絶対に殺すなよ、殺したら……ええーと』
「あ、天才の発想でた」
おもむろに腕を組み、変化するポーズ。
堂々トイレをでて元気マンマンに階段をめざすと、坂上田村麻呂ににている男とはち合わせした。
「な、お、おまえ、もしかして」
「テレビにでてる有名人です! セニョールアミーゴ! じゃそういうことで、アデュー!」
相変わらず首から下はギャルのままではあるが、相手は絶句して固まっている。
ピッと指でキザにあいさつして通りすぎようとした瞬間に、戸惑いとともに銃口が向けられた。
「おおおおおおおおまえなんなんなんなん」
「おや、なんかまずった系?」
『なににかわったんだ! 見せろ!』
「テレビにでてたから有名人だけど。真っピンク人間。なんか眼と口がなかったし、個性がないやん?」
『再現VTRのマネキンか……』
目口と髪がないピンク色の輪郭だけの塊に、大の大人がしんじられなくらい震えている、優男がかけつけ、悲鳴をあげて拳銃をとりあげて撃った。
弾丸は見事にピンク色の眉間に命中し、思い切り強く後頭部が床に叩きつけられた。
『どうした、おい! 青いの!! 撃たれたのか?! おい!!』
眉間からほそい煙をたちのぼらせているピンクのマネキンを覗きこむ二人。
足でわき腹をツンツン。
それがスイッチになったようにビンッと足があがり、直撃をくらった坂上田村麻呂が天井にぶち当たって、落ちた。
「ひょービクッた~~、銃弾うっけっるっ」
ヌッチョリと立ち上がるマネキン。ポロッとへしゃげた弾が落ちた。眉間には跡がちょっとついているだけで、虫刺されにもにている。
ピクピク痙攣している隣で優男が失禁している。ヒョイっとクビを引き上げた。
「ややビックリしちゃわ~~。ちょいムカツクねーーそれ」
『まて殺すな!!』
「やだよ~~、もうビビりたくないしぃ」
銃弾を発射した優男は圧倒的なチカラにされるがままに泡をふいていた。
「キャハハ~~ッ! あわあわ~~~~ブクブクタラバガニより泡だってる~~~~」
白目になっていくさまに爆笑している。一気に締められるにも関わらず、じわじわ、じわじわ、楽しんで……。
『殺したら、殺したら』
あっけらかんとした笑い声とギリギリ骨がきしむ音が延々響く中で、トシロウのひらめいた息づかいがした。
『夕飯ヌキだ!!!!』
「ムリ!!!!!!!!!!!」
パッと手が離されて力なく瀕死の男が落ちた。
「しんでない!? 死んでないって!! ほら! ほらほら!! ハハッ、僕しんでないよっ。しんだことないよっ、僕をころしたらたいしたもんだよっ」
『よ、よし、いいこだ……人間なめくさってんな』
ギャル鬼は必死になって力のないアゴをつかみ、強引にパクパクさせて腹話術していた。
『パソコンもって逃げろ、他のヤツラが戻ってくる前に、今すぐにだ』
「わかってるっつーの、んもー、あんましせっかちだと、舌ぬいちゃうぞ☆」
窓を開けてトシロウが待っている車になげキッスした。
トシロウは窓をしめてなげキッスを遮断した。
「そこから飛びおりるなよ、派手なことをするな、ただでさえ銃声がしてんだから誰にも見つかるなよ」
『もーあーいえばこーいう。いーっしょ~~上手くいってんだし~~。それよりさー、金くれんでしょ? いくらいくら? 1億??』
「さっさと帰ってこいマヌケ。夕飯はだしてやるよ」
やったーと子供のようによろこんでいる。
イイ浙江が手に入ったぜ、
やりようによっちゃ使えるかもしれねえな。
超人的な身体能力、銃弾を食らっても無事な頑丈さ、変化の力……。
なにより、人間じゃねえ。
『てか、さっきの、あーしのこと?』
「は?」
覚えのないトシロウは気の抜けた声をあげた。
『【アオイノ】っていったっしょ?』
「ああ。おまえ青鬼だから、青いのっていったが。なんだそれが」
『アオイノ、アオイノいいかも。ちょいダサいケド』
何か吟味しているようでうーーんと唸っている。
……うまいことコイツを使えれば、わかるかもしれねえ。
【アイツを殺したヤツが】
「フンッ、何を考えてんだオレは……」
自分を鼻で笑って視線をあげた。
人影が3つ家の裏から出入口のドアに回ってくる。
鉄パイプやナイフをもって、正面に1人、左右に1人ずつ陣取り、荒らし回った侵入者が出てくるところを狙っているのだ。
「クソッ! 逃げろーーーーッッ!!」
車を飛び出て走った。3人はトシロウをみるが、ニヤッとしていまにも開きそうなドアに向きなおる。
ドアは開かれ、殺意の塊が振り下ろされた。
「違うッ!! お前らだーーーーーッ!!!!」
前の男は蹴りで家三軒ぶんほど離れているトシロウのほうまで吹っとぶ、一緒にとんできた鉄パイプをなんとか模造刀ではねのけた。
左の男は横殴りにされ壁にめりこみ、右の男はドアを貫通してきたヒップアタックで塀にたたきつけられた。
「ったく……こんなやつと組めるわけねえだろ」
足元に転がる男。腹に風穴が空いていて確かめる必要もなく絶命していた。
『あららー』
鬼は腕から血をしたたらせ、親の顔色をうかがう子供のように用心棒の様子をうかがっていた。
夕飯を食べながらトシロウはスマホでニュース記事を読んでいた。
昼の出来事はやはり騒ぎになっている。
3人の死体は本業の『掃除屋』に依頼したのでそれほど大事にはなっていないようだった。
他のメンバーも捕まり、誘拐されて監禁されていた人々は警察に保護された。
この件は他の金融会社もしくはヤクザとのトラブルで壊滅したということで処理された。
「表面上はなんとかなっているか……ばれなきゃいいがな」
カップラーメンの麺をすくう――ぐううううう~~~~。
よだれを滴らせて指をくわえたギャル鬼が瞳をうるませていた。
「ねえ~~、ちょっとだけぇ」
「自業自得だ」
「だからぁ、ワザとじゃないんだってぇ~~、アイツラがぁ~~」
「ワザとでもなくても、殺したことにはかわりねえんだ。それに掃除屋やとったせいで、この前とその前とそのまた前の金がパーになった。もっと反省しろ」
「ぶーーーーーー、いーもんいーもん。ジジイのとこいくからぁ!」
「ジジイはお前がバキバキにしたノーパソを解析中だ、じゃますんな」
「んもーーーーっ!! イジワルおやじィ!! 人間キラぁーーい! ゼツメツしちゃえ!!」
「じゃあ何で人間の姿なんだ。嫌いなんだろ」
イジワルなトシロウの質問になぜかパッと表情を明るくした。
「ギャルさんってかわいいじゃん! 個性があるっつーか、じこしちょーがあってさー。あーしにはそういうのないんだよねぇ~~。名前もないし」
「名前がない? 忘れただけじゃねえのか」
「そこまで馬鹿じゃないから!! ていきゅーの鬼は名前ないの。ニンゲンのことなんて調べてたらバカにされるからさあ、だからさぁ、こっそり雑誌みたりして変化してたんだぁ」
「でも、意地汚くて、姑息で軟弱な人間だぞ?」
「ギャルさんはべつ! チョベリ閻魔!!」
「閻魔?」
「チョースゴってコト!」
お腹がすいたことも忘れて瞳を輝かせている。よほどスキなようだ。
「へえ。人間によって感じ方が違うってわけか。全員そろってクソって認識じゃあねんだな」
「え…………」
一時停止して、あっ!と声をあげた。
「ホントじゃん! もしかして、これってもしかして! 善悪??? ねえねえ、いい悪いだよね?!?!」
「オレが知るか――いや、よく……たどり着いた、その通りだ。その気持ちが善悪。お前に学ぶことはもうない、地獄へかえって、その、試験うけてこい、絶対に受かる。オレが保証する」
「いやた~~~~っ!! イエイイエイイエイイエイイエイ~~~~~っ!! アゲアゲアゲアゲ~~~~~~っ!!」
ベッドで飛びはねてよろこびまくる褐色の民族のように、疑いもせずに飛び跳ねるギャル鬼。トシロウはよろこぶのを必死で抑えこんで拍手していた。
ジジイから電話がかかってきた。
「用事ができた。ジジイの解析が終わったみてえだからな。気をつけて帰れよ」
開放されたようなさわやかさを感じながらアジトを後にした。
街灯が輝く高級マンションのアジトAのドアを開けるトシロウ。リビングで作業しているジジイ、そしてソファーには依頼人の女子高生がいた。
「オイ、どうしてここにいる。もうガキが出歩く時間じゃねえぞ」
「スミマセン。家に一人でいるのが……」
「そうか。だが慣れてもらわねえと、こっちの仕事にさしつかえる。これからは何とかしろ、見つけられるもんも見つけられなくなるぜ」
トシロウの凄みに女子高生がさらに小さくなった。
「お前みたいに怖いもの知らずじゃあない、ただの女子高生なんじゃ、もっと優しくせい、まったく」
「知るか。それよりどうなった」
ソファーにどかっと座ったトシロウの前に、USBがささったノートパソコンが置かれる。
「これがサルベージできた顧客リストじゃ。ざっと一00件くらいじゃな。はじめてまだ日が浅いからか、これくらいですんでよかったの」
EXCELに拉致誘拐した人間の取引先名、金額、日時、番号など細かい情報が整然と並べられていた。
「それで、お目当ての弟さんはどこに持ってかれた」
「それはわからんな。そこら辺のと同じ、商品は番号で管理しておったようじゃからな。顧客の名前も住所もわからん。パスワードなんぞわしにかかれば腰痛体操よりも楽じゃたが、こういう暗号解析は範囲外じゃ」
「スゲエ。それでどうなった」
「そしてこれを連れてかれた時期以降だけにすると……」
情報が抽出されると五0件までへった。
「多いな。もっと特定できる情報はないのか」
「ヤツラがいつ弟くんを売ったのかまではわからんからなぁ。リストが手に入っただけでもありがたいじゃろう」
「チッ、あいつがジャマしなければもう少しうまく行ったってのによ」
「でもアオイノちゃんのおかげで最短でできたんじゃないのか?」
「誰だそれ」
「なにいうとる。トシがコォドネェムをつけたんじゃろ? きいとるぞ」
覚えのないことに首をかしげるトシロウだったが、「青いの」と呼ばれてなにかを吟味していた青鬼を思い出した。
「……あれか。まあ、どうでも――いやまてジジイ、どうしてそれを知ってる」
「ワシ、メッセこうかんしてるもぉ~~ん、ヒロミちゃんとも、してるもぉ~~ん。スタンプとかいっぱい、おしちゃってるも~~~ん」
トシロウはソファーにうなだれた。上機嫌でスマホをみせるジジイの画面にアオイノと依頼人の高校生ヒロミのアイコンが写っている。メッセとは某SNSアプリをジジイが改造したメッセージ交換アプリだ。トシロウも入れている。
「スケベジジイが、あいつは鬼だぞ。あれはただの擬態だ」
「それもきいておる。いいじゃろ人間でも鬼でも。かわいいんじゃから」
「へえ、そうかい。まあ残念だがあいつはもう帰った。善悪を学んだから試験で一00点だろうな」
「ジジイこれウマイ?」
「おお、その豆、部屋にもってっていいぞい」
「はあ、これでやっと安心して仕事ができるってもんよ、なんだいまのは」
奥の部屋から興奮している声がしている。
「一時間くらい前にきたぞ。なんじゃ、待ち合わせてたわけじゃないのか、ずっとネトフリで映画みとるぞ」
盛大にため息をつきUSBを乱暴にぬいてふところにいれた。ソファーに横たわった姿は涅槃のようだ。
「で。弱点はわかったのか、鬼の」
「なにぃ? もういいじゃろ。このリストだってアオちゃんのおかげじゃろ? 協力せい、彼女は確実にトシロウのチカラになってくれるぞ」
「アオちゃんって愛称で呼ぶくらいメッセしたんだな」
「どうにもならないなら現状を受けいれて、うまく連携して仕事したほうがいいんじゃあないか?」
「人生の先輩ヅラするな、富裕層が。生まれたときから地主のじいさんにいわれたかねえ」
「なあにいうておる、地主もつらいもんじゃぞ、土地の管理から市とのやりとりとか……まあいい」
もったいぶって印刷した用紙をみせる。
「豆、イワシ、柊のトゲ。酒は、弱点というより好物じゃな。それと人間の知恵、頭をつかうこと……とまあたくさんあるが、鬼討伐伝説にでてくる何よりの弱点はな」
まあ、豆とイワシはもう弱点じゃないけどな、むしゃむしゃ食ってたけどな、と思いながらもトシロウは次の言葉をまった。
「首を落とすことなんじゃよ!!!!!!!!」
盛大にあくび。
「まあそうなるの。そのせいで討伐された坂田と渡辺が苦手みたいじゃ。コレはガチの情報じゃからよく覚えておけ。なんと坂田か渡辺の名字なだけで豆まきしなくてもいいらしい!! よっぽど恐れてるみたいじゃな~~」
「はあーーーーーー……、シール張り屋が渡辺だったかね」
トシロウはダルそうに立ちあがって玄関に。
鬼も人間みてえに進化してるのかもな。昔の情報じゃ当てにならねえ。
なんとかアイツに痛い目あわせて、もう二度と近寄らせねえようにしねえと、商売上がったりだ!
「おーいアオちゃん、トシロウ帰るってよぉ」
「いわんでいい!!」
「絶対にころすな」
「は、なに? きも」
助手席でメイクをしているアオイノが興味なさげにいう。顧客の住所を特定するためにジジイに紹介された情報屋の店へ車を走らせていた。
「人間だ、人間! 三人ヤッたろ」
「もうやんない」
「お、どういう風の吹き回しだ、本当に善悪を学んだってか」
「だって夕飯ぬきじゃん! ジジイとメッセ交換してなかったらマジで死んでた。餓死だけはマジかんべん」
「本当は鬼だとおもいこんでるゴキブリなんじゃねえかお前」
「そうで~~す。かまってほしいからってメイクの邪魔しないでもらえますぅ~~? 寂しがりや~~」
模造刀を抜くのを抑えるためにトシロウは頭に浮かんだ事をいった。
「お前ってしぬのか」
「え、もしかして、マ・ヌ・ケェ~~?」
ププププ、トシロウの横顔を青いネイルが指さした。
「死ぬにキマってるっしょ! しなないヤツとか居るわけないっしょ~~、神様じゃあるまいしぃ~~~~あーしだって教科書でならったし~~」
「……で、どうやったら死ぬんだ」
「そだな~~。自慢だけどあーし地獄イチカチンカチングだしぃ~~」
口をとがらせて少しだけ考えると、いたずらっぽく八重歯をみせる。
「首落とされたらしぬかな~~~~」
ニコニコお面が心なしか真顔になっているトシロウは、M駐車場に車を止めた。
お世辞にも繁盛しているとはいえないアーケード。
ニコニコお面の男と、その後ろをついていく長身のギャル。少ない通行人がかってに人が避けていくので、ど真ん中あたりにある個人経営の中古屋の戸を開けるまですぐだった。
「うわーークッサここ。あっ! 漫画とか、フィギュアとか、すげーー!!」
目をキラキラさせて所せましとレアな商品や中古品が置かれた店内を歩きまわるアオイノ。
奥地にあるレジにトシロウがたつと、のれんの奥の人影に向かって口をひらいた。
「裏のを売ってくれ」
「お客さーん、ナニいっチェルカ、ワッカリマセン、日本語ムツカシイネェ」
「情報だ」
のれんをくぐってサングラスのイギリス人店長がでてきたた。
眉間に深いシワがある敵意むき出しの強面で、さきほどとは打って変わって流暢な日本語をしゃべった。
「そのふざけたお面知ってるゾ、用心棒のトシロウ様がなんのようダ。女の自慢でもしにきたカ」
「こいつは取り憑かれてるだけだ。気にしないでいい」
制服のスカートをひらひらさせてアイテムを見ている後ろ姿があった。
「ジジイを知ってるか? 紹介されてきた」
「ああ知ってるゼ。世話になってル。偉大な人ダ」
「へえ。ただのパソコンだいすきなスケベ農家だと思ってたが、役に立つときもあるんだな」
店長の太い眉がぴくりと動いた。
「ジジイのおかげで俺たち情報屋が自由にやっていけル。足をむけてねられないとはこのことダ」
「信じらんねえな……まあいい。このUSBにある顧客リストの解析をしてくれ。できるだけ早く頼む。わかったらジジイに連絡しろ」
「まて」
きびすをかえしたトシロウが足を止めカウンターに向き直る。
サングラスをしているがガンつけているのがよく分かった。
「受けるとはいっていなイ」
「なに? ああ前金が必要なのか、いくらだ」
「おれに指図するナ、おれはおまえが嫌いだネ」
タバコに火をつけた店長にトシロウは面倒くさそうにため息をついた。
「お前のウワサはきいてるぞ、偽善しゃぶりやがっテ。お前みたいに格安でウケるやつが業界を悪くして、壊滅させるんダ。知り合いの殺し屋も嘆いていタぞ。正義の味方にでもなったつもりカ、ヒョロヒョロクソゴボウヤロウ」
マズイな、相当きらわれてる、トシロウは言い返すよりもそう思った。
「オレをすかないのはよくわかった。でも必要なんだ、アンタだけが頼りなんだよ。アンタが一番早くて安全だって、ジジイからきいてる」
「うそをつケ。こんなクソしょうもないネットサーフィンみたいな依頼バカにされてるのと一緒だからナ。それが本当だったとしても、お前には協力しないときめタ。ジジイにも自分で決めていいといわれていル」
「いらんことを……」
こういうのは何を言っても無理そうだ、出直すか……。
「ねーこれかって! このギターマジでイケてる!!」
USBメモリをふっとばして、木製のギターが勢いよく置かれた。
プラスチックやステンレスではない、100%木で作られているようだ。亀裂がところどころにはいり、年代物の脆さがにじみでている。
「あとにしろ、重要な話してんだ」
「見る目があるナ、クロギャル」
嘘のように眉間のシワがなくなり、上機嫌な声音になった。
「大昔にここらの山で人里を襲っていた大鬼がもっていたらしいゼ。まわりまわってウチに来た骨董品ダ。博物館にあってもおかしくないレアものダゼ。弦は張ってあるが、音は鳴らない」
ギュワーーーン!! ヒズミの効いたギター音が空気を振動させた。
「すっげ~~っ、めっちゃイケてるじゃん!!」
「驚いたナ。そのギター、鬼じゃないと弾けないという言い伝えがあるんだガ……」
「人間じゃないしな」
「おもしろ~~~~、ここなんかスンゲェいろんな気配カンジておもしろ~~~~。ねえねえオッサンもっと見せてよ~~」
「若いクセに趣味がいいナ、しょうがない、掘り出しモン見せてやろう」
「おいまて、そんな時間は……」
制止も虚しく、アオイノが上機嫌な店長のガイドで店内骨董品ツアーへ。
それから4時間後。
「なんか知んないけどウケてくれるってさ! あっぶねー、忘れてたわ」
「それは……助かったよ」
車で待っていたトシロウがコンビニで買ったいちごジュース5本目をからにした。
「でもぉ、なんか金はインナイから取り戻して欲しいもんあるってさぁ」
助手席に乗りこんだアオイノは裏に何かかいてあるレシートを渡す。
「……それ受けてきたのか」
「うん。らくしょーっしょ、返してもらうだけだし」
「お前が一人でやれ」
「いいの!!!!!!!」
「やっぱダメだ」
大きくため息をついてノリ気じゃないトシロウはお面のゴムをパチンとやった。
「……まあ、いいか。これしかなさそうだしなぁ」
「人間にもオモロイヤツいんだな~~。こないだみた映画もさいこうだったしぃ~~。ピカピカピカピカ~~~~ッ!! がんばえ~~~~っ、あーしも変身してぇ~~~~、人間ってクソだけど、カルチャ~~? はサイコウ~~」
「行くぞ、さっさと終わらせて本来の依頼だ。そんなに時間はねえんだ」
「ぜったいに貴方の思い通りにはさせないッ!!」
バッと日曜日朝の変身ポーズをとるアオイノにあわせて車が急発進して、座席に頭をぶつけた。
都市部にあるM市美術館では、大昔の日本芸術家たちの作品をあつめた展覧会が行われていた。
土日の休日を楽しむ人々で繁盛している間を金髪をなびかせ、ギャルンギャルンと制服の裾と丸いイヤリングをふわふわさせて、興味津々にアオイノが眺めていく。
「すげー、教科書とかでみたのマンマじゃん!」
「触ってみろ」
「ゲージュツは触っちゃダメっしょ。しんないの」
「……そういうのは分かんのかよ」
展示物を囲むセンサーを横目にトシロウが残念そうにした。
トシロウはお面をせずに中年男の特殊マスクにスーツのためアオイノみたいに注目されていない。そう思っているが、春を売る犯罪の最中なんじゃとざわつかれているのに気がついていない。
「これ浮世絵? ホンモノはじめてみた~~! すげっ、この絵デッカ! 生首の鬼とんでる~~ウケる~~~~マンガじゃん!」
「鬼も絵で感動できるのか」
「キマってるっしょ。ジゴクだとみつかっと百叩きだからさー、こっそり見るしかないんだよねー。部屋で見てたらパパが帰ってきちゃっていっそいで隠してさー、なっつい~~」
「……娯楽は禁止はキツイからな」
「トッシーもそうだったん? わかった、ようじんボーの訓練してるときっしょ~~、山ごもりして変身のきっかけをつかむやつ」
「さあな。……ブツはこれか」
その刀は他の作品から隔絶された一部屋に展示されていた。
薄暗い照明の中、弓なりに美しく光沢を放つ刀がさえる。
「名刀・叛十生零流……。一太刀で一00人を斬りすて、理でさえ断ち切ることができるすさまじい切れ味がおそれられ、長らく妖刀として神社に手厚く祀られていた……」
「えらく博識だな」
「そこに書いてあるし。よめず?」
「……」
台にはられた説明文を指さされてトシロウは無言になった。
「よゲトっ」
「まてまてまてまて」
殴りかかろうとした剛腕を止めた。
「さっきのとこは人が多いからいいが、こんな人気の少ないとこでやったらオレの存在がバレる可能性がある。夜だ。警備をしらべて、道筋を考えて、穏便にやるんだよ」
「わーってる、わーってるってぇ~~。あーしバカだけどオンナジミスはしないからぁ~~」
ギャルピースしてスマホで刀と自撮り。
「しかし、これだけの名刀が寂れた商店街の中古屋のモノだとはな。まあ、大したもんじゃなさそうだが」
「すっげーね! てか人のモン盗むとかありえねーっしょ~~」
「そういうのは分かるのか」
トシロウは周囲に目をくばる。監視カメラ、赤外線センサー、非常ベル、台とケースにもしかけがありそうだった。
「あーしのこと何だと思ってんの~~、コオニんちょじゃないだから~~それくらいわかるっつーの~~。でもニンゲンじゃわかんないかな~~」
「博識だねえ。オレたちも今日、同じことをするんだが、それはどうなんだ?」
「うーーんと、悪さしてるやつから、取るから……、超正解!! あってる?」
「その通りだ。筋がいいなお前。もう完ぺきだ。いつ帰るんだ」
「やっぱもうわかっちゃったか~~~~そうじゃないかとおもってたんだ~~。でもなんかさー。具におちないっつうの? なんかモヤモヤ~~っとすんだよねーー。頭悪いけど直感だけはいいとおもってっから、こんモヤモヤ解るまで、まだいることにした」
「へえ。そんならこの仕事やれば解るかもしれねえな」
「あのさ、なんか急にあーしにきょーりょくてきじゃない? あーしはうれしいケド……もしかして」
「あ? ああ」
さっさと帰ってほしいからな。
「好きになった? きも」
「ドデカ鬼」
「ききずてならないんですけどぉ!」
段になっている通路の天井に頭をぶつけた。
夜の美術館はライトアップされて建物自体が美術品のような美しさがある。
それがよく見える近くのビルの屋上、腹ばいになってトシロウが望遠鏡をのぞきこんでいた。
「美術館なだけあってさすがに警備は厳重か」
『安心せい。ワシが仕入れた中の見取り図は信用してくれてええぞ、警備なんぞそれがアレばあってないようなもんじゃ。しかし何でこんなショッパイ仕事受けたんじゃ? 情報のためとはいえ、たいして内容も教えられてないリスクしかないようなバカしか受けないような仕事、トシらしくないぞ』
「あーしがうけてきた!!」
『なるほどのお。さすがアオちゃん!! こういうキケンな仕事はそのぶん見返りも多い。筋がいい! 上手くやってるみたいじゃな』
「とってもな」
『侵入経路は一0パターンくらいのせといた。だが気をつけろよ。この美術館、前に一度美術品泥棒に入られたから、罠が多い』
「ああ、わかってる。お宝が眠る古代迷宮みたいだよまったく。探検隊だって探検やめようっていうぞ」
ゲンナリして隣をみれば、パシャパシャ美術館と自撮りしてるアオイノが。
「ジジイとナベちゃんにおくるって約束してんだ」
「そうかい」
「人間のわりにマジうけんだよね~~。ニンゲンにしておくのがもったいないわ~~」
「お前が受けたんだ、お前が先頭きってやってもらうぞ」
「そうだった! 強奪たのぴみ~~、テンチョーもいいニンゲンっぽいからチョッチガンバっちゃおっと」
「なら、計画を教える。その地獄耳かっぽじってよく聴け」
「りょ~~」
望遠鏡をのぞきながらトシロウがため息した。
「相手は五0人いる。当然入り口はすべて塞がれていて上階の窓でも警備がとんでくる。屋上はサーチライトがあるが少しだけ手薄だ。えっちらおっちらスパイダーマンみたいに登ってたら簡単に見つかっちまうし、オレは運動をしたくないからナシだ。だから変装して中にはいる。ジジイに用意させたバッジとかICカードがある。まあそれに気づかれるのは時間の問題だろう、その前に刀の警備だけ解除させて、さっさとこの折りたたみ式の贋作とすりかえて逃げる。ベタだがそれが穏便で早い。この写真のヤツに変化しろ。今日休みの警備員だ、人手が少ないから来たとでもいえ。さっきもいったが罠が多い。その配置はよくわからねえ。だからよく注意しろ。それと人間をころすな。何か質問はあるか」
アオイノはムッと口を一文字にした。指をアゴに当てて、力強くうなずいた。
「カンペキ!」
変装したアオイノは正面入口のガラス扉をダッシュでぶち破った。警備員がうずをまくように後を追い、警報がこれでもかと鳴りだして照明がうそのように全開になった。
「こんなこったろうと思ったぜ」
トシロウは騒ぎの乗じてスルリスルリと警備をぬけて、お目当ての刀の部屋にたどりついた。
「持ち場に戻れ、どうしてきた」
リーダー格とおぼしき警備員の静止をすり抜け、急いでいる様子で刀に走る。
「刀が、刀が!!」
ケースまであと少しの所、横から飛びつかれた。
その瞬間、トシロウが行くはずだったケースの床から電気が弾ける音がした。電気床のトラップだ、立っていたら黒焦げになっていたことだろう。
「バカ! 警備されたままだ!」
解除だ解除! リーダー警備員がトランシーバーにいうと、床から電気が引いた。
慌てて他の警備員がケースを開け、刀が外気にさらされる。
マヌケ。
トシロウは立ち上がり、刀をマジマジとみる警備員の背後にたった。
「……たしかに贋作です。ホンモノと見分けるシールが貼っていない!」
なんだと、オレはまだ……。
「そこに展示してあるものはもともと贋作なんだ」
リーダー警備員に意識があつまった。
「騙していてすまない。館長の意向でその刀だけ贋作なんだ。本物は別の場所に保管してある」
「それならすりかえられたのは元々……」
ホッとする警備員たち。
そうきたか。どうりで「たいしたことなさそう」だったわけだ。
……まてよ。どうしてこれだけが贋作なんだ? オレたちがくるのを知っていた? それとも、他の美術品よりも、重要だってか?
同じようにホッとした顔を作り、堂々と部屋を出て行くトシロウ。
まあいい、一度態勢をたてなおして、その本物がどこにあるかを調べればいいだけの話だ。
なにも難しいことじゃない。いつも通りやればいいだけだ。
そこにあっけらかんとした声が走ってきた。
「あ! いたいた~~~~。迷っちゃってさ~~カンベンカンベン~~」
「……全部踏んだみたいだな」
手をあわせるアオイノは服が破け、ブラの片方が放り出されて下半身はパンツだけの半裸。
しかも変化は解けていた。自慢の青い毛先はチリチリ、顔はすすけて、足に犬が噛みついていた。
腹に矢が刺さり、頭に手裏剣、左手に黒い手袋、銃弾の跡が胸にハートを描いていた。
「硫酸の落とし穴と紫いろのガスがブシューってなったときはどうしようかと思った~~、まあ逃げれたからバッチシ~~」
「こいつは不死身か……」
辟易としてトシロウは警棒を構える警備員たちに敵意を向けた。
「お前は帰れ」
「はぁ? 刀そこにあんのにとらないワケ? しょくむホーキじゃん」
「あれはニセモンだ。一回逃げてホンモンがどこにあるか探ってからまたくる。3、2、1……いけ!!」
模造刀をぬいて迎え討とうとするトシロウ、それを追いこしてアオイノが肩を切って歩いていく。
「なにしてる! おまえが行くとメンドクサクなるんだよ!」
「とりあえずもらってってもいい?」
振り下ろされた警棒をのれんでも払うように軽くはねのけ、ガタイのいいオトコたち五人に組みつかれるが、それを引きずったまま刀をもっている男に歩いていく。
「ちょーだい☆」
恐怖で混乱した警備員が鋭い切っ先で斬りかかった。キンッ! デコられた爪が受け止める。
「あっ、ちょっとぉ~~!」
そのまま刀を摘み上げ、必死に掴んでいる男をピッピッと手についた虫をはらうようにはらい、組みつかれている男たちもはらう。
「爪かけちゃったじゃーーん、ショック~~」
しょんぼりしているとタックルされ、スタンガンを押しつけられた。
骨が一瞬透けてみえた。
「いった~~、あざになったらどーーすんの!」
「バッ、バケモノ」
「しっつれーー」
手でパンっとはじき飛ばす。
ものの数分、もうここには2人を捕まえる警備員はいない。トシロウはぐったりしている一人に脈があるか確認。
「……ギリギリってとこか」
「だーーいじょぶ、五しかだしてないから~~」
「はあ……まあいい、さっさと逃げるぞ」
クソ、ここのトラップでいい感じに弱点をさぐれる予定だったのに。逆にコイツの不死身性を確認しちまった。まったく……。
不意にトシロウの身体が宙にういた。
にっこりと薄暗闇によく馴染む黒ギャルが抱きしめてその長身で持ち上げていた。トシロウよりも30センチは身長が高いため、完全に拘束されて胸の谷間に顔がおしつけられる。
「な、なにを――――」
ぐんっと足を踏ん張り、床を蹴る。
その跳躍は人間のソレではなく、天井をつきぬけ、いくらかの美術品と部屋を通過し、夜空の屋上に着地した。
「ほんとに手薄だ~~。だっれもいな~~い」
「な、なに、なんだ」
急な上昇のせいか、谷間からでているトシロウは目をくるくるさせて頭をくらくらさせていた。
「仕事したっしょ? きゅーりょーちょーだいよ」
「な、おまえ、それだけのためにニセモンを」
「じゃケーロっ」
「ちょっとまて飛ぶなおおおおおおおおおおおおお」
夜の街を跳ねた。
「ってことで、イチオーもってきたよ~~、まーじめんご」
中古屋のレジに置かれた展示されていた贋作の刀。
青い毛先をくるくるさせてイヤリングをゆらし、アオイノは楽しそうに武勇伝を話した。
その後ろでお面をかぶったままの顔にタオルをかぶせて、椅子の背もたれに身体をあずけて宙を仰いでいた。
初めはなにをいっているんだというように聴いてた店長だったが、戯言だったとしてもここにお目当ての刀があるから過程はどうでもよくなったようで、
「報酬だ。リストはできるだけ早く解析すル。まっていナ」
「えっ?! 何でクレンの! ミスったのに!」
メイクで大きくなっている目がさらに大きくなった。
「博物館の刀をもってこいといったのはオレダ。たとえ贋作だとしても仕事は達成していル。それにオレとアオイノちゃんの仲だからナ、おまけさ」
「んんんん~~~~ありんがんとん~~~~! イイ人間~~~~~の部類~~~~」
カウンターからのりだして首に抱きつくアオイノ。おっぱいに包まれて、強面がまんざらでもなくほころんでいた。
「どうか許してください!!!!」
ほんの数秒前までムスッとし、いびり倒して日頃のストレスをすべてぶつけていた、いかにも偉そうな男がオロオロしている。ムリはない。ここはファミレス。周りの目があってしかるべきであって、実際に様々な視線が集まっていた。
若い社員はキレイに土下座していた。
「加藤部長がお譲りくださった初めての大きな仕事……ご期待に答えられず、会社に大損害を与えてしまいました。度重なる部長の助言があったにもかかわらず、ドンドン追い込まれていって、私一人では何もできないくらいに……」
「ヤメロ!な?みなさん、驚いてるから、ね?」
「どういうわけか私が部長の助言を実行すると、良くない方向に向かわせてしまうんです」
「わかった、わかったからそんな大声で言うな……!!」
「伝えたはずが伝わってなくて、知らない間に仕事が進んでるんです、もう、どうすればわからなくて誰かを頼ろうとしたんですが、どういうわけかみんな忙してく、やればやるほど、孤立して、ダメになってく……今までこんなことなかったのに! 本当に本当に申し訳ありませんでした!!」
辺りの視線が白にかわっていくにつれて、部長の汗の量が増えていった。
「わかった!許す!もう全部許した! な!この話はおしまいだ!」
「なんとお優しいんでしょう……部長にこんな事を言わせてしまう私をお許しください……、うう、死んでお詫びします」
ナイフをひっつかんで切腹の態勢になった。
悲鳴があがった。無邪気な笑い声が店外からしているが、部長はとたんに青ざめた。
「全部俺がやったことだ!!うまく行かなかったのは俺が圧をかけただけで、お前は仕事ができすぎて俺の地位が危うかったから、少しだけしめてやろうと、思っただけだ! だから、お前のせいじゃない!!」
涙でぬれている顔が笑顔になる。
のりこえた、そんな汚い笑みが思わずでると、血がピュッ。
「ぬううううううううううううううう」
苦悶の声をあげながら腹をかっさばいていく若い社員。内臓がドバドバッ流れでて血がポンプで噴射されたように加藤を真っ赤にそめていく。
前かがみに崩れた彼に加藤は腰をぬかして這いつくばり逃げていった。
「ぺ~~~~~~い!救急車きました~~~~!!」
騒然とする店内の空気をつきやぶり、担架を担いだ褐色のデカイ看護婦が血だらけの若い社員を片手でかかえると、担架とともに両肩にかかえてでていった。
トシロウが若い会社員に変装してやった仕事の映像を見終わると、一生分笑ったであろう『依頼人の若い社員』が感謝とともに茶封筒を渡して、スキップで帰っていった。
「はーマージウケた。トッシーってウソつくの得意だよね~~。豚の内臓いっぱいもってきたときは、アクマ召喚の儀式でもすんのかと思ってウケたわ~~デーモン系~~」
アジト五は雑居ビルの中にあった。仕事道具をしまい、腹に仕込んでいた豚の内臓の残りをキッチンの鍋で煮込んでいる。
「謝り屋は楽だ。オレが受けるのは会社員とか、人間関係がとか、そういうちょっとしたイザコザへの対処だ。全身全霊の謝罪ってのは、ときに鋭利な刃物よりも鋭く突き刺さる。それにオレのはウソなんて半端なもんじゃない、欺いてるんだ。お前みたいな筋肉バカにはわからんだろうがな」
「筋肉バカで~~~~す。キャハハハ! でもあーしのアイキョウ(筋肉)がなかったらトッシーのナマムギ(あざむき)ばれてたじゃん」
「来るタイミングがおせえ。後少し遅かったらバレてたいくら謝り屋だからって、一歩間違えりゃ大事になるんだ、ちゃんと飯分働け」
「いいも~~ん。そしたらジジイに食べさせてもらうも~~ん」
「……それはそうと」
トシロウは銭湯の湯船につかったままニコニコお面をあげる。
目の前にはタオルで髪をまとめているアオイノが首をかしげていた。褐色の乳が湯にふよふよ浮いている。
「何で入ってきてんだよ」
「は? 風呂だしよくね?」
「男湯だココは」
少し離れて入っているじいさんたちが、お湯を弾いている若々しい女体をガン見している。鬼だと知らずに拝んでいるやつもいた。
「あ~~知ってる、そういうの差別っていうんだーーガッコでならったし、人間それにスゲー敏感だって! あーしもやなんですけど~~」
「鬼にも男女があんだろう?!」
「鬼は鬼だけど?」
「だから男女が」
「鬼は鬼ですけど???」
なぜか凄まれてトシロウは口をつぐんだ。
アジト五に帰ると、十分に煮えている鍋を囲んだ。
「次はお前やれ」
「ふぇ? いいの!!」
「その擬態能力があればオレより上手くできんだろ。むしろお前がやれ、きっちり飯と家賃と、器物破損代かせげ」
「うん! やだ!!」
「なら明日から仕込みって、ああ?!」
「人間に謝るとか針山磨いてたほうがマシなんですけど~~、ようじんぼーの仕事ならまだしも、謝るとかッ、ウッケッネ~~~~」
鍋ごとひっつかんで汁を全部のみこんだアオイノはゲラゲラ笑い、鍋を置いたのと同時に顔面から鍋につっこんだ。
「へえ、これは効くのか。打撃は効かないが、内部からの攻撃には弱い、か」
トシロウが醤油のボトルに入れておいた紫色の毒を鍋に混入していた。人間なら痙攣して数分以内に処置をしないと死ぬ強さだ。
「しかしおっかないくらい静かに逝ったな……痙攣してるのか?」
「ヒュー……ぷるぷるぷるぷる……ヒュー……ぷるぷるぷるぷる……」
「……寝てやがる。バカをとおすと毒が睡眠薬になんのか……?」
驚きをとおりこして呆れ、鍋を枕にしているアオイノを置いて帰った。
「あ、あのオジサンっしょ!!」
夜。
アオイノが助手席の窓から指差したのは背広のオジサンの背中だ。
「違う。そもそも時間がぜんぜん違う。何百回みてんだ、覚えろ」
「ええ~~。もうあいつでよくね? だってみんなおんなし服きてっからわっかんねーんだも~~ん。まけてよ!」
「関係えねえヤツに謝っても、お前の大好きなギャルさんが悲しむだけだぜ」
「サッ!! そうだった……、このシゴトだけは絶対にがんばんないと……むんっ!」
アオイノが気合をいれてたのには理由があった。
この謝り屋の仕事の依頼主はアオイノが崇拝してやまない、ギャルだった。
「ギャルさん……あ、あああの、このシゴト、実はあーしがメッチャ活躍して、あーしだけでやったんだよね……そうだったん? アオイノちゃん、マッジ閻魔ジャン、カラオケ行こ! やーー~~~~~!」
「いまのどこに赤面する要素があったんだよ、ほら、お目当てのオッサンが来たぞ、行け」
「ふ~~~~……、あーしはギャルさん、あーしはギャルさん……」
深呼吸しながらアオイノは写真集を取りだしてパラパラめくりだした。
端正な顔立ちのクールな印象を与えてくる女の子だ。キャルンとしたポーズをとったり、物憂げなオフショットのようなページもある。
「偶像崇拝してるのか……? 鬼にもそんな文化が……? いや仏がわかるんだからそれくらい知ってても」
「源 安つな氏ですけど?????!!!!!!」
「うおっ!!??」
急に迫ってきたギャルを崇拝しているヘンゲギャルにドアに落いつめられた。
「イバラギ県生まれ15才時うけたスカウトオーディションでは壇上受賞しなかったけどスタッフ賞と観客賞と敢闘賞とフューチャー賞をぜんぶ受賞して今でこそ人間に知れ渡ってるけどそんとき弱小事務所だったフジワラエンターテインメントの藤原社長にスカウトされて地道にコツコツ経験を――」
「なんでそういうのは知ってんだよわかったから行け!!!」
「そうだったっしっ! いってくりゅっ!!」
車外にでるとすでに依頼主のギャルにヘンゲしていた。ギャルンギャルンと店の前に立っているオッサンと合流してラブホテルに入っていく。
「ったく、人間はキライだったんじゃねーのかよ」
げっそりしてピンク色のホテルを見上げる。そういやここも金生グループ経営だったな。なら、万が一があっても勝手にもみ消してくれるってわけか。
ノートパソコンを開いて、アオイノの胸の谷間から送られてくる映像をのぞきこんだ。
「ちゃんとやれよ、金生大名様と関わり合いになるのはごめんだぜ」
映像いっぱいに青いネイルの力強いピース。
「ハアアアアアアアアアア……アアアア……!!」
ピンク色の室内に全裸のオジサンの叫び声が木霊した。
恐怖で腰を抜かして壁にすがるオジサンにせまる大型のトラ。
「バッ、バケモノッ」
「しつれ~~、オッサンの言うとおりにしたのに~~」
『どうみても猫ちゃんって姿じゃねーだろ、それは……』
謝罪の内容は変化が得意なアオイノには造作もないコスプレだった。
高校の制服からはじまり、ナース、ダイバー、女王、女勇者、鬼e+c……。
欲望を隠しもせず、高解像度のビデオカメラと一眼レフカメラで撮影をしまくるオッサン。
ただのコスプレをするだけではなく、ほぼ本物のしっぽ、ツノ、翼を付け加えて、ロボット娘、サラマンダー女子、ろくろ首、蛇女、濡れ女、蜘蛛女、サキュバス……徐々に人の形を無くしていき、ついに悲劇が起きてしまった。
「ヒイイイ女は化けるってホントだったよおおおおばあちゃあああん」
「しっつれー!うちのペットのキュートな姿バケモンとか、かなり許せない系なんですケド~~」
『オイオイオイ忘れたのか殺すな!!!』
ギラリと牙を光らせ、ニベもなくオッサンへ襲いかかった。
時刻は23時。依頼人のギャルに指定された街のカラオケ屋の裏路地でアオイノは夜風に吹かれていた。
インカムにトシロウのため息がする。
『まあ、アレだけ脅かしときゃよってこねえだろう』
トラになったアオイノはオッサンをまたいで着地、死を覚悟したオッサンは涙とハナミズをたらし失禁して気絶。「食べちゃうぞ☆~」の書き置きを顔面に残してきた。
『ワシもみたかったなあ~~アオちゃんのコスプレ……、晴れ着のアオちゃん……、依頼しちゃおっかな~~』
「ええ~~、どーしよっかなぁ~~。テンチョーもさそってお金いっぱいもらっちゃおっかな~~~~」
『テンチョー? あいつと連絡とってんのか』
「こんど東京見学連れてってくれるって約束したも~~~~ん。たのしみ~~絶対ブクロでザギンシースーシクヨロするって決めてんだ~~」
『ワシもいっちゃうも~~~~ん、ブクロでザギンシースーだも~~ん』
『うるせえな……あいつホントに解析してんだろうな、オイジジイ、お前が紹介したんだ、尻拭いはしてもらうからな』
『あやつはワシが見込んだ男じゃ、義理と人情を何よりも重んじる、真面目で、一度引き受けたら死んでもやり遂げる。ほんとはこんな裏の仕事をするようなヤツじゃないじゃがな……』
『ヤツの事情なんぞどうでもいい、やるからやらないか、それしかねえ。おい、きたぞ」
路地の反対からギャルがくる。アオイノが痙攣しだす。呼吸が乱れて興奮していた。
「かっ……かかかっ、かっ、神閻魔」
「マージ助かったし、マージウザかったんだよねぇ」
フランクに話しかけてくるギャルに何か答えようとしているがスースー空気抜ける音しかしていない。
「ちょーっとサービスしだけでブチギレてさあ、マジコワかった……ありがとっ!」
「ああああ、あああ、ああああ、あーしああ」
手を繋がれて硬直。ギャルの神々しさにあてられて白目になりかけて汗が滝のように流れている。
「アッハッハ、チョーウケるんですけど! なーんかもっとオッサンが来るって爺さんからきーてたからさあ、ビビってたたんだけど良かった~~。ねね、どやってオッサン説得した?」
ギャルの視線がアオイノの蠱惑的な身体をなめまわした。
「あーしがヘンゲっ……じゃなくて、なんか、かってに、気絶ぅ……」
「スッゲ~~~~! どんなテクしてんのウチでも時々じゃないとムリだわ~~!」
ゲラゲラ嗤うギャルに、アオイノが恐縮したように縮こまった。
「じゃーお金払うねー」
手をあげた。路地先の暗闇からじんわり、チャラい男が3人が滲みでてくる。
『ったく、元気がいいな』
トシロウの声をきいてもアオイノは興奮したままで状況を把握できていない。
「用心棒のトシロウって女だったわけ? ビビってそんしたわー。スマホの顔文字っぽいお面もしてねーし」
「俺たちの顔に免じてまけてくんなーい?」
「てかさっさとどっかいけって、デカっ……!」
三人がアオイノを取り囲んだが一九0cmはある身長から見下ろされて腰が引けている。
「早くやってカラオケいこーよー。もしかして、ビビってんの? おっきいだけじゃん、今までもそういうヤツいたっしょ」
「たけどよ、こいつは、なんか、ヤベーっつうか……」
「ビビッてねえよ、オラ行くぞ!!」
大げさに声を張り上げて殴りかかった。
「じゃねー、ねもう予約時間近づいてきてるよオワッタァ??」
ギャルがスマホから顔をあげると三人の男はそろえたように地面に生えていた。
「……ギャルさん、お金もってきてないの」
近距離でする声を見上げて青ざめるギャル。
ぼんやりと幽鬼のようにたっている褐色の長身が鼻がつきそうな距離で見下ろしている。
「ち、ちが、ちがう」
ひねりだしたギャルの言葉にパッと笑顔を取り戻した。
「よかった~~、ギャルさんでもウソついてたら八つ裂きにしてるトコだったし~~」
『そいつココ(車)までつれてこい。話がある』
「話? でもこれからカラオケいくんしょ。ジャマしちゃマズイっしょ」
『なら金もらってこい。そいつが持ってるならな』
「もちろんし。ギャルさん見せてやりましょう!! 100万え~~~~~~ん!!」
満面の笑みを向けられたギャルは、口をパクパクして、
「ご、ごめんなさい、ゆる、許してください……」
「どどどうしたん? 寒い? 熱出た??」
青いネイルの手を額にあてる。一際大きく震え上がると気絶した。
「え?え?え?ヤバいやばいよなんかなったどーすればいいのジジイーーーー!!」
『アオちゃんそれは……いやわかった。トシロウのトコまで連れていってくれ、ワシの行きつけの病院に連れていってやる』
「りょっ!!」
ぴょんっと軽くとび上がり、建物の屋上をつたって二区画分を数分で移動した。
繁華街の裏通りにある駐車場にトシロウの車はあった。アオイノがお姫様だっこしていたギャルをゆっくりおろして運転席のドアを叩きまくった。
「やめろ叩くな!! わかってるわかってるから手形をつけるな!」
「ギャルさんダイジョブ何でしょ?! ねえねえねえねえねえねえ」
「こいつ人間なのに、よくここまで情がうつせるな」
「ギャルさんは人間のうつわじゃないっしょ!!! 人間じゃない!!!」
「ハッ、人間だよコイツも。なんてったってお前に――」
荷台を開けたトシロウが不意にニコニコお面をあげた。
街頭が少なくぼんやりとしている夜の中、ビルの外壁をなにかが伝っていく。それはドンドントシロウに近づいてくると人間の大きさになった。
「逃げるぞ」
「え、なんでよ」
トシロウは荷室から運転席に乗りこんでさっさと急発進させた。
猛スピードで狭い道路を器用に走っていく、そのスピードにピッタリくっついてくる影。
「ギャルが目的か、あの特殊性癖オヤジ、殺し屋雇ってまでコイツ許さねえってか」
ポリバケツや出店を蹴散らしてジグザグに路地を走り抜き、あと数メートルで大通りの光につっこめる。
「通りに出れば――ッ?!」
フロントガラスの上から全身タイツの黒ずくめの男が逆さに現れた。両手の鉤爪がトシロウに狙いを定める。ハンドルを全力で切って振り落とし、カーブミラーに衝突させゴミ袋の山につっこんで何とか車体を止め、荷室のギャルへ。
鋭い鉤爪五本が安々と天井を貫通してくる、ギリギリ上半身で避ける。荷室のドアを蹴り開け、ギャルを路上に足で押して落とした。
落ちる衝撃でも気絶からさめないギャルに、車をけって殺し屋が襲いかかる。
地面と水平に構えられた模造刀が荷室からその尻を突いた。
もんどりうって路上に転がる全身タイツ。トシロウはゆうゆうと路上に降りて鼻で笑った。
「早いだけのマヌケか。これなら逃げ切れそうだな」
「そのふざけたお面、てめえ用心棒のトシロウか! 八つ裂きにしてやる!」
鉤爪のせいで尻が抑えられず、股をくねくねさせ汗でタイツがぐしょぐしょになっている。
「すまん。流石にやりすぎた、オロナイン塗るか?」
「優しくされたって騙されねえぞ! てめえのせいでこっちは商売上がったりなんだよ!」
「それは申し訳ねえな、お前のこと知らねえが」
咄嗟に模造刀を上げる、ガギイン!! 影が通り抜ける。
トシロウは休む暇もなく影でしか目視できない全身タイツの超スピードに、模造刀で防戦一方にならざるを得なくなった。
「てめえが格安で仕事ウケるせいで、値切られんだよ!! せっかく五00万で受けたっていうのによぉ、高え高えと弁護士だか話し屋だか雇ってテメエの話でせまられるんだ。こっちは八百屋じゃねえんだ! 命張って仕事してんだよおお!!」
「お前が弱いだけだろうが、八つ当たりするなクソっ!!」
足元で気絶しているギャルをまたいで、影の斬撃を受け続ける。ギャルがトシロウから少しでも離れれば、その若い肌が八つ裂きになってもおかしくないだろう。
「しかも殺さないってウワサもあるってんだ、ヒーローにでもなったつもりか?! プライド持ってやってんだこっちは!! ペコペコ頭さげてよぉ、これじゃあ会社でクソ上司に客に頭下げてる頃と変わらねえだろうがあああああ!!!!!」
勝手に逆上していき、日頃の鬱憤を晴らすように攻撃の苛烈さが増していく。
クソッ! コイツ言うことはなよっちいが実力は本物だ。これ以上は、守りきれねえぞ……!
「てめえがいなくなりゃみんな喜ぶ!! 俺がいまココでやってやるそれを!!!」
街灯が破裂し、周りのあらゆる物が弾ける。
風にゆれる唐草のように頼りなく身体が左右に揺れるトシロウ。ハッとした。足元のギャルが激しい金属の叩き合わさる音で目を覚ましていた。一瞬で恐怖に歪み、トシロウの下から、後退りした。
「チッ……! ついてねえ」
ギャルを遮るようにかがんだ。ガギイイイン、模造刀が大きく弾かれトシロウの身体がガラ空きに。
「業界のために死ね!! 『心優しき』用心棒がああああ!」
間に合わない――トシロウは手を広げたまま、鼻先で空を切る鉤爪に冷や汗をかいた。
「なんだ、前に進まない、空気の故障か?」
全身タイツは薄暗闇をバタバタクロールしているがその宙空から動けずにいる。それは腹を下から掲げられているためだ。
「ちょ~~~~い、なんでおいてくわけ~~~~」
「な、なんだこのギャル!!」
サッと距離をとった全身タイツ。突如としてあらわれたギャルに驚きと混乱を隠せていない。
「風のカギヅメと言われているこの俺が、ギャルに捕まえられた……? なにもんだクソッ! トシロウがバケモン女とつるみ出しやがった。覚えてやがれ!」
カギヅメはビルの壁に張りつき、またたく間にいなくなった。
「チッ。ほらいくぞ」
「はあ~~それだけ~~~~~? 今ズぇ~~~~ったいヤバだったじゃん! あーしのおかげでセーフだったんじゃん素直にお金いっぱいよこしなよ~~~~お風呂はいれるくらいにさあ~~~~~~」
「そんな稼いでどうすんだ、金なんて持ってても人間が作った汚えもんしか買えんぞ」
「フィギュアとか~~、BDとか~~、いっぱいCD積むのにもヒツヨーだしぃ、メイクのヤツもほしいしさあ~~~~」
「欲まみれだな……まあいい、こいつから金が貰えればそれも叶うかもな。車まで運べ」
「ギギギギギ、ギャルさん、かか担ぎましゅ!!!」
「ダメだ、イカれちまってる。オイ、車ごとかつげ、そのまま連れて行け」
「指図しないでもらえますぅ~~~~?? ま、いっか。ホイッと、いっきま~~~~す」
二人が乗ったワゴン車を軽々と頭にのせてジャンプ、夜の街に消えた。
うなだれている依頼人のギャル。
たった1時間程度の出来事が余程答えたのかアジトAのソファーでぐったりしている。
その前には、呆然としたアオイノが立ちすくんでいた。
「エンコーって……、それってギャルさん、オヤジ狩りってこと?」
「そういうのは知ってんのかよ」
青い瞳がギラリと大きく見開かれ、ギャルの首を片手で掴み上げた。
「ウソ、ついてたってことっしょ。舌抜かれるんだよ、きも」
足をバタバタすることも出来ずにギャルは苦しさにうめき声を上げている。アオイノの目は腐った生ゴミでも見るような嫌悪に染まっていた。
「止めるんじゃ! さっき十分謝っておったろう!、アオちゃんそんなことしちゃダメじゃ!!」
「こういうやつがいるからパパがずっと家に帰って来ないんだよねー」
ジジイが止めるために背中にしがみついて乳を揉みしだくが何の変化もない。
「トシロウも止めい! これじゃそのギャルが……」
だがトシロウは、ニコニコお面を少しだけ上げていちごソフトを舐めていた。
「おー、やれやれ。嘘つきはそういう運命だ。コイツを止めるのなんてオレには無理だからあきらめろ」
「薄情シラタキ!! スカシてないでなんとかせい!!」
「おら、やっちまえ。人が死ぬのなんざ何もおかしなことじゃねえんだ」
ギリギリギリギリ……。
涙をためて、ギャルはパクパク口だけを動かして謝っていた。
それを青い瞳が冷たくとらえている。
「どうしたんだ。お前にしてはえらく時間がかかってるじゃねえか。そいつの首はそんなに硬えのか」
トシロウの言葉にジジイが何か気がついたか、足を押しながら撫で回していた顔をあげる。
冷たい青い瞳には戸惑いがさしていた。
「車を軽々と持ち上げて、コンクリートを拳で砕き、人間に風穴あけるのなんざ造作もねえ怪物が、そんな細いもん折れないわけねえだろ」
いちごソフトが食べ終わるのと同時、ギャルはソファーに優しく降ろされた。
「なんだ辞めちまうのか。ウソつきは殺すんだろう」
「……そう教わったし。でも」
お面をかぶりなおして、トシロウは立ちすくむアオイノを押しのけると、ギャルの胸ぐらを掴み上げる。
咳き込み放心しているその頬を手加減なしに大振りに殴りとばした。
「何やっとるんじゃトシーーーーーッ!!!!」
「やらねえんならオレが変わりにやってやるつってんだよッ」
羽交い絞めにされても、無抵抗のギャルの顔を何度も何度も。
「こういう、ナメてる、ガキは、イタイメ、みねえと、わからねんだ、強者にでもなったつもりで、群れてるガキはなッ」
一際大きくハデに拳が振り抜かれ、ソファーが後ろに倒れる。投げ出されたギャルにトシロウは模造刀の切っ先を向けた。
「オッサンの性欲の自業自得だが、ウソはいけねえよなぁウソは。オレもこんなバカにされちゃなけなしのメンツが丸つぶれなんだよ、なあ」
ヒュッ。茶髪がハラハラ落ちた。前髪が短くなったギャルが思い出したように悲鳴を上げて後ずさる。
「う、うちだって好きでやってたわけじゃないし!! ガッコーいけなくなっちゃうから!!」
「ああ知ってるよ」
「……え」
「母子家庭のお前んちは母親が馬車馬のごとく働いてはいるが子供四人を養うには足りねえ。高校生のお前がバイトしてギリギリ生活できてはいるが、自分の時間だってほしいよなあ」
「リョージたちが考えてうちはやりたくなかった!!」
「だが、やった」
後悔するようにギャルは顔を伏せた。
無情にも、模造刀が上段に構えられて、
「バカやだし~~~~~~~~~~ッ!!!!!」
殴りトバされて奥の壁に激突したトシロウ。振り下ろされた模造刀はギャルの股の間のフローリングに刺さっている。
「やっぱヤダ! ギャルさんダメ!!」
アオイノの叫びにビリビリ部屋が震える。トシロウはくらくらする頭を振りながらもアオイノに向き直った。
「ダメもヘチマもねえ。顔にドロぬったうえに払えるもん払えねえんだ、それ相応の対価を払うのが筋ってもんだろ? お前のパパだって同じこというに決まってる」
「それは確かに、そうかもだけど……そうかもだけどさああ」
相当悩んでいるのか、頭を抱えて唸っているアオイノ。
トシロウは刺さっている模造刀を抜き、切っ先をネックレスが光る褐色の首にあてがった。
「ならお前が変わりになるか? オレはそれでも構わねえがな」
「ソレ無理っしょ。人間に殺せるわけないし」
「急に冷静になるな。これはもうウヤムヤにできないとこまできてんだ。ならお前が選べ。こいつに粛清を与えるか、それともお前がコイツの変わりになるかだ」
「ゆるすゆるす!」
模造刀をはねのけて即答したギャル。
返す刀で必殺の言葉を浴びせた。
「なら、【これから飯抜き】だ。朝も昼も夜も。というかウチからでてけよいい加減」
「………………ッ…………ッッ…………ッ?!?!」
唇が噛みしめられて大量の血がアゴを伝って襟にしみこんでいき、目がとびでるくらいに大きくまぶたが開き、全身が硬直して汗が吹き出し、トシロウの前髪をバサバサ鼻息が揺らす。
物理で効かないなら内から攻める。トシロウの思惑はこれでもかと突き刺さった。
「ギ……ギギギギ……ゆ……ゆるし……ゆるさし……ゆるしさすしさし…………さしさしゆるすなさしす~~~~ッ!!」
ボンッ! 部屋がアオイノの脳みそから噴出された煙で何も見えなくなる。窓が割れる音とともに煙が晴れると、アオイノとギャルがいなくなっていた。
「山に連れ去ったか」
「なんじゃ、追わんのか。ま、追わんか」
「なんだその言いぐさは。あんな怪物追うだけ時間の無駄だ」
トシロウはソファーに涅槃のように横になった。
「頼ってきても無視しろ。いいな」
「最初からこうするつもりだったのか?」
「一00万逃がすマヌケがいるか。あんな何するかわからんやつ……寝る」
「おかげで寿命が伸びたの。アオちゃんのおかげで。良いタッグじゃな」
後片付けをするジジイにデカイが抗議した。
「だから一00万はすぐに渡せないっていってるでしょぉ!現金でもってるわけないでしょお!」
「そんなわけないっしょ、トッシーいっぱい持ってんもん。ソファーの裏とかトイレとかの裏とかさ~~」
「普通の人は持ってないんだよぉ!!オジサンただの援交オジサンなんだからむしろ持ってないでしょお!」
岩石のように顔が腫れているオジサンは意味深にデコピンの素振りをしているアオイノに必死で叫んでいた。デコピンで玄関ドアを粉砕したのを見せられたからだろう。
「でもさー、一00万ないとトッシーにギャフンと言わせらんないしなあ。やっぱよろしく!!」
「だから銀行開くまでまってって! ……クソ、あの殺し屋、金もって逃げやがったか……」
「あの犯人みたいなやつのこと?」
「は?」
ほぼ息だったつぶやきをアオイノはしっかり聞いた。
「なんかトッシーに色々いってピュピュピュ~~ってやってて、遊んでんのかなあとか思ってたけど邪魔だったしあーしが捕まえたらどっかいっちゃった。オジサンが頼んでたんだ」
スッとオジサンが立ち上がり風呂場の天井の蓋(点検口)をあけると、金庫を取りだして現金の束を献上した。
「……持ってんじゃん。ウソついてんじゃん」
「ついたよ、つくに決まってるでしょうお。殺し屋ヤッたやつから逃げられるわけないでしょお! 近ごろのJKは育ちすぎだろ!! どうなってんだ人間! 新人類かよ!!」
二倍以上膨らんでいる唇で、一変して怒りをあらわにした。
「今までたくさんついてきましたよそりゃ、ウソつかないと援交できないでしょう! 家族にも親にもヤクザにだってウソついて切り抜けてきたんだよ! こっちは命かけて援交してんの、スポーツなの! オリンピック目指してんの!! 金があって俺みたいに上級国民になればなんだってできるの!!」
「悪いことじゃん」
「人間なんてそういうもんでしょぉお?! いい子ちゃんなんぞ社会じゃ弱者になるだけなんだよ?! この世は金とチンポだよ!! ほらやるよ持ってけ、こんな灯りにもらなん金!!」
金庫の札束をポイポイ投げる。
「殺すならそうしろ!! あんな社会のゴミに味方していい子ちゃんでちゅね~~! バカ! もっとサービスしろってんだよ、こっちは何回も何回も美人局相手にヤッてんだよ、なーーんともないわけ!! メハメハメハメハメハメハメハメハメハメハ!!!」
意味不明な呪文を唱えだし、手慣れた速度で服をぬいで全裸になった。
「褐色ギャルメハメハメーーーーーーッ!!!!」
「キャハハハハハ!!!」
爆笑しながらアオイノが殴り飛ばす。
「やっぱ人間ってクソクソのクソなんだな~~~~」
「メハメハメハメハメハメハ! エンコーエンコーエンコーエンコー!!! JKJKJKJKJKJKJKJK~~~~~~ッ!!!」
「うおっ?! きっしょ」
いくら殴られても自慢のものをトガラセて突進してくるオジサン。触りたくもないアオイノが足で横殴りに蹴る。タンスにぶち当たっても立ち上がった。
「人間ってホント……!!」
一層と右手が握り込まれて、スクールカーディガンを押し上げて筋肉が隆起し、角が金髪から少しだけ伸びる。
確実に、ヤるつもりだ。
さらに興奮して突進してくる性欲の塊に拳を。
殺すなよ。
「グッ……、ちょうめんどッッ!!!!!!」
部屋の前で待っていたギャルがよってきた。
「うっわすっご。いくらあんのそれ。もしかして、オジサン、やった?」
「……ギリ」
パンパンに札束が入っているビニール袋をギャルに渡した。
「前はもっと簡単にやれたのに……なんか、ダメだった」
「と、とりあえず行こ? みられたらやばいって!」
頷いて、アオイノはギャルを背中にのせてジャンプ。もともと崇拝している系統の人間だったためか、背中越しに話している間にギャルと意気投合していた。
「あの……、ごめん。うちのせいで……」
「ギャルさんのせいじゃないっしょ。悪いのはたぶん、ギャルさんにこんなことさせたヤツラ。あーしでもわかるし!! これからやりにいこ」
「いいって! もうこんなことも、アイツラとつるむのも止めるし」
「いいの? またされない?」
「そうだとしても……ころすほど、キライなやつらじゃないし」
「うーーん……。ギャルさんってさあ。いい悪いってわかる?」
「……ごめん。バカだなって思うっしょ」
「え、ちがうちがう、そういうわけじゃなくってさ」
「でも、あーしは、そう思うから、ダメだってわかるけど……好きだし。なんとかしたいんだ」
「……ギャルさんやっぱすごいな~~」
ぴょんぴょんビル群を渡り歩きながら、アオイノはため息をついた。
「わっかんねー」
ソファーで横になっていたトシロウが物音に目を覚ました。ソファーと顔のスペースに札束が落ちていた。
「……一00万」
数えて隣の部屋をのぞく。裸体にタオルをまいたギャルが、青い毛先の金髪をかわかしていた。
「盗んできたか」
「オジサンにもらった」
大型テレビで血で血を洗う戦争映画が流れている。
「へえ。殺してとってきたか」
「わかんない」
「なに?」
「わっかんねえ~~~~~~!!!」
頭を抱えて髪をグシャグシャやった。
別の日、帰路。
すっかり空は暗くなり、街の灯が用心棒の車を隠していた。
帰宅Eルートの高速道路にのった。
器用にスマホを操作して写真をたくさんジジイに送っていた。
「ケータイどうして使えている」
「ジジイがはらってくれてるにキマってんじゃ~~ん。あまってるから使ってほしいってっさ~~。そんかわりにいっぱい自撮りして送っててさ~~、現場のじょーきょーも知りたいって~~」
写真はどれも背景よりも手前の黒ギャルのハリがある谷間に目がいく。
「いい現場だな」
「でもショック~~どーせならテンチョーにホンモノのヤツ渡しかったのに、借りつくっちゃってる~~。こんどトウキョー案内してくれる約束したし、ソンときなんかしよっかな~~」
「どうかね」
「そんくらいできま~~す。たのっしみだな~~、ここま~~~~~じつまんねーし。農業のグラウンドゼロかよってかんじ~~。きょういった駅前? はギリセーフだったけど。もうちょっといたかったのに、トッシーがせかすから~~」
「お前が依頼の【粉】全部依頼主の頭にぶちまけなかったらもっといたかもな」
「別にいーじゃん。楽しそうだったじゃん。なんか妖精さんが見えるっていってたし。あーしのこと鬼だっつってないちゃったの納得いかなかったケド」
スマホが震える。トシロウは少しだけ会話して切った。
「思ったとおりか」
「そらー鬼だけど。ビビらせるようなことなーんもしてないっしょ、むしろあーしメチャメチャやさしみあるんじゃね?」
「あのリーダー格の警備員は買われていた」
「は? 誰に? 買われてたってなにを? 何の話? ていそう? アゲ? 仏?」
「おまえ自体がムズカシイのにムズカシイを自乗するな。博物館にいた警備員だ、あのリーダー格の警備員は本物じゃない。前にあそこへ忍びこんだ美術品泥棒だ」
「え? マジ?? カイトーだったの?!?! ぜんっぜん気がつかなかったわスッゲー、ヘンゲじゃん! じゃあの刀、取りにきてたの?! まっじか、カイトーに勝利じゃ~~ん」
「テンチョーに雇われて刀を盗みにきていた。同じく雇われてきたオレと鉢合わせ、相手さんはとっさにウソをついた。ブツを横取りされたら金がもらえねえからな」
「は、なに? ドイウコト」
「二人雇ってでも手に入れたかったみてえだな、あの刀をよ」
「でも、刀ってウソなんでしょ??」
「鬼の知能じゃわかんねえか」
家路を急ぐ車がどんどんお追いこしていき、高速道路の灯りがアオイノの表情がコマ送りのように曇っていくのを照らした。
「わかんないけど……、あーしが持ってきたの、マジモンなの」
目に見えてしゅんとしているギャルをトシロウが鼻で嘲笑った。
「模造刀ってのは泥棒のウソ。お前が美術館から盗ったあれは本物だ。テンチョーは頭の弱いギャルが話した意味の分からない武勇伝をきいて模造刀だっていう設定を拝借したんだろう」
「……なんでウソついたの」
「あれの価値に気づかれたくなかった、のかもな。泥棒が盗ってきた場合も何かと理由をつけて刀を腐し、あれが価値の無いモンだとでもいうつもりだったんだろう。そんなしょうもねえウソすぐわかる。だが、時間かせぎにはなるだろうな。誰かに売りつける予定でもあったんだろう」
「…………テンチョーの刀じゃなかったん」
「そんなのはじめっからわかってんだろ、マヌケ。報酬はもらった。それだけだ」
たいした理由じゃなくて安心したぜ。何かデカイもんに巻きこまれるのだけはカンベンだからな。
「……ウソ」
うつむいてか細い声でいう。炸裂するネズミ花火のような明るさが毛ほどもない。褐色の肌がいまにも闇にとけこみそうだった。
トシロウは悪戯っぽくニヤリとした。
「これは良い、悪い。どっちだ」
「……」
「ブツは元からテンチョーのモノではなく美術館のもんだった。騙された。だが、テンチョーはブツが手に入ってよろこんでるぜ。オレも報酬がもらえた。悪いことは何一つないぜ」
「……」
「【おまえのいうイイ人間が、お前が盗んできた欲しかった刀を手にして喜んでんだ】ぜ。これは、お前にとって良いのか? 悪いのか?」
「…………ウソ……つ……れた」
車の駆動音にかき消されそうな細い声にトシロウは耳をすませた。
「ウソつかれた」
アオイノは膝をかかえた。
「誰だってウソつくだろ、鬼はしらねえが。いい勉強になったろ。ノートにまとめてよく考えて、試験にのぞめ。そうすれば絶対合格できる」
天井を突き破って飛び上がった。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
衝撃で車のハンドルを取られて回転する、トシロウはハンドルを懸命につかみ、壁に車体を激しく擦って何とか止めた。
床が抜け、助手席とタイヤが潰れて、ガラスが全部ふっとんでいた。一瞬で廃車になりさがった運転席のドアを蹴破り、アオイノが飛んでいったであろう夜空に向かってハンドルを投げつけた。
中古屋はシャッターは閉まっていて、ぼんやりとした明かりしかない。カウンター付近の蛍光灯だけが雑多な店内の輪郭をあらわしている。
カウンターの前には中肉中背の初老のスーツの男がたっていた。
「お見事。やはり貴方に頼んで良かった」
店長はスーツケースに満杯につまった現金のタバを手にとって確認していた。
「ははは。一番上だけが本物なんてセコい真似はしませんよ」
「毎度ありダ。座ってるだけで金が向こうからやってくるのがこの仕事のいいところだナ。今回は駒が使いやすくて助かっタ」
「こんなところに置いておくにはもったいない。ウチで働きませんか。いいポジションを用意させます」
「オレは誰にも使われなイ。それにお前の下で働くなんて願い下げダ」
「あらら、嫌われてしまいましたね。ではおいとまさせていただきます」
布にくるまれた刀をスーツの男は黒い手袋をして大事そうに抱える。
店長がカウンターを乱暴に叩いた。
「アンタのやってることは解っていル。人を拉致するようなマネ反吐がでるネ」
「そのウワサは耳に入っています。根も葉もない噂ですよ。会社が大きくなればなるほど、そういうのも立つ」
「オレを舐めるなヨ。証拠はつかんでるんダ」
ピラッと紙をかざした。表になにか文字が羅列してあるのが透けている。
「このリストにあんたの会社もあル。これが外にバレたら、世界一の大企業さんも終わりダネ」
「よしてください、悪い冗談だ。なくても気になってしまいますよ、ははは」
「なら、今すぐコレをネットに流してからニューヨークのマスコミのメールボックスとファックスに送信しようカ」
「わかった、わかりました。私は見に覚えがない。本当です。閻魔大王に誓ってもいい。ですが……」
スーツの男は暗い顔でうつむいた。
「正直にいえば会社全体のことを隅々まで把握できているのかといえば、それはできていません。補佐をしてくれている人間もいます。でも、それでも隅々まで意識が行き届くのは不可能です。もしも貴方の握っているその情報が、私の会社、いや、グループのものだったのならば………………」
ひきしめた顔を上げた。
「何が目的なのでしょう。それを、見せてもらうのには、私はどうすれば」
テンチョーは勝ちほこった笑みをうかべた。
「なにもいらなイ。ただ、お前が這いつくばってオレのフレンズを誘拐したのを認めろ。そして解放しろ」
「…………それだけですか?」
「なにィ?」
どすの利いた声をあげた店長。だが、スーツの男はこわばっていた身体を脱力させて、一笑いした。
「ただ私が認めるだけでいいのですか? 解放するだけでいい? それで貴方になにか利益があるのですか?」
「さあナ。いやひとつある。オレがスタジオでギターを弾くとき、最高のドラマーとセッションができる」
「たしかに、人材は何事にも代えがたいですが。なんというか、お金は要求しないと? 例えば我が社の車とか、農業機器とか、AIも、ホテルもある」
「バカにしているのか」
「つまり正義感ですか?」
指さして言う。
「私の鼻を明かして、拉致をやめさせる。そうすれば被害にあう人間はいなくなって、この街に平和が訪れる、そう思っているのでしょう?」
「オレのフレンズ以外はどうでもいイ。妄想はやめろ、早くどうするか決めろ、あと10秒」
「スーパーヒーローじゃないですか! はははははははははははははは」
大笑いだすスーツの男。その声は体躯に似合わず大きく、カウンターにおいてあるチンベルがカタカタ震えた。店内の骨董品も。まるで何かに怖がっているかのように。
「なんだ……おまエ……」
カウンター下の緊急ボタンにけどられないように指をかける。
スーツの男がカウンターごとテンチョーを殴りとばした。
「それならば話しは早い。貴方が欲しいものは正義のようだ。残念ながら、そんな不確かで一0八万通り以上もあるものと交渉はできません」
カウンター裏の住居空間で、折れたカウンターの下敷きになった店長の前に笑顔でスーツの男が立った。かたわらに落ちたリストをテンチョーにかざしてみせた。
「これの原本はどこですか?」
「ば……バケモノ」
「そんなどうでもいいことのために時間をさかないでください」
店内のほうからけたたましく歪んだギターの音がしている。
「それでは貴方に習って、指折り数えてあと10秒」
しゃがんで店長の左手を優しくつかむ。
「どこですか?」
「……アンタがいま、ブッ壊したゼ。残念だったナ」
ゆでるまえのスパゲッティを折るように薬指を折った。絶叫。
「はははは、まだ元気じゃないですか」
「あの、あの棚ダ、あの棚のハードディスクに入ってル!」
人差し指が折れる。
「本当はどこですか」
「ホントウだっそっ、もうやめろおおおオ!!!!」
「はいすみません、疑り深い性格でして」
棚をさぐりHDDを全部ひっつかんで近くのリュックサックにつめた。
「ありがとうございます。少し手荒になってしまって申し訳ありませんでした。正義は嫌いでして、見るだけで吐き気をもよおす」
「ファックファックファックファック!さっさと出て行けマンコ野郎!!二度とくるんじゃねえ!!」
「はははは、それには及びません。ここは時期に火事になるでしょうから」
テンチョーは目を見はった。
街灯の淡い光だけが商店街をてらして穏やかな夜がアーケードによこたわっている。
「あーしにウソついたら尻子玉ぬいて……舌? あれ?」
中古屋の軒先がみえてきた。半開きになっているシャッターから光が漏れている。
「あ~~いつ~~……」
シャッターを片手でバンッと上げて店内をにらんだ。
炎がこうこうと立ち上り、商品たちを火種に燃えひろがっている最中だった。
「あっつ!! ナニコレナニコレ!?」
中に入ろうとしたその時、背後を猛スピードで車が走り去っていった。
「? てか、ウソンチョー!」
炎の中をずんずん入っていく。まったく余裕そうにしているが、髪がちりちり焼けるのに気がつくと慌てふためいた。
壁にかけてあったフルフェイスヘルメットをかぶり髪を収納、それからテンチョーを探しはじめ、カウンターがなくなっているのに気がつくと、瓦礫の下敷きになっているテンチョーをみつけた。
「ウソンチョいたあ~~!」
ひょいっと瓦礫をすてて肩をゆすった。そうすると朦朧としているようだが目をあける。
「なんダ……ヨーコじゃねえのカ……地獄にいるわけねえかナ……」
「ウソンチョぉぉ~~、まじであーし怒ってんだかんねぇ」
バイザーをあけ、つけまつげをつけた青い瞳と褐色の肌に店長はそれが誰なのか気がついた。
「ああ……アオちゃん、か……。騙して悪かったナ……」
おもってもみなかった言葉に怒りで伸びていた牙をひっこめ、アオイノは首をかしげた。
「謝るなら何で、ウソついたワケ? エンコ―したかったの?」
「許せなかったんダ……。おれのダチを、つれてったあいつを……、長年かけてやっとしっぽをつかんで……この仕事をうけて……鼻を明かすつもりだった……だがご覧のとおりサ」
室内は炎につつまれ焼きつくしていく。
「う~~ん? それってどういうこと?」
「これをもっていケ」
「なにこれ、のりせんべい? おしいの?」
フロッピーディスクを取り出しアオイノに握らせた。
「アオちゃんが探してるガキの情報ダ……、ついでにオレのダチのも、な……」
「え? いいの?」
店長はうすく笑った。
「東京見学は、できそうに、な……」
「え? ちょっと、テンチョー、テンチョー!! あらーしんじゃった」
頬をたたいても、ぐったりしていて反応がなくなった。まぶたを閉じたまま、動かなくなった。
「モロッ! こんなんで死んじゃうんだ、ウケる~~。ウソンチョ、す~~~~ぐ、しんじゃうんだから……………………………………………………」
アオイノは壁を殴って風穴をあけた。店長を肩に担ぎ上げて寒空のしたにでると谷間からスマホをとりだした。
「ジジイ! 病院! 病院どこ!?」
『なんじゃ、なにかあったのか!?』
「テンチョーが、テンチョーが死んじゃう!!」
『よくわからんがわかった。ナビするゾイ!』
スマホをくわえ思い切り踏んって人ならざる跳躍をした。
「ウソンチョだけど、ヤダ、ヤダよ!」
トシロウは集中治療室の場所を確認した。
ジジイから電話で「病院にいけ、情報をアオちゃんがもってるぞ」と告げられて、なんとかタクシーをつかいたどりついた。お面は欠けてすすだらけ。事故現場から生還した様相そのままだ。
「あいつもう絶対にゆるさねえ、鬼だろうがなんだろうが、今すぐ地獄に送り返してやる! ……正面からはムリだろうが」
角をまがり集中治療室のプレートが。待合の長椅子でバスタオルを羽織って金髪褐色長身ギャルが腰かけていた。
「情報、渡せ」
アオイノはなんの反応も返さず、顔を腕でおおい胸を押しつぶして身体をたたんでいるばかりだった。大きな体躯が心なしか小さい。
「てめえは疫病神だ。金は減るし、仕事は進まねえし、部屋はせめえし、車はブッコわれる。お前といると、オレは確実に死ぬ」
ピクッ、身体がふるえた。
「試験だかなんだかしらねえが他をあたれ。いいな。次、顔みせたらオレも本気を出さざるをえねえ。首ぶった切られたくなかったら、オレに金輪際近づくんじゃねえぞ」
「……なんで」
「お前が鬼だからだよ。人間をゴミいかのバカにして、平気で殺す、ヤベえバケモンだからだよ!!」
急に立ち上がるとトシロウはビビって飛び退き刀に手を、置かず、明らかに素人なケンポ―の構えをとった。
顔をあげたアオイノは、口をきゅっとむすんで、大きな青い瞳でにらみつけてはいるが迫力はなく、うるうると涙でいっぱいにさせていた。
そして耳をつんざきドアが振動するほどの大声量で子供のようにわんわん泣きはじめた。
「なんでぞういうごどいうのぉぉぉ~~~~~~~~~~~~~~」
ほとんど超音波のそれに患者や職員が耳をふさぎ身体の自由を奪われる。
「ううううるせえええええ泣くんじゃねええええ」
「イジワルおじさああああんうわあああああ~~~~~~~~ん」
「わかったわかったわかったからオレが悪かった言い過ぎたからーーーーッ」
「わかんないよーーテンチョーーーーしなないでーーーーーウソつきしねーーーーしなないでーーーーーーー」
そうしていると集中治療室から何事かと医者がでてきた。
「お、表に出ろ! テンチョーのジャマになんぞ! ここで泣いてるくらいなら神社にでも拝みにいけ!」
トシロウが医者を指さしてそう言うとピタリと鳴き声がやんだ。
「よ、よし。コッチにこい、ジジイがいま車で」
脱力して長イスに座ろうとしたトシロウ、首根っこををつかまれて、座った姿勢のまま宙に浮いた。
「神社……いく」
「ああ?!」待てオレ、ここでゴネたらまた泣くぞ。「とっておきの所がある。ちゃんと出口からでろよ。絶対突き抜けるんじゃねえぞ、建築物に穴をあけるな」
コクリと大人しくうなずき、窓を開けた。
「出口はそこじゃない」
「……ここからは入ってきたもん」
「じゃあここは入り口だ」
トシロウの指摘むなしく窓枠に足をかけると、五階から夜空へ。
山の麓にある神社に柏手が二回ひびいた。それといって光もなく、空も曇っているためほとんど暗闇に近かった。生い茂った木々を夜風が揺らしざわざわと音をたてている。
「かしこみかしこみ……」
「神様に頼み事する鬼なんてきいたことねえな」
「みんな……しんだんだ」
賽銭箱によりかかってうずくまった。服が燃えてところどころ地肌が露出していて、背中にうきでている背骨が外気にさらされていた。
「地獄に来た人間も、なんか、こういう感じでいろいろあって、クズゴミでも、仲いい人とかもいて……でもしんじゃって」
「どれだけお前が人間を下に見てたかよーくわかったよ」
フンと鼻で笑った。
「学校でナニならったかしらねえが、まあお前と同じで人間もメシくって、映画みて、笑ったり泣いたりキレたり、なあなあと生きてるってこった。これまで仕事してきてわかったろ。じいさんも、依頼人の高校生も、ギャルも、テンチョーも、変態オヤジも、お前が殺した人間たちもな」
木々がざわめきだつように大きく揺れだし、境内を落葉がまっている。
「この世には死んでいいヤツはたしかにいる。だが見極めなきゃならねえ。殺したぶん、そいつの人生をせおわなきゃならなくなるんだ。そんなのいつか重すぎて歩けなくなるにキマってる」
石畳をパラパラと雨がぬらしていく。風と雨が徐々に強まっているようだ。
アオイノのスマホが鳴った。日曜朝のアニメの主題歌がやけに明るい。もぞもぞ動いて谷間からスマホをとりだした。
「……あーし…………うん…………、え? ……ありがと」
電話をきると全身で息をはきだした。トシロウはそれで、テンチョーが無事なのを悟った。
「こんな気持になるんだ。もっと…………育ててた草が枯れたくらいだと思ってた」
「ハッ、草にも情がうつればいとおしいってか。まあどうでもいい。これでわかっただろう、先生にいわれただかなんだかしらねえが、鬼のお前じゃ人間をしるのなんて無理だったってこった。荷物まとめてさっさと地獄へかえんな」
急にバッとアオイノが立ちあがり、トシロウはビクンととびのいた。
「決めたッ!」
「な、なにを?」
「あーし――」
強風で青い毛先の金髪をたなびかせる。
ポツポツだった雨が大雨になって屋根から大量の水が滴り落ちていく。すっかり嵐になっていた。
アオイノは涙をぬぐい、決意に満ちた瞳をトシロウに向けた。
「あーし、用心棒になる~~~~~~~~ッ!!」
ピシャーーン! 大きな音をたてて雷が近くの木に直撃し炎上。
ニコニコお面が雨にさらされ、大量の雨粒をしたたらせていた。