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青い用心棒☆彡  作者: 諸星進次郎
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1話 用心棒と鬼


■一章


 月の光だけが照らす暗く鬱蒼と生い茂った森で、胸に突き刺さされた短刀から鮮血を噴きし、初老の男は冷たい地面に力なく倒れこんだ。

 咳込んで血があふれでる。

 暗がりから足音が2つ。

 初老の男はニヤついた。

「一刀一殺、が、染みついてない、な。まだまだ、だ」

「もう誰も殺したくない」

 警戒しつつ、初老の男の近くに立ち止まる足音。

 18才くらいのタレ目の男の子と、18才くらいの気の強そうな女の子。涙を流し、ボロボロのジャージや手や顔を返り血でそめていた。

「誰の幸せも、悲しみも、怒りも、紙切れのために奪い去りたくない!」

「金は、いいぞぉ。信用できる。飢えないし、寒くないし、暑くないし、買えないもんはないんだ。その気になりゃあ、生きる意味だって、買えるんだぜ?」

 目を細めて、泣きじゃくる二人を愛おしそうに見上げた。

「本当に、ありがとう、師匠……父さん」

「……信じられるのは、自分だけだ」

 男の子が折れるほどに強く歯を噛みしめ、短刀の柄を掴んでいる師匠の手を両手で包み込んだ。

「僕らは……『オレ』たちは、もう、誰も殺さない!!」


「自分を信じる――――――――――――――」


 二人の育ての親であり、師匠は、満足そうにまぶたを閉じた。




 10年後。




 街。

 M町。

『掃除屋』のロゴが張り付けてあるワゴン車が金融会社の入っている雑居ビルの前に止まった。

 道具の入った手提げバッグを持ち、作業服で目深に帽子かぶった男は呼び出しのベルを押す。

 ほどなくしてガタイのいい男が顔をだした。明らかに敵意むき出しで、組員といったほうがしっくりくる。

「どうもー、掃除屋ですぅ。エアコンの清掃と修理に参りました」

「おお、なんだ業者さんけ。最近調子が悪くてな、よろしく頼むわ」

「失礼しまーす」

 頭を下げて入ろうとする、が、腕で行く手を塞がれた。

「別の部屋は絶対に入るなよ。どっか行きたいときは俺に声かけろ。見張ってっから」

 腕の錠が下がる。掃除屋がコソコソ入る。今度は肩を掴まれた。

「ちょっと待て、それなんだ。それだ」

 太い指がさす先、それは掃除屋の腰に刺されている刀の鞘だった。

 つばと柄が覗いていて、しっかり刀が収まっている。

「どうして刀なんて持ってんだ? さてはお前、他ん組の!」

 どすのきいた声で凄まれると、掃除屋は一気に刀をひき抜いた。

「て、てめぇえ!! ……なんだ、ウソンコのやつか、脅かすな!」

 驚いて取りだしたチャカをしまう。それは明らかに刀に見えるが、刃がついていない精巧で美しい模造刀だった。

「会社の規則で護身用に携帯するようになっているんですよ。襲われても大丈夫なように、訓練もしています」

 掃除屋が自分の手首に刀を当てて擦る。滑るだけで切れない。

「そっちもつらいんだな。わかった、じゃあ早く無事にけえらせてやる。こっちだ」

 肩をなでおろした組員が先導してエアコンのある部屋へ。

「1時間くらいはかかりそうですね」

「おう、ちゃっちゃと直してくれ。俺も、にいちゃん見送ったら帰っかな。お茶菓子とかあったかね」

 固定電話のベルが室内に鳴り響く。

「ちょっとスマン、やっててくれ。すまねえが部屋に鍵かけさせてもらうから、小便したくなったら、そこの植木にでもしとけ」

 豪快に笑って部屋をでていく組員。ガチャリと鍵がかかる。

 掃除屋は目を閉じて耳をすませた。

 気配は感じないが、視線を感じる。

 カメラは4つくらいか……。

 深呼吸して脚立から下りると、股間をおさえて慌ただしくドアに近づき、ドアノブを掴んだ。

 ……足音はない。カメラはあっても、カメラの見張りは今の時間はなし。

「マヌケ」

 胸ポケットから取りだした針金で手早く鍵をあけた。

 小汚いビルの中。並ぶ部屋を一つづつ見ていく。

『おそらく物置の下じゃ』

 耳につけているインカムに老人の声がする。

「オレが話しかけたときだけ話せ」

『もう8年もたつのに、いつになったら心を開いてくれるんじゃ。仲間じゃろ』

「仕事のな。金だけの関係だ」

 警戒もせずに一階へ下りると、いい加減にしろと正面の部屋から怒声が。

『安心せい、交渉屋に頼んだ。あと3時間はカレーのうまい作り方でもちきりじゃて』

 フンと鼻で笑って、奥の部屋の電気のスイッチをつける。

 窓は黒いカーテンで覆われ外の光が入ってこない、物であふれているホコリっぽい部屋だった。

 掃除屋は目を細めた。

「マヌケ」

 ホコリが積もっている物の中で、部屋の隅にある仏の置物だけ綺麗で、床には引きずったような跡が半円を描いている。

「ぐっ……! 重っ!」

 はあはあいいながら置物を何とかどかすと、床タイルを剥がす。地下へとつづく階段がぽっかりと口を開けた。

「潜入する」

『ちょっと待て、もう少し用心して――――』



 地下はトンネルが一本伸びていて、豆電球がむきだしの土を照らしている。

 三0分ほど行くと横穴があり中には牢屋が入っている。

「はーあぎだなぁ~~。一人くらいの穴つかってもいいんじゃねーのかぁ?」

 テーブルを置いてモノポリーをやっている見張りが二人いた。

 顔の長い男が鼻の下を伸ばして牢屋を見る。中には男と女が30人ほど。年もバラバラで『拉致されたまま』の衣服でうなだれていた。

「バカたれ、商品に傷つけるのはダメだって何度もカシラに言われたべ。こいつらのクレイアンツォはあのお得意さんだぞぉ? おめえボーナスいらんのけ?」

「そうだった、あぶねえあぶねえ。金払いがいいトコとは仕事がしがいあんなぁ。あと一0年は仕事してえもんだぁ……、ん? あんなのあったか?」

 場違いにスパナがぽつんと落ちていた。

「なーんでこれがここに……」

 顔の長い男がスパナに近づくと、壁に張り付いて身を隠していた掃除屋に顔を捕まれ、喉元に刀を当てられた。

「なっ?!」

 顔の小さい男はあわててナイフをむけた。掃除屋が顔の長い男を盾に、中へ入ってくる。

「それを押したらコイツは死ぬが、オレも死ぬな」

 掃除屋が鋭くいうと、ふところに忍ばせていた手を止めた。

「お、おめえ、なにもんだ。あっ! こいつらを助けに、雇われてきたんだべ!」

 牢屋を一瞬見やって、興味なさげに鼻を鳴らす。

「社長に用がある。どこだ」

「しゃ、社長? ま、まままさか、ここ、殺し屋け!!」

 刀が回転しながら飛び、小さい顔面に直撃。掃除屋が掴んでいた長い顔をテーブルの丸い縁に叩きつけた。一瞬で見張り二人がノビた。

「フンッ。なあ、おめえらは知らねえか。こいつらべらべらしゃべってそうだけどな」

 顔を見合わせて誰も首をたてに振らない。

「そうか、邪魔したな」

「ま、まってくれ!」

 刀を鞘に収めさっさと踵を返した掃除屋を鉄格子ごしに男が必死に呼び止めた。

「助けてくれ! 鍵はそいつが持っているはずだ!」

「150万」

「は?」

 目深に被った帽子のつばをむけ冷徹にいった。

「オレは雇われて動く。金ナシじゃちょっとねぇ」

「わかった、出す! もう捕まってかなりの時間ここにいるんだ、アンタがいなくなったらもう――」

「『俺たち』? 何を勘違いしてやがる、一人、十五0万だ」

「なっ、足元見やがって!」

「じゃあ頑張れや」

 すがりつくような人々の視線など意に介さないで掃除屋は大股で出て行くつもりだ。

「払います! 私は払います! お金くらいどうだってできる!」「お、おれも!」「早く出して!!」

 一人また一人と増えて、必死な人々が最後の希望の前に溢れかえった。

「本当だな? 逃げようたって無理だぜ。オレは鼻がキクんだ。おい、そこのお前らはいいのか」

 鉄格子の奥でうなだれている人たち。払う金が無いのだ。

 ニヤつく掃除屋。

「金がないってのは不憫なもんだなあ。じゃあまってろ。社長を掃除したら戻ってきてやる」

 出ていこうとしたその時、真っ直ぐ歩いていた一本道を思い出した。どこまでも続いていそうな長い道。どれだけ歩くのだろうか。何股にもわかれていて、そこで組員にあって戦闘になってもおかしくない。

「……歩きたくないな。よし、十五0万円のお前らに少し手伝ってもらおうか」

 ノビている顔の小さい男の懐を探る。緊急用と書かれているボタンを、ポチッ。



 芋虫のように簀巻きになっている掃除屋が一本道をいった最奥の部屋の地べたに放り投げられた。

 ガタイのいい組員が周りを囲み、肥え太って首のない金融会社社長がその顔を見下ろす。

「アイツラと刺し違えてノビたってな。商品が言ってたぜ。へっ、何が起きたか言えば見逃してやるなんて嘘信じるとは、これだからお子ちゃまたちは扱いやすくていいぜ。やめらんねえなぁ、この商売」

 笑いが起きる中、掃除屋は芋虫がするように身体をくねらせて身体を起こした。

「ど、どうかころさないでください。私はただ、雇われてきただけなんです!」

「お前みたいなもんが殺し屋やってるってか? ダハハ!! こんなエノキみてえなヤツ雇うとは余程金がねえ貧乏人なんだな!」

 取り上げた模造刀で頭を叩く社長。わざとらしい笑いが起きる。

「で? その貧乏人は誰だ。吐けば見逃してやる」

「それはぁ……契約違反なのでぇ……」

「プロ意識だけはあんのか!!」

 大きい拳に貧弱な顔面を殴りつけられて帽子がとび、掃除屋は地面に再び倒れ伏した。

 ハの字型の眉に、潤んだ瞳。なぜここにいるのかと思うほどにナヨナヨしている線の細い男だった。ボール遊びでもするように組員たちが蹴って回している。

「すみません、すみません」

「もう痛いのいやだろう? あら、ないちゃったかな」

 嗚咽を出してうずくまる掃除屋の細い顎をぐいっとあげて、たばこの煙をふいた。

「金融ですぅ……。良所金融う……」

「あいつら、思った通りだったな。こんな格安の殺し屋でうちはいいってか! コンチクショウ!! あいつら何時まで俺を困らせるつもりだ!」

 社長が合図すると一人が駆け出していった。

「約束通り命は助けてやる。おめえみたいなもん殺しても、なーんも特にならんわ。隠滅やらなんやら時間の無駄じゃ。適当にシメてほっぽりだせ」

 鼻水を垂らして、ありがとうございますという表情になり、声を出さずに口だけ動かした。

 マヌケ。

 脱出したら次こそ確実にやってやる。今回もチョロかったな。掃除屋は内心ほくそ笑んで、その時をまった。

「そんなわけあるか!!」

 チッ。マヌケじゃなくてアホだったか。見計らっていたように先ほど出ていった組員が戻ってきた。

 もう1人を連れて。

「コイツ、お前の仲間だろ?」

 言われて振り返ると、長身の小麦色の肌があった。


 ウエーブがかった金髪、毛先はほのかに青く明るい。

 バッチリとメイクされた元気のいい顔と、その両耳に輪っかのイヤリング。

 クリーム色のスクールカーディガンにミニスカ、ルーズソックス。

 色が多く、オシャレな少女。

 その姿、まさしくギャル。


 呆然とする掃除屋に気がつくと、まつ毛の長い大きい瞳が瞬きした。

「ボコボコのおっさんww、うwけwるw」

 八重歯をのぞかせ、低音よりの声でゲラゲラ笑った。

「コイツが今日フラフラ入ってきて、TVみて菓子くってたんだよ。このアホさお前の仲間だろ! そうやって俺を惑わせて寝首かこうたってそうはイカねえぞ」

「本当に、本当に知らないです! こんなギャル知らない!」

「ウチは警備だけはちゃんとしとるんじゃ。カメラをつけて、組みの集にみはらせて入れる場所もふさいどる。誰にも気づかれないで入ってこれるギャルなんているか!」

「そんなの私に言われても……!」

「良所を恨むんだな。それと、その、俺が楽しみにしてた焼き印の入ったクッキー食ったお仲間さんにもな!!」

 必死に弁解する掃除屋の後頭部に無情にも硬い銃口が押し当てられた。同じく侵入していた掃除屋の言葉など信じるよしもない。

「あっ待って、写メとるから!」

 スマホをとりだしたギャル。

 嬉々としたレンズをむけられて掃除屋は、大きく嘆息した。

「台無しだ」

 下がった声のトーンでそうつぶやき、立ち上がった。巻かれていたロープがまるで最初から縛られていなかったように地面に落ちた。

「なっ、て、てめえ」

 とっさの事態に対応できていない銃口を掴んだ。背負なげがキレイに決まり、驚く社長の顔にケツが直撃。

 手放された鞘と模造刀を拾い上げた掃除屋に、組員たちがドスで襲いかかった。

 模造刀がギラリと九回、瞬く。

 掃除屋よりもかなり大柄な九人の男が、一発刀身による打撃だけで豪快に倒れ伏した。

 切れていない。

 しかし確かに、刀で相手を斬り伏せる侍そのものだった。

「なっ、なにもんだっ」

 刃のない模造刀の先端をむけられ、子分の下敷きになり顔だけだしている社長が情けなく怯える。

 グシャグシャ顔をこすり顎の下に指を入れると、掃除屋は特殊マスクをめくりあげた。

 でてきたのは素顔ではなく、目が点のにっこり微笑んでいる黄色く丸いニコニコのお面。目と鼻は隠せているが無精髭の生えたアゴがはみ出している。

「弱いヤツから金巻き上げて、今度は人身売買かい。よっぽど金にご執心みたいだな」

「こ、これは、仕方なく……、俺だって気が進まなかったんだ! 俺も被害者なんだよ!」

 頭をはたかれて社長がおびえた情けない悲鳴をあげた。

「もうこの商売から手を引け。次、誰かに手を出したらオレが殺す。これに名前書いてハンコしろ、血判だ」

 A4の用紙をゴソゴソ取り出し、目の前、地べたにボールペンとともに置いた。


 何があっても今後この仕事から足を洗う。

 自分より弱者だと心が感じる人間に今後危害を加えない。

 それらのどれかを破る・またそれらに準ずる行為を行ったと用心棒のトシロウが判断した場合、責任をもって貴方のお命をちょうだい致します。


「わ、わかった、する! わかったから……、これを、どかしてくれ。死ぬ! 手も動かせない!!」

「ったく、しょうがねえな……ぐぐっ……おもてぇ……!」

 トシロウは貧弱な腕でなんとか巨体を横にころがして社長を自由にする。肥えた身体がやっと上体をおこして、懐に手を入れた。

「しんどけ!!!!」

 拳銃の引き金に人差し指をかけるが、

「……なんだ?くそ、故障か?」

 ポコンと困惑する頭になにか当たる。それは人差し指。社長はそこで拳銃を握った手に肥えた指が一本足りていないのに気がついた。

「ハレ?」

 ナイフを捨てて誓約書を拾い上げたトシロウ。地べたに落ちた人差し指を取り上げ、血判を押す場所に切り口を押しつけた。

 自分の指が紙に押し付けられている光景を目の当たりにしてやっと痛みを思い出したのか社長は絶叫してうずくまった。

「これはお前を殺した証明として持っていく。それとこれ、やる」

 海外行きの飛行機のチケットを社長の懐につめる。

「日本からでてけ。今日の夜の便だ、急げ。そんでもうここには戻ってくるな。戻ってきたら、いいな」

 泣きべそをかきながら脂肪に埋まった首で何度もうなずく社長。

「フンッ、一件落着だな。あばよ」

 刀を鞘に収めて踵を返した。

「おおーーーー」

 出入り口でギャルが大きい瞳をさらに大きくさせてパチパチ拍手している。大の大人が何人も呻いて倒れているのに気にする様子もない。

「あんたマジでスゲーじゃん。ピンチっぽかったのに、ぱぱぱぱぱぱぱって倒しちゃって、チョースゲー」

「まだいたのか。ネーチャンも、どっかから雇われて仕事しにきたのか」

「なにそれぇ。あーしお腹へっちゃってさー、ヤベーイイ匂いしたから入って食べてたらこの人間に捕まっちゃってえ~~、チョー助かったよ~~オジサン」

 トシロウは違和感でお面ごしにまゆをひそめた。

 入って食べてた? ここの警備体制はオレにはそうでもないが、素人が入り込めるような代物じゃない。

「まあ、オレには関係ない。時期にサツがくる。めんどくさいことに巻き込まれたくなきゃ、さっさと逃げるんだな」

 ギャルの横を通り抜けてトンネルと対面した。一時間は歩くことになるのは確定している。

「歩きたくねえ……ひと駅分歩くダイエッターかオレは」

「どーしたの?」

 振り向き、模造刀で背後を切った。

 少し離れたところでギャルが首をかしげて、片方のイヤリングの輪を肩に触れさせている。トシロウの斬撃が当たるような範囲にはいなかった。

「さっきん部屋から出れるよ~~。あーし天井のはしご下りて来たしぃ~~、らくっしょ」

 何だ……? 今、確かに……、あの時と同じとてつもない殺気が……。

 冷や汗をぬぐい足早にトンネルに歩みを進めた。


 そして三0分。


「ぜえ……ぜえ……、クソッ、オレに運動をさせるなァ!」

 トンネルの土壁を支えに立ってはいるが、今にも座りこみそうなほどに疲労していた。

「無理だ……このままじゃ絶対に追手にヤラれる」

 ニコニコ面からハミでているアゴがだらだら汗をかきながら前に向くと、牢屋につづく横道が。

 そうだ! よたよたと中へ入れば、牢屋の中の拉致者たちがおびえて奥に逃げた。

「オレだ! お前らオレに協力しろ」

 その声で誰だかわかったようだ、牢屋の鍵が針金で開けられると歓声があがった。

「ありがとう、ありがとう! あんたは救世主だ!!」

「うるせえ黙れ、このまま出てっても捕まるだけだ、オレにいい考えがある、聞け!」




 金融会社にぞくぞくと組員が集結していく。社長からの電話で外にでていた全員が駆けつけてきたのだ。

「敵は殺し屋だ。てめえら心してかかれよ。社長室も、きいぬくんじゃねえぞ!」

 若い衆をまとめる男が電話に叫ぶ。地下へつづく物置部屋の仏の像に集まって用心棒がでてくるのを待っていた。

「用心棒っていつの時代のはなしだ、殺し屋と何が違う――ん? なんか、聞こえねえか?」

 ガタガタガタガタ。仏が震えている。

「構えろ!」

 一斉にドスを構える組員たち。

 仏が激しく揺れてついに倒れた。

 穴からひょっこり出てきたのは、ハゲ頭のサラリーマン。組員と目が会うと、思い切り息を吸いこんだ。

「突撃ーーーーーーッッ!!」

 堰を切ったように捕まっていた人間たちが巣穴から出てくるアリの群れのように狭い穴から溢れでてきた。

 必死の形相で決死の覚悟、背水の陣、さらに不意打ちが重なり、強面の組員たちはなすすべもなく、なぎ倒され、ボコボコに袋叩きにされ、室内をバキバキに荒らされた。

 出口へ流れていく行く人間の濁流ができあがり、その上をトシロウが流れていく。

「よっしゃーーーー!! イケイケイケイケーーーーーーーッ!!!!」

 ニコニコお面の用心棒が担がれて最短ルートで出口を跳ね飛ばし、小汚い街の道路に脱出をはたした。

「散り散りににげろ! こえかけてきたヤツにオレの名前を出せば分かる! おい、聞いてるかジジイ!」

『ああ、ちゃんと逃げられるように手配しとく、おまえさんもさっさとにげろよ』

「そのための車だ……むっ」

 レッカー車に掃除屋ワゴンが引きずられている最中だった。

「嘘だろ……クソッタレ!」

 逃げずになぜか立ち向かう拉致者から命からがら逃げ出してきた組員の生き残りが追ってくる。

 トシロウはビルの隙間へ走った。

 足はグネグネ、身体が左右に揺れ、腕の振りはオネエ。ダバダバダバダバ走り、三分しないうちにこけた。

「ヒュー……ヒュー……」

 鞘を杖にしてフラフラと路地裏の室外機の影に姿を隠し、汗だくの顔をお面を外して作業服の袖で拭く。

「チクショウ……、ぜんぶ、ぜんぶあいつのせいで」

「キャハハハハ!!」

 ビクッ! お面を戻して顔を上げる。金融会社にいたギャルだ。大口を開けて死にそうにしているトシロウを指差して笑っていた。

「オジサン運動神経あるのにぜんぜん運動神経ないじゃーーん! ウッケッるッ」

「お、お前、なんなんだ、何でここに」

「いたぞッ!!」

 ケラケラ笑うギャルの背後から、狭い路地を追手が五人走ってくる。

「クソッ、やるしかねえか……」

 ゆらりと立ち上がり模造刀を構え、ギャルの前に出る。

「何でそんなピンチそうなワケ?」

「おめえあいつらに勝てるか? とっとと逃げな」

 組員たちが鉄パイプやドスをたずさえ出方をうかがっている。トシロウはできるだけ足腰を立たせて臨戦態勢を取った。

「何で? ただの人間じゃん」

「ダメだ、話が噛み合わねえ」

 激しく咳き込むトシロウ。それで気づかれる。トシロウは今、瀕死の状態だと。

「良くもやってくれたな、用心棒。てめえのおかげで事務所はメチャクチャだ!」「そのギャルかばって戦えるのかい、用心棒さんよ」

 ギャルはまったく逃げる気配を見せない。難しそうに眉間にしわをよせ、スクールカーディガンを押し上げている大ぶりの胸を押し上げて腕組みしていた。

「なんだってんだ一体、クソッ!」

「オジサンあーしのこと庇ってくれてんの?」

「いいからいけって!」

「へーー。あーしのこと、ぜんぜん知らないのにぃ。もしかして、好きになっちゃった系? キンモ~~~~」

 襲い掛かってくる凶器を模造刀でなんとか受け止める。だが足腰が立っていないため押されてたたらを踏んだ。勝利を確信している笑みをたずさえて襲ってくる組員たちになすすべもない。受け止めることもできなくなり、尻もちをついた。

「ヘヘっ、なあにが用心棒だ。おもちゃの刀振り回すただのガキンチョじゃねーか! やっちまえ!」

 腹を思い切り蹴られてえづくトシロウ。鉄パイプで頭を殴られ鈍い音と共に血を吹き出した。

 殴られ蹴られ、顔が腫れてお面が盛り上がり、口から血。ピクリとも動かなくなった。

「はあ、はあ、コイツ、こんだけ殴られて、顔みせようとしねえ、どうなってんだ、タフすぎるだろう」

「へへ……」

 組員たちがビクつく。用心棒の口が血を吐き出し、水音をさせてニヤリと歪む。確かに有利な立場にいるはずなのに、ゾクリと青ざめて縮み上がった。

「……こ、コイツ、ここでヤッちまおうぜ。若頭には連れて来いって言われたけどよ、カシラがいなくなっちまったんだ、俺たちの頭じゃ、こいつに仕返しされたら確実、俺たち……」

「あらら~~、ダイジョブぅ?」

 ギャルがしゃがみこんでトシロウの顔をのぞきこんだ。口を動かしているがトシロウが何を伝えようとしているのかわからない。

「ねえちゃんまだ居たのか、どっかイケ!」

 イラ立ちをぶつけられるようにスゴマれるギャル。腕組みして首を左右に揺らすと、両耳のイヤリングが天秤のように上がったり下がったりした。口をへの字にして、脳みそから知識をひねり出すようにいう。

「えーと、たぶん、あんたらは………………………………ワルイ人間?」

「はぁ?」

「あれれ、ちがっち?」

 顔を見合わせる組員たちはヘラヘラ笑いだした。

「いいや、俺たちは『良い人間』だぜ? そいつは悪いことしたから俺たちが裁きに、責任をとってもらいにきた。悪いことしたやつは痛い目みなきゃいけねえっていう法律があるからな」

「へえー、あんたら獄卒みたいなもんなんだ~~。でも、このオジサン、人間のこと助けてたけど、いいやつじゃないワケ」

「いやいやいや違う違う。『あれ』は人間じゃない、商品だ。俺たちが街というジャングルで捕まえてきた動物なんだよ」

「うーーーん……ジャクニクキョウショク? ショクモツレンサだ!」

「そのとおり! あいつらは、弱い。俺たちは強い。弱いやつは強いヤツに食われるために生きてるんだぜ? そういう法律がある」

「そうだったんだ~~へえ~~~~人間ってぇ、まだ、そういうカンジでやってんだ! 授業だと文明ができててぇ、みんな平等になってるとかいってたけど、ぜんぜんチゲーじゃんマージ、古墳ぢゃん!!」

 手放しで大きく笑っているギャルを男たちがムラムラと囲んだ。

 ミニスカからでたむっちりした健康的な足。スラッとした高身長。引きしまったくびれに、大きな胸の膨らみ。エキゾチックな褐色の肌に小悪魔な顔の美少女が、たった一人でいる。

「嬢ちゃん名前はなんて言うんだ」

「名前? ないケド」

「この状況ではぐらかせるとは中々肝が座ってる、こりゃあ上物だ」

 舌なめずりだ。

「暴れなければやさ~~しく捕まえてやる、おとなしくしな」

「ええ~~ちょっとそゆこと~~~~? やんだ~~~~ウっケっるっ~~」

 危険な状況に陥ったというのに、なぜかさらに爆笑しだした。

「俺らがおっかなくておかしくなっちまったみたいだな」

 歩みよって華奢な肩を掴んだその男は、ビルの外壁に叩きつけられピクピク痙攣した。

 あっちゃーっと青い毛先がイジられる。

「やばった~~、もうへんなこというからだかんねぇ~~~~。でもま、いっかっ! 人間だしぃ、これから覚えてけばいいよね! あーしまちがって覚えるタイプだし~~」

 目を丸くする組員たち、その側で仰向けに横たわっているトシロウだけが変異を目の当たりにすることができた。

 ゾワゾワ青い毛先の金髪が逆立ち、ただでさえ大きい瞳がさらに広がる。

 口が耳まで裂け、犬歯がのびて、身体が肥大化していった。

 長身はもはや路地の狭い空を覆うほどに巨大になって両肩がビルの外壁にめり込み、突き抜けた。

 巨体、それよりも不釣り合いに大きい並んで建つ塔のような腕の拳を地面にめり込ませ、呼吸は強風となって貧弱な人間たちに吹き荒れる。

 トシロウは知っていながらもよく知らないその単語をつぶやいた。

「鬼」

 虎柄の胸巻きに腰巻きをした、人間の何倍もある一角の青鬼が、確かにそこにいた。

「『まずったー、ここせっま~~』」

 臓物に響く低音のギャル口調でイヤイヤ肩を震わせる。

 大量の瓦礫が落ちるとやっと見の危険を思い出したのか、悲鳴をあげてギャルを捕まえようとしていた男たちは尻尾を巻いて逃げだした。

「『ちょー、ずっこいな』」

 青鬼は唾を吐いた。

 唾といっても乗用車くらいの大きさとスピードがある。必死な背中に派手な音をたて直撃。アスファルトがはじけとび、二人、跡形もなく消え去った。

 一瞬にして消し飛んだ仲間に腰をぬかした一人が、巨大な腕に叩かれてただの血痕になる。

 死に物狂いで走る残り二人。小さな道路を渡って向こう側の区画へ逃げた。

「『ハッヤッ!』」

 極太の手が組まれ、空を切り裂くように振り下ろされる。

 道路どころか区画を縦に横断し、家が潰され、いたるところで爆発、様々な音が何十にも重なった爆音と風が巻き起こり、衝撃で近隣の家々が数センチ跳ねる。

 狭い路地のはずが見通しのよい二本道ができあがり、突然の圧倒的な破壊にM町が混乱の音をはきだした。

「『つぶれたぁ? ドッチでもいっか。あっ、オジサンもつぶれチッた?』」

 雲にとどきそうな高さから眼球がギョロリと足元を見る。

 姿はない。カラスとともに辺りを見回せば、ダバダバと走っている背中があった。トシロウは死んだふりをしていたのだ。車に拾われて猛スピードで逃げていく。

「『うっけっるんですけど~~~~!』」

 少しばかり踏み込んで長く太い腕を伸ばせば難なく捕まえられるだろうが、青鬼は伸ばしかけた腕を止め、しゅるしゅると煙を体中から出しながらギャルに戻った。

「すっげー! やっぱ、あいつにき~~めたっ」

 蠱惑的な肉づきのいい褐色の尻をゆらして、機嫌よさげなギャルがいく。



 逢魔が時にトシロウをのせた車が見るからに家賃が安いアパートの前に止まる。

 呼び鈴をならすと、痩せほそった依頼人のメガネの男が質素な部屋の中へ招き入れた。


 トシロウは夫婦が横ならびに正座している前に、人差し指がはいったジップロックをポンと床へほおった。ニコニコのお面はテープで治してはいるがボロボロのくしゃくしゃ。心なしかトシロウも疲れているようにみえた。

「ヤツは死んだ。これで依頼完了だ。お前らはもうアソコのヤツラからは催促されねえし狙われねえ。安心していいぞ、オレが保証する」

「あああありがとうございましゅ!」

 頭を下げる夫と妻の妊婦。

「ほほ、本当に、たっ助かりまひた。なんと、お、おれいをいっていいのか……」

「礼はいい。金だ、よこせ」

 慌てて夫が押入れに立ち、天井の一角を押し上げてると分厚い封筒を取りだした。

「……確かに五00万あるな。引っ越し先はもう決めたのか」

「はい、全部捨てて、今日の夜に北を、目指しましゅ」

「そうか。なにがあってももう絶対にここに帰ってくるな。お前らははれて自由の身だ。せいぜい質素で堅実に暮らすんだな。もう、オレみたいな黒いヤツラの世話にならねえようにするこった。信じられるのは自分だけだ、自分を信じる、自分だけを信じろ。じゃあな」

 踵を返したトシロウ、その背中に思い切った声が追いすがった。

「ま、ままってくらはい!」

「待てば、その……物騒なもんおさめるのか」

 妻が腰を掴んで止めようとしているが、夫は包丁を握り、トシロウの背中に切先を突きつけるのを止めなかった。

「そそ、その金を、よこしぇえ」

「フンッ、オレを脅そうってか、命の恩人をよぉ」

「ご、ごめんなしあ」

 肩ごしに振り返ったトシロウ。小さいお面の穴からかろうじてみえる殺気のこもった眼光に、夫が尻もちをつき、妻が包丁を取り上げて、かわりに脅しにかかった。

「私達は新しく生まれ変わるの……、だから、そのお金は、貴方みたいな殺し屋に渡さないわああ!!」

 斬りかかる、トシロウはひらりと避け、宙ぶらりんになった妻のケツを蹴った。

「お前は自分の心配だけしてろ」

「マアサッ!!」

 かけよる夫。妻は子供をみごもっている腹をうって苦悶の表情をしている。

「この金(五00万)は、車をかう金だ。おまらのクソッタレで誰の役にもたたねえ便所虫の生活より、パーッと使って、経済回した方がよっぽとお国のためにならあ」

「こっ、このおおおお」

 妻の痛がる姿に血相をかえて、包丁でトシロウに襲いかかる夫。

「そんな及び腰で、家族守れんのかよッ」

 トシロウは鞘で横殴りにして家具に突っ込ませる。

「てめえは負け犬だ。これから先ずっと墓に入るまでそうやってベソベソメソメソ、つええヤツラに騙されて、捕まって、養分になるだけの、家畜なんだよッ!!!」

「カイシャが潰れて、も、ひどく貧乏でも、」

 物をささえに何とか立ち上がる夫。鼻血をたらし、割れたメガネで包丁をギュッと握りこむ。

「ぼっ、ぼくをみすてないで、くれていた、マアサを守るんだああああああああッッ!!!!!」

 全身全霊で、体ごと殺し屋に突っこむ。

 刀に手をおき、

「いい顔だ」

 もろにそれを受け止めて、トシロウの腹に深く包丁が突き刺さった。

「それは僕らのだあああああ」

 夫はそのままトシロウを押し倒し、拍子で封筒がとぶ。鮮血がメガネを真っ赤にした。封筒をひっつかんでバッグにつめると、妻を支えてたたせる。

「絶対に、ぼくが、守るから……守るからね」

 夫婦は振り返らずに部屋をでていった。


 薄暗い部屋のフローリングには血溜まりができている。

 ニコニコお面の用心棒が腹に包丁を突き刺されたまま、ぽかんと口をあけて大の字に倒れていた。

 トシロウは置き去りにされて過去になりさがった家具たちの一部になっていた。

 開きっぱなしのドアからはいりこんでくる冷たい風。

 ひょっこりと小柄な人影が。

「ッカー、これはまた派手にやりおったな」

 しわがれた声がため息をすると新品のタオルの包装を外して、ニコニコお面に投げてかけた。

「いつまでやっとる。さっさと掃除せい、めんどくさいんじゃ」

 部屋の灯りがつくと、やっと水からあがったようにトシロウは大きく空気を吸いこんだ。

「フウ……疲れた」

 包丁を抜く。防刃ベストの刺された場所を撫でると、ケチャップがべっとり手についた。

「いつまでこんなやり方する気なんじゃ。そのウチ本当にブッスリ刺されておっちぬぞ」

「……ジジイ、本当にオレは生きてるんだよな」

「ピンピンしてるワシに訊いとるんじゃ、安心せい」

 あ゛あ゛あ゛あ゛ーーっと腰をトントン叩くジジイ。

 長方形のせんべいのようなおも長の顔で、シャツにベスト、長ズボンにスニーカー。

 はげていて両サイドにポツポツと白髪がはえている、平日に町内を歩いているようなどこにでもいる老人だった。

「じゃあ、あの鬼はなんだったんだ……、見間違いなわけない。オレの目の前でビルとかを一瞬で……」

「ガスの爆発だかで片づけられているがちゃんとニュースにもなっとるぞ。悪いこたぁ煩悩の数よりもやってきたと思っていたんじゃが、まさか鬼が出てくるとは……ピチピチギャルだらけの極楽浄土にいきたかったのぉ~~」

 あれがもしも、本物の鬼だっていうんなら――あの世は存在する、ってことか?

 なら、あいつもそこに居るんじゃ――。

「……考えてもしかたないか」

 ふき終わったタオルをポケットに入れ、かわりに札束をとりだした。

「ギャラだ」

 トシロウはぽんっとそのまま全てジジイに渡した。

「まてまて、トシのぶんはどうするんじゃ」

「あのヤミ金かなりもうかってたからな」

「そういって自分のぶんは無いんじゃろ?」

「……」

「ワシを誰だと思っておる。日本のアイテー(IT)仙人に隠し事は無駄じゃ。仕事をして手に入れた金なんじゃから、もっと自分のために使え。死んだら元も子もないぞ。金のヨゴレがきになるなら、ワシに任せろ。こんど、送金してやる、なっ?」

「……オレのやり方に口出しするな」

 ジジイは悲しいような、自分の非力さに歯噛みするような顔で、トシロウが刺された場所を軽く叩いた。

「こんなやり方していたら、いつか本当に死んじまうぞ。言葉で伝える努力をしたほうがいい。相手は人間じゃ。家畜じゃない」

「あとはオレがやる、ジジイはかえって腰の心配でもしてろ」

「……おまえから信頼されるのは人間じゃむりそうじゃな」

 ため息をついて外に出た。

「ちゃんとメシ食うんじゃぞ? コンビニ弁当だけじゃ良くないかんな? ウチで作った野菜送るから、送りかえしても今度はそうはいかねえぞ!」

「……しっかりギャラは受け取ってったな」

 ドアが閉められてしんと静まりかえった。この件のギャラを確認する。まあ、なんとかなるだろう。


 ひとしきり掃除して痕跡を消した。裏の人間に感づかれないのは無理があるだろうが、表の警察や一般人から存在を隠すことはできる。

 これでこの案件はおしまい。

「パフェ食べるか」

 開きっぱなしのドアを見る。

 長身の影がたっていた。

「あんた…………、チョーーーーっ、イケてるやん……」

 刀に手を置いて緊張に喉をならす。

 この声、ギャル。

 青鬼だ。

「おまえ、いったい何が、目的」

 殺気をむけられても気にしないで中へはいってくる。明かりに照らされて褐色の真っ裸がおめみえした。

「人間って脳がちっちゃくてぇ、『同族で命を取りあことに長けている弱く哀れな生き物』って授業でならったけどぉ、アンタはちょっと違うっぽい?」

「い、いいから、服、服をきろ!」

「あっ、ヤッバッ。イヤ~~~~ン」

 八重歯をのぞかせて楽しそうに下と上を手で隠す。身体を腕で抱いているため、よせてあげて、艶かしい褐色のいろいろがあふれて逆に……。

「これッ、このタンスからなんか、なんか着ろッ!」

「な~~~にオジサン、もしかしてエロい気分になっちゃったのぉ?」

 胸をよせて前かがみになるギャル。青い毛先がしだれて胸に落ち、ふかい谷間にいろをさした。

「いいから着ろ!」

「やだキモ~~~~い。じゃ、ちょっち、まっててねぇ~~」

 適当にみつくろい、手をふってから風呂場に。

 トシロウはサッと部屋を出た。

「マヌケという属性よ、ありがとう……!」



 車を一時間走らせ隣町の首都へ。

 それからまた1時間はしらせて、別のルートをつかい、もう一度M町に戻った。

 何のへんてつもない白塗りの洋風なアパートの駐車場に車をとめる。アジトその三0だ。

 一階の部屋のドアノブを回す。開かない。鍵を入れて、そーっと開けると、ドアにはさまっていたレシートが落ちた。

 やっと中へはいり、今度は収納ラックと布団と小型冷蔵庫しかないワンルームの部屋の中をくまなく点検した。

 一時間ほどそれをして満足するとシャワーを浴び。髪も乾かさずにクローゼットを開けて、何着もある同じ紺色の作業服の一つを着た。

 そして小型冷蔵庫からいちごパフェを取りだした。

「……生きている」

 涙がほおをつたうのを止めもしないで味わうように食べきった。

 明かりを消して壁によりかかり、模造刀を抱いて目を閉じた。

 そばには予備のニコニコお面をおいて。

 それがトシロウの一日の終わりだ。

 今日はいつもより疲れたな……。オレはもしかしたら、白昼夢でもみていたのかもしれない。

 ありえない。

 鬼って、なんだよ………………………………。




 寒さに震えて目を覚ました。

 毛布をかぶっているのにいつもより寒い。かわりに何か重みと暖かさをかんじた。

 金髪が肩によりかかっている。寝息をたてているのは、まさしくギャルのかわをかぶった青鬼だった。

 トシロウはとびおきて離れると、支えをなくしたギャルがフローリングに頭をうって目を覚ました。

「嘘だろ……なんでここが」

 飾りっけのないTシャツとスラックス。Tシャツは大きさがあっていないためボリューミーな乳でピッチリでへそがでていた。

 わきたつような色気に、トシロウは目をほそめる。

「ハレンチ……ッ」

「おっは~~」

「お前どこから」

 模造刀をかまえる。背にしたドアは鍵穴がなくなって外と繋がっていた。

「バケモンめ……」

「だってぇ、着替えてたらどっかいっちゃうからさぁ。寝てるトッシーおこさないようにゆっくりはいったんだよぉ~~」

「何でオレにつきまとう。オレもあいつらみたいに、唾で殺すきか」

「あれはちょっと恥ずかった……、はんせい」

 ほおを赤らめて青い毛先をいじっている青鬼に、トシロウは攻めあぐねていた。

 こいつ、まったくスキがねえ、なんて口がさけても言えないほどにスキしかねえ。

 あのトンネルのときもだが、全く気配がないクセに、どこからでも斬りかかってどーぞって感じだ。だからといって斬りかかっても……あのデカさになられたら。

 アパートの住人の気配を気にする。空まで届きそうなあの巨大さになられたら、確実に住人たちがとばっちりを食うことになる。

「でもダイジョ~~~~ブ! あーしはこっちがホンモノってことでカツドーすることにしたからぁ。てかそもそも、『いい、わるい』をベンキョーしにきたからぁ、あーし(鬼)の姿……元あーしの姿になるイミないっつうかぁ、ニンゲン街ってオニのバリアフリーがおろそかだよねぇ~~」

「……ということは、もう、デカくにならない、って、こと?」

「そそっ。なんかこっちでなるとオナカスンゲェすいちゃうしぃもうなんないコトにしたッ! ねね、なんか食べもんチョーダイ」

 唇に青いネイルの指をあてて、上目使いにトシロウにオネダリ。

 トシロウは模造刀をおろし、青鬼の背中をやさしくおして外にだした。

「……ちょっとまってろ」

「え、作ってくれるの? フゥ~~~~っ! アガる~~~~っ!」

「絶対に中をのぞくな」

「あーー! それしってるっ! えーーっとぉ……」

 バタンッ。チェーンをかけて窓から逃げた。

「マヌケッ!」

 ベランダのフェンスを身軽にとびこえてスタッと駐車場の着地。車の影に身をかくした。

「できるだけ遠くの『イエ』に退避を……」

「桃太郎っしょ!」

 顔をあげた。

 八重歯が光るあけすけな笑顔で、片手で軽々とワゴン車をもちあげている、ギャル。

「ねね、食べもん買いにいくなら、あーしも連れてってよ! スーパーってヤツでタピした~~い」

 トシロウはできるだけ小さくまとまって体育座りして、青空に高々とかかげられているワゴン車の裏をみていた。

「もしかしてだけどぉトッシーさぁ、あーしから逃げようとしてるぅ?」

「…………してませんけど」

 ニコニコのお面の目はかなり泳いでいたが、青鬼ギャルは無邪気にホッと胸をなでおろした。

「よかったぁ~~。あーしいくとこないから困ってたんだよね~~」

 音もなくワゴン車が指定の位置におろされて重々しく上下に軋む。

「ホームステイさせてくんない? あーし地獄の獄卒になりたいんだぁ。そんでぇ、ニンゲンの『いい、わるい』がわかんないから、ベンキョーしにきてぇ」

 何もしていないのにトシロウのアゴからだらだらと汗が滴る。

「センセーに教えてもらったイチオシのヤツとは違うけど、トッシーについてれば『いい、わるい』がわかると思うんだよねぇ~~」

 ホームステイ……?

 それってつまり、このオニと、生活しろと?

 こっちは人間だってイヤだっていうのに、鬼と?!

「オネガイ☆」

 目の前にしゃがみこんで、ふとももで胸がボヨンとはみだす。

 大きな瞳をパチパチさせて、あわせた手をほおにあてて、わざとらしいオネダリポーズ。

 その手にはワゴン車を持ち上げてついた油が。

「い」

「い?」

 嫌だああああッ!

 ……でも断ったら確実にころされる。


 ここは。


 受け入れたふりをしよう!!


「いいよ」

「いいいい、やった~~~~~~ッ!! ウェ~~~~~~イ!」

 ぴょーーん! うれしそうにジャンプした。

 とりあえずコイツを逆なでするのはナシだ。

 地獄からきたってんなら、地獄へかえすほうほうだってあるはずだ……。

 それがなくても、シメてちかよらせなくする方法だ。なんとしてでも早く、それをみつけねえと。

「いえ~~~~い、はい閻魔」

 トシロウの顔をひきよせるとツーショットでスマホで写真。

 ほおというより顔半分におっぱいをグイグイおしつけられて石鹸のにおいと柔らかさに包まれるトシロウは真顔だった。

 ガラケーが震えている。

「なんだ、いま取りこみ中だ」

『トシ、いろいろたまるのはわかるが、朝っぱらからヤると腰を痛めるぞ。腰は何よりも大切にせんといかん』

「まあ、遠からずだが……」

 ぽよぽよあたりつづけるおっぱいを感じながらいう。

『お前もまだまだ若いな……、うらやましいッ! まあいい、依頼じゃ。今すぐこい』

「追い返せ。それどころじゃあねえ。というかジジイが決めるんじゃねえ、オレが決めるんだ」

『もう受けた。じゃあ早くこいよ』

「おい、なにを勝手にッ、おいッ!」

「なにい? どっかいくの? あーしも、あーしも、あ~~ぁしぃ~~もぉ~~ん」

 無邪気なギャルにトシロウはげんなりして、いくぶんか強い力でされるがままにはさまれていた。




 階数の多い立派なマンションの自動ドアをくぐり、最上階の角部屋のドアをノックした。

「合言葉は」

「いいから早く開けろ」

 ジジイがつまらなさそうにドア開ける。

 ここはいうなれば応接室のアジト。アジト一だ。

 広々としたリビングの黒いソファーに、依頼人がいた。

 制服に長い黒髪の真面目ふうな女子高生だ。ニコニコお面にギョッとしたが、すぐに「用心棒のトシロウ」だと気がつき、立ち上がって頭をさげた。

「この子の両親が借金をのこして自殺した。借金返済が終わるまで預かると弟が拉致されたらしい。とても高校生に払える金額じゃないということで、ウチを紹介されたらしい」

「また紹介か。ここ数年ずっとだぞ。前のやつもそうだった。殺し屋の無料相談所でもあんのか、この街は」

 トシロウはドアにつづく廊下の前に誰かを待ち構えているようにひょろりと立っている。

「殺し屋……さん、なんですか」

 ジジイが対面に座っていう。「おおかた相談にのってくれるとか、コンサルタントとでも言われたんじゃろうが、ワシらは人を殺めて金をもらっておる悪党じゃよ。君らみたいな弱者から金をまきあげるのが何よりも楽しい! 最高じゃ~~~! どんな温泉よりも腰痛にきく!! 辞められんなぁこの商売はッ!!」

 ジジイが興奮げに声をはりあげると女子高生が悲しそうにうつむく。みられていないのを確認してからトシロウにゆっくり振り返り、『今のよかったじゃろ?』とでも言いたげにサムズアップ。

 『もう驚かすのは十分だ』トシロウは手をふって答えた。

「そういうわけだ、残念だったな。それで、金はもってるんだろうな」

「は、はい。保険金を、たくさんもらえるので……」

「このこの依頼は弟を取り戻す、それと借金の帳消しじゃ。まあ、いつものじゃな」

「相手はわかってるのか」

「大丈夫じゃ安心せい。『デカイ』ところじゃあない。そこらへんのゴロツキじゃ、いつものようにやればラクショーじゃよ」

「本当に……助けてくださるんですか?」

「500万だ、それ以上はまからねえ」

 顔もみずにトシロウがさらりとつげると、女子高生が身をのりだした。

「いくらでも出します。弟がかえってくるのなら何でもします! だから、よろしくおねがいします!」

 深く下げられた頭をフンッと鼻で笑う。

「今すぐ家に帰れ。なに食わぬ顔で普段どおりに生活するんだ。オレを雇ってるとけどられないようにな。学校にいってんだろ」

「はい。でも……学校は……」

「根も葉もない噂がたって、行きにくいか」

 うなずく。

「気にするな、三年もたてばそいつらお前を忘れてるぜ。オレも、ジジイもな」

 暗い顔になる女子高生。つっけんどんなトシロウをフォローするようにジジイがニコニコマークのブローチをわたした。

「盗聴器、兼ジーピーエスじゃ。映像もみれる。なにかあればすぐにかけつける。なんてたって、こいつは用心棒じゃからな」

「そういうわけだ、安心してもう帰れ」

 女子高生は小さく返事をして、音もなく立ち上がる。ふと、窓の外に目を移して固まった。

「トシロウ敵じゃ!」

 ジジイが女子高生をかばってソファーの影に逃げこむ。

 その慌て具合とは対象的に、トシロウはやけに落ちついて窓際へ。

 ベランダをへだてる窓ガラスをゴンゴン叩いている喜色満面のギャルがいた。

「はあ……クソッ、まくだけ時間の無駄か」

「なに、トシの知り合いか?」

 トシロウは窓を殴り割られる前にしかたなく鍵をあけた。

「チョチョリリ~~ッス、うっわ、しんきっくさ、元気な~~~~」

 どんよりした空気をゆびさしてゲラゲラ笑うギャルにジジイも女子高生も目を点にさせていた。

「なにもんなんじゃ、この、黒ギャルは。同業者か?」

「コイツが街をあんなにした青鬼だよ」

「トシがボケた……」

「あーしもやっていいんでしょぉ。ねえねえ、おねがーい、助けたぁ~~い、人間たすけたし~~~~ぃ」

 事態が把握できないジジイなど関係なしに長いまつげの瞳がパチパチする。

「誰も殺すな。殺したら問答無用で叩きだす。いいな」

「オッケ~~、しないしない~~、したことない~~」

「な、もしかして弟子にでもするのか?!」

「それもいいかもしれねえな」

「人間が師匠とかマジウッケッるッ、ヨロヨロ~~~、し、師匠~~~~ブッ! キャハハハハ!」

「それはそれはバカにされてるんじゃが」

「まあそういうわけだ。事情はあとでメールする。顔あわせできてちょうどよかったな。今日はおしまいだ、じゃあな」

「ヨロピク~~~~」

 バタンッ、さっさとでていった二人に取り残されたジジイと女子高生は呆然とするほかない。

「あ、あの……、なんだったんですか。鬼って……」

「うーん……あいつが言うんじゃ本当なんじゃろうて。しかし、人とつるまないトシが弟子をとるとは、しかも鬼? もうなんなのかわからん。おや、早いの」

 ジジイのスマホにトシロウからメールが。

「鬼の弱点をさぐれ、か。なるほど本意ではないってわけか。いろんな魑魅魍魎と出会ってきたが、ホンモノの妖怪がおるとは……長生きはするもんじゃなぁ」

 ひとりでたそがれるジジイ、女子高生は不安そうに眉をひそめた。

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