第2章「黒・青・赤の章」
レッスンも始まり、ようやく黒神も目的の為に動き出す。
芸能4部に集まる練習生に何を感じるのか?
彼の目に止まる練習生は果たしているのであろうか。
「いやー。今日も演技レッスンボロボロだったわー」
首を振りながら「赤城 神奈」は、赤字でダメ出しされた台本を見直しながら、床に座り込む。
「神奈ちゃんさぁー。先生に真面目にやってんのか!」って言われたの何回目ー?」
演技レッスンで叱れたことを指摘する「黄嶋 未来」バナナの皮を剥きながら、へこんでいる赤城へ半分呆れて話しかけていた。
どうやら、赤城は元々、緊張するとすぐ笑ってしまう癖があるらしく。それをいつも我慢するから余計に演技に身が入らない様子だった。
本人は至って真面目に演技をする気持ちはある為、台本の台詞は誰よりも頭に入っていた。
「未来はいいよね。演技もダンスも器用にこなしてるからさ?あーぁ、私、女優とか向いてないのかなー?」
「そんばぼぼばいぼ」
「なぐさめはいらないって」
「ぶびぼべっぶんばばんぶばん」
「そうだね。次のダンスレッスン頑張るわ」
バナナを口の中いっぱいに頬張ったまま喋る黄嶋のよくわからない言葉を見事に翻訳して返事をする赤城。
周りの練習生達は、いつもこのやり取りだけは感心していたのだった。
演技レッスンが終わり、10分の休憩が終わると次はダンスレッスンが始まる。
振付の先生が練習生に向けて、振り付けに必要な動きを最初に練習しグループごとに課題であるダンスを踊らせる流れとなっていた。
休憩時間中ロビーで缶コーヒーを飲んで一息ついていた黒神も戻り、ダンスレッスンを習う練習生達を必死に観察する。
一番眼を引いたのは赤城だった。演技レッスンでは散々な結果を出していて黒神も「×」をつけていたのだが、赤城のリズム感やダンスセンスは目を見張るものがあった為「S」と最高評価をつけていた。
そして、別の意味で興味を持っていた「蒼山 葵」もまた、格闘技センスからなのかキレのある動きや、力の抜き加減が非常に絶妙だったので彼女もまた「S」評価をつけていた。
見れば見るほど「あいつと一回手合わせしてーな」そう思う黒神なのだった。
グループ課題のダンスの練習が始まると、一番の輝きを見せたのはバナナを口いっぱい頬張っていた黄島だった。
中学1年生だったが身長で言えば140cm台で小さく、芸能4部でも2番目に小さい少女。
普通なら、団体で動くダンスでは目立つはずもないのだが、彼女の手足の動かし方が非常に大きく見せて動いていたので、誰よりも目立っていた。
自分の弱点を理解していて、それを補う術を知っている者の動き方である。
これは今後のタレント人生を考えた時に非情に役立つ事故、評価としては「◎]がつけられていた。
若干、ふにゃふにゃしているのも逆に目立つので、そこが減点ポイントだったらしい。
そして、違った意味で一番目立っていたのは「紫苑 玲央」だ。
一番最初の準備運動を仕切っていた今回の日直少女。
仕切り方や演技レッスンを見ていた黒神は、彼女のおどおどした話し方、自信がなさそうな立ち振る舞いから恐らく人見知りであろうと思っていたので、ダンスも消極的だろう。と思っていたのだが、その真逆を行くダンスを彼女はしていたのだ。
正直、ダンスは上手ではない。というか、身体全体に力を込めた全力な激しい動きをする感じが彼女に目線を送ってしまう。
一言でいえば「全力暴走したオルゴール」の様で、普段は優しいメロディを奏でるはずなのにふたを開けたらパンクロックみたいな勢いで音が流れるといった感じだろう。
中々、個性が凄いな。と思った黒神なのであった。
「どうだい。黒神君」
彼の背後から、坂崎部長がやってくると彼の横へと並んでは、一生懸命にダンスレッスンを受けている練習生を眺めていた。
黒神がメモした内容を坂崎に伝えると、ニヤニヤと笑みをこぼす。
「しかし、我が社も思い切った事を企画しますね?芸能4部からアイドルグループを誕生させるなんて。ウチ、俳優の事務所ですよ?」
そう。レッスンが始まる前、黒神は中と共に、坂崎から「とある」計画を聞かされていた。
「は?アイドルグループを誕生させる?!意味わからんですよ」
黒神は企画書のタイトルを見ただけで、驚きのあまり大声を出してしまう。
そのままの意味だよ。と坂崎は言うが、彼には到底理解が出来なかった。
「プラネット・ザ・サン」という事務所は「俳優」という役者専門のタレントしか抱えていない芸能事務所。
基本、どこの事務所も専門特化している事務所は多く、プラネット・ザ・サンも同じ様に「俳優」専門で今までやってきていたのだった。
昨今は「お笑い」「アイドル」「バラエティタレント」「モデル」と総合的な事務所も増えてきてはいるが、専門特化していないせいか規模は大きくはない。そのせいか、バーターとして本命タレントの代わりとして当てがわれる事が多く仕事が安定しないタレントが多かった。
「俳優事務所なんだから、俳優じゃダメなんですか?どうしてアイドルなんて?確かに今、ブームになりつつありますけど?すぐ、終わりますよ?そんなブーム」
黒神の話す事は最もである。「お笑い」や「アイドル」ブームは何年かの周期で必ず訪れるのだが、中心で活躍しているタレントが飽きられてしまうと、直ぐに次のブームに世の中が移ってしまいがちだった。
そうなってくると、波に遅れたタレント達は全く見向きもされず、売れずに終わってしまう事がほとんどである。
特に芸能4部に所属しているタレントは子供が中心で、これからの一生を棒に振ってしまう可能性が非常に高いのだ。
それに現在「アイドル」ブームは確かに来ていたので、この波に乗ろうとしているのは明白。
「部長。確かに今はTKO47ってアイドルグループが人気があって、何年かぶりのアイドルブームの到来は分かります。でもウチはノウハウもないしそんな波に乗れっこないですって!」
黒神の言う事は至極最もな言葉であり、向い側に座っている中もうなづいてはいた。
しかし、坂崎はそんな常識的な事を話す黒神の意見を真っ向否定する。
「ウチにノウハウがあったら、恐らく波に乗れたとしても一番にはなれんぞ?」
「は?どういう事ですか?ノウハウがなきゃ、波にも乗れないですって!」
「君が言う、波はTKO47と同じ波の事を言ってないか?」
「そうですよ。アイドルブームって波は一緒ですから、同じ波に乗るに決まっているでしょう?」
坂崎は黒髪の反論を笑い飛ばして一言言い放った。
「TKO47の波をも超える大きな波に乗るんだよ。その為には違った角度からその波に乗る必要がある」
彼の理論はこうだ。
アイドルというカテゴリーはデビューするには最低限必要なジャンルである。
ただ、デビューした後は新しいジャンルを作ってしまって独自路線でアイドルを作り上げていけば良い。という事だった。
過去に、アイドルとはピンで活躍する事が主流だったが、いつしかグループアイドルというジャンルが出来て、ピンアイドルの人気を上回っていった実績があった。
坂崎は同じ理屈で、新しいジャンルを築こうとしていたのだ。
「待ってください。部長の言う事は分からんでもないです。けど、過去には、セクシー路線のアイドルグループ、男装した女性アイドルグループ、アクロバットを取り入れた動きしかしないアイドルグループが居ましたよね?そのグループは色物使いされて、一瞬の話題だけであっという間に消えていったのも知ってますよね?同じ事をするんですか?」
彼の言う通り、どんなジャンルのタレントにも色物タレントは少なからずいるが一瞬で時の人となっていたのは芸能関係者なら誰もが知っている事である。
黒神の意見は、今、それをやろうとしているのではないか?と説明しているのだ。
「パーフェクト・マネージャーと呼ばれていた程の男の考え方とは思えんね?君の杓子定規は案外短かったのかい?」
坂崎は黒髪に分かる様に説明した。今回のアイドル誕生に関してと、時の人となったアイドル達の違いを。
先ず、時の人となったアイドルは、予め道を用意して最初から色物路線を前提として作られたグループである事。
そもそも、それは短命であるのは明白であり、そうではない。という事だと彼は説明した。
今回のアイドル誕生は素人が作るアイドルでありノウハウを全く知らない集団が作る事が前提である為、日々の状況を見ながら進路修正が可能である。
時には色物、時には王道と進路補正をしながら丁寧に作れる事が特色だという事。
要するに何でも体当たりでいくアイドルという事となる。
「歌って踊れるだけがアイドルじゃないって事ですか?」
「そうだよ。なんだ、ちょっと解ってきているじゃないか?」
坂崎の説明を受けて、黒神は少しづつ彼が作り上げようとしているアイドル像が見えてきていた。
ただ、それは一種の賭けというべきでもある。
理屈は確かに新ジャンルを確立できるかもしれない。しかし、タレントは道具ではない。血の通った人間であり、命令を素直に聞くロボットではないのだ。
マネージャーとタレントの意思が同調し、同じ道を歩いていかなければならない。そうでなければ高い波には乗れないのである。
黒神は城戸 アテナを通じて、それを一番理解していた。
「4部の子達は知っているんですか?」
「これから発表だね」
「全員、反対したらどうするんですか?」
「そうなったら、この企画は頓挫するだけだよ。今まで通り、練習生としてやっていくだけさ」
なんという無謀な賭けをしようと考えている人なんだ。と思う黒神。しかし、彼の中で何かとてつもなく溢れる何かがあるのを感じていた。
その時、彼の脳裏には、58日前に出会った占い師を思い出す。
どうして、彼女を思い出したのかは分からなかったが、この事をもしかしたら彼女は助言したのではないか。と思えたのだった。
「わかりました。やりましょう!アイドルグループ誕生の企画」
腹をくくった黒神の目は、少し前まで左遷されたと思っていた為、死んだ魚の様な目をしていた。しかし、今の彼の目は彼が芸能1部に居た時の様に、情熱溢れる生き生きとした目に変わっていた。
そんな事が数時間前にあったのを思い出した黒神。
自分の経験と直感を信じて、彼は資料と見比べながら練習生の評価をしていたのだった。
レッスンはダンスレッスンが終わると自由レッスンの時間となる。
坂崎や、中もここから混ざり、各練習生の得意分野を通じて仕事に繋がるアドバイスをするのだ。
これには黒神も一緒に混ざる事になるのだが、ほとんどの練習生の子が仕事に通じるものを感じる事が出来なかった為、何をアドバイスして良いかわからないでいた。
「神奈ちゃーん。どうするー?誰に聞きに行くー?チューガクにするー?」
「チューガクの言う事って適当なんだよねー。いっそ、坂崎さんに行ってみようかな?」
赤城が坂崎の方に目をやると、並ぶ気が失せてしまう程の長蛇の列が彼の前に出来ていた。
「いや。あの列に並ぶのは嫌だわ」
「神奈ちゃん、並ぶの嫌いだもんねー。いっそ、偽イケメンとこでもいくー?」
「え?」
黄嶋の言葉に反応して黒神のところに目を向けるとそこには、蒼山が彼の目の前に立っていた。
「黒神さん。さっき私の事、じっと見てましたよね?」
「ん?まぁ、見るのも仕事だからね」
「そういう事を言ってるんじゃないんですよ。分かりますよね?」
彼女は拳を作り、黒神を睨みつけると、ニヤリと黒神は笑って返した。
「君は格闘技が得意なんだってね?何を得意にしているんだい?」
「蒼山流剣武術を少々、、、。」
「へぇ、あの古武道か。苗字も蒼山だから家元かい?」
「はい。父は47代目の頭首です」
「なるほど、、、、。」
そう一言漏らした次の瞬間、黒神は体型に似合わず機敏な動きで蒼山との間合いを詰めに動く。
しかし、蒼山は空気で感じたのか、間合いに踏み込まれる寸前に彼に一撃、拳を打っていたのだった。
「やるね」
顔面に向けて打ち込まれた彼女の拳を手の平で受け止めた黒神。そのまま彼女の拳を握りながら、身体を左回転しながら相手の懐に飛び込んだ。
そのまま、回転の勢いで吹っ飛ばされた蒼山は距離を取る。
「その技、もしかして川上流格闘技?」
「ご名答。よくわかったね?こんなマイナーな流派」
「父の友人にも居ましたから」
「へぇ。それはまた、、、。」
互いの流派が分かり、黒神と蒼山は相手の様子を伺いながら円を描くように歩き出した。
そして、蒼山は床に置いてあった自分の台本を丸め、気を込める。すると、その台本は鋼鉄の様に固くなり、先端から薄青い気の刃が伸びていく。
黒神もまた、自分の持っていた資料を丸めると同じ様に先端から黒い気の刃が伸びるのだった。
互いに構えて、じりじりと円の大きさを小さくし、自分の間合いまで距離を縮めていく。
「せいやーっ!」
気合を込めた掛け声を出す両者。するとそこへ、一つの影が現れる。
「ねぇ。2人して、さっきから何やってんの?変な剣みたいな玩具持って」
「へ?」
2人の間に入ってきたのは赤城 神奈。
彼女は変な目で2人を見まわす。彼等の小競り合いは普通の人では目で追う事は出来ないスピードだった為、本来ならば突然、2人が台本と資料を丸めて円を描きながら距離を詰めている姿しかわからないはずだった。ましてや丸めた台本や資料から伸びた刃なんて見えるはずもない。
だが、赤城の会話から、彼女には刃は見えているし、何より一連のやり取りも目で追っていたそうだった。
「お前、俺たちの動きが見えんのか?」
「は?見えるに決まってんじゃん。葵ちゃんと時代劇の練習してんのかと思ったけど何か違うから」
「時代劇ねぇ?」
赤城が割って入った事で拍子抜けしてしまった2人は既に気の刃はなくなっていた。
手合わせはまた今度。という約束を交わし、通常業務へと黒神は戻るのであった。
「ったくー。葵ちゃんも、あの偽イケメンも何やってんだかー。でも、神奈ちゃん。よくあの間に入って行ったねー?結構、速い動きしてたと思うよ?あの2人ー。」
2人の動きが見えていたのは赤城だけでなく、今、4本目のバナナを食べようとする黄嶋もまた、彼等の動きを目で追っていたのだった。
「うーん。なんだか気が付いたら足が動いていたんだよね?変な感じ。その話は置いといて、あの偽イケメンからアドバイスもらっちゃった」
「えー。何々ー?」
彼女の演技について、黒神からアドバイスされていたのだ。自分が緊張すると笑ってしまう。という事は見抜かれており、その対策として人前で何か表現をする事で慣れる事を言われたのだった。
人前で緊張してしまう人は多くいる。その対処方法は「慣れる」以外にないのだ。
よく、観客を「ジャガイモ」に例えて、ジャガイモだから大丈夫とよくわからない理屈を言う人が居るが、根本の解決にはならないアドバイスなのである。
人前で緊張する理論はズバリ「視線」だ。見られているという意識がより高まって緊張は生まれるものなので、見られているという事に慣れるしか対処方法はないのだ。
その対処として、日常的に人前で何かをする事がより解決に向かう。という事を黒神からアドバイスされたという。
「やっぱ、アテナちゃんのマネージャーだったの本当なのかなー?」
「うーん。そうかもしんないね」
赤城達は、練習生にアドバイスしている姿をマジマジと見ては、彼が本当に城戸 アテナのマネージャーだったのかを信じる動きを見せつつあるのであった。
本日の黒神のメモには「蒼山」「赤城」「黄嶋」の名前に花丸が書かれていた。
そして、レッスンが終わり事務所へと戻る道の間に中へ、今日参加できていない練習生の情報をもらう。
「桃沢 有栖」を含める10名の。
「明日はこいつらを中心に見に行くか」
桃沢は翌日は番組収録の為、テレビ局のスタジオに居る事が判明したので彼は手帳に予定を書き込むと、ニコニコした顔つきで会社を後にする。
「坂崎さん、何か黒神先輩、最初着た時とえらい顔つき変わりましたね?」
中が、彼の変貌ぶりに驚いていると坂崎は嬉しそうにパソコンの画面を見ていた。
そこには、人事総務部へ「黒神を芸能4部へ異動させて欲しい」という内容が書かれた送信メールが映っていたのであった。
遂に、芸能4部での目的が判明。しかし、アイドルのノウハウもない黒神達は一体どうするのか?
今回であった練習生達から何か得るものがあった黒神。一体どうなる?芸能4部。
次回へ続く。