魔術師と夜
とっても短いです。
バルシエルの街から王都へ帰ると、より一層に感じる本への熱量の差にソアリは少し風邪をひきそうだとさえ感じた。作りだけ立派に建てられたこの王立図書館も、利用する人がいなければただの展示品。展示品でさえ、使用されていなければ価値など存在しないというのに。
夜遅くに王都へ帰ったソアリを待つものは当然いなかったが、長い時間共に旅をした御者にお礼をいい、すぐに別れを告げた。お互い体を休めたかったのもあるが、次の日に仕事があるのもお互い様だ。ねぎらいの言葉と共に、次の約束もして、ソアリは自分の住処である司書室に戻った。
金属製の鍵を差し込み、部屋に入る。扉の前に設置された郵便受けには、何通かの手紙が入っていたので、それを片手にデスクに腰を掛ける。窓の外は暗く、ランプに明かりをともして手紙の差出人だけを確認する。ほとんどが、図書館に寄付したいと申し出をする古書店のオーナーや図書のレファレンスのお願いをする貴族家からの手紙だが、一通だけ差出人の書かれていないものがあった。
不思議に思い、それだけ封を切って中を確認する。すると、なんだかここ数年で見慣れてしまった独特の文字が書かれていた。ほのかにソアリが依然好きだといった花の香りがする。確か、バルシエルの街で咲いていた花だったか。
「…何を、」
思い出すのは、あのひねくれもので曲がり切った性格をしている天邪鬼の天才魔術師。憎めないのは天才故でも王国の宝故でもない。
――――君の顔が見えない日々は、案外つまらないものだね。
つらつらとどうでもいい内容を、まるで毎朝ソアリに聞かせているような話を並べていた言葉たちの一番最後に締めくくるように綴られた一文。
結わえていた長い赤髪をほどくと、解放感が首から体へ伝わっていく。はらりと落ちた赤い髪が、ソアリの細い肩の上に音を立てずに乗る。ランプの明かりに加わって、月明かりも出てきたらしい。なんだか窓の外がきれいだ。
もう一度、彼の手紙を最初から読んでみる。正直何も興味はないし、ソアリにとっては全て縁の無い、それこそ絵空事を書いた小説のような―――いいや、だからきっと面白いのだろう。
思えば、本当は聞いていた。彼の話を。自分にはまるで関係ないけれど、だからこその新世界を毎日知る喜びを、きっと彼は感じ取っていたのだ。だからわざわざ、便せんに書いてまでソアリに伝えようとしたのだ。
「…なんてひと」
数年間彼と共に朝を過ごしたけれど、彼の話を夜に聞いたのは初めてだった。それがなんだかソアリにとってむず痒くて、それでもうれしくて、彼女は知らずうちに鉄壁の顔をほころばせていたのだった。
次はあの騎士様と…