解体作業「ドレスって言うんだよ」
コアのお小言は頭の片隅に置いといて。
ルナはドラゴンの前脚を味わうのだ。
黒焦げになった鱗は力づくで剥いだ。
二口目。
仕切り直し。
うっとりとルナが恋する乙女のように微笑む。
「いただきます」
ドラゴンの前脚を齧る実にワイルドな絵面だ。
小さな歯が、ゆっくりと肉に差し込まれる。
最高級の贅沢な赤身肉、という感じ。
まさに肉! なパンチが効いた旨味が凝縮されている。
噛むほどに味わい深い。
炙られた香ばしさが味をさらに引き立てていた。
毒の血はといえば、あのドラゴンブレスの熱で浄化されている。
むしろいい感じに肉を蒸してくれていた。
ナイスコンビネーション!
はふ、はふ、と口の中で肉を転がす。
まだアツアツ。
繊維を噛み切る食感が、ルナを夢中にさせた。
「んー、肉質はさっぱり。味は濃厚。それに体にぐんぐんとエネルギーが湧いてきてる、みたいなー!」
「ふむ。高位魔物の素材は身体能力を上げたりすることがあるらしい……」
「それだったらいいよね」
もぐもぐ。
ムグムグ。
ごきゅん!
ほうっと、ひと息。
「大罪の味がする♡」
この世の何よりも幸せそうに前脚を食べていくルナは、また自分が強化されたことで、ダンジョンでコアがガッツポーズしていることなど知る由もないのだった。
「ふああ、幸せ……頑張った甲斐があったね!……あれ?」
ルナが三又槍を落とした。
ゴウン! と恐るべき衝突音がして、地面に小さなクレーターができる。
手のひらを見ると、おかしいほど白くて、震えている。
背中を駆け上るように恐怖が這い上がってきた。
激情を共有したコアも、ギョッとした。
ルナの赤い瞳から、ぼたぼたと涙が溢れて、頬やワンピースドレスをしっとり濡らしていく。
涙は地面にも溢れたが、水たまりや海を作ることはなかった。
ここは、ダンジョンではないのだ。
……それが急激に心細くなる。
ぎゅっと心臓が絞られているよう。
一人きり、知らない洞窟、怖い魔物を討伐したばかりだ。
ルナは足を抱え込んで、小さく蹲ってしまう。
「うぅ……うえぇ、ふうっ、んん……っう、うわああん……!」
洞窟に、鈴が鳴るような綺麗な声が響く。
悲しい歌声。
コアは途方に暮れて、届くはずもない手をさまよわせる。
あれこれとかけるべき言葉を考えた。
こういう時、どうすればいいか、やはり知らない。
頭を振る。
情けなさでどうにかなりそうだった。
同じく心が弱っているのは、きっとルナと感覚を共有しているせいなのだ、と自分に納得させた。
「……あー、ドラゴンを見てみれば?」
「ん”ん”?」
唐突すぎる提案。
ルナが鼻をズビッとすすりながら、そおっと顔をあげる。
神の容姿、とまでステータスに書かれている可愛い顔が、台無しだ。
ドラゴンの生肉。
ドラゴンテールの丸焼き。
……美味しそう美味しそう美味しそう美味しそう美味しそう美味しそう美味しそう……!
ルナは唇をキュッと噛み締める。
すがるように、食欲を手繰り寄せた。
「ぐすっ。コアさん、動け、そうです……!」
「ん、良かった。じゃ、ドラゴン引きずって持って来い」
ホッと、コアが助言する。
はい、と返事をするルナは、本来の夜兎ルナとダンジョンマスターとしての感情が混同してしまっているのか、フラフラとしていてなんだか危なっかしい。
ドラゴン肉を食べて、体はエネルギーが満ちているはずなのだけど。
「しょうがないな……ルナ」
「はい……」
「我に合わせて深呼吸せよ」
すーー、はーー、すーー、はーー……
鼓動がだんだんと落ち着いていく。
ゆっくりと、コアが呼吸を長くしたのだ。
一人じゃない、と、ルナはそんな気持ちになる。
そっと胸を押さえる。
(もう、いつだってここにいるのかもしれない。生きるのは大変だけれど、一人じゃ、ないなら。頑張りたい……)
「コアさん。……応援してください」
「わっしょい、わっしょい」
「予想外です!?……ふふっ」
なんだ違うのか? とコアが不思議がっている気持ちが、ルナに伝わってきた。
ルナは自然に笑って、ようやく肩の力が抜けた。
「で、できそうですよ」
「えらいな」
「うんっ」
ルナは気持ち一新、力を込めて、グッとお箸をにぎった。
「[武器創造]」
包丁となる。
「[武器創造]」
お茶碗は、とても巨大な銀のボウルとなった。
「さあ。頑張るぞ、わっしょい! 解体していきますか!」
……そこまでは考えてなかったけど、とこっそり額を押さえるコアであった。
気合いが、入りすぎたようだ。
「どうやるかわかんないけど、まあ、適当にぶつ切りかな?」
「大罪の衝動に身を任せてみろ、ルナ。食材に関しては、きっとそれで全部うまくいく」
ルナはなるほど、と頷く。
これまでもその衝動に助けられたのだから。
夜兎ルナのままでは、きっとドラゴンに勝てなかった。
ダンジョンマスター・ルナがとても強いのだ。
ルナは瞳を閉じて、自分自身の心と向き合ってみる。
変化はあっけなく訪れた。
やわらかな闇がぶわっと切り分けられて、ものすごい欲望が湧き出してくる!
食欲!! ヒャッホウ!!
体にポカポカとエネルギーがみなぎって、ルナの目をキラキラ輝かせた。
ドラゴンの金の鱗よりもキラッキラ!
「いただきます!」
「召し上がれー」
コアのやる気のない合いの手にも、ルナのテンションは下がらない。
軽やかに、踊るように腕が動く。
「食材解体!!」
銀の線がきらめくたびに、ドラゴンの鱗が剥がされていき、瞬く間に、生肉が露わになっていく。
骨から綺麗に肉を剥がす。
ぶつ切りにして、銀のボウルに放り込んでいく。
「うっ」
ひっどい光景だ、とコアが口を押さえた。
ルナの脳内の思考もひっどい。
骨は炙って煮込んでスープの出汁に♪
お肉は削ぎ切りで太陽光を浴びせて天日干し♪ 毒抜きしなくっちゃね♪
レバーはミートパイを作るのに最適♪
天上の音楽のような美しいリズムで、食いしん坊な歌が紡がれる。
銀のボウルがいっぱいになった。
「下ごしらえ、完了です♪」
「……お疲れ様……」
コアのメンタルもお疲れ様だ。
「早く、ダンジョンに帰っておいで」
コアから自然に出た言葉。
実はこれこそが、寂しがっていたルナを慰めるための、コアが探していた言葉そのものである。
とても大事な一言だったのだ。
ルナはぱちくりと瞬いてから、ゆっくりと頬を薔薇色に染めて、微笑む。
「はいっ!」
黄金の鱗は、まとめてダンジョンの入り口に蹴り入れた。
あとは、銀のボウルを持ち上げたルナが、ダンジョンの中に帰って行った。