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大罪覚醒「いただきます!」

 再び目覚めた時、体はきちんとできあがっていた。


 長い黒髪、白い肌、痩せ型の大人の女性。

 ぽややん、としていたヒト型が、手を動かし始めて、自分の状態を確かめた。

 日本での記憶と同じ姿。

 

 ──そうだな。日本での記憶に照らし合わせてやると、もう三時間だ。そんなにも長いこと我は待たされていた。


 水晶玉がイライラと告げる。

 その声は、僅かにボリュームが小さくなっている? と、ヒト型の耳が敏感に聞き分けた。


 今のヒト型はただの「地球人の体」ではない。

 この世界の立場にふさわしいものに、作り変わっている。


 水晶玉の決死の「奥の手」によって。


 それは告げられていないので、その代償の影響が声に現れているなど、ヒト型は思いもしなかった。


 水晶玉と見つめ合う。

 

 ゆらゆら、きらきら、目の前で七色の光が揺れて、ヒト型のさまざまな表情を映す。


 ──前世の記憶だと! 異世界の魂が紛れ込んだとは……


(えっ、覗かれたの? すごい、この水晶玉……こわいくらい)


 ヒト型はゴクリと生唾を飲んだ。



 ──未熟で幼き創造者(ダンジョンマスター)よ。


(……? そんなゲーム用語みたいな。どうしてそれを私に言うのかな? 嫌な予感しかしないんだけど)


 ──(なんじ)は全知全能の[全能]である!


(すごそう)


 ──ダンジョンという小世界を管理し、新たなる生命を育む者なり。


(へぇーー!……)


 ──我と手を取りあい、ともに栄光の階段を駆け上らんとす!


(この水晶玉とともに!? えっ嫌……)


 ──我こそは! この小世界の心臓ダンジョン・コア。全知全能の[全知]を司る者である。


(すごそうだけど。その価値分かんないって、ごめん、不勉強な私はさっそく一抜けたいよ……!?)


 ──この小世界の管理の仕方を教えよう。


(拒否権なさそう)


 ──我は寛大な相棒である。ここまでで質問はあるか? 聞き届けよう!


(自己評価エベレストだなー)



 たらーり、とヒト型の背中に冷たい汗が流れる。


 ──なんと! 制汗もすでに備わっているのか。フフ、さすが我……!


「ひい! 背中ってか全身をジロジロ見るのやめてくださぁい……」


 ヒト型は決意した。素直に暴露するしかないと。


「わかりません」


 ──どれが?


「全部です!」


 ──もっと詳しく!


「ダンジョンマスターとか専門用語も、全知全能とかのすごさも、全くピンときてなくて、とっても困っております……不出来ですみませぇん……」


 ──うぐぐ!


 水晶玉は歯ぎしりのような不快音を出す。


 伺うように見上げるヒト型がその鏡ボディに映っていて、ひどくみすぼらしかった。


 ──負け犬とはお前のためにあるような言葉だ。


 低い声で呟かれた言葉が、ズシン、と人型の心に重く響く。

 うる、と涙をにじませた。


 その気まずい空気を吹き飛ばすように、水晶玉がぱああっと光を放つ。

 響く声まで明るい。


 ──これから変わればいいのだ!


「……え?」


 たたみかけるような主張。

 鏡に映されているヒト型の顔ですら、明るく見えるほど発光している。

 

 ──不安なのだろう? ここはどこか、自分はなんなのかと。 助かりたいな? よし賜った! 力強く生きていくための方法を教えよう。しかしだなぁ、(なんじ)は未熟すぎるゆえ、我が、まず姿を変えてみせてやる! 相棒が(なんじ)の即戦力となるのだ。こんなに安心することはないだろう?


 違和感は、ある。

 しかし急激にビシバシ情報を叩きつけられ、頷きを急かされているヒト型は、硬直して話を聞くしかできない。



 ──その爪で切り裂く、鷹か? 地獄の業火を吐くケルベロスか? 不浄をつかさどる罪深き蠅の王か……

 ──さあ、望め!

 ──汝の戦力を!

 ──我の協力を!


 空間の温度が上がっている。

 水晶玉の興奮により、環境が変化したのだ。


 そしてヒト型のテンション下降により、空気が冷まされていく。


「戦いはいやですよ……」


 ──はあああ!?


 ヒト型の周囲の空気がピキピキ音を立てて氷の結晶を浮かび上がらせて、そのうち氷山ができあがる。

 

 水晶玉は激怒しているようで、熱風を竜巻のように発生させた。


 どちらも譲れない、睨み合いだ。


 劣勢なのは、ヒト型。


 口にした通り、戦いはきらいだし、そもそも激怒をぶつけられてびっくりして怖くてたまらない。


 目には涙が滲んでいる。


「た、戦うための力ってやめましょう? 身を守るためとか、そんな力ならいいんじゃないかなあって……」


 ──生ぬるいわァ!!


 この世界の常識としてはありえない!

 と、水晶玉が叫ぶ。


 ──こんなにお膳立てしてやっているのに! ええい、怖がりめ! もういい。お前の中の欲望を呼び覚ましてやる……


「な、なんですか!?」


 ニヤリ、と嘲笑うように、水晶玉はぎらりぎらりと光る。

 振り子のように揺れる。


 動揺したヒト型の氷が溶けてしまい、それとともに熱風もやんだ。

 フン、と小馬鹿にしたような水晶玉の音を聞く限り、熱風をとめてやった、なのだろう。



「はあ、はあっ……!」


 体の芯から燃えて行くような感覚、ヒト型の呼吸がしだいに荒くなる。


「やめ、て、くださ……」


(本当に?)


 水晶玉ではなく自らの中から声が響いた気がして、びくびくぅ! とヒト型が震えた。


(本当のあなた)

(本当のわたし)

(汝と我、欲望から目を逸らしてはならない)

(汝と我、欲望をよく知り、制御しなくてはならない)

((大罪たる欲望の目覚めを))


「なにそれっ!?」


 ヒト型が叫び、水晶玉は歓喜する。



 ヒト型は喉の渇きを自覚し、飢えを自覚し、内側から湧き上がってくる欲望に意識を喰らわれかけた。


 がぶがぶと噛まれるような感覚とともに、自分が自分じゃなくなっていく気がした。

 


 こんなにも不安を煽ってどうするつもりなの! ……と、先ほどの水晶玉との言葉の齟齬に、なけなしの怒りをぶつける。

 もがいているため、口からは「うああ」のような音しか出なかったが。



 でも発言して、はっきりと気持ちが切り替わった。

 カラ元気だ。

 どうせ死ぬなら、今度こそもっと抵抗しようと。

 楽しく生きたい、とさっきようやく抱くことができた望みを、胸においておこうと決める。



「あーもう、冗談じゃないんだから……!」


 ──ん? 変化か?


 嬉しそうな水晶玉を、キッ! と睨む。

 こんなに激しい感情を発したのは、初めてだ。



「夜兎 ルナ!」


 名前を言う。

 それは個人を形作る、強い力となる。


 意識の揺らぎがやんだ。頭痛も体の熱も、すうっと収まる。

 

 晴れ渡った冷静な頭で、「最後の一文」について水晶玉に尋ねた。



「何にでも、なれる。私の、力に?」


──あ、ああ、そうだ。


 あれ? 何か……と違和感を覚えながらも、水晶玉は前方に揺れる。

 少し傾いたのは、頷いた、というアクションなのだろう。


 ヒト型……ルナは笑みを浮かべた。

 心臓のあたり、魂が宿るところから、溢れるように欲望が湧き出てきているのを、自覚しながら、負けるのではなく利用する。



「決めました」


──迷いがないな? よし。


「"神の如く美味しいご飯"になって」


──ふはははははこれで我の最強ダンジョン計画が前進………………はああああああッ!?


「はっはっはーー!」


 こんなに大声で笑ったのも、初めて。


 ルナはあとは欲望にまかせることにした。

 魂をしっかり持っていれば、もう大丈夫。


「神の如く美味しいご飯、たーのしみだなー! 私のお腹を、美味しく満たしてくれるでしょう……ああ……! もう……それだけを渇望してる。私の欲望。食べることは生前の唯一の楽しみでもあったの。ふふ、ふふふ……! 第二の人生バンザーイ!」


 ハイテンション!!

 バンザイをキメ!!


 水晶玉は唖然とルナを眺めている。

 それしかできない、のはまるで先程までのルナのようだ。


 形勢は完全に逆転した。


 水晶玉自身の変化は、もう始まっていて逃れようがない。


 うっとり恍惚と笑うルナを観察して、水晶玉は悟った。



 ──暴食の目覚めどころではないぞ!? こんなはずでは……ッ! なんて、罪深い! ダンジョン・コアを食べようとするなど……! 冗談じゃない!


「それさっき私が言ったよぉ。お揃いだね!」


 ──狂気かッ!!


 水晶玉がギャーギャーが文句を言っていると、オーロラのような光が覆い被さって、丸いドームを作った。

 チェックメイト。


 ──やめっ!?


 ドームが眩しく光る。



 ルナは腕を上げて目を庇った。

 ぎゅっと目を細めて、視界をチカチカさせながら、なんとか光の先の様子をうかがう。


「ああっ!」


 光が収縮し……



 ツヤツヤぴかぴかの白銀のお米、鮮やかな赤でいろどりを添える梅干し。


 「神の如きご飯」が誕生した!



 ほっこりと立ち昇る湯気が、ルナの欲望をゾワゾワゾクゾクと刺激する。

 どうしようもなく唾が溢れる。

 ごきゅん、と喉が動いた。


 ルナはゆっくりと、一歩一歩、様子を伺いながらご飯の側に行く。

 正座すると、器を大切そうに持ち上げた。


 漆塗りの茶碗はルナの手にしっくり馴染み、二つ揃った箸の長さもちょうどいいくらい。


 ルナのために用意されたのだ。

 ルナのために水晶玉が変身したもの。


 ──我が問い、(なんじ)が答えた。ゆえにこのような大惨事に……ッ! くぅぅ!


「うわっ!?」


 ご飯が、喋った。

 一瞬正気に戻ったルナが、顔を引きつらせて器をお盆に戻す。


──そ、そうだ、待てェ!


 そう言われると…………ルナが沈黙する。

 ご飯となった水晶玉がホッとしたのは、ほんの束の間。



「"神の如く美味しいご飯"……頂きます!」


 丁寧に手を合わせて、ルナはこの美味しい運命に、心からの感謝を捧げた。


 そして再び器を持ち上げる。

 箸がお米に差し込まれた。


 ほろり、と崩れる白米の芸術。

 適度な粘り気が、お米を一口分にまとまらせた。


 ふっくら炊けた粒のひとかたまりを口に運ぶことに、もはや躊躇はない。

 期待に目を輝かせる。



 ──ッアーーーー!?


 創造者(ダンジョンマスター)と、ダンジョン・コアが、混ざり合う。


 美味しく、あたたかく。



 一口噛みしめるごとに、身体に膨大なエネルギーが湧きあがっていることには…………ご飯に夢中なルナは、まだ気づいていないのだった。



 ☆大罪【美食】が、世界に認知されました。

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