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依って立つべき中心軸 第2章

作者: けんたろう
掲載日:2018/05/23

僕は時間潰しに無料のお笑いライブを見に来た。素人でもお金を出せば出れるエントリー制のライブだ。プロか素人か一目ですぐわかる。立ち姿にしても。相方との距離も。そして何よりネタの構成が特に目立つ。簡単なところで言えば設定に基づいた3つのボケが思いついた場合、1番面白いボケを3コ目に持ってくるのは当たり前の話だがその前に1番弱いボケを持ってくるのが定説である。そうすることによって1番面白いボケがより際立つのだ。そんなことも理解できない芸人に未来は無い。そして言うまでもなく見た目も大事だ。そのセリフは果たして自分が言いそうか?どこまでも客観視が必要なのがこの世界だ。例えば「〜じゃねーか!」という怒鳴り系ツッコミを可愛らしいルックスで言われても客は違和感を覚えるだけだ。「今日は収穫無しか」僕達ルーキングは結成して5年が経っていた。そんなに大きくはないが事務所にもなんとか入れた。社長には良い芸人がいたら勧めてほしいて言われているのでこうやってたまに自分が出てないライブも見学させてもらっている「そろそろ行くか」僕はなんの生産性もないライブを後にした。まだ間に合う引き返せと言いたい。この世界は化け物だらけだ。その化け物が食い散らかした残滓をなんとか掻き集めて我々”凡人芸人”は食い繫いでいくしかない。割に合わないサバイバルゲームだ。しかし一度爆笑をとってしまうとその快感は忘れないものになり辞めらなくなってしまう。宿痾。お笑いは麻薬のようなものだ。


新宿の喫茶店で待っていると暗澹とした表情でユウタは表れた。僕はこの喫茶店が大好きだ。コーヒーが美味いのは勿論のことトースターの焼き加減、目玉焼きの絶妙な半熟さ、店員の接客態度、全てが完璧だ。サービスにも気持ち良く金を払える。「解散!?」ビックリしてコーヒーを吹き出しかけた。フルートはまだ芸歴4年ながらネタ番組にちょくちょく出ている優良株だ。「まだ早すぎるんじゃないか?」「いえ、もう決めたことなんで」「解散してどうする?」「同期に誘われてまして。トリオを考えてます」若さ故に新しいものに手を出したいのか。僕からしたらどう考えても勿体無いが彼には彼の人生があるのだ。


ユウタはフルートを解散して斉藤と白井とトリオ「トライアングル」を結成した。大ボケがユウタ、子ボケが斉藤、ツッコミが白井だ。2、3度ネタを見たが粗が目立った。僕が類推するにトリオとは分かりやすいボケとツッコミは勿論必要だがそれ以上に”3人目”をどう使うかがポイントだ。コイツはボケなのか?なんなのか?どのタイミングで出てくるのか、キーを握っているのは実はコイツなんじゃないのか、などなど、独特な違和感を持たせるとそこに”緊張”が生まれる。笑いとは”緊張と緩和”である。あとはどう緩和させるか考えれば笑いは生まれる(理論上は)しかし、ことトライアングルに於いて斉藤はその役を担うには些か出すぎている。もっと死に役でいるべきだ。客にもっと夾雑物を連想させるべきなのだ。しかしネタは完璧である。そう。”ネタは”完璧なのだ。しかし演じている”自分達”を面白いと思わせないとこの世界で生きていくのは厳しい。”本当に面白いネタ”がそういつまでも思いつくわけがないのだ。そうして退廃していった芸人を何組も見てきた。


「今日はゆっくりできるの?」「いや。ぼちぼち行かなきゃ」「また?」「仕事なんだしょうがないだろ」帰りたいときにすっと帰してくれる女は少ない。たまになんでそんなにモテるんですか?と聞かれる。人間には脳という優秀な機能が搭載されているのだからもっと考えろよと思う。僕が見るかぎりモテる男というのは2種類しかない。もの凄く嫌な男かもの凄く優しい男だ。そしてもの凄く嫌な男の方が圧倒的にモテる。狡猾にイニシアチブを握り、完全に上に立つのだ。逆にもの凄く優しい男は(それが優しいというのか甚だ疑問ではあるが)女の愚痴を正論で制したりせず「そうなんだ。辛かったね」とでも言いながら永遠と聞けるタイプだ。女に”私を理解してくれている”と思わさせるのだ。1番モテないのが中途半端に優しいタイプだ。中途半端とは自分が傷つかない為に皆んなに優しくしているということだ。しかし中途半端に優しい男ばっかりだ。なぜ気付かないのだろう?まぁいい。そのおかげで少ないライバルの中で甘い蜜を吸えているのだ。今日くらい優しくしてやってもいいかもしれない。


携帯の着信音が鳴っている。牛睡を邪魔された僕は辟易しながら応対した。「おい!大ニュースだ!」相手は事務所をほぼ統御しているマネージャーだ。この人はやり手だ。この人がいなくなったらウチは事務所を維持できないだろう。「お前ら決勝決まったぞ!」僕達はある局が主催している新人漫才コンテストにエントリーしていた。ここで優勝することが売れっ子の登竜門になっており芸人達は闘志を燃やして挑んでいる。「本当ですか!頑張ります」「おう。本番は1ヶ月後だ。気合入れていけよ」一気にテンションが上がった。これがルーキングの最大のチャンスだった。僕は温めていた構想を元に書いたネタに更に味付けをした。決勝は必ず新ネタで挑む。しかし意気込みすぎてネタが奇天烈になるのは避けたい。分かりやすく分かりやすくだ。漫才コンテストは準決勝まではライブで行い、決勝に行って初めてテレビで流れる。ここにミソがある。準決勝まではディープなお笑いファンが足を運ぶが決勝は笑いのわの字も解っていないど素人の前でネタを披露することになる。従って準決勝までのネタと決勝のネタはハッキリと別けるべきである。決勝のネタはポップに分かりやすく、よりテレビ的に。正直な話、売れることだけを意識するなら優勝する必要はそんなにない(もちろん優勝するに越したことはない)テレビで使いたいと思うキャラクターとその”教科書”をネタにして披露すればいいのだ。しかし僕らはそういうタイプではない。何よりネタを大切にしてきた。ネタで受け入れられたい。それは僕の若さだった。そして僕は文句の無いネタを作った。素晴らしいネタは正鵠を射る。心地よい疲弊感が僕を包んだ。


「シュウジ」「どうした?」「今日で売れよう」「はは。お前らしくないこと言うから笑っちゃったよ。でも俺も同じ気持ちだ」そして2人で握手をした。会場には靄みたいなものがかかっていた気がした。夢に満ちた強者達の熱気か、あるいは志半ばで諦めていった者達の怨嗟か。どちらにせよ、それを味方につけた者が勝利する。


僕らの出順は5番手。悪くない順番だ。舞台袖で出番を待ちながら4番手のコンビのネタを見ていた。「緊張してるな。いつもの間じゃない」「そうか。俺にはそこまでわからんが」「なぁ売れたらなにしたい?」「うーん…たらふく美味いもん食べたい」「シュウジは本当に単純だ」そういって笑った。しかし、その単純さにいつも助けられてきた。「緻密に計算されたネタは他の追随を許さない!ルーキング!」「どうもー!」歓声があがる。それなりにホームのようだ。出だしは順調だ。しかしこのネタの肝は後半の畳み掛けにある。油断は禁物だ。ネタの中盤だったろうか照明のトラブルでライトが点滅しだした。ライトが点滅している…ドクン。まずい。言いようのない不安感が僕の内側から溢れでる。何もこんなときに。人生がかかった大事な瞬間。最大のチャンス。しかし勿論そんなことは御構い無く”ソレ”はやってきた。酸素が足りない。もっと息を吸わなければ…間が明らかにズレてきている。シュウジは困惑した目線をこっちに送りながらもなんとかネタを成立させようとしている。しかし僕のボケが出てこない。畜生。これは想定していなかった。ネタがとんだり噛んだときに持ち直す用のフォーマットは用意してあるがここまでのはさすがに用意してない。グダグダの間ながらもなんとかネタをやり終えた僕達はその日一言も口を聞かずに会場をあとにした。一部からは優勝候補とすら言われていたルーキングはベスト3にすら入れず敗退した。ここからルーキングの背反が始まる。もし出順が違ったら…しかし、そんなことを今更考えても詮無い。


一度棒に振ったチャンスというのはなかなかやってこないものだ。それから2年程なんの刺激もない日々が続いた。そんなある日のことだ「話があるんだ」とシュウジに言われドキッとした。「結婚することになった」芸人が道を諦める理由は数あれど1番真っ当で正しい理由の一つが結婚だろう「解散か?」「それも考えたが俺の人生はワタルの人生でもあると思ってる」シュウジは相変わらず馬鹿がつく程の真面目な性格だ。初めて会ったときからそこは変わってない。「一年で結果を出してくれ」あのときと同じ約束だ。しかし今回の”結果”はそれ相応のものであるべきだ。「漫才日本一グランプリの準決勝進出が条件でどうだ?」プロアマ問わず結成15年未満の漫才師が集結し文字通り日本一を決める大会だ。準決勝進出は非常に厳しい条件だったが僕は敢えてそれを提示した。


僕は天才ではない。爆発力があるキャラも無ければ奇天烈な発想も持ち合わせていない。小手先で器用にネタを作るしかない。もっと面白いネタを書こう。もっと売れるネタを書こう。厳しい条件を提示したが、やっぱり僕はシュウジと漫才を続けたい。目を閉じて静謐な風景を思い描く。そうするとごく稀にネタが降ってくるときがある。何カ月もかけて作ったネタが峻烈な批判を受けることもあれば1時間で作ったネタが爆笑を生むこともある。どこまでも奥が深い世界だ。


漫才日本一グランプリは毎年参加人数が増えている。今年は4千組以上の芸人がしのぎを削ることになった。1回戦はアマチュアも出れるということもあって勘違いな馬鹿どもが多い。中には思い出作りでエントリーする奴もいる始末。お笑いとボーリングは似ていると思う。素人でもまぐれでストライクが出ることがあるから勘違いされがちだが、プロはアベレージの高さで競っているのだ。一回戦で落ちる奴らはそれが解っていない。一回戦のネタ時間は2分。2分でどう面白さを伝えるか。あるいは2分どう誤魔化すかがポイントになってくる。何千組とネタを見て疲れている審査員にインパクトを残さなければいけない。簡単なところで言えば衣装だろう。あとは2分ならボケは4つで充分だ。1、2、3つ目まではそれほど重要ではない。4つ目のボケでどう落とすかに全てを賭ける。


順調に一回戦そして二回戦を通過した僕達ルーキングは作家のナカタさんの三人で新宿の喫茶店で会議をしていた。一、二回戦は素人を相手にしていればいいが三回戦から笑いの化け物達を相手にしていかなければならない。プロはその中で常に結果を出すことを求められる。ネタ時間は3分。素人が誤魔化しきるのは難しい時間だろう。「一個目のボケまでもう少し早くいけないか?」「後半の畳み掛けのところ、もう少しボケ数を増やしていこう」定説に習ってネタを修正する。他には下ネタや時事ネタ、芸能人の名前が出てくるネタは減点対象という噂があるが、どこまで真実かわからない。答えはない。答えがない中で皆んな戦っていかなければならない。「そういえばユウタはどうしました?トライアングルでしたっけ?」ふと疑問に思ってナカタさんに聞いてみた。「あぁ。解散したよ。どうもアイツは相方に恵まれないタイプだな」そうか。まぁ解散するなら早い方が良いだろう。アイツなら作家にでもなったらそれなりに食っていけるだろう。


「三回戦か。ホントに凄いよワタルは」「でもここで負けたら意味がない」三回戦の次が準決勝だ。なんとかして突破したい。「ルーキング!」「どうもー!」勢い良く舞台に出ていく。この7年間当たり前のようにシュウジは横にいてくれた。もしかしたら今日が最後かもしれない。『シュウジの言い易い言い方に変えてもいいよ』『いや、まずはワタルが書いたとおりやりたい』シュウジはいつも僕のネタを尊重してくれた。『ワタルの最初のファンは俺なんです。最高のファンも俺なんです!』ある雑誌で僕がいない所で語ってくれていた。恥ずかしいのでその話しは敢えてしなかったが。この男はどこまでもまっすぐだ。芸人にならなければきっと人の上に立つ人間になっていただろう。


「ダメだったな」「でも楽しかったよ。今までで1番良い出来だったかもしれない」


シュウジは兄貴肌なタイプで慕っていた後輩も多かった。皆んなでお別れ会をすることになった。「二次会のカラオケ行く人ー?」「はーい!」二次会に全員参加する飲み会も珍しい。それだけシュウジが慕われていたということだ。「最後なに歌う?」「これしかないっしょ?」浅草キッドの前奏が流れてきた。この歌を嫌いな芸人など存在するのだろうか?皆んなで大熱唱だ。「夢は捨てたと言わないで他にアテなき2人なのに。夢は捨てたと言わないで。他に道なき2人なのに」皆んな泣いていた。良い後輩に恵まれたな。


皆んな気を使ってくれたのか2人で帰ることになった。「ゴメンな。俺が誘わなかったらお前は今頃サラリーマンにでもなって部長くらいにはなってるんじゃないか?」「なに言ってんだ。めちゃくちゃ充実した7年間だったよ」「シュウジ…」「まぁ女イッパイ抱けたしな」「はは」ふと疑問に思って僕は聞いてみた。「まさか芸能人は抱いてないよな?」「…」「おい!まさか?」シュウジが走り出した。「おい待て!誰だ教えろ!」僕も走って追いかけた。「言わねーよ」シュウジが笑いながらこっちを見た。2人で笑いながら新宿の街を走った。僕は相方を失った。僕達は1番の親友に戻れるだろうか?

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