君は僕のヒーロー
あなたが好きなのは、
わたしではない、もうひとりの私。
「ゆ、許してくれ!」
地面には色とりどりの宝石がとび散りキラキラしている。虹色にかがやくその上で、まったくその場ににあわない覆面の男が一人の少女に向かって土下座をしていた。
いつものことだ。
よく、みられる光景だった。
「許してくれ、仕方がなかったんだ」
「ちょっとぉ、さっきの威勢はどこにいったのよ?相手が変わっただけでいい人ぶってんじゃないわよ!」
泣きくずれる覆面男に彼女はため息を付いた。
今月、これで何度目だろうか・・・
「まぁ謝るんだったら、このあとで警察にでも頼み込んで、この宝石をお店の人にちゃんと返しに行って謝ってくることね。で、人生これからしっかりやり直しなさいね」
彼女はすこしイライラしていた。
遠くのほうで警察が駆けつけてくる音が聞こえ、やっと来たか、と苦笑する。
「え、エンゼル・クイーン、危ない!」
油断して、彼女が背を向けたとき、物陰から隠れてみていた市民の子供の一人が泣きそうに声をあげた。そのときだった。
「バカな女だ!だれがやすやすと捕まるものか!」
背を向けたままの彼女に向かって胸元から短剣をぬき覆面男がおそいかかった。
「ざまぁみろ!」
キーーーーーーーーン!
耳のおくに響くようなはげしい音が鳴り響き、まわりの人たちの悲鳴があがった。なにかが折れた音がして、ひと一人が唸り声を上げ、ドサっと倒れ込む音がした。
「わるいけど、やすやすと捕まっていただくから」
折れた短剣を踏みつけながら、彼女は覆面男を見下ろして言い放った。だれがみても、ゾクッと震え上がってしまうこころのない笑みをうかべて。
「これ以上、バカな真似すると本気で手加減しないわよ、おじさん」
覆面男はこの若い娘の言葉に、この世の生き地獄のような光景をかいま見た気がした。
わあぁぁぁぁぁあ!と歓声が溢れかえった。
「すごい、さすがクイーンだ!」
「まさにこの国の救世主!女神様だ!」
人々は一斉にそう叫び出す。
美しい金色の髪の毛をなびかせ、まるで天使のような純白の衣装に身を包み、仮面で表情を覆い、軽い身のこなしで自分よりも数倍大きい覆面男を倒した、『エンゼル・クイーン』と呼ばれる彼女は遠目に警戒体勢万全の警察官たちを見て溜息をつく。
「あの、もうこの人、のびてますよ。でも危ないから早く連れてっちゃって下さい」
ってか来るの遅いですから。言いかけてまた深いため息をつく。うるさいくらいに響きわたる、『クイーン・コール』にうんざりする。
「ああ、まちがいなくこれが失恋の原因かも」
さっと彼女は路地うらにかけ込み、追いかけてくる彼女のファンたちを振り切り、誰もいなくなったことを確認したところで慌てて衣装を脱ぎ、仮面を外し、変身をといた。
そして、マーズイ・ヨハンネはなにごともなかったように帰路についた。
「おい、マーズイ!」
正道に戻ってすぐに、聞きなれた声に呼び止められ、マーズイは飛び上がった。
「く、クリス・・・」
「なぁ、こっちにクイーンこなかったか?さっきこっちの方に走ってったんだと思ったんだけど・・・」
背が高く整った顔立ちの少年が息を切らせ、それでも瞳を輝かせてマーズイを見ていた。学校帰りだったのか、制服のままである。
マーズイのよく知る、幼なじみのクリスだ。
「さ、さぁ。見てないけど」
「そっか。残念だなぁ」
残念そうにしながら、彼はよく輝く明るい栗毛色の髪の毛をかき上げる。この隙に、マーズイはこっそり衣装の入ったかばんを背に回す。
「ってか、まだ追っかけ回してるの?いい加減なんとかしなさいよ、それ?きもちわるいわよ、そのヒーローオタクっぷり」
「なっ、オタクじゃねぇよ!今、この市内では知らないもんなんていないんだぜ?」
自分だけじゃないと言わんばかりに、クリスは憤慨する。珍しい彼の慌てぶりに、マーズイはふん、とそっぽ向く。・・・最悪。
「でも、すごいよな。俺らと一緒くらいの年ごろなのに、昔から泥棒とか強盗とか、悪い奴らの前に堂々と立って闘って、天使みたいな身なりでエンゼル、それでその見た目とは裏腹な女王様みたいな口振りでクイーン。まさに彼女のためにあるような名前だよな。ああ、本当にかっこいいよな」
(結局語り出すんじゃない)
生き生きと楽しそうにクイーンについて語る幼なじみを横目にマーズイはこっそり溜息をつく。毎度のことだが、やっぱり悲しい。
「わかった、わかったから・・・」
彼のヒーロー好きは今に始まった訳でないが、自分ではない自分のはなしを頬を染めながらされるとうんざりしてしまう。
「なんかご機嫌斜めだな?今日はいつも以上に。なにかあった?」
人の気も知らないで!とぶん殴ってやりたくなる。でもにらむだけで我慢しておいた。
「おい、マーズイ」
「知らない!勝手にクイーンでも追っかけてればいいでしょ。向こうにまだいるかもしれないわよ。私はもう行くからっ!」
きっとこいつはすぐにでもクイーンを見に行きたくてうずうずしているはずだ。
長い付き合いだけあって、クリスの気持ちもわからないではなかったが、それでも許せない自分もいた。
彼女の怒りはいまや絶頂に達していた。
そう、昼間から。あのはなしを聞いた・・・あのときから。
『マーズイ、聞いた?』
中等部と高等部が一環になったクォーツェル学園に通うマーズイはいつものように授業が終わり昼食の準備をはじめたとき、親友のセイラが脱力したように机に倒れ込んだ。
『クリスのはなし・・・』
いきなりで驚いてしまったが、なにが?と聞く前にセイラはまた続けた。
『今度の収穫祭までに本命に告白するらしいわよ!で、収穫祭のパートナーも決定・・・』
『は?』
クリスが、なんて?一瞬、耳を疑った。
『ほ、本命に告白ですって?』
『そうよ、信じられない!クリスはみんなのクリスでいて欲しかったのに!』
『み、みんなのクリス?あいつが?』
それにもまた驚いた。セイラが彼を好きなのは知っていたが、みんなって・・・
『はいはい。そうですよね、マーズイ様』
すこしいやみっぽく、セイラは笑った。
『あなたほどの美人はダンスの相手もいやほどいるだろうし、その上、彼とも幼い頃からいっしょにいたとあればこんな小さな悩みに悩まされることはないでしょうけどね』
いや、まったくのひとごとではなかった。
ああ、私も彼の瞳にうつるたった一人の女の子になりたかったわ、と夢見がちな瞳でセイラはうっとりし始めるが、いくら幸運な幼なじみとはいえ、マーズイもマーズイで冷静になどしてはいられなかった。
セイラ以上に動揺している自分に気づくが、できるだけ声をふるわせないようにきいた。
『あ、あいつ・・・モテるの?』
『何言ってるの?モテないわけないでしょ!あの容姿にすぐれた能力、それでいてみんなに優しいときたらもてない訳ないでしょ!あの笑顔は罪よ!』
『で、でも、ヒーローオタクよ?』
動揺を隠せないマーズイに、それがなんなの?というようなセイラの視線がささった。
『そんなこと知ってるのは幼なじみのあなただけよ。普段はそんな姿見せないもん。それに、あれだけかっこよかったらそんなの問題じゃないわ』
恋は盲目というやつなのだろうか?セイラはそんな表情をしていた。
『それに、この前の剣術武道大会で優勝したときからさらに人気は高まったもの!』
『え?あいつが優勝?』
知らなかった・・・ってか・・・
『あいつ、強いの?』
『マーズイ、あなた、本当にこの十数年間、彼のどこを見てきたのよ?近くにいるとこれほど節穴になるのかしら?』
『ち、違って、あいつ、剣術だって弱いじゃない』
剣術どころか、けんかさえできないのに、どうやったら優勝なんか・・・
『そりゃね。あなたほどではないけど、クリスは毎日コツコツ練習してきてたのよ?そりゃ練習の結果が出て当たり前よ!今じゃあなたより強いかもしれないわよ?』
まさか、と鼻で笑ってしまう。
そりゃ、マーズイ自身、幼い頃から自称・元格闘家と名乗る父から格闘術、護身術に剣術と全ての戦闘術には全力を注いできた。そんな自分にクリスが勝てるはずがないとわかっていたし、幼い頃から弱虫のクリスのナイトとして彼を守り続けてきたのは彼女だ。クイーンとしてではなく、マーズイ・ヨハンネのすがたで。なのに、そんな彼が誰にも負けることなく優勝だなんて・・・
そういえば、最近クリスのこと、なにも知らない自分に少し悲しくなった。
本当は誰よりも彼が大好きなのに、意地ばっかりはっているうちに、幼なじみという繋がりでさえ今では切れかかっていた。
「相手、だれなんだろ・・・」
「え?」
思わずポツリと呟いてしまって、顔があつくなった。
本人が目の前にいたことをすっかり忘れていた。
「あ、いや、えーっと、あ、そうだ、大会で優勝したんだって?おめでとう」
必死につくり笑いをつくってとっさに出たことばを並べてみる。
「な、なんだ、知ってたのか・・・」
意外にも、すこし顔を赤らめ、クリスはにっこり笑った。
胸がちくりと痛んだ。
こんなに近くにいるのに、それでもいつもどこか遠くに感じる。
「まぁ、まだまだマーズイほどじゃないけどさ」
続く言葉にまたがっくりした。
誇らしく笑っている彼に悪気はない。
マーズイは彼のナイトで、今もむかしも、彼を守り続けている。これからだって、きっとそうだ。
彼にとっては、結局自分は強い人間でしかなかっただけに、泣きたくなった。
『リリィってかっこいいよね。ぼく、大きくなったらこんなかっこいい人と結婚したいな』
幼い日のあの日、クリスはそう言った。
王制が未だ続く波乱の世の中、生活も消して満足とは言えず、問題ばかりが多発する日々だったから、彼はそんな救世主のような存在を期待していたのだと思う。でも・・・
魔女っこ戦士リリィ。
ただのテレビアニメが、マーズイの最大のライバルに変わったのはその日からだった。
それから、マーズイの人生は一変した。
魔法は使えないものの、戦い守ることならできると、彼女は格闘技全般に力を注ぐこととなった。毎日きずだらけで、あざだって耐えなかった。何度も彼女に母や妹は止めに入ったが、それでも彼女は諦めなかった。
『クリスのお嫁さんになりたい』
その一心で努力し続けた。クリスには内緒で。だから彼は未だにマーズイには天性の強さがあるのだと思い込んでいた。そのため、マーズイはマーズイで彼がいじめられるたびにだれよりも体を張って守り抜いてきたのだった。
だから、ある夕暮れの帰り道にたまたま出くわした強盗犯を人助けのついでに捕まえたあの日、マーズイの強さが市民に証明されたと共に、エンゼル・クイーンという今や世間をさわがす正義のヒーローが誕生したのであった。
でも、現実はそうもうまくはいかなかった。
年頃になり、クリスが目を向けるようになったのは、強くたくしい女の子ではなく、可憐な花のように愛らしい女の子だったのだ。
それでも市民が待ちわび、そして治安が悪くなればなるほどクイーンをやめるわけにいかず、十四を越えた今でもクリスに黙ってヒーローとしてのマーズイも生き続けていた。
本当に、彼のタイプの人間になるどころか、さらに男らしくなってどうするのだ、と自分でも悲しくなることばかりだ。挙げ句の果てに好きな人まで現れだして、自分の今までの苦労は一体何だったのだろうか。
頭の中が、一瞬にしてまっ白になった。
「きっと、可愛くて優しい人なんだろうな」
クリスのことなら、ある程度はわかる。
争いごとが嫌いだった彼が、強くなってまで守りたい。そう思える人ができたのだろう。
それは素敵なことだ。いくら自分が相応しくなかったとしても、それでも応援はしたい。クリスの嬉しそうな顔は、マーズイにとってかけがえのないものだったから。でも・・・
「どうして・・・」
胸が苦しくて爆発しそうになる。目頭が熱くなって、今までに感じたことのないような感情にとらわれる。彼女がここ数年、こんなに、取り乱したことはなかったのに・・・
自分がもう彼にとって必要のなくなった人間だとわかったら、涙が止まらなかった。
「おっはよ、マーズイ」
翌日、久しぶりに泣いたせいか、目がはれていたマーズイは外で待つ意外な人物に全身が凍り付いた。
「く、クリス・・・どうして・・・」
ここ数日、一緒に学校なんて行ったことがなかったのに・・・
「いや、昨日元気がなかったから心配になってさ。どう?元気出た?」
クリスは、これまでにないというほどの優しい笑顔をマーズイに向けた。だから、不覚にも顔をそらせるのに失敗した。
「って、泣いたの?」
「な、泣いてない!」
「だって、目が真っ赤になってるよ!」
心配、というより彼は意外そうな顔をしていた。マーズイでも泣くのか?と言わんばかりに。だからよけいに腹が立った。
「ほっといて」
「お、おい!待ってたのにおいてくなよ!」
こんな鈍感で無神経でバカな幼なじみ、最悪だわ!と思いつつも、いくら泣いてもきらいになれなかった自分自身に腹が立った。
「マー・・」
通りに出たところでクリスがマーズイに向かって駆け寄ろうとした、そのとき、遠くの方で何かが光ったのが微かにマーズイの目の視界に入った。
「伏せて!」
思うよりも先に行動していた。
はげしい爆破音と共に、目の前に立つ大きな木があかあかとした炎につつまれ、とっさにクリスに飛びついたマーズイに飛び散った木の枝が直撃した。
「い、いたた・・・な、何なの・・・?」
確かにさっき、何かが光ったように感じだ。
そして、目の前で大木一本をまるまる覆い隠している炎が目に入る。ぞっとした。
下手をすると隣の家に燃え移ってしまう可能性だってありそうだ。
「火よ!誰か来てっ!木が燃えてるの!」
「ま、マーズイ!」
「なによ、あとにして。早く止めなきゃ・・・」
「なんだなんだ、何事だ!」
後ろから集まってくる人たちを見て、ほっとした。
「だれが・・・いったいだれが・・・」
「マーズイ、血が出てるっ!」
珍しくクリスが声を荒げ、驚いた。でも、
「そ、そんなのどうだっていいわよ!」
今はそれどころではない。
狙撃?いや、違う。銃声なんて聞こえなかった。それなら最初から仕組まれていたもの?と、マーズイはさっきまでの状況を思い出し、考えを張り巡らせていて、クリスの目つきが鋭くなったことに気付かなかった。
「マーズイっ!」
「え・・・」
クリスに思いっきり腕を掴まれる。そのうしろで、なにか物陰が揺れた気がした。
(い、いた!)
「あ、あのなぁ、マーズイ。おまえは・・・」
「わかった、クリス。さきに学校行ってて。わたし急用ができちゃったから後から行くわ」
(現場をわざわざ確認してるなんて、バカな犯人。とっ捕まえて白状させてやるわ!)
正義の血がさわいだ。
今のマーズイには、いまやその光景しか目に入ってこなかった。
急いでクリスの手をふり払うと、マーズイはそのまま駆けだした。この場で逃げようとする者がいるなら追わなくてどうする!が彼女の昔からのモットーだった。
「ま、まったくわかってないだろ・・・」
その後ろ姿をあぜんとしながらも目で追い、クリスは大きなため息をついた。しかもこの状況で急用なんかできる訳があるか!と、大声でさけびたくもなった。
手には彼女の血がべったりついていた。
「くそっ!」
そう吐き捨てるようにつぶやくと、彼もそのまま走り出したのだった。
マーズイが自分の異変に気付いたのは走り出して少しあとのことだった。かすかに目眩がして足元がふらついたからであった。
「あ、あれ・・・」
そして、いまさらながらにして気づいた。
首から肩にかけてばっさり切れ、血が滴り落ちているということにようやく気付いた。興奮しすぎて全く意識していなかったが、気付けば頭にもかなりの激痛がはしる。
「こ、これか、クリスが言ってたの・・・」
そういえば、クリスがあんな大声出すなんて、初めてだな。とふと思った。
それに、凄い力だった。
掴まれた手に突然熱がこもり、顔がほてる。
「心配、してくれたのかな・・・って、」
ダメダメ!今はそんなこと考えてる暇なんてないのに!と我に返り慌てて頭を振る。
「まぁ、とにかくクイーンに・・・」
気付いて冷や汗が出た。
学校用かばんどころか、クイーンの衣装一式、さっきの通り道においてきてしまった。
(し、しまった。クリス、見てないよね・・・)
かなりまぬけな行動にがっくりする。
一般女子学生のすがたのままだと、あまり派手な行動はできない。第一、市民に自分がクイーンだとばれたらまちがいなく大騒ぎだ。
自分のふがいなさに絶望し、マーズイは後ろに迫りよる怪しい人影に気が付かなかった。
いきを押し殺し、せまってきた足音にはっとしたとき、すでに遅く、頭をなにかでおもいっきり殴られたような感じがして、そのまま地面めがけて倒れ込んでいた。
一瞬の出来事だったが、マーズイはそのまま気を失うしかなかった。
『・・ズイ、マーズイ!』
クリスの声が聞こえる。
(ああ、わたしを呼んでいるわ)
優しい笑顔が見えた。でもすこし悲しくなる。
自分を呼んでいるあの声で、もうすぐ違う子の名前を呼ぶのだと思うと・・・
どこで、わたしは間違ってしまったんだろう。
「マーズイっ!」
「え?」
夢の中とはうってかわり、こわいほどに真剣表情をしていたクリスがマーズイを抱えていた。
「きゃっ、クリス!」
「バカ野郎!相変わらず無茶しやがって・・・さっきよりもきずが増えてるじゃねぇか!」
「こ、ここは・・・」
薄暗い倉庫のようなところだった。
「もう大丈夫だ。通りかかったスカールに警察を呼んでもらっといた。あとはここで大人しく待ってれば・・・」
「ちょ・・、ちょっと待って。なんであんたがここにいるのよっ!先に学校に行けって言ったでしょ!」
危ないと思ったから避難させたのに・・・
「追ってきたからに決まってるだろ」
平然と言い張るクリスにさらに目眩が激しくなった気がした。
「あのねぇ、クリス。一般人がこんなことに首つっこまなくていいの!」
「おまえも一般人だろ!」
正論で怒鳴られ、うっとなる。
そのとおりだ。
「それでもなにか?クイーンが来てくれるとでも思うか?この危機にも」
「・・・」
それはない。なにもこたえられなくなった。
だって、クイーンは・・・
「大丈夫だ。きっと助けてくれるよ」
マーズイを安心させようとしているのか、クリスは優しく微笑んだ。夢と同じ笑顔だ。
クイーンは・・・マーズイなのに・・・
「あ、あのさ、マーズイ・・・」
「ん?」
「あ、あの、お、おまえもいちおう女の子なんだから、これ以上、きずをつくるな。わかるか?」
気まずそうにうつむきながらぼそぼそ呟いたクリスに驚いた。それって・・・
「きずが多いと女の子に見えないってこと?」
「な、だから・・・」
さらに言いにくそうにするクリスに泣きたくなった。
たしかに、彼の周りにいる女の子たちはきず一つないきれいな子たちばかりだ。
「悪かったわね。こんな男らしい幼なじみで」
「あ・・・あの・・・」
クリスはなにかをいいかけて、それでもそこでやめた。
そのため息がさらにとどめを差した。
が、そのとき、有り難い(?)ことにかすかに聞こえた音に反応し、マーズイの気はそれた。
「あ、あのさ・・・」
「し、何か聞こえる!」
確実に何者かがすぐ近くまできていた。
「くそ、あのガキ。どこに行きやがった」
「たしかにこっちの方に逃げてったように見えたんだけどな・・・」
二人。いや、三人。足音で気配を読みとる。
「クリス、隠れてて。すぐ終わらせるから」
「な、何言ってんだよ。俺だって・・・」
「五人。全部で五人来るわ」
「は?」
すでに彼女の表情は、クイーンの表情に変わっていた。クリスは溜息を隠せなかった。
「ねぇ、クリス。見ていて」
クリスは知っていた。きっとこの状態のマーズイにことばは届かない。正義の顔になったマーズイは、ふつうの女の子ではなくなる。そんなこと、十分承知していた。
「私はあんたにとって、かよわいとかかわいい幼なじみにはなれないけど、それでもあんたを守り続けることならできる。あんたには指一本触れさせない。だから・・・」
終わるまで静かにしてるのよ、と言わんばかりに彼女はにっこりした。いつものように。
「ふ、ふざけるな」
しかし、彼にも言い分はあった。
「守られてばかりでたまるか!俺だってもう泣き虫で弱虫クリスのままじゃねぇんだ!」
一瞬、マーズイの瞳が悲しそうに揺れたのに気付いてはいたが、彼だって引けなかった。
「もう、おまえにだって負けない。だから、ちょっとは俺にも頼れよ!俺だって戦う!」
彼女が今にも泣きそうな顔で口元だけ緩め、戦闘態勢に入ったのを見計らい、ほっとしたクリスも背中に持つ竹刀に手をかけた。
やつらが倉庫のドアを開く音が聞こえた。
犯人は五人。
クイーンが現れた時ほどではなかったが、いつも通りすぐに打ちのめし、警察が到着した頃には全員お縄に掛けることができた。
だが、被害者の学生二人は大けがを負っており、すぐさま救急隊を呼ぶことになった。
「さっきの火災は幸運にもすぐに消し止められ、だれも被害はなかったそうよ。何かの見せしめのようなものだったのかしら?でも、被害が最小限におさまって良かったわね」
安静にしてろとのことで、救急隊員が到着するまでの間、すみの方に座り込んでいた二人の学生のうちのひとり、マーズイがクリスに向かってにこにこ話しかけていた。手元に持つハンカチで未だ出血が目立つ額を何気なしに拭いながら。
そうだな、と数ヶ所擦り傷をしていたクリスも悔しそうにマーズイから目を反らせながらブツブツ呟くようにして同意した。
こころの中で、ぜんぜんよくない事態に腹をたてながらも。
「クリス、助けてくれてありがとね」
嬉しそうに頬を染めたマーズイを見て、クリスは耳を疑った。
さっきの戦闘の中で、もともとのきずを合わせなければマーズイはほとんどの無傷だった。それに比べ、いたるところで軽傷とはいえきずを負い、そのたびに援護され、足を引っ張ったのはクリス自身だった。
「やっぱりひとりじゃ、倒せなかった」
うそつけ、と彼はやっぱり情けなくなった。
彼女ひとりだった方がもっと手早く片づけられただろう。ボロボロになった竹刀を見てため息をつく。つよくなったと思っていたのに、思い上がりだったようだ。練習し直しだ!とこころに強く誓う。
「クイーンが来るよりもさきに倒せたね」
本当に、マーズイは嬉しそうだった。
だから、悔しいし情けないけど、クリスも笑顔を返していた。
「ほら、今日はちゃんと休むんだぞ?ったく、またこんなにきずを増やして」
「うん」
また不十分な言葉ではあったが、マーズイはにこにこしていた。
なぜなら彼女は、とても嬉しかった。
クリスが自分を守ろうとしてくれたことが。
昔から、クリスは平和主義で争いごとが苦手だったくせに、マーズイが争いに巻き込まれているといつも助けにきてくれたのだった。
その後、ありえないくらいぼこぼこにやられ、結局マーズイが全員こてんぱんに叩きのめすのだが、弱いとわかっていても、それでもいつも彼は助けに来てくれた。
そう、今日みたいに。そんな昔のことを思い出した。
それがマーズイにとって、とてもとても嬉しかった。
自分は彼のとっての特別にならないとしても、でも仲良しの幼なじみとしてはこれからもうすこしいっしょにいられそうな気がした。
「マーズイっ!大丈夫?テロの一派に人質に取られたって聞いたけど、きゃぁーーーすごい血!平気なの?平気なの?大丈夫なの?」
とつぜん、泣きそうなセイラが飛びついてきた。
「セイラ、平気よ。もう血もほとんど止まってるし・・・でも、授業は?」
「な、なに言ってるのよ!そんなもの出てられるわけないでしょ!スカールからあなたたちふたりのこと聞いてもうビックリして飛んできたのよ!みんないるわよ!」
「あ・・・」
気付かなかったが、いきを切らせたクラスメイトたちが心配そうにふたりを覗き込んでいた。
「みんな、ごめんね。なんだか心配かけちゃったみたいね」
警察沙汰で、こんなに血だらけで、やっぱり大げさにしすぎてしまったようだ。
日頃、歩く宝石と呼ばれたマーズイの頭から顔にかけて痛々しい血が流れており、だれもがごくっと息を呑んだのがわかったほどだった。
「ああ、でも本当、何もなくてよかった。いやいや、これだけ美しい顔がきずつけられてたら大問題か。結婚前の乙女がなんてことを・・」
ちゃんと治るでしょうね?とセイラは涙を拭う。その後ろで、クリスと彼の親友のスカールが冗談を言い合いけらけら笑っていた。
こんな時にのんきね!とセイラは怒りをあらわにしていたが、マーズイはなんだかその光景が羨ましかった。あまりに楽しそうで正直、ふたりは一体何をはなしているのか、気になってしまった。
「マーズイ、ちゃんと治療に専念するのよ?いい?それから、もう本当に危ないことはしないで。約束して」
「セイラ、大丈夫よ。戦ってやられたわけじゃないわよ、これ」
「どっちにしても血だらけじゃないのよ!」
変わらないわよ!と言わんばかりのセイラに、やっぱり今回ばかりはマーズイも反省した。かすり傷とはいえ、クリスに怪我を負わせたのも確かだ。
「とにかく、収穫祭まではしっかり休むのよ。そのままだと本当に参加できないんだから」
我慢できないと言わんばかりにセイラはわんわん泣いていた。
・・・しゅ、収穫祭か。
「大丈夫。ダンスの相手だっていないし、もしものときはすみの方で見てるだけでいいわ」
セイラはどうして?という表情をしていたが、マーズイはそれでよかった。
どうせ毎年、母親の手伝いに参加してるくらいで、特に今年から力を入れる必要もない。それに・・・
「あ、あのさ、セイラ・・・」
見ていられないから、そう言いたかった。
自分の大切だと思っていた人が、ほかの人と楽しそうに踊るすがたは見ていられそうにないから。いつかはきっと大丈夫でも、今はまだ・・・
「セイラちゃん。大丈夫。俺が絶対こいつをこれ以上動かせないようにするから」
意外な人物の意外なことばにマーズイだけでなく、まわりの人間でさえ、時が一瞬とまったかのように動きをとめ、なにがいいたいのか、にこにこする彼に目をむけた。
「当日は俺が相手してやる」
仕方ない。といった表情で目の前に立ったクリスがマーズイを見下ろしていた。
「は、はぁ?あんた、何言っちゃってんの?」
バカじゃないの?と言いかけて、目の前で頬を染めてるセイラに気付いて口を噤む。
「あんた、その日は本命をダンスに誘うって言ってたんでしょ?」
「なっ!」
だれがそんなこと、と赤面したクリスはスカールを睨み付け、彼を飛び上がらせた。
「あんた、振られる前からあきらめてる訳?」
意外な展開にマーズイは混乱した。
「それとも何?もう振られちゃったの?」
「い、いいだろ!で、おまえはその日、俺と過ごすか過ごさないか、どっちなんだよ」
(み、見る目のないバカもいるものなのね)
正直、本当に驚いた。そして、珍しくも取り乱したように顔を両手で覆うクリスにマーズイはこころから同情した。が、それを見守るセイラをはじめとしたクラスメイトの数人も、別の意味でクリスに同情していた。
「わかったわ。私がちゃんとその人の代わりをつとめるわ!振って後悔したって遅いってとこ、見せつけてやりましょ!」
これでわたしにもまたチャンスができた!という喜びもこめ、マーズイの笑顔は今まで以上に光り輝く完璧なものだった。
「だから、元気出してね」
「おまえ、絶対脳みそまで筋肉でできてる」
な!とマーズイが顔を赤らめたのは言うまでもなかったが、クリスはあきらめるように肩をすくめた。彼女は今まで戦うことばかりに一生懸命になってきていたせいか、こういった能力は人よりも劣っている気がした。
「なら、パートナーになってくれるんだな?」
「もちろんよ!任せといて!」
今はこの笑顔だけで十分だ。
お手上げと言わんばかりにクリスも笑った。これで十分だ。
きっとこの幼なじみがこの本当の意味に気付くのはもっと後のことになるかもしれない。
自分自身がヒーローを好きだと言い続ける本当の意味を。
そしてこれからも近くで見守り続けるということも。それでもいい。そのときも今と同じように彼女の側で支え笑っていられるのなら。
「なに、なんなのよ、その顔・・・」
「いや、なんでもない」
顔をしかめるマーズイに、またクリスはわらった。
これでいいんだ。そう思いながら。
なぜならこれは、二人にとっての第一歩とも言える始まりの出来事だったのだから。
それから数年後、ひとりの青年が、うつくしく育った幼なじみを全力で守るために奮闘する姿は、これからまた、すこし後のおはなし。
戦う乙女は正義♡
そういった信念から書かせていただきました!
ぜひ、お読みいただけば幸いです^^
よろしくお願いします!