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黒の魔女の拾いもの  作者: 茜菫
本編
8/71

第1話 私と謎の青年 (7)

「…トモエ殿。」


「ん…?」


肩を揺さぶられて目を開ける。すると、映ったのは見慣れた小屋の、魔法の光ではなく太陽の光で明るくなっている様子だった。はっとして頭を上げて振り返ると、そこには少し困った表情を浮かべたアルベールがいる。


あの後、元々エイダが使っていた部屋をアルベールに貸すことにした。普段から掃除はしていたので、シーツを変えるだけで済んだのは幸いだ。彼はよほど疲れていたのだろう、直ぐに深く眠りについたようでピクリとも動かなかった。

あれほどの怪我をしていたということもあって、その様子が心配で時折様子を見に行っていたのだが、その結果、着替えもせず部屋にも戻らず机に突っ伏して寝てしまったようだ。


「あぁ…ちょっと、直ぐに、支度してきます!…」


寝起きのこんな姿を見られるとは。恥ずかしくなって慌てて立ち上がり、自分の部屋に逃げ込む。とはいえ、あまり待たせるわけにいかないので、手早く支度を済ませなければならない。魔法で水を生み出して顔を洗い、服を着替え、髪を整えて、失礼のない程度に支度を終えると直ぐに戻った。


アルベールは昨日と同じ椅子に大人しく座っていた。ただ座っているだけだというのに、姿勢はとても綺麗だし様になる。よほど育ちがいいのだろう。

こちらが部屋から出てきたのを見ると、彼は目元を細めて小さく笑った。美人の微笑みというのは威力が高いもので、思わずドキリとしてしまった。


「…えっと、身体の方は大丈夫ですか?」


「すべての傷は塞がり、体力も魔力も十分に回復致しました。たった一晩でこの効果とは、魔女の薬は素晴らしいものですね。飲んだ時は、少し気が遠くなりましたが。」


アルベールでも気を失いそうになっていたようだ。やはり相当なお味なのだろう、だというのに私が飲んだ時に失神したことを覚えていないのは、頭が記憶することを拒否したからではないだろうか。


「…もう二度と飲まなくていいようにしないとですね。」


苦笑しながら朝食の準備をする。冷やしておいたじゃがいものポタージュとパンと、簡素なものだ。自分用にしか作っていなかったので量も多く無く、成人男性でこの量は物足りないかもしれないがそこは我慢してもらうしかない。

いただきますと手を合わせていると、アルベールが不思議そうにこちらを見ていた。故郷の習慣だといえば納得したようで、見様見真似で同じように挨拶をする。呪いが解けるまでの間は近くにいてもらわなければならないので、ここに居候している間はこちらに合わせる意思なのだろう。


「まずは服とか、諸々どうにかしないといけないですよね…」


傷は治ったといっても、服はボロボロのままだ。勿論男性の服など持っていないので、代わりの服を提供することも出来ない。


「私は王都で店を営んでるんですけど、午前中はお客様との約束があるので…午後からお休みにしますから、王都で色々と揃えましょう。」


「王都…」


アルベールが何か言いたげに表情を曇らせたが、すぐに口を噤む。あまりあれこれ言うべきではないと思っているのだろうか。


「…あ、王都といってもアフロートではなくて、エールランの方です。」


アルベールはほっとした様だ。彼が逃げてきたのはアフロート王国側の森であったので、囚われていたのもアフロート王国内のどこかになるのだろう。そうなると、アフロート王国内に戻るのは流石に躊躇われる。


「あの、アルベールさん。好きなように思ったことを言ってくれていいですよ。」


「…しかし、」


「いいえ。ここでは私もアルベールさんも、対等の人間ですから。」


彼が救われたといって恩を感じてくれているのはわかる。だが、呪いが解けるまでの間は一緒にいることになるのだから、出来ればそんなに不自由な思いをしてもらいたくはない。


「私は平穏に暮らしたいという大きな願いがあります。もしかしたらほら、どうしようもなくなってあなたを放り出すようなことも有り得ますし…なのでそんなに畏まられるほど立派な人間じゃあ、ないですから。」


「私には貴女がそのような方だとはとても思えません。でしたら、昨日の時点で私を放り出していてもおかしくないでしょうし、態々夜中に様子を見に来てくださることもないでしょう。」


「うっ…」


様子を見に行っていたことはバレているようだ。熟睡していただろうから、おそらくはここで寝ていたことで察しているのだろう。そういえば、部屋の扉も何かあったらすぐわかるようにと少し開けていたので、それもあるのかもしれない。

しかし、元々厄介事に関わりたくないと扉を叩いた彼に応えなかった身なので、そんな風に言って貰えるような人間ではないと気が引ける。


「…あと、ほら、そんなに畏まって貰わない方が、私としてもとてもとても気が楽ですし…」


こうなれば最終手段であった。こういったタイプはこのように、私がこうしてもらえた方が助かるという言い方にすれば聞かざるを得なくなるはずだ。目論見通り、アルベールは少し眉根を寄せはしたものの、承知しましたと答えた。


「あと、殿は堅苦しいので、トモエでお願いします。」


「では、トモエも私のことはアルベールとお呼びください。」


「わかりました。あとその話し方とか…」


「これは性分です。お許しください。それを仰るのであればトモエも。」


「…性分です、はい。」


アルベールは割と頑固のようだ。


「若いのにしっかりしていると言えばいいのかな…」


「…十八でしたから、今は二十一のはずです。トモエは私よりもお若く見えるのですが…」


店の客にもよく若く見られるので、彼にも若く見えていたのだろうか。


「残念ですけど、私の方が年上です。」


本当に残念だ。アルベールは驚いたようだが、すぐに何故か何かを呟きながら納得していた。魔女の弟子だからと聞こえたような気がする。確かに黒の魔女エイダは孫までいてその子が成長する程の年齢で、見た目はとても若い女性であった。だが、私のはその理由とは違う。ホリが浅いとか顔の作りの問題であって、断じて、若く見えるけど実は百歳超えてますとか、そういったレベルではない。

必死で否定したいところだが、話がややこしくなるだけだし何となく気が引けるので、何も聞かなかったことにする。


朝食を終えて片付けると、王都に向かうために扉の前へ移動する。服はどうしようもないので、その上から魔法できちんとした服を着ているような幻影をかけることにした。これで、一般人にはボロボロには見えないであろう。


「忘れるところでした、アルベールもこれを。」


「…これは?」


「魔女の薬です。そのまま飲み込んでくださいね。私もアルベールも、尋常ではない魔力を持っているのでそれを隠すためのものです。食べれば夜まではその効果は持ちます。」


差し出したのはうっすらと黄色味がかった飴玉のような薬である。アルベールは受け取ったものの、直ぐには口にせず、じっとその薬を見つめていた。彼の頭には、昨日の失神寸前の魔女の薬が過ぎっているのだろうか。


「私が毎日飲んでいるものなので、味は改良に改良を重ねましたから、大丈夫ですよ!」


そう言いながら同じものを、彼の目の前で口に含む。レモンと蜂蜜に似た風味が口の中に広がって、美味しい。私が口にするのを見てから、彼も同じように口にする。美味しくあってほしいという欲が非常に大きな原動力となって、魔女の薬だというのに美味しい薬が出来上がったのだ。


「…美味しい…」


「そうでしょう。せっかく口にするならば美味しくないとですよね。」


「…先程の朝食も、とても美味しゅうございました。」


「あ、そう言って貰えると作った甲斐が有りますね。」


アルベールは何かを確かめるように、何度も美味しいと言って俯いていた。彼は、三年間ほとんど意識がなかったと言っていた。ということは、まともに食事もしていなかったのかもしれない。


「…大丈夫ですよ、アルベール。これから毎日、美味しいものが食べられます。」


そう言うと、アルベールが顔を上げてこちらを見た。彼の赤い目は何を思ってこちらを見つめてくるのか。あまり見られることに慣れていないので、気恥ずかしくなる。


「…あ、いや、たまにはあの薬ほど壊滅的ではなくても不味いものが出来上がってしまうことはあるかもしれないですが、ここに居るあいだは毎日食事ができますよ。」


目をそらしつつそう言うと、アルベールが小さく笑った。

厄介事に巻き込まれたくない、平穏に暮らしたいといっていたのはどこの誰だろうか。どう考えたって厄介事に巻き込まれている彼をこうしてそばに置くことになれば、厄介事が巻き込まれないわけがないというのに。

だが、彼が笑うと、そんなことが頭から吹き飛ぶのだから、私は随分単純だったようだ。

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