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黒の魔女の拾いもの  作者: 茜菫
本編
7/71

第1話 私と謎の青年 (6)

「…まずはその、厄介そうな呪いを解かないといけないでしょうけど…」


ちらりと腕の黒い痣を見る。彼にかけられた三つの呪い、その中でも位置を把握するためのものがある限りは、彼がどこに逃げようとも相手にはわかってしまう。

この黒の森のように独特の魔力を擁するような場所であれば、紛れて分からなくなってしまうだろうが、そのような場所はそうそうあるものでもない。


「この呪いは、私自身の魔力を利用したものだと存じます。」


「どうしてそう思うのですか?」


「…お答え致しかねます。」


アルベールをこのような目に遭わせている者の名を、彼は答えられなかった。つまり、この答えられない理由も、その人物に絡むものだからだろう。

呪いの主は、呪いをかけるのにわざわざアルベールの魔力を使った。ということは、彼のような魔力を持たぬ者と考えると自然だろう。他人の魔力を使うのはなかなか手間と労力がかかるものだ、その上呪いは魔法を使うよりもむずかしい。魔力を持っているならば、そんな手間のかかる方法を選び、アルベールの魔力を利用しなくともいいはずだ。


「自分には魔力がないから、アルベールさんの魔力を利用して、アルベールさんに呪いをかけた、というところかな…?」


彼は肯定しなかったが、否定もしなかった。肯定ができないから黙っていると解釈する。

そうであれば対処はしやすい。アルベールの魔力を使わなければ呪いをかけることも出来ない相手ということは、少なくとも私より魔力を持たない相手だ。


呪いを解く方法は三つある。一つは呪いをかけた本人が解くこと。これは先ず不可能なので除外する。一つはその呪法を知り、丁寧に分解すること。これも呪法をアルベールも私も知らないので不可能だ。

最後の一つは、呪いをかけた主よりも上回る魔力で強引に解くこと。要は力技だ。私が取れるのはこの方法だろう。


「アルベールさん、もう一度呪いを見せてもらってもいいですか?」


差し出された右腕をみると、掌から肘に向かって蔦のような模様が伸びていた。無数に見えていたが、よく見るとそれは掌から三本伸びていて、呪いの核はどうやら掌に集中しているようである。


「あの、…触っても大丈夫ですか?その…手を握るような形になっちゃうんです、けど。」


「はい、承知しました。」


アルベールは穏やかな表情のままだ。だが、言い出した私がなかなか、掌に触れるのに戸惑ってしまう。先程、治療のために脱がしたりだとか、手首に触ったりだとかしたというのに、掌に触れるのは何故か恥ずかしい。

異性の手に触れるなんて、幼少期にはあったのだろうが、少なくとも思い出せる範囲では無い。残念ながらお付き合いをした男性もなく、会社でちょっといいなと思っていた男性はいるにはいたのだが、もう二度と会うこともないだろう。


「トモエ殿?」


「ああ、いえ、すみません。」


「トモエ殿が謝罪する必要はございません。」


「そうです、ね…、すみませ…あぁ…」


日本人によくある、つい謝罪してしまう癖だ。アルベールは苦笑を浮かべている。ここは日本ではない、この癖はいい加減何とかしなければならない。店の常連客であるアイリーンにも呆れられているのだから。


「…では、失礼しますね。」


アルベールの掌に自分の掌を重ね、目を閉じて意識を集中させる。三つの呪いがそこにあるのがはっきりとわかった。一つはアルベールの奥深くに向かうもの、二つは外へ向かうもの。彼自身の魔力を使っているからか、随分と馴染んでしまっていて、やはり解くのは難しそうだ。


「呪いを解く事は、今直ぐにはできないですけど…この呪いに対して何か出来ないか、試してもいいですか?」


「…是非、お願い致します。」


アルベールが了承したのを聞いてから、自分の魔力を掌に集中させた。触れている掌からそれを注ぎ込むと、うっすらとした光が彼の手を、腕を包み込んだ。ちらりと覗き見ると、アルベールほんの少し顔を顰めている。他人の魔力を注がれるというのは不快な感覚を催すはずだ、それでも声を出さずに顔を顰める程度で抑えているのだから、随分と我慢強い人である。


注いだ魔力で右腕を呪いごと包み込むように覆う。光は彼の腕に溶け込むように消えていくと、外に向かう二つの呪いが得た情報が、私の元へ向かってくるのを感じた。成功したと見ていいだろう。


触れていた手を離すと、アルベールは左手で自分の右腕を不思議そうに触れる。


「…魔女の魔法というものは不思議なものですね。」


確かに一般的に使われるような魔法とは違う。一般的に魔法は呪文を詠唱し、魔力を込めた言霊によって自分の外に働きかけ、成す。それも勿論使うが、魔女は自身が持っている膨大な魔力を、言霊を使うことなく己の手足とするように扱って魔法とするものが多い。

たとえば物を持ち上げようとして魔法を使おうとすると、一般的な魔法使いは呪文を唱えてその物の重力を操作して浮かせるのに対し、魔女は魔力を手のようにしてそれを持ち上げるようなものだろうか。要は力が有り余っているので、わざわざ何かに変換しなくても事を成してしまうのだ。


「内側に向かう、口止めの方は無理ですけど…ほかの二つの呪いは私の魔力で私に向かうようにしてみました。」


「トモエ殿に?」


「私がアルベールさんの生命反応と、位置を把握出来るようになったという訳です。根本的な解決ではないですけど、少なくとも呪いの主の目は誤魔化せると思います。ただ、無理やりねじ曲げてる様なものなので、私から遠く離れてしまうと元の呪いの主に向かってしまいますけど…」


行動範囲は私のそばという制限をかけてしまったようなものだ。やはり、根本的に呪いをとかない限りは、彼が自由になる方法はないだろう。


「生命反応と位置把握は変に干渉しあって二つで一つみたいになっていたので、生きてる間は位置を把握出来る、みたいになってました。なので、これで死んだと勘違いしてくれるといいんですけどね。」


黒の森で消えた生命反応。黒の森がいわく付きなのだから、なにも不自然でない。それで相手が諦めてくれるかは分からないが、誤魔化すことはこれでできるはずた。この間に完全に呪いを解くしかない。


「解けるまでは、私の近くにはいてもらわないといけないですが…すみません、力不足で…その、出来るだけ早く解けるようには頑張ります。」


どうしてもエイダなら、と思ってしまう。本物の黒の魔女である彼女なら、彼を救うことは出来ただろうに。今の私が出来たのは、彼を追う相手の目を欺くことだけだ。呪いを解くと言っても、果たしてどれ程の時間がかかるのだろう。最悪、解けないかもしれない。


「トモエ殿」


落ち込んでいると、アルベールは席を立ち、こちらの近くまで歩いてきた。何だろうと見ていると、彼はその場に跪く。突然の出来事に驚き慌てて静止しようと手を伸ばすと、さらに驚いたことにその手を取られた。


「あ、アルベールさん…?」


「この想いをどの様にお伝えすればよいのか。貴女には感謝してもしきれません。」


「…そんな…呪いもちゃんと、解けていないですし、私はあまり何も…」


「欺く事さえ、私では出来なかった事を叶えてくださった。私は貴女に救われたのです。本当に、…本当にありがとうございます。」


相手に一矢報いる事が出来たのだろうか。彼がどのような目にあっていたのかは分からないが、それだけでも彼の心を救えたのだろうか。


この世界に迷い込んだことには何の意味もなく、それでもなにか意味を見出そうとして魔女の弟子になったけれども、未熟な私には何も出来ないと思っていた。だが、それが本当なら、この世界に迷い込んだことにも意味もあったと思える。


アルベールが私に救われたと言うのならば、私はその彼の言葉に救われたのかもしれない。


「…ありがとう、ございます。」


自然と感謝の言葉が零れ落ちたのだが、アルベールはそれに不思議そうに目を丸くした。理由を問われても上手く答えられなさそうなので、休む場所を用意しますねと言って慌てて席を立った。

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