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黒の魔女の拾いもの  作者: 茜菫
本編
3/71

第1話 私と謎の青年 (2)

壁にかけられた、ランプのような魔法道具に魔力を注ぐ。すると、蝋燭の火とは比べ物にならない明かりが灯り、部屋を隅々まで照らした。


「ただいま。」


店から扉一枚で繋がっているため、外から帰ってきたという感覚は薄いのだが、仕事を終えて生活の場に帰ってきたのだから間違ってはいないだろう。挨拶したところで、誰もいない部屋からは返事が返ってくるはずがないのだが、幼い頃から身に染みたこの習慣は、口にしないと落ち着かないのだ。


少し前ならばこの小屋に黒の魔女エイダがいて、外から帰ってきた私をおかえり、と出迎えてくれていた。それを思い出すと、少し寂しい気持ちになる。今はこの小屋の主はエイダではなく、私だ。


二年前、この黒の森でエイダに命を拾われ、魔法に精通する魔女にも帰る術は無いと告げられてから、彼女に恩を返すために私は魔女の弟子となった。


この黒の森は、黒の魔女の支配下にある。魔女が住まうこの小屋には、魔女に匹敵する、若しくは魔女が持つ魔力の魔質に似た魔力を持つものしかたどり着けない。魔質は指紋のように、同じ魔質のものはひとつとして無く、似るというのも血統によるものらしい。

私があの時小屋にたどり着けたのは前者の理由であったようで、運が良かったわけではなかった。彼女がたどり着けたのだから助けてあげると私に言ったのは、それが理由だったのだろう。


彼女には娘がいたそうだ。娘も大層な魔力をもっていたが、魔女にはならず森の外で出会った男と恋に落ちて、ここを去った。その選択をエイダは受け入れこの森に残り、娘に子供が生まれ、その子が成長する間もずっと、この地に住んでいた。

そんな時に現れたのが、何故か膨大な魔力をもつ異世界からの迷子であるこの私、一ノ瀬巴であった。これ幸いとばかりに彼女は弟子を取ることにした結果、トモエは立派な魔女の弟子、魔女見習いになったのだ。


エイダはこの世界で生きていく上で必要な知識を与えてくれた。その上で、魔女に匹敵するほどの膨大な魔力を宝の持ち腐れとならぬよう、扱う術を教えてくれた。だが、その期間はたった一年と短いものであったため、未だに自分の魔力を完全に扱うことができずにいる。


なぜそんなに短い期間だったかというと、ある日突然、エイダが死んだからだった。

出会ってから一年後、彼女はおやすみと言って別れ、そのまま二度と起きてくることは無かった。今でも死因は分からないが、彼女は自分の死期を悟っていた節はあった。魔女に師事し、魔女見習いとなっても、魔女という存在は私にとって未知で理解が及ばない存在だ。


エイダが死んだ後も、魔女となるべく学ぶことを続けている。別に魔女になる必要は無いし、エイダも諦めてもいいとは言っていた。だが、私の命を拾ってくれた彼女が遠くを見つめて、私の跡を継いでくれたらねぇ、と少し寂しそうに呟いたあの表情が忘れられない。


(立派な魔女になるのが、恩返しかなぁ。)


エイダはこの世界にはもういないが、それでも彼女への恩を返したいのだ。その道程は途方もなく厳しそうだが。


机の上に置かれた一冊の本を手に取る。これは私のために、エイダが生前の彼女の知識を書き残したものだ。この本を唯一の頼りとし、一人前の魔女になるべく、程々に頑張っている。

この本が中々厄介で、さすがは魔女が書き残したものだと言うべきか。表紙からしか開くことが出来ず、その開いたページの内容を理解し、習得しないとページを捲ることが出来ない。彼女の死から一年たった今、どれほど読み解けたかと言うと、恥ずかしながら十分の一にも満たない。見習いを脱するには、まだまだ時間がかかりそうだ。


「…お腹空いたなぁ…」


早速今日も読もうかと思ったのだが、そこでぐうっと腹の音がなる。腹が減っては戦はできぬ、立派な魔女になるためにもまず必要なのは腹ごしらえだ。

のろのろと部屋の片隅に置かれた棚の前へと向かい、その棚を開くと冷気が漏れ出てきた。これぞ魔女見習いトモエの大発明、冷蔵庫だ。…なんてことは無い、元の世界の文明の利器が欲しくて、似たようなものを作っただけである。


防御魔法を応用した、薄い熱気や冷気を防ぐ魔法障壁を内側に貼り、中に一定の冷気を放つ握りこぶしほどの大きさの魔法道具を放り込んだだけのものだ。仕組みは元の世界の冷蔵庫とは違うが、目的と用途は似たようなものだろう。

魔法障壁をどれだけ性能を保ちながら薄く、どれだけ長く維持出来るかが難しかった。一定期間で魔力を注ぎ直す必要はあるが、半永続的に保てるようになったのは、これも偏に美味しいものを美味しく食べたいという食欲から発生した、たゆまぬ努力の結果であろう。

おかげで、エイダにも魔法障壁の扱いだけは一人前になったと太鼓判を押してもらえた。食欲は強し。


昨日のうちに作り置きしていた、鍋に入ったクリームシチューを取り出し、魔法でコンロに火をつけて温める。この世界の食糧事情はそれほど悪いものではなく、調味料も手に入れやすい。塩や胡椒が高級品といった訳でもないし、他にも色々な調味料がある。残念ながら、醤油や味噌はまだ見た事がないが。

料理が好きだった訳では無いが、元の世界の食事が恋しくてあれこれと再現しようと試行錯誤しているうちに、随分と料理の腕を上げることが出来たと思う。元の世界では、料理はできなくはないが近くのコンビニやスーパーで買えばいいと殆どしなかったといったレベルだったのだが、欲望は大いに力になるようだ。


温まってきたクリームシチューの香りが鼻腔をくすぐる。ふつふつと気泡が浮かび出したシチューを前に機嫌よく鼻歌を歌っていると、突然鈴の音が部屋に響いた。


「え…っ?!」


その音に慌てて火を消す。音の鳴るほうへ目を向けると、大きな水瓶に括りくけられた鈴が揺れていた。

この鈴の音は、私の似非冷蔵庫などとは比べ物にならない、黒の魔女が仕込んだ立派な魔法による警告音だ。黒の魔女の支配下にある黒の森に異変が起きた時に鳴る。例えば人が、この黒の森に入り込もうとした等。私が黒の森に迷い込んだ時も、きっとこの鈴は鳴っていたのだろう。


この黒の森は、一度入ったものは二度と戻ってこられないと恐れられているが、それはほぼ事実だった。この森が擁する魔力の影響か、一度奥へ入り込んでしまえば、魔力が弱いものは永遠にこの森をさまよい続けることになる。この森には恐ろしい魔物がいるが故に、迷い込んでしまえば明るくない未来が想像できる。


故に、エイダはこの水瓶を使って、森に入ろうとする人間をいろいろな方法で追い返していた。私のように突然森の中に紛れ込んだりしない限りは、奥へと進みさえしなければ帰ることが出来る。万が一迷い込んだとしても、生きている限りは保護し、森の外へ追い出す。そうしなければならないという理由はないが、エイダは自分の庭で人間に死なれると気分が悪いから、という理由だけでこれを行っていたようだ。私としても、この森で人間に死なれると後味が悪い。


水瓶の側面に両手をつけると、水滴が一つ落ちたように水面に波紋が広がった。やがて、そこに木々が映る。森の光景が水面に映ったのだ。

そこは丁度、アフロート王国側の森の入口だった。男が一人、その男の前に剣や短剣を持った男女二人組が見える。入口側に近い男はボロボロで、斬りつけられた痕や血が見えて、どう見ても武装した二人組に襲われているようにしか見えない。


「…何この状況…!?」


この水瓶を使ったのは初めてではない。エイダがいた頃に二度使用したことがあるが、どちらもこんな異様な光景が映ったりはしなかった。彼女もこれを使うのは、目的をもって入り込もうとしている人間か、迷い込んでくる人間がいた時くらいだと言っていたはずなのに、魔物に襲われているならまだしも、人間同士で争っている状況だ。


何故、エイダがいない時にこのような厄介なことが起こるのだと、頭を抱えたくなった。

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