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黒の魔女の拾いもの  作者: 茜菫
本編
2/71

第1話 私と謎の青年 (1)

「まあ!これ、可愛いわ!」


「ありがとうございます、アイリーン。それ、昨日作ったばかりの新作なんですよ。」


「トモエの作ったアクセサリーは素敵ものばかりで、見ているだけでも幸せになれるわ!」


目の前にいるのは、緩くウェーブした長いミルキーブロンドに、サファイアの様な青い目をした少女。その目と同じ様な色の石のブレスレットを手に取って、似合うかしらと腕に絡めて見せる。花が咲いたような笑顔で嬉しいことを言ってくれる彼女は天使の様だ。その天使はうちの常連客の一人であり、西洋風なこの国からすれば異国の風貌をしている私にも気軽に声をかけてくれる、やはり天使だった。


ここはエールラン王国の首都。そこで私は、異国からやってきた魔法使いという触れ込みで小さな雑貨屋兼薬屋を営んでいる。


エールラン王国は私が知っている世界地図には何処にも存在しない国だ。だが、今世界地図を見れば、私が生まれ育った日本などどこにも存在しないどころか、私が知っている海、大陸、島すら存在しないであろう。


人生何が起きるかわからないという事を、身をもって感じた一ノ瀬巴、二十五歳。二年前、摩訶不思議な現象で私が迷い込んだのは、異世界だった。


「ふふ、ありがとうございます。その石、お隣のアフロート王国で採れるものなんですよ。」


「まあ。それじゃあ、手に入れられるのは今のうちかもしれないのね。」


「…そうですね…アフロートと戦になれば、手に入れるのは難しくなるかもしれません。」


エールラン王国は東と南を海に面した国で、その北と西を二つの国と隣している。そのうちの西側がアフロート王国なのだが、どうやらこの二国は昔から仲がよろしくないらしい。

そして、今はその二国間でちょっとした問題が起こっており、揉めに揉めている。その上、アフロート王国側の事情によっては開戦もあり得るとの噂だ。


アフロート王国の王はまだ存命ではあるが、今は病を患っていた。王は三人の王子に恵まれ、長子の第一王子が王位を継ぐ予定であり、その第一王子はエールラン王国とは友好的な関係を築きたいという意思を表明していた。

なのになぜ戦争になるかもしれないなどという噂が立ったのかというと、なんとこの第一王子が四か月前から行方不明なのである。


そして第二王子が厄介なことに、エールラン王国との開戦派だ。残る第三王子はというと、三年前に病死している。幼いころから病弱であったそうで、類稀なる美貌を持った儚い王子と噂されていた第三王子は、生きていたとしても彼の母が平民の出であったため、王位継承権からは外されていたそうだ。


このまま第一王子が行方不明、または死亡が確認されれば、開戦派の第二王子が王位につき、戦争となるのは避けられないであろう。全く、このタイミングで第一王子が行方不明になるだなんて、実にきな臭い話だ。


「でも国境付近には黒の森があるから、黒の魔女を警戒して、そう簡単には戦争にならない…と思いたいのだけれど…」


アイリーンはそう言って表情を曇らせた。彼女が言った通り、エールラン王国とアフロート王国の北側の国境には黒の森とよばれる森があった。この森は二国だけでなく近隣諸国のどの国にも属さない、黒の魔女とよばれる存在が支配している森であった。


「黒の森の、黒の魔女…」


二年前の出来事を思い出す。突然この世界に迷い込み、獰猛な魔物に襲われ生死をさまようことになったのはその黒い森での出来事で、そんな私を助けてくれたのは黒い魔女とよばれる女性、エイダだった。


エイダは若く美しい女性の姿をしていた。実年齢を教えてくれることはなかったが、孫まで生まれるくらい以上には生きていたそうだ。彼女はこの世界特有の力である「魔力」を一般的な人間とは比較にならないほどに膨大な量を保持し、その魔力を用いて奇跡を起こす「魔法」を無数に使いこなすが故に、黒の魔女とよばれる存在であった。


魔法は簡単なものであれば、明かりを灯したり、水を凍らせたり等、強大なものとなれば爆発を起こし、雨を降らせ、竜巻を呼び、雷を落とす等様々でなものがある。強大な魔法を扱えるほどの魔力を持つものというのは、なかなかにいない。まして、魔女とまで呼ばれるほどの魔力と魔法の知識を持つものなどは数えるほどしかいないだろう。


そんな力を持つ黒の魔女はどの国にもつかず、敵でもなければ味方でもないとはいえ、存在は無視できないという事なのだろう。彼女が居住とする黒の森も、一度入った者は二度と出ることはないと言われ恐れられている場所だ。実際、魔女の小屋を少し離れれば、二年前に出会った魔物など比べ物にならないような恐ろしい魔物が巣食っていたりする。


「…すみません、なんだか暗い話になっちゃいました。」


「トモエはすぐ謝るわね!平気よ、今はどこに行ったってこの話ばかりだもの。」


私も街を歩けばよく耳にする話題だった。だから気になって態々隣国のお家事情なんてものを調べたのだが、知ったからと言って特に何かできるわけでもなく、ただ静観するだけだ。


「私、戦争は嫌だわ…」


「そうですね…私は平穏に暮らすことができれば、これ以上ない幸せなんですよね。」


異世界に迷い込み帰る手段も見つからない、それまでは平凡なはずだった女の、切実な願いである。


そんな話をしているうちに日がとっぷりと暮れたようで、外からゴンゴンと鐘の音が聞こえてきた。この国独特の文化なのか、夕方七時頃にこうして鐘が鳴らされる。この鐘の音を合図に人々は帰路につき、店じまいをはじめるのだ。


「まあ、もうこんな時間!今日は帰るわね。」


「はい、お気をつけて。いつもありがとうございます、アイリーン。」


「いつもトモエの薬にお世話になっているもの、私の方こそありがとう!それに、私はトモエの作るアクセサリーが好きなの。また来るわ!」


またね、ととびきりの笑顔を浮かべて帰ろうとする彼女を扉まで見送り、手を振った。お客ではあるが、ちょっと年上のお姉さんと思っているようで、友人のように接してくれる。実際は結構年上のお姉さんなのだが、それは黙っておこう。この辺りでは見かけない面立ちの為、年齢を察しにくいのだろうが、日本人女性の平均身長程の私は、アイリーンよりも身長が低いからというのもあるかもしれない。


店の扉と窓をしっかり施錠し、カーテンを閉めて明かりを消す。念のため二階に通じる扉も鍵がかかっているかを確認した。

借用しているこの建物は一階が店、二階が生活の為のキッチンや部屋がある構造になっているのだが、実は二階をほとんど使ったことが無い。その理由は、私の生活の場が二階ではないからだ。


ならばどこで生活しているのかというと、店のカウンターの奥には本来であれば倉庫となる小さな部屋があるのだが、そこに通じる扉を開いた先が私の生活の場だ。倉庫で生活している訳ではなく、魔法で扉に細工をしており、倉庫ではない此処とは別の場所に繋がるようにしている。


こんな面倒なことをしているのには理由がある。私が住処としているその場所は厄介な場所にあり、生活するのにも不自由なのに商売するなんて到底不可能な場所だからだ。


今日の商売は終わった。扉をくぐり、王都から己の住処へと移動する。人でにぎわう王都から一転して、静寂に包まれた森の中にある小屋の、質素な部屋だ。自分の商品を作るための道具や魔法を使うための道具、使用用途がわからない道具他色々とあるが、何故か落ち着く空間だ。


窓から外を見ればすっかり暗くなっているようだ。影の色になった木々が、風に小さく揺れていた。


ここは黒の森にある、小屋の中。黒の魔女とよばれるエイダが住んでいた、その場所であった。

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