骨董品店の昔語り
家族の話をしましょう。
主人であった源三や、私に住まう多くの同胞たちや、そして小さな小さな悠の話です。
イヤ、もう彼女は小さくないのかもしれません。建造物である私に比べれば、背は低いのだけれども、それでも昔に柱に刻んだ傷のあとは、今は彼女の肩より下の高さにあるのですから。
私の記憶に間違いがなければ、悠は成長期の身体にあります。これからも大きくなることでしょう。願わくば、その心にも豊かな成熟を。
閑話休題。
幾年も前、今となっては昔のことです。
あるところに――イヤ、この家になのですが――頑固なおじいさんと、素直な女の子がすんでいました。(しかしおじいさんもまた素直なところがあり、女の子にも頑固なところがありました。不思議なことです)
そりが合わないことも多々ありましたが、血のつながった家族どうし、仲良くつつましく暮らしていました。
さて。おじいさんには夢がありました。自分の骨董屋が、遥か遠い未来までも、ずうっと存在していることでした。
女の子にも夢がありました。親しき友人たち、付喪神に、ずうっと寄り添っていくことでした。
目的が一致しているようであって、実のところ、そこには微妙な差異がありました。少女はあまり友達を売りたくなかったのです。
ですので、
「のう。悠よ。ワシの後を継いではくれないか」
とおじいさんが話しかける度、
「かんがえとく」
と女の子はあいまいに返し、
「はっきりしない返事よのう」
とおじいさんが口をゆがめることが、日常の一部となっていました。
そんなある日、店にひとりの男の人と、一本のドライバーが訪ねてきました。(差替えドライバーを一本といえるかはともかくです)
彼らは修理屋を営んでおりました。道具が、付喪神が壊れたときに、持ち前の技術で直すお仕事です。
女の子がその仕事に惹かれるまでに、全然、時間はかかりませんでした。彼女はおじいさんにいつものように聞かれて、こう答えます。
「おじいちゃん。わたし、修理屋さんになりたいな」
「…………そうか」
女の子の瞳を覗きこみ、ゆっくりと頷きました。
ただし、夢を捨てたわけではありません。
「ならば、ここを拠点にするとよい」
おじいさんは諦めが悪かったのです。
「骨董品屋とかけもちじゃ」
「えぇ……」
「なに、形だけでもいい。それに、修理屋としてでも店舗を持てるんじゃぞ。さぞかし便利じゃろう」
「でもわたし、そんな、かけもちなんて」
「できないとでも言うつもりじゃあるまいな?」
ちっちっちっ、人差し指を振り、年甲斐もなくかっこつけるおじいさん。
「――悠。お主は、お主が思っとる以上に、天才じゃよ」
にこにこやかな破顔一笑でした。
目を見張る女の子を尻目に、おじいさんはぐるりと肩を回しました。
「さてはて。作業場を作らないとのう」
おじいさんは、私に向かって頭を下げました。また改築させてもらうぞ、と。
私は快く受け付けます。
彼らの距離はいっそう縮まって、楽しい日々が幕を開けました。
女の子は修理屋の男に弟子入りして、ドライバーと一緒に日々腕を上げていきました。
また、おじいさんに、物を売り使ってもらうことは大事だと諭されて、結局説得されたりもしました。
私の内には、前よりもっと様々な付喪神が集まってくるようになりました。あのときこそ、私にとっての全盛といえたでしょう。
かけがえのない思い出です。
しかし、そんな幸せも長くは続きませんでした。
白衣の大人たちが私へ詰めかけてきて、こう言ったのです。
「間悠さん。貴方には一週間以内の《二十一番病院》への入院義務が生じました」
女の子は、未知のウイルスに感染してしまっていたのです。人々の知らぬ領域からの、機械にもまだ突き止められぬ領域からの、悪意にまみれた攻撃でした。
お別れも、ままならぬままに、女の子は私を去って行きました。
後に残ったのは彼女の荷物と、胸を食らう心残りだけでした。
それがもう五十年くらい前のことになります。
さて。
どういうわけか長い年月を経て、それでも彼女が戻ってきたとき、私はそれを喜ばしいと思いました。
イヤ、しかし、それはひとつの悲しみでもあると、蛇口を緩めずにはいられないのです。
我々付喪神なら、何年でもこの世に在り続けましょう。
源三はそうではありませんでした。
どれだけ文明が進歩しても、未だに逃れられない人の運命があります。
だから、彼らは、永遠に――――。
《二十一番病院》
二十一番街のほとんどの面積を占めた、テイケオ最大の総合病院。