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ツクモ様の昔語り  作者: 九木九十九
ウィッシュリーチ、箱を越えて
6/7

骨董品店の昔語り


 家族の話をしましょう。

 主人であった源三(げんぞう)や、私に住まう多くの同胞たちや、そして小さな小さな悠の話です。

 イヤ、もう彼女は小さくないのかもしれません。建造物である私に比べれば、背は低いのだけれども、それでも昔に柱に刻んだ傷のあとは、今は彼女の肩より下の高さにあるのですから。

 私の記憶に間違いがなければ、悠は成長期の身体にあります。これからも大きくなることでしょう。願わくば、その心にも豊かな成熟を。


 閑話休題(それはさておいて)


 幾年も前、今となっては昔のことです。

 あるところに――イヤ、この家(わたし)になのですが――頑固なおじいさんと、素直な女の子がすんでいました。(しかしおじいさんもまた素直なところがあり、女の子にも頑固なところがありました。不思議なことです)

 そりが合わないことも多々ありましたが、血のつながった家族どうし、仲良くつつましく暮らしていました。


 さて。おじいさんには夢がありました。自分の骨董屋が、遥か遠い未来までも、ずうっと存在していることでした。

 女の子にも夢がありました。親しき友人たち、付喪神に、ずうっと寄り添っていくことでした。

 目的が一致しているようであって、実のところ、そこには微妙な差異がありました。少女はあまり友達を売りたくなかったのです。

 ですので、


「のう。悠よ。ワシの後を継いではくれないか」


 とおじいさんが話しかける度、


「かんがえとく」


 と女の子はあいまいに返し、


「はっきりしない返事よのう」


 とおじいさんが口をゆがめることが、日常の一部となっていました。

 そんなある日、店にひとりの男の人と、一本のドライバーが訪ねてきました。(差替えドライバーを一本といえるかはともかくです)

 彼らは修理屋を営んでおりました。道具が、付喪神が壊れたときに、持ち前の技術で直すお仕事です。

 女の子がその仕事に惹かれるまでに、全然、時間はかかりませんでした。彼女はおじいさんにいつものように聞かれて、こう答えます。


「おじいちゃん。わたし、修理屋さんになりたいな」

「…………そうか」


 女の子の瞳を覗きこみ、ゆっくりと頷きました。

 ただし、夢を捨てたわけではありません。


「ならば、ここを拠点にするとよい」


 おじいさんは諦めが悪かったのです。


「骨董品屋とかけもちじゃ」

「えぇ……」

「なに、形だけでもいい。それに、修理屋としてでも店舗を持てるんじゃぞ。さぞかし便利じゃろう」

「でもわたし、そんな、かけもちなんて」

「できないとでも言うつもりじゃあるまいな?」


 ちっちっちっ、人差し指を振り、年甲斐もなくかっこつけるおじいさん。


「――悠。お主は、お主が思っとる以上に、天才じゃよ」


 にこにこやかな破顔一笑でした。

 目を見張る女の子を尻目に、おじいさんはぐるりと肩を回しました。


「さてはて。作業場を作らないとのう」


 おじいさんは、私に向かって頭を下げました。また改築させてもらうぞ、と。

 私は快く受け付けます。

 彼らの距離はいっそう縮まって、楽しい日々が幕を開けました。

 女の子は修理屋の男に弟子入りして、ドライバーと一緒に日々腕を上げていきました。

 また、おじいさんに、物を売り使ってもらうことは大事だと諭されて、結局説得されたりもしました。

 私の内には、前よりもっと様々な付喪神が集まってくるようになりました。あのときこそ、私にとっての全盛といえたでしょう。

 かけがえのない思い出です。


 しかし、そんな幸せも長くは続きませんでした。

 白衣の大人たちが私へ詰めかけてきて、こう言ったのです。


(まにま)悠さん。貴方には一週間以内の《二十一番病院》への入院義務が生じました」


 女の子は、未知のウイルスに感染してしまっていたのです。人々の知らぬ領域からの、機械にもまだ突き止められぬ領域からの、悪意にまみれた攻撃でした。



 お別れも、ままならぬままに、女の子は私を去って行きました。

 後に残ったのは彼女の荷物と、胸を食らう心残りだけでした。


 それがもう五十年くらい前(・・・・・・・)のことになります。


 さて。


 どういうわけか長い年月を経て、それでも彼女が戻ってきたとき、私はそれを喜ばしいと思いました。

 イヤ、しかし、それはひとつの悲しみでもあると、蛇口を緩めずにはいられないのです。


 我々付喪神なら、何年でもこの世に在り続けましょう。

 源三はそうではありませんでした。

 どれだけ文明が進歩しても、未だに逃れられない人の運命があります。

 だから、彼らは、永遠に――――。


《二十一番病院》

二十一番街のほとんどの面積を占めた、テイケオ最大の総合病院。

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