再会は心に響きます
狂宴とさえいえるお祭り騒ぎだった。
お守りやキャラクターストラップが跳ねて、くるくると食器が飛びまわる。ラララと絵画が合唱すれば、それに合わせて古着が踊りだす。
電気を使う道具は一斉にスイッチをいれて、電力を無駄遣いした。ヒーターだろうと扇風機だろうと関係ない。
唯一ツボの類たちのみが、大人しく騒いでいた。彼らはタマゴのようにデリケートなのだ。
悠は思わず耳を抑えながらも、記憶と変わらない道具達の賑わいに、口角を上げた。
「ハル、よく戻ってきたな! 否、僕は信じてたとも!」
「うわっ」
青いマントが少女の背後から飛びついた。それはもう、勢いよく、どばっと飛びついた。
悠はややバランスを崩しながらも、しっかり受け止め、襟を整える。
「ントさん、おひさ。元気だった?」
「おう、おひさーだ。元気も元気、有り余った元気を物質化してテイケオを壊滅できそうなくらい元気さ」
「……それはなによりだけど、テイケオは壊しちゃダメだからね?」
「フハハ。軽いジョークさ、ジョーク」
陽気に笑いながら、バタバタと無風にはためくマント。蝶の鱗粉のように、キラキラと金色の光が宙を舞う。彼はただのマントでなく、《目立ちたがりのマント》という遊園地の機材であった。
悠はしばしその温もりを味わう。物理的にも、心理的にも、この上ないほど暖かくなった。
ふと、喧喧たる大騒ぎの中で、おいおいとすすり泣く声が耳に入ってきた。
聞き覚えがあった音に悠は、セルフでお手玉をするゴムボールを避けながら、歩みよる。
その先にあったのは、木製のカウンターの上に、ちょこんと収まる分厚いレンズ。
悠が柔らかく微笑み、そっと摘まんだ。
「久しぶりだね。グルさん」
「はい。お久しぶりですね、お嬢。再びお嬢に会うことができ、ワタクシ……ワタクシ……なんといったらいいか、もう……」
泣く泣き咽ぶ、深緑フレームの作業用ゴーグル。
悠はよしよしとなだめながら、彼をかけた。
「ほら、そろそろ泣き止んで。私はここにいるんだから。私、クールなグルさんのほうが好きだよ」
「それが先程からそう試みているのですが、大変難しいことなのでございます!
――ああ! お嬢! こんなに大きくなって! ワタクシ、感激ゆえ、号泣が止まらない!」
ゴーグルは嗚咽を漏らしながら、打ち震える。
そこに横やりを入れるモノがいた――マントである。
「フハハ。メガネから涙は出ないだろー」
「五月蝿いぞ、阿保マント」
人の感慨無量を邪魔するな。声のトーンを急降下させて、ピシャリとゴーグルが言い放った。「んな。僕にアホといったな! 馬鹿メガネ!」とマントが言い返し、がやがやと口論が始まった。
ようやくいつもの調子に戻った凹凸コンビ。悠はふふ、と顔を綻ばせた。
悠は、昔のように喧嘩を仲裁しようとする。
しかし、「ねえ、二人とも――」口を開いた瞬間、爆音が、お祭り騒ぎを越えた轟轟たる大音量が、少女の声をかき消した。「……うるさ」
ズダダ、ズダダ。デーデレレン。支離滅裂なミュージック。
悠は頭に手をやると、速足で音のほうに向かった。古今東西の楽器が並んでいるスペースだ。
「悠! 本当に悠か! 悠は悠なのか!」
「……スティくん。私は私なんだけど。それより、もうちょっとボリュームを下げよう。ね?」
悠の接近に気がついたドラムスティックが、ややパニックにシャウトする。
声のボリュームだけではなく、スネアドラムのロール音が、とんでもなくうるさかったのだ。
ロール音は次第に音量をデクレッシェンドして、ささやかになっていく。これでいいか? とスティックが問い、悠は優しく頷いた。
「やーい。スティックめ。怒られてやんのー!」
「……あなたもだよ。ピアちゃん」
「え、」
スネアの隣に、調子にのる電子ピアノが一台。冷たい視線を向けられて、ぞくりとぐらつくシ♭。
彼女は鍵盤を薄ピンクに光らせながら、ジャジャジャジャーン、と古い交響曲の一節で、ショックを表現した。
「そんなー、あたしも怒られてるだなんて。……これもまた運命なのね!」
「よくわかんないけど、怒ってはいないよ。けれど、もうちょっとだけ控えめにね?」
「むー。それなら、ヘイDJ。リクエストをどうぞ」
「え? えーと。ゆったりした曲が聞きたい気分カナー」
「オッケー任せて! 最高に落ち着いたジャズを奏でてあげるわ!」
不安しかない返答だった。しかし、その不安は外れることになる。
ポーンと、和音をひとつ響かせてから、お洒落なジャズ演奏が始まった。スティックが合わせてリズムを刻み、いつの間にサックスが加わって、セッションが始まった。絵画のコーラス隊も趣深い。
少女は耳を傾ける。皮切りとして、他の付喪神達も続々と聞き入り始めた。
少しずつ、てんやわんやの大騒ぎは収束していった。
そのタイミングを見計らっていたかのように、悠に寄ってくる小さな影があった。とんとん、少女の足をつつく。
「おかえり。はるちゃん」
「バウワウ!」
「あ、メアちゃんに、リーくん。ただいま」
「お名前、ちゃんとよんでほしいの」
「ごめんごめん。メアリーちゃん」
悠が振り返ると、すぐそばにいたのは、クマのぬいぐるみとリードつきの首輪だった。
ぬいぐるみがリードの持ち手を放すと、あたかもそこに犬がいるかのように、ワンワン――リードが駆け回る。どたどたと、ないはずの足音まで聞こえてきた。
「あのね。はるちゃん、つかれてるよね?」
「うん、まあ、そうだね」
「だと思った。だからわたし、おふとんひいてきたの」
「アオーン!」
ぬいぐるみがふわふわの胸を張る。リードも誇らしげにしていたが、彼は特に何もしていない。
ありがとう、と悠に抱きつかれた。もこもこの毛並みが潰れてしまったが、満更でもなさそうだ。
そろそろ上に行くね、名残惜しそうに伝えると、マントとゴーグルがふわりと離れていった。そして悠は、奥のフローリングが一段高くなっているほうへ歩みを進めていく。
運動靴を脱いで、焦げ茶色の床に上がった。クツべらがそっと靴をそろえる。
薄暗い廊下に、家が電球を灯す。下手なセンサー式ライトよりも、この家の明かりは利便性に富む。
「なかなか騒がしいな。だがまあ、嫌いではない」
「そっか。それにしても、このお店、防音で本当に良かったよ……」
「む。確か、設計者は悠の祖父さんだったか」
「そうだよ。多分、こういうのも計算のうちだったんだろうね」
悠とマフラーは言葉を交わしつつ、二階への階段を通りすぎて、すぐそばの客間へと進んだ。
二階へ上がる前に、この店のまとめ役に挨拶をしておくためだ。
ドアは相も変わらず勝手に開く。本当に良くできた家であった。
悠は、客間のテーブルの端にどしっとある固定電話を確認すると、ちょこんと手を上げた。
「テル爺、久しぶり――」
「なんや? ウチのことはシカトかいな?」
固定電話との距離を縮めようとして、ピタリと動きを止めた。ゆっくりと、彼女は、声のほうへ首を回す。
むすっとしていたのは、――差替えドライバーだった。今は尖ったプラスの先端を付けている。心なしか、話し方まで刺々しい。
少女の瞳から、つうと流れ落ちるものがあった。それはポタポタと垂れて、床に落ち、跳ねる。
「リペアちゃん……。会えて、よかった」
「みっともない顔しよって……。相棒として恥ずかしいわ」
やれやれと、呆れた風に、先端を振るうドライバー。口ではこう言いながらも、内心、一番喜んでいるのは彼女なのかもしれない。
彼女達は、かけがえのない隣人であり、唯一無二の相棒であり、切磋琢磨しあった親友なのだ。リペアというのも、悠が贈った名前である。
しかし、悠の涙には、嬉しさではない感情が多く混ざっていた。後ろめたさだ半分、申し訳なさ半分、そんな感情である。
あえて一言にすれば――後悔。友と喧嘩別れした過去を、彼女はひどく悔いていた。
「ごめんね。あのときは、本当にごめんね」
「……謝らんといてや。ウチやって、キミの気持ちはわかっとるつもりさかい」
「でも、わたし、リペアちゃんにひどいこと……」
「ええい! じゃあかしいわ!」
コツン、持ち手で頭を叩く。悠が黙り、リペアが啖呵を切った。
「ええか、ハル。謝罪てのわなあ、すればいいてもんやあらへんで。ほんまに大事なのは、どこに落とし所をつけるかやねん。
そりゃあ、ウチもあんな別れ方はあんましやったと思うけどな……。でもな、過ぎたことは仕方ないねん。そんな小さいことで友を失うほうが、バカバカしくて仕方がない。それにウチやて、ちょいとばかしは、悪かったところもあるしなあ」
くるくると指揮棒のように回りながら、リペアが説教垂れる。心の底からの説教だ。
リペアの座右の銘は『終わりの後が良くなければ、全て台無し』である。たかだか別れ際に大喧嘩したくらいで、ずっと引きずったままの関係になってしまうなんてことを、彼女は望まない。
締めを重視する考え方は、ドライバー故のものだからかもしれない。それは彼女の性分であり、信条ともいえた。
ただ、ドライバーは締めるだけの道具ではないのである。
最後にビシッと十字を少女へ向けてから、ふわり、剣幕を緩めた。
「せやから、この喧嘩はおしまい。ええな?」
「……うん。ありがと」
悠は、聡明な少女である。さっきは感情的になってしまったが、友の性格を誰よりも理解し、心情を察した。
涙を拭い、頬を叩く。一回だけ、深呼吸をした。
「しっかし、ハル、ウチはなあ。ほんに、待ちくたびれて仕方なかったねんでえ」
「ごめんねえ、遅くなっちゃって」
「ふん……。だから、謝る必要なんてあらへんって言うとるやろ。キミと再会できだけで、今は充分や」
悠とリペアは談笑する。
昔あった、景色だった。
しばらくの間、彼女達は仲良く話し込んだ。邪魔するモノは、何もなかった。
「ほむ。話は終わったかのう?」
会話が一区切りしたところで、老人の声が尋ねた。
悠はポカンと口を開ける。
「あ、テル爺。忘れてた」
「……心外じゃのう。まあ良い」
固定電話が横長の画面に困り顔を表示する。
どこかでマフラーが、「私も忘れられてるような……」と呟くが、わざわざ肯定するものはいなかった。
「して、悠よ。戻ってこれたということは、例のアレは大丈夫なのか?」
「うん。マフさんが『まだ経過観察は必要だけど、大きな問題は無い』ってさ」
「ほむ。マフさんとは、そこなマフラーのことかの?」
「はい。私は少しばかり医学に造詣がありまして」
「なるほどのう。まあ、なによりのことじゃのう」
固定電話はふぉふぉふぉと笑いながらも、ぴこぴこと数字のボタンを光らせ、思考する。マフラーが信用に値するのか測ったのだ。
しかし結局、ここで結論を急ぐのは早計だと判断した。後回し、ともいう。
そして、ごほん、咳払いをし、「さて」と前置いた。
「悠。家が風呂を沸かし始めてる。飯もキッチンのモノに頼めばすぐに出せるじゃろうが、どうする?」
悠は「うーん」と顎に指を当てながら、壁にかかっている時計を見た。既に十二時を回っている。
「せっかくだけど、もう寝ることにするよ。くたくたでさ」
「ほほう。そうであったか。寝心地は安心すると良いぞ。晴れの日になると、わざわざ干しにくるお節介屋がいるのでのう」
「それって……キイちゃん?」
「その通り。あやつのことじゃよ。明日にでも、元気な姿を見せてやると良い」
「うん、そうするよ」
リペアと固定電話におやすみと告げてから、悠は廊下のほうへ向いた。ドアが勝手に開く。
欠伸を手のひらで覆いながら、廊下のフローリングを歩く。
そして、階段に一歩踏みだしたとき、「あ!」と客間から声が上がった。足を止めて確認すると、リペアがふわふわ浮いてやってくる。
「ハル、せめて着替えてから寝るんやで」
言われて、少女は自分の服を見下ろす。
汚れたコート、スカート、リュックサックに、マフラー。これから布団に入る格好ではなかった。
「わかった。おやすみ」
少女はアハハと苦く笑ってから、今度こそ二階へ上がっていくのであった。
《目立ちたがりのマント》
とある遊園地で、ショーの司会のために作られたマント。
目立つ為のいろいろな効果がある。
光の粒子のエフェクトもそのひとつ。他にも、拡声器機能や、逆光学迷彩なども搭載されている。
科学力はかなり高い水準にあります。海中のドーム都市をはじめとして、人工惑星や永久機関まで存在します。
ネタバレですが、今回悠と会話の描写があった付喪神は、それぞれにそれぞれのエピソードが語たれる予定です。