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ツクモ様の昔語り  作者: 九木九十九
ウィッシュリーチ、箱を越えて
2/7

マフラーが暖かい季節です

新出の固有名詞や造語などには《》をつけてます。簡単な解説を後書きで行います。


 《海中都市テイケオ》の《十八番街》。どことなく煤汚れたビルが立ち並ぶ中、(ハルカ)は大きなリュックサックを揺らし、歩いていた。 

 丈の長いスカートも、フードつきのコートも、所々が土に汚れている。

 悠は、テイケオの南端からそれなりに離れたこの街まで、小さな歩幅ではるばるやってきたのである。

 歩き始めた頃には、《擬似太陽》が東のほうに見えていたが、今は西の建物の影に隠れてしまって、頭上の海をオレンジ色に染めている。

 数年前までなら、この時間にはビルの窓がぽつぽつと光り初め、帰路につこうとする車や、まだ働こうとする車が忙しく行き来していたものだった。

 だが、例の《滅亡宣言》が起こってからは、段々とそれらが減っていき、今はどこにも見えない。ただ、人間の脅威を無くした野良の獣や鳥や虫達が、悠々(ゆうゆう)と街を巡っているのみである。

 

「悠、そろそろ休まないか?」


 その声は少女のものではない。知的で優しげな、青年の声色だった。

 

「でも、このままじゃ日が暮れちゃうよ」

 

 悠が首に巻いたマフラーに返答する。先程の声は、この古びたマフラーのものだった。

 器物百年を経て――長い年月を過ごした道具には、化して精霊を得てより――時として命が宿ることがあり、人の心を誑かす――人々の思いに様々な影響を与えることがある。

 それは付喪神(つくもがみ)という、(うつつ)のようで幻のような、どこかあやふやな存在だ。

 その襟巻き(マフラー)も、遥か昔、テイケオが《エド》が呼ばれた頃に命を宿した付喪神であった。

 喋ることもできれば、少しの間であれば浮くことまでできる。紆余曲折あって、今は悠の首に収まっている。

 

「だが、先程また歩くペースが落ちたぞ。とっくに疲れ切っているのではないか?」

「大丈夫、大丈夫だって。私はまだまだこんなに元気だよ」

 

 言い終わらないうちに、ぴょんぴょんとその場で跳ねて見せる。

 しかし、何度目の着地の際にバランスを崩し、膝をついてしまった。棒のようになった足では、軽いジャンプでも負荷だったのである。

 

「それみたことか。あそこの歩道橋にでも座って休むんだ。わかったな?」

「でも、もう夜に……」

「休まないで歩いた所で変わらないだろう。《九番街》まではまだ距離があるんだぞ」

「うぅ……。今夜は徹夜かなあ?」

「徹夜せずとも、その辺りのホテルで寝床を借りればいい。なあに、どうせ店員も客も無銭宿泊を咎める警察もいやしないさ」

 

 誰もいなくても、罪悪感がなあ。

 悠はしぶるように表情を暗くしたが、お金を申し訳程度しか持っていない現状、背に腹は変えられないと、首を振って切り替えた。

 

「わかった、休憩するよ。はあ、ついに私も犯罪者デビューか……」

 

 足どりをやや重くしながら、悠は歩道橋の(ふもと)へたどり着いた。

 階段の一番下の段に、よっこらせ、と荷物を置き、その横に座った。リュックの中から水筒を取り出し、口をつける。

 マフラーは、背伸びをしたり、長い息をはいたりして休憩する悠の様子に、これは予想よりも疲れているな、と考えた。

 なぜなら、その口数が余りにも少ないのだ。彼女は普段はお喋りなほうなのである。

 空の海は、少しずつ端のほうから紫がかってきて、夜の近さを告げている。鳥の群れは今夜の寝る場所が定まっているのか、森のある《二十二番街》のほうへ、飛んで行った。

 マフラーはその人の世でなくなったような風景を見て、ポツリと呟いた。

 

「随分と変わってしまったな。この街も」

 

 その小さな独り言に、少女がうにゃむにゃと欠伸を噛みころしながら質問をする。

 

「マフさんって、前はこの辺りに住んでたんだっけ?」

「物が『住む』というのも可笑(おか)しな表現だな……。だがまあ、昔の主人の(ねぐら)がこの近辺にあったことは、間違いじゃない」

 

 少女は、ふーん、と、興味があるような、ないような曖昧な返事をして、マフラーが見ていそうな景色を追った。

 しばらくの時間が経って、悠がそろそろ出発しようとリュックサックに手を掛けたとき、その音は遠くのほうから聞こえてきた。

 ブロロロロ。初めは何の音かと思ったが、それは車が走っているのだと気がつく。

 車は悠達が向かう先のほうに見えた。近づいてくる車の上に、小さな看板が光っているに、悠は目ざとく気がついた。

 

「あ。あれ、タクシーだ!」

「本当だ。珍しいものだな」

 

 マフラーが珍しいと言ったのは、このご時世にタクシー業を務める者がいることと、その車がエンジン音を鳴らして走る古いモデルだったことの、両方に対してだった。

 

「それに空車だ。ねえ、せっかくだから乗せて貰おうよ!」

「賛同したい所だが……。お金、手持ちが少ないのではなかったか? その上、現在の初乗り料金もわからない」

「そのくらい、向こうにつけばなんとかなるって。それよりも前科一犯とか野宿とかのほうが私はいやだな」

 

 うんうんと悩む襟巻きを歯牙にかけず、少女は荷物を背負い、まっすぐと手を上げて、タクシーに自分をアピールする。

 車はすぐにそれに気がついて、ゆるりとブレーキ音を鳴らし止まった。バタン、自働でドアが開く。

 少女は小さく礼をしてから、よいしょとリュックを乗せ、奥へ押し込んでから、マフラーをドアに引っ掻けないよう気をつけて、自分も後部座席に乗り込んだ。バタン、ドアが閉じられる。

 

「お客さん、どちらまで?」

 

 片眉を上げながら聞いてくるのは、壮年くらいの男性運転手だった。

 

「九番街の、《マニマ骨董品店》までお願いします」

「ああ、あそこね。了解ですよっ、と」

 

 車は、豪快にUターンしてから、ゆっくりと加速していく。

 少女は最初は窓の外を物珍しげに見ていたが、しばらくすると、疲れのせいか、夢の中へと沈んでいった。


《海中都市テイケオ》

水中にある透明なドームで覆われた都市。名前の由来は東京。都会っぽくあるが、『現代日本の都会』に『サイバーパンク要素』をかけてわったようなイメージ。だと作者は思ってる。


《十八番街》

テイケオで一番ビルが多い地区。都市の中に街があるのは変な感じだが、実は『海中都市』という名称のほうが俗称だったりする。あえて表せば、テイケオ県十八番街、ってイメージ。テイケオ都でもアリ。


《擬似太陽》

ドームの天井に写された偽物の太陽のこと。または、偽物の空全体をさす。天井というスクリーンに空を写した感じ。


《滅亡宣言》

演算機械(マシン)により、地球滅亡が導き出された後、それが一般に公開された出来事のこと。


《エド》

古い時代の名前。江戸をモデルにしている。


《九番街》

後述のマニマ骨董品店がある地区。テイケオの中央に近く、それなりに人が住んでいる。


《二十二番街》

テイケオの西のほうにある地区。広い森がある。


《マニマ骨董品店》

(まにま)さんの開いた骨董品を売り買いするお店。そして、付喪神に深くか関わるお店である。少女はとある理由でそこを目指している。


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