衛星さんの昔語り
お読み頂きありがとうございます。
ハロー、ハロー、そこのお人。
ちょいとよろしかったらで良いのですが、儂の話を聞いていってはくれませんか。
とりとめのない、老人――いや、老衛星の昔話なのですが、退屈させはしませんので。どうぞ。
儂は惑星アースの周りを、ぐるぐると回ることを生業としていまして。
いえ、正確にいえば――儂から出ていく電波が、近く(宇宙的規模で)を通る船を助けているみたいなんですがね。
でもねえ、アースから宇宙船が出てきたのなんて、もはやよっぽど遥か昔のこと。あの日、ほとんどの人類がアースを捨てて、宇宙の彼方へと飛びたってからは、もう滅多に見かけなくなってしまいました。
だから、儂はこうしてアースや遠くの星を眺めることと、たまに通る隕石や船、太陽の風を観察することくらいしか、日課にできないわけなんです。
ただし、一時期を除いては。
丁度、人類の宇宙への巨大な便が、何度にも分けて発車されていた頃でしたか。
あの頃、儂と同じようにくるくる回ってる衛星の中に、儂のように意識のこびりついたモノがおりましてね。
付喪神――というようで。彼女いわく、儂らのような存在は、アースではさほど珍しくないのだと。
何故、衛星がアースの様子を知っていたかって?
それは彼女がアースを見る、聞くための、調査衛星だったからです。
儂も詳しくは知りませんが、望遠レンズで直接アースをみたり、レーダーを使って地面のでこぼこまで調べたり、仕上げにはミクロのロボットを大量に送りこんで、視覚聴覚嗅覚味覚触覚の情報を受けとっているんだとか。
もうミクロのロボ――略してミクロボの五感情報だけでいいんじゃないかと、儂も思ったことがあります。ですが、なんとも『情報は制度と鮮度が重要』とのこと。
おっといけない。脱線は儂の悪いくせでしてね。
ああ、もちろん軌道を外れたことはないですが。
ともかく、彼女は儂の近くに寄る度に、アースの様子を聴かせてくれましてね。あの頃だけは、日向ぼっこ以外の暇潰しがあったというわけなんです。
それでね、儂は今からその、彼女の話をそのままお贈りしたいと考えるのですよ。
儂の記憶が真空と混ざって、溶けてしまうその前に。
なにぶん、ペンを持つ手がないものでしてね。誰かがこの話を拾ってくれないか、といったところです。
では、僭越ながら、ご早速。
むかし昔。今となっては昔の話です。
あの星が新星に爆発した頃のことです。
人類はアースを見限りました。
それも無理もないことでしょう。いくら生まれ故郷だろうと、心中なんてしたくはないのです。
なにせ、あの頃には他の惑星に移住できる環境が整っていたのだから、みんな、そちらへと移っていくでしょう。
なんでも、高度な演算マシンが未来を分析した結果、近年中のアースの滅亡は非常に確かなものとなったらしいとか。
マシンに半ばおんぶにだっこだった人類は、急ぎに急いでアースを旅立っていきました。ちょうど罠にかかったばかりの鳥のような、そんな焦り方でした。
ただ、前述に『ほとんど』と述べたように、心中のほうを選ぶ物好きもいました。
単純に、取り残されたモノだったり、或いは、なにか信念があってそうしたモノだったり、もしかしたら、特に何も考えがなかったモノもいたのでしょう。
儂――いえ――私が語るのは、その残り物と残り者達の物語である。
そう――すべて今となっては、もう昔の話。
(2017.11.17 大幅に加筆修正しました)