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エンドリア物語

「蜜取り島の最前線」<エンドリア物語外伝39>

作者: あまみつ

 潮風が肌にまとわりつく。

 出港時には遠くに見えた島が、徐々に大きくなっていく。

 予定通りなら、あと5分もすればゴナス島に着くはずだ。

 グラハム・ヘファナンは空を見上げた。

 雲一つない。

 天候に恵まれたと、グラハムは安堵した。

 無人島であるゴナス島には、初夏にメミイという木に白い花が咲く。島の固有種で他の場所では育たない。メミイの白い花からとれる蜜は回復魔法の薬の材料になる。

 そのため、この時期になると、毎年多くの白魔術師が蜜を取る為に島を訪れる。魔術師目当ての屋台が港に並び、臨時の連絡船が航行する。

 港から島までは中型の帆船で、30分ほどで着く。

 グラハムが乗っているのも、この時期だけの臨時連絡船だ。船長を含めたクルーが8人。乗客は30人ほどで、ほとんどが白魔術師だ。

 グラハムの予定では、11時10分に到着。屋台で買ったサンドイッチを食べたあと、蜜の採取。研究に必要な量は3ミリリットルほどだから、すぐに集まる。その後も、蜜の採取を続行して、13時に帰航するこの船に乗って港に戻る。

 この天気ならば、予定通りに動けそうだ。

 順調な採取旅行。

 唯一の予定外は、グラハムのすぐ側に乗った2人組だった。

「うげっぇーーーーー!」

 10歳くらいの小柄な少年は、船に乗ってから、ずっと船縁にしがみついて吐いている。

 よほど船に弱いのだろう。

「あと5分だから、頑張れよ」

 隣に寝転がっている若者が、だるそうに言った。

 初夏だというのに、少年は水色の薄い布のコートを着ていた。そのコートの上から太い紐が幾重にもかかっている。太い紐で少年を縛った若者は寝転がったまま、紐の逆の端を握っている。

 出港直後に見回りにきた船長が驚いてやめさせようとしたが『泳げないで、吐いている途中で落ちると危ないんです』と、言って紐を解かなかった。船長はさらに説得を続けたが、その最中、少年が落ちた。船の側面にぶら下がった少年を若者は手慣れた様子で紐を引き上げて『あと2、3回はやると思います』と言った。船長は時々見に来るということで引いた。

 それから、グラハムが気づいただけでも少年は3回ほど落ちている。

「もう、ダメ……しゅ」

 ヨロヨロしている少年の足下で、若者は寝息を立て始めた。寝ていても紐をしっかりと握っているところをみると、慣れているようだ。

 かすかな振動をグラハムは足の裏に感じた。

 次の瞬間、空中に放り出されていた。

 爆発で飛ばされたのだと理解したときには水面にたたきつけられていた。溺れたくないと手足をばたつかせたが、身体はどんどん沈んでいく。

どこが上なのか下なのかわからない。光のある方が上だと頭ではわかっているのに、方向がつかめない。

 誰かがローブのフードをつかんだ。引っ張られて体勢が立ち直った。頭の上の光が近づいてきて、水面から顔を出した。

「大丈夫か!」

 引っ張ってくれた若者が、グラハムに聞いた。

 爆発で耳鳴りがして、聞きづらい。

「……だいじょうぶだ」

 助けてくれた若者に見覚えがあった。

 少年の足下で寝ていた若者だった。

「そこの板につかまれ」

 甲板だったらしい分厚い板が浮かんでいた。上には水色のコートを着た少年が転がっている。

 グラハムが板につかまると、若者はまた潜った。

 溺れている人間を助けに行ったらしい。

 周りをみまわしてグラハムは驚いた。

 海に瓦礫が散乱していた。乗っていた船は船首と船尾だけが海面からでている。真ん中から折れたらしい。

 乗客達は海面に浮かんだ板につかまっていた。船長が泳いで状況を確認して回り、他のクルーは海に潜って、溺れている人間を引き上げていた。

 若者も数回潜って、グラハムの他に白魔術師を3人ほど引き上げた。最後の一人は息をしていなかったが、グラハムが白魔法で回復をかけると水をはいて意識をとりもどした。

「数があった。全員助かったぞ!」

 船長の声が響くと、若者は板によじのぼった。

「疲れた~~」というと大の字になった。

「今、回復魔法を…」

 グラハムが声をかけると、笑顔で起きあがった。

「ありがとな。でも、オレより、具合の悪い人を先に治してやってくれ」

 若者が少年に紐をかけるのを見て、危ない人間だと警戒したことをグラハムは申し訳なく思った。

「うっ……ダメ…しゅ…」

 小柄な少年は板切れでも船酔いするようで、縁に腹ばいになって吐いていた。落下予防の紐は板の端にしっかりと結んであった。

 船長が大声で言った。

「ゴナス島に向かいます。潮の流れがありますので、あの赤い岩に向かってください」

 動けるものは手に板切れをもち、オールの代わりにして乗っている板を島に向かって進めた。潮の流れにのれたようで、ほどなく全員が島につけた。

 乗客のほとんどが白魔術師だったので、島に着く頃にはほとんどの乗客が自分で動けるまでには回復していた。

 陸地に降り立つと自然と船長とクルーの元に集まった。水色のコートの少年だけはぐったりしていて、若者に小脇に抱えて運ばれていた。

 集まった乗客たちは船長を中心にして、半円状に座った。

「皆様を安全にこの島にお届けすることが出来なくて申し訳ありませんでした」

 船長は深々と頭を下げた。

「理由は不明ですが、船が爆破されたようです。怪我をされている方、体調の悪い方はいらっしゃいませんか?」

 返事はなかった。

 全員といっても、船酔いでぐったりしている水色のコートの少年をのぞいてだが、無事のようだ。

「実は皆様にお願いがあります。急いで迎えの船を手配したのですが、我々には連絡手段がありません。この中に高速飛翔、浮遊魔法でもいいです。陸地まで飛べる魔術師の方はいらっしゃいませんか?」

 座っている魔術師の多くが首を横にふった。

 グラハムも浮遊魔法は使えるが、遙か彼方に見える陸地までは飛べない。

「どのような方法でもいいのです。至急、迎えの船を手配しなければならないのです」

 船長が焦っている様子が見られる。

「あの…」

 グラハムを助けてくれた若者だった。

「心通話で連絡を取るというのは、ダメなのですか?」

 グラハムは驚いた。

 どこからどうみても、一般人の若者の口から『心通話』という、あまり使われない単語がでてくるとは思っていなかったからだ。

「心通話、ですか。わかりました。心通話というのができる人はいませんか?」

 出来ると名乗り出た者はいなかった。

「ダメなのか」

 不思議そうに言った若者に、グラハムは小声で教えあげた。

「心通話の能力は遺伝が大きく関係する。魔術師であれば練習すれば短い距離は使えるようになるが、能力の低い心通話者の会話は盗聴されやすいため修得する者はほとんどいない。遠距離の心通話ができるものは少なく、できたとしても陸地のどこかにいる心通話の能力者を探して会話するとなるとかなりの魔力が必要になる」

「そうなんですか。教えてくれて、ありがとうごさいました」

 ペコリと会釈をした。

 礼儀正しい普通の若者のようだ。

「おい、聞こえたか?なんとかしろ」

 ぐったりしている少年の頬をギュッとつねった。

 前言撤回。

 ちょっと暴力的な性格かもしれない。

「皆様、落ち着いてきいてください。ゴナス島が無人島である理由を知っている方はいられますか?」

 数人が手を挙げた。そのうちのひとりが、勝手に話し出した。

「ゴナス島は夜になると凶暴なゴナス蜂が大量に……」

 話をとめた。青ざめている。

「そうです。夜行性のゴナス蜂は肉食で、夜になるとネグラにしているメミイの木のウロから一斉に飛び出して獲物を襲います。主にネズミなどの小動物が対象ですが、人がいれば人を襲います」

「防ぐ方法があるのか?」

「ありません」

 ざわめきが広がっていく。

 恐怖に脅えたささやきが、あちこちで交わされる。

「我々はこれから島に入って、飲み水と枯れ木を探します。枯れ枝が集まり次第、狼煙を上げる予定です。対岸から見えると思いますから、救助の船がやってきてくれると思います」

「夜までに来るのか?」

 船長の側に座っている太った白魔術師が聞いた。

「ご存じのように、我々が乗った船はこの期間だけの臨時船です。近くの漁港から急いで来てもらうにしても、明日になると思います」

「どうやって蜂から身を守ればいいんだ!」

 後ろの方の魔術師が立ち上がっていった。

 まだ、若い。

「防御結界を張ることができる魔術師の方がいましたら、そちらの方に……」

「一晩中結界を張り続けるなど無理だ!」

 太った魔術師の隣の魔術師がいった。

 壮年の魔術師で白に緑の筋がはいったローブを着ている。

「交互にやるのは、どうでしょうか?何人かおられませんか?」

「ひとつの結界に入れる人数は決まっているぞ。これほどの人数をひとつの結界に収容するのは不可能だ」

 壮年の魔術師が船長に答えた。

「そうなると、いくつかのグループに分かれて、組んでいただくしかないようです。我々乗務員のことは数にいれる必要はありません。どうか、結界を張る能力のない魔術師の方がいらしたら、結界の張れる魔術師の方が守ってあげてください」

 船長が頭を下げた。

 潔い船長だとグラハムは思った。

「これから、私たちは枯れ木と飲み水を探しに行きます。その後、我々はここに戻ってきて、ここを拠点にするつもりです。我々で手伝えることがありましたら、遠慮なく言ってください」

 船長とクルー達は乗客に一礼すると、森の方に入っていった。

 壮年の魔術師が立ち上がった。

「さて、私の結界では5人がいいところだ。時間は3時間といったところだ。私と組んで夜を越そうと思われる方はいるかな?」

 数人が手を挙げた。

「私は2時間30分くらいなら」

「3時間、3時間ならできる」

 あちこちで結界の大きさと時間を言い始めた。

 グラハムにも若い魔術師が声をかけてきた。

「2時間くらいなら維持できると思う。もし、結界が出来るなら組みませんか?」

 グラハムは隣にいる若者と少年を見た。

 少年はぐったりしたままで、若者は一般人だ。

「彼らと一緒でよければ、組ませてもらいたい」

「私の結界だと4人が限界です。あなたは結界を8時間維持できますか?」

「無理ですね。5時間が限度です」

 本当は6時間くらいなら可能だが、話しかけてきた魔術師の本性を見極めたかった。

 彼もグラハムと同じく、若者に助けられた1人だ。

「そうですか」

 少し迷ったが、一礼して離れていった。

 若者が立ち上がった。

「ありがとな。オレ達を助けてくれようという気持ち、すんげーうれしかった」

 空を見上げると「久しぶりだよな」と、若者はつぶやいた。

「オレ達は森に入るから……えっと、名前、なんていうんだ?」

「グラハム、グラハム・ヘファナン」

「ヘファナンさんは、結界の仲間を探してくれよ」

「そうはいかない。私は君に助けられた」

「オレが助けなくても、優秀な乗務員の誰かが助けていたよ」

 照れたように頬をポリポリとかいた。

「だからさ…」

 悲鳴がした。

 若い女の悲鳴だ。つづいて、甲高い声が響いた。

「あっちに行きなさい」

 転がっている若い女性。質の悪い麻のローブを着ているが白魔術師らしい。

 突き飛ばしたらしい20代後半の女性は、上等の絹のローブだ。

「でも、ルリアン様」

「エリス、あなたは結界を張れない。だから、ここではなく他のグループに入りなさい」

「結界に入ろうと考えているわけでは…」

「お黙り!」

 そこに飛んでいった影があった。

 グラハムの隣にいた若者だ。

「おい、なにするんだよ!」

「一般人はお黙り!」

「おばさん、この子の主人なんだろ!主人っているのは使用人を守る義務が…」

 放たれたホーリーボールをバックステップで若者が避けた。

「何するんだよ、おばさん!」

「その口、黙らせてやる!」

 続けざまに放たれたホーリーボールを、若者は軽快なステップで全部避けた。

「魔力の無駄遣いするなよ、少ししかないだろ」

「このぉ!」

 怒った女性に飛びついたのはエリスと呼ばれた若い女性。

「ルリアン様、落ち着いてください」

「こ、こやつが」

「私が連れて行きます」

 小走りで若者のところに行くと腕を引いて、グラハムのところに連れてきた。

「目を離さないでください」

 グラハムを同行者と勘違いしているらしい。

「私は偶然船で一緒になっただけで、知り合いではない」

「す、すみません」

 慌てて頭をさげた。

「そそっかしいなあ」

 若者が言うとエリスは怒った顔で詰め寄った。

「あんたのせいでしょ!」

「オレが言ったのは主人として…」

「違うでしょ!」

「えっ?」

 若者はまったく気がついていない。

 エリスもわかったようだ。

「ルリアン様はまだ28歳よ。おばさんというには…」

「ええっーーーー!28歳、オレ、35歳くらいに見えたんだけど」

 驚いた若者の声が響き渡った。

 飛んできたホーリーボールを、一歩動いて避けた。

 ルリアンという女性がすごい顔でこっちを見ていた。

 エリスが疲れたように言った。

「…君、もてないでしょ」

「もてない。この年まで彼女と呼べる存在は一度もいない」

 言われ慣れているようで、平然としている。

「とにかく、あたしはあっちに行くから」

「行かない方がいいと思うな。あの人、君に来て欲しくないみたいだ」

「わかっているけど…」

「君が心配しているのは、おばさんの魔力が少ないってことだろ?」

「…わかるの?」

「格好をつけて2時間、いや3時間くらい結界が張れると言ったんじゃないかな」

 エリスがうつむいた。

 若者の言ったことが当たっているようだ。

「本当は…」

「1時間も難しいんだろ?」

 エリスがうなずいた。

「あのまま、あそこにいたら、結界が維持できなったときに他の人も巻き添えにするかもしれないのだけれど、それを言うわけにもいかなくて…」

「大丈夫だと思うけど、念のために確認しておくから、少しだけ待ってくれ」

 そういうと若者は屈み込んで、寝ている少年の頬をひっぱった。

「いたい…しゅ」

「どうなった?」

「14時」

「わかったのか?」

「わからないしゅ」

「わかった」

 立とうとした若者のシャツを、少年の手がつかんだ。

「……ろうんとうり~……」

「…いま、なんて言った?」

「来るしゅ」

「げっ!」

 船が爆破されても、殺人蜂がいると知らされても、動じなかった若者の顔色が変わった。

「蜜、取って逃げるぞ」

「…あと10分…しゅ」

「わかった。10分後だ」

 立ち上がった若者がエリスに言った。

「他の誰にも言わないと約束してくれ」

 エリスがうなずいた。

「救助船が14時に来る。だが、爆破した犯人がわからない。下手に動くと全員の命が危険にさらされる。ここにいるヘファナンさんと一緒にいるんだ。そうすれば、救助船に乗れて、無事に帰れる」

「本当?」

「ここから動くな。特にあのおばさんには絶対に言うな。この状況で情報をばらまいたら、死人がでるぞ」

 脅しもはいっているようだが、判断は間違ってはいない。

 グラハムには、ひとつだけわからないことがあった。

「彼女がいま動かないこと、誰にも言わないことには私も賛成だ。だが、なぜ、私と一緒にいたほうがいいいと言うのだね?」

「ヘファナンさんは上級魔術師ではありませんか?」

 若者の言うとおり、グラハムは魔法協会の上級魔術師だが、今回の旅は私的なものでありふれたローブを着てきていた。

「私を知っているのか?」

「雰囲気、ですかね。魔力も十分すぎるほどあるようですから、レベルゼロの彼女を守っていただけるかと思いました」

 若者の考えはわかった。

 だが、他にも言い方があったろうにと思ったときには遅かった。

 エリスの踵が若者の足に落ちた。踵が砂を舞いあげた。あるはずだった若者の足はすでに移動していた。

「レベルゼロで悪かったですね」

「本当のことだろう」

 しばらく、女性には縁がなさそうだ。

「それでヘファナンさん」

「グラハムでいい」

「年上の方を名前の呼ぶのは」

「いつも、グラハムで呼ばれている。ヘファナンさんはどうもしっくりこない」

「わかりました。グラハムさん。狙われたのは、あなたですか?」

「心当たりはない」

 上級魔術師という肩書きはあるが、研究室で研究三昧の日々。専門も栄養剤の開発で恨まれるような内容ではない。

「すると、あそこの小太りの方かな。グラハムさんはご存じですか?」

「断定は出来ないが、薬品工場を経営している方に似ているように思える。一般人向けの風邪薬が主な商品だ。特にトラブルがあったとは聞いていない」

「すると……あっちかなあ」

「クルーの彼かね?」

「気がついていましたか?」

「かなりの魔力を持っていそうだったからね」

「まあ、この先はオレには関係ないので、魔法協会の方にお任せします」

 まだ、寝ころんでいる少年を小脇に抱えた。

「オレ達は蜜をとって帰ります。救助船が来たときにいなくても気にしないでください」

 歩きだそうとした彼を、慌てて引き留めた。

「待ってくれ」

「どうかしましたか?」

「狙われたのは君たちじゃないのか?」

「違うと思います」

「なぜ、そう言い切れる」

「こいつが…」と言うと目で抱えている少年を指した。

「今朝いきなり『蜜が足りないしゅー!ゴナス島に行くしゅーー!』と、家を飛び出して、慌ててオレが追いかけて、ちょっと変わった馬に乗って港まで来て、有り金はたいて船に乗ったんです。狙いがオレ達だったら船を爆破する準備の時間がなかったと思います」

 確かに時間的に難しそうだ。

「じゃあ、オレ達はこれで」

「ウィルか?」

 ウィル・バーカー。

 桃海亭という古魔法道具屋をやっている若者の名前だ。

 魔力を全く持たない一般人だが、同居しているムー・ペトリという天才魔術師のせいで魔法協会に深く関わっている。

 彼の特長は、茶色の髪と瞳、中肉中背。そして、逃げるのが異常なまでにうまいこと。

 目の前の若者と一致している。

 なにより、グラハムの名前を聞くときに、自分は名乗らなかったことだ。名乗れない名前、そう考えると合点がいく。

 若者は困ったように頬をポリポリかいた。

「返事はしなくていい。腕に抱えている少年は、彼か?」

「そうです」

 ムー・ペトリ。

 天才で、大量の魔力を持つ魔術師。

 ムー・ペトリの母親は有名な白魔術師で『心通話』の能力があった。ムー・ペトリが『心通話』を使えても不思議はない。

「彼が『心通話』で連絡をしたのか?」

 うなずいた。

「14時に救助船がきます。一緒に魔法協会本部のロウントゥリー隊長がきます」

「戦闘魔術師が、なぜ来る?」

「そこまでは知りません。オレは相性がよくないので、蜜を取ったら逃げます」

「勝手に逃げるのは認めないぞ。私のカナリア」

「げっ!」

 いつの間にか、ウィルの後ろにロウントゥリー隊長が立っていた。

「まだ12時30分じゃないか。ムーに嘘の情報を伝えたな」

 一瞬のことでグラハムにもいつ来たのか、まったくわからなかった。

 ロウントゥリー隊長は片手をあげて、閃光弾をうちあげた。黄色い光が四方に散っていく。

 響いた音に乗客たちの視線が一斉に集まった。

「私は魔法協会本部、戦闘魔術師の隊長をしているロウントゥリーというものだ。いまから、君たちをここより2キロ先にある大型船に移送する」

 ピンと指を弾くと、上空から戦闘魔術師の集団が降りてきた。

「質問は受け付けない。抵抗、及び、反抗した者は殺す」

 感情のない無機質の何かが話しているようにグラハムには聞こえた。それでいて、発する言葉からは血の匂いが漂ってくる。

 乗客は静まりかえっている。ルリアンと呼ばれていた自己中心的な女性も震えて座り込んでいる。

「運べ」

 降りてきた戦闘魔術師達が、乗客の背中側から両脇に腕を入れ、前に抱えるようにして飛び立っていく。

 短い髪の女性が上空から降りてくると、エリスの後ろに回った。

「お、久しぶり」

 ウィルが声をかけたが、すごい顔でウィルをにらんだ後、エリスを抱えて飛び去っていった。

「胸が皿だって言ったこと、まだ、怒っているのかなあ」

 もてるもてないを言う前に、女性にいってはいけない言葉をウィルに覚えさせるべきだとグラハムは思った。

「あれ、8人いる」

 森から飛び立った戦闘魔術師は8人おり、それぞれが船長と船のクルーを連れている。

「狙われている奴を他の乗客と一緒にしたら、危なくないか?」

 ウィルがロウントゥリー隊長に聞いた。

「その心配は無用だ。狙われているのは、そこにいるグラハム・ヘファナン殿だ」

「え、そうなのか?」と、ウィルがグラハムを見た。

「本当に私のなのか?心当たりがないんだが」

「理由はあとでご説明いたします。ここは危険ですから我々の船に移動ください」

 数人の魔術師が空から降りてきた。

「じゃあ、元気でな」

 ウィルがムー・ペトリを抱えて、森に駆け込もうとした。

「後ろから攻撃するぞ」

 ウィルが停止した。

 時が止まったかのように身体の動きをとめた。そして、首だけを後ろに向けた。

「なんでだよ!オレは関係ないだろ!」

「カナリアは私の側にいないと意味がない」

 さっきも『私のカナリア』と言っていたことにグラハムは気づいた。

 もしかして、2人は特殊な関係なのだろうかと考えたところで、ウィルが慌てた様子で「違う、違う」と言った。

「勘違いしないでくれ。オレは危険感知器にされているだけなんだ」

 得心がいった。

 出会ってから短い時間だがグラハムも思っていた。

 ウィル・バーカーは『鉱山のカナリア』の向いている。

「……蜜…」

 ウィルの腕に抱えられたムー・ペトリがつぶやいた。

 船酔いから立ち直っていなくても、蜜は手に入れたいらしい。

「なあ、オレ達は蜜を取りにきただけなんだ。頼むから見逃してくれよ」

 必死に頼んでいるウィルを見て、奇妙なお願いだとグラハムは思った。

 ウィルはただの乗客で、本来ならば他の乗客と一緒に保護される対象だ。そのウィルが『見逃してくれ』と頼み込んでいる。

「どこにいる?」

 ロウントゥリー隊長の質問も奇妙だ。

 犯人の居場所をウィルが知っているような聞き方だ。

 ウィルは救助のために海に潜っていたわずかな時間をのぞいて、グラハムの側にいた。犯人を知っているはずがない。

 それに爆弾を仕掛けた犯人は、仕掛けただけで出港する前に港で船を降りているかもしれない。

 そこまで考えたグラハムは何かが頭に引っかかった。

『狙われたのは、あなたですか?』

 近くに犯人がいないのならば、狙われている人間を特定する必要はない。乗客に犯人がいるなら、魔力の多い他の人たちを『狙われている』だけでなく、犯人である可能性を口にしたはずだ。

 ウィルが諦めたように言った。

「海の中。爆発は外側からだ」

「手伝え」

「無理だって。オレは一般人だから、魔法が使え…」

 ウィルの足下から煙があがっている。

 魔法弾を打たれらしい。

 しかたなさそうに、抱えていたムー・ペトリを地面に下ろした。

 ムー・ペトリは「よっこらしょ」と言いながら立ち上がった。ようやく船酔いが治まったらしい。

「助けに来てくれよ」

「イヤしゅ」

 グラハムは驚いた。

 船酔いの最中も、爆破されたときも、その後も、ウィルに助けてもらっていて、平気で『イヤしゅ』と言える神経にすごい。

「オレが海面に浮き上がったら」

「無理しゅ、しゅ」

「オレを回収して、できるだけ、遠くに…」

「さっさと行くしゅ」

 ムー・ペトリはポシェットを開けると蜜採取用の特殊スポイトと瓶を出した。

「ひどい目にあったしゅ」

 様子からするとムー・ペトリの言う『ひどい目』は船酔いのことで、爆破されたことは気にとめていないように見える。

 ムー・ペトリがグラハムを見上げた。

「ボクしゃん、背がチビッとだけ、足りないしゅ」

「何を」

「肩車してしゅ」

 衝撃だった。

 上級魔術師のグラハムに『蜜を取るため肩車をしろ』と、いきなり言う人間がいるとは考えもしていなかった。

「なるほど」

 ロウントゥリー隊長が唇をつりあげた。

「それはいい。ヘファナン殿はムー・ペトリと一緒にいていただけますか?」

「彼と一緒にいろというのか!」

 ムー・ペトリは肩車をしてもらえると勘違いしているらしく、ニコニコと笑っている。

「ムー・ペトリの側、半径1メートル以内にいれば、どのような犯人におそわれても危険は回避できます」

「護衛が必要なら、ウィルの方が…」

「死にますか?」

 冷たい声で言われた。

「なにを…」

「ウィル・バーカーは不幸を呼びます。そばにいるだけで死ぬ確率が跳ね上がります」

「不幸を呼ぶって言うなよ。オレは真面目で善良な古魔法道具屋だって。勝手にあんたたちが巻き込んでいるんだろ!」

 迷った。

 本人が言うように、ウィル・バーカーという若者は真面目で善良のように思える。思えるのだが、グラハムはロウントゥリー隊長が言った噂について聞いたことがあった。

「ムー・ペトリといることにする」

「信じてくれないんだ」

「信じてほしければ、2週間、事件に巻き込まれないでいてみろ。ド田舎で平和ボケしたエンドリア王国で、歴史に残る事件をおこせる能力は奇跡に近い」

「あれは……オレのせいじゃ…ない…」

 声が小さくなっていく。

 また、何か大きな事件を起こしたらしい。

「蜜、蜜~」

 ムー・ペトリがグラハムのローブの裾をひっぱった。

 早く蜜取りに行きたいらしい。

 一緒に森に向かったグラハムは、数人の戦闘魔術師が空から降りてきて

ウィルを囲んだのを目にした。

「オレはまだ、死にたくなーい!」

 男のひとりがウィルを抱えると、飛び上がった。

 つづいて、他の隊員とロウントゥリー隊長が飛び上がる。

 グラハムはロウントゥリー隊長に本部で何度か会ったことがあったが、いつも表情は乏しかった。

 だが、飛び上がったロウントゥリー隊長は、心から楽しそうに笑っていた。



 蜜取りは予想外に楽しかった。

 ムー・ペトリを肩に乗せて、森を歩き回り、蜜を集めた。蜜集めの道は整備されていたし、ムー・ペトリは軽かったので重さ苦にならなかった。低い位置に花があるとムー・ペトリを下ろして、ムー自身で取らせて、自分も蜜を集めた。

 メミイの花の真ん中には蜜をため込む場所があり、そこのスポイトを刺して吸い取る。みるみる集まって、ムー・ペトリは持参した保存瓶がまもなく、いっぱいになりそうだ。

 地面のそばに咲いている花から蜜を取っていたムー・ペトリが顔をしかめた。

「うるさいしゅ」

 たしかにうるさい。

 先ほどから、爆音が響いている。

 電撃の音もとぎれない。

 相当激しい戦闘が繰り広げられているのが、離れていてもわかる。

「心配じゃないのかね?」

「ウィルしゃんのことしゅ?」

「彼は一般人だろ?」

 ムー・ペトリがケケケッと笑った。

「これくらいで死ぬなら、ウィルしゃんは今頃ゾンビしゅ」

「彼は空を飛べるのか?」

 海上か海中の戦闘のはずだ。魔法を使えない一般人が戦闘に参加する方法が思いつかない。

「ほよしゅ?」

「どうやって戦うのか、私にはわからないのだが」

「戦うしゅ?誰がしゅ?」

「ウィル・バーカーのことを話しているつもりだが」

「ウィルしゃんは戦わないしゅ。逃げるだけしゅ」

「戦わない!それならば、なぜ、連れて行かれたのだ」

「危なそうなところに、ウィルしゃんをポイするしゅ。トラップがあればウィルしゃんが気づいてよけるしゅ。トラップがなくても最初の攻撃はウィルしゃんに集まるから、敵の位置がわかって戦いが有利になるしゅ」

 グラハムは息を飲んだ。

「…それは、あまりに惨いだろ」

「だから、ウィルしゃん、イヤイヤしたしゅ」

「なぜ、彼を連れて逃げなかった」

 ムー・ペトリなのだから高速飛翔を使えるはずだ。

 ムー・ペトリは、なぜかニマァと笑った。

「ウィルしゃん、隊長のお気に入りしゅ。犯人が捕まっていないのにウィルしゃんを連れて逃げたら、ボクしゃんも危ないしゅ」

「君の大切な相棒ではないのか?」

「違うしゅ」

 あっさりと言われてグラハムは衝撃を受けた。

 二人は仲の良いコンビだと言われていて、それをグラハムも信じていたからだ。

「そろそろ終わるしゅ。集めるの急ぐしゅ」

 ムー・ペトリのいっぱいになりそうだった瓶がいっぱいになったところで、ウィル・バーカーが上空から落ちてきた。途中の枝に何度か手をひっかけるようにしてスピードを殺して、着地する。

「オレは一般人です。下までおろしてください!」

 上に向かって怒鳴った。

 運んできたらしい若い魔術師が、何も言わず遠ざかっていく。

 グラハムが駆け寄った。

「大丈夫か?」

「なんとか、生きています」

 シャツが数カ所破れているが、怪我はないようだ。

 そこにゆっくりとロウントゥリー隊長が降りてきた。

「オレを使った代金、払ってくださいよ!」

 料金をいきなり請求した。

「助けを要請して、私たちが来た。代金を請求するのはこちらだ」

「ムー、言ってやれ!」

 ふられたムー・ペトリは普通に話し出した。

「魔法協会における救助規定。生命の危険にさらされた者から要請があった場合は、当人たちに著しい落ち度がある場合以外は救助にかかったを費用の請求することを禁ずる」

「著しい落ち度があるな」

「ない!他の人が狙われただけだろうが!」

「『不幸を呼ぶ体質』、これは著しい落ち度だ」

「ムー、反論だ!」

「『不幸を呼ぶ体質』についての記述はなく、判例もない。『体質』については39年前に『客観的に判断できるもの』でなければ『体質』とみなさないという判例がある。これに当てはめた場合、『不幸を呼ぶ体質』は五感で感じることが出来ないものである。故に存在しない霊と同じであり、客観的な判断を有することが不可能だと考えられるので、落ち度にはならない」

「残念ながら、ウィル・バーカーの『不幸を呼ぶ体質』は存在する。それが魔法協会の共通認識だ。今回の件もウィル・バーカーの『不幸を呼ぶ体質』にグラハム・ヘファナン殿が巻き込まれただけだ」

「違うしゅ」

 ムー・ペトリの話し方が元に戻った。

「この人がグラハム・ヘファナンなら、狙われた理由はおそらく去年破棄した栄養剤の錠剤232号のせいだしゅ」

 グラハムは驚いた。

 確かに去年作った栄養剤232号は破棄した。完成品に予期しない副作用があったからだ。作った錠剤は破棄して、記録も焼却処分した。

「なぜ、知っている」

 ロウントゥリー隊長の目が細まった。

 どうやら、狙われた理由は232号が原因であるのは間違いないようだ。だが、記録も実物もすでに存在していない。

「栄養剤232号はすでに闇市場で取り引きされているしゅ。隠語はピーチ。ピンク色の錠剤だからしゅ」

「どういうことだ」

 グラハムは狼狽した。

 強烈な酩酊状態になる副作用があったための破棄だが、自分は1錠たりとも外に出していない。

「決まってるしゅ。グラハムしゃんの助手が製法を売ったしゅ。予想以上の人気に怖くなって、製法を知っているグラハムしゃんを殺してくれ、裏の組織に頼んだしゅ」

 グラハムの助手はひとりしかいない。いつもニコニコしている若い女性だ。

「まさか、彼女が…」

「すでに魔法協会が逮捕しました」

 ロウントゥリー隊長が淡々と言った。

「そんな…」

「大丈夫しゅ。酔っぱらうだけしゅ。232号は脳に後遺症は残らないしゅ。依存性もはないしゅ」

「私はそこまで調べていない」

 酩酊があるとわかったところでグラハムは破棄した。

「製法を買った裏の組織から232号の分析を頼まれたしゅ」

「裏の組織?」

 ウィルがムー・ペトリに聞いた。

「ほらしゅ、黒のモコモコローブのおじさんしゅ」

「ああ、東の国のお菓子を山盛り持ってきてくれた」

「そうしゅ」

「そうか……って、元凶はお前だ!」

 ウィルがムー・ペトリを蹴飛ばした。コロコロと2回転したあと「よっこらしょ」とムー・ペトリが起きあがった。

「ボクしゃんがしたのは分析だけしゅ」

「いい薬だと大量に作られて、人気がでて、グラハムさんが殺されかけて、オレが死にかけたんだ!」

 そう言われるとムー・ペトリが悪いという気になってくる。

 ムー・ペトリがお菓子につられて分析をしなければ、薬は出回らなかったのだ。

「最初に作ったのはこいつしゅ!」

 ムー・ペトリがグラハムを指さした。

 確かに232号錠剤を最初に作ったのはグラハムだ。

「わかった。じゃあ、グラハムさんが悪いということで、請求はグラハムさんにお願いします」

 ウィルがロウントゥリー隊長に言った。

「グラハム・ヘファナンは被害者である。というのが、魔法協会の考え方だ」

「じゃあ、支払いは魔法協会本部で」

「先ほどいったように支払いは桃海亭だ」

「この間も、同じようなことを言って桃海亭に支払わせたじゃないですか!」

 ロウントゥリー隊長が笑っている。

 ムー・ペトリが言った、ウィルはロウントゥリー隊長のお気に入りというのは本当のようだ。

「魔法協会本部に巻き上げられた金はここ1年で2千枚以上になるんですよ!」

 信じられなかった。

 それが事実なら桃海亭が貧乏なのは魔法協会本部のせいということになる。

 グラハムも魔法協会本部の魔術師だ。ウィルに命を助けられた恩もある。

 助け船を出そうかと考えたとき、ウィルがグラハムの肩に手をおいた、と、思った瞬間、後ろにいた。

「そこは反則だな」

 ロウントゥリー隊長の短剣がグラハムのローブに触れていた。

 刺されそうになったウィルがグラハムを軸にして後ろに回ったらしい。

「なんで、オレを殺そうとするんですか!」

「殺してみたいだけだ」

「今度刺そうとしたら、グラハムさんを盾にしますよ」

 助け船は出す必要はないとグラハムは思った。

「グラハムさん」

 ウィルが真剣な声で言った。

「なんですか?」

「お元気で」

 次の瞬間、ムー・ペトリを腕に抱えて空に飛び立った。

 あっという間に見えなくなった。

 人間の身体が持つのだろうかという超高速だった。

「逃げられたか」

 楽しそうに言ったロウントゥリー隊長がグラハムに向き直った。

 いつもの無表情になっている。

「魔法協会本部までお送りいたします」

 隊長の後ろに、数人の戦闘魔術師が音もなく降り立った。



「これで聴取は終わりです。今日はお疲れさまでした」

 立ち上がったグラハム・ヘファナンは、一礼をすると扉を抜けて廊下にでた。

 魔法協会本部で聞かれたことは【232号錠剤について】【助手について】の2点だけだった。

 錠剤の製法はすでに裏の組織に渡り、製造がされていることから随時摘発回収ということになった。ムー・ペトリによる分析がされているが、本部の研究部門でも分析を行い、その結果はグラハムに伝えられることとなった。

 助手が製造方法を売り渡した原因だが、想像もしなかったことだった。グラハムに恋していたらしい。一生懸命につくしたのに振り向いてもらえないことから、逆恨みで製造方法を裏の組織に売ったらしい。

 年が違いすぎるのでグラハムは考えもしなかった。よくやってくれる助手だと単純に喜んでいた。

 これではウィル・バーカーと変わらないとグラハムは苦笑した。

 聴取の最中に桃海亭について訪ねたが、災害対策室長ガレス・スモールウッドに聞くように言われた。

 廊下を自分の研究室に向かって歩いていくと、途中の渡り廊下でガレス・スモールウッドが窓から空を見ていた。

「スモークウッドさん、少しお時間をいただいでよろしいですか?」

「どうぞ」

 笑顔で言われた。

「桃海亭のことですが…」

「まさか、もう遺跡を壊したのですか」

「遺跡?」

「違うのですか?」

「私は今日の昼間、桃海亭のウィル・バーカーに助けられたので、彼にお礼をしたいのです。住所を教えていただけますか?」

「ああ、そうですか。それは良かった」

 スモールウッドがホッとした顔をした。

「桃海亭の住所を教えるのは構いませんが、ウィルに礼はいらないと思います」

「しかし…」

「彼らはいま遺跡の緊急調査に行っています。帰るのはいつになるかわかりません」

「別れてから、まだ3時間ほどしか経っていませんが」

「彼らが島からの脱出にフライを使うのは予想できていましたので、彼らが着水に使うミテ湖で待ち伏せを…失礼、迎えの者達を待たせて一緒に遺跡に行ってもらいました」

「桃海亭には帰らなかったのですか?」

「桃海亭には、蜜でいっぱいになったムー・ペトリの瓶が帰りました」

 どうも話が噛み合わない。

 グラハムはウィル達の今の状況を聞くことは諦めた。

「彼らが戻ったら教えていただけますか?」

「教えるのは構いませんが、礼は送らなくていいと思いますよ」

「しかし、命を助けてもらって礼をしないのは」

 スモールウッドが微笑んだ。

「ウィルは頻繁に人を助けています。お会いになったのでしたらおわかりだと思いますが、礼を期待するような若者ではありません。本人が助けられて良かったと思うだけです」

「わかります。でも、彼は貧乏のようですし…」

「それでしたら、助けてあげてください」

「助ける?私がですか?」

「いつ助けて欲しい、どのように助けて欲しい、という具体的なことは、今は言えません。永遠にその機会はこないかもしれません。ただ、ウィル・バーカーはトラブルに頻繁に巻き込まれる体質をしています。いつの日か、ヘファナンさんの力を必要とする時がきたとき、手をさしのべてやってください」

 スモールウッドがウィルのことを気にかけている気持ちは伝わってきた。

「本当に礼をしなくてもいいのですか?」

「気になるのでしたら、ヘファナンさんへの連絡方法を書いた手紙を送ってやってください。それで十分です」

「わかりました」

「住所はあとで研究室の方に届けます」

 お互いに会釈をして別れようとしたとき、若い魔術師が駆けてきた。

「スモールウッドさん、大変です!」

「もう、壊したのか!」

「違います。遺跡に残されていた文様を使って、ムー・ペトリが勝手に召喚しました」

「異次元穴が開いたのか!」

「いえ、それが…」

「早く言え!」

「どうやら、古代神のようらしいと連絡が…」

 青ざめたスモールウッドが渡り廊下を走っていった。

 グラハムは自分の研究室に向かって歩き始めた。

 桃海亭の住所が届くのは、しばらく先のことになるかもしれないとグラハムは思った。

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