不透明少女エリア2
ひとつ前に投稿した物の、連載にするか迷って描いた別の場面。
それはいつも夕暮れ時だった。
いつもと同じ光景。夕焼けに頬を染めて、オレンジの光の教室で、私達はキスをする。
どうしようもない二人。
だからどうしようもない位の気持ち。
我慢も仮面も必要ない、素の私。
ずっと、ずっと抱えていく。
きっと変わる事のない私達。
「どうしたの?」
照れ隠しの笑顔。はにかむ彼女、篠塚レン。
夕凪が吹き抜け、彼女の色素の薄い髪がその中を泳ぐように流れる。
それを捕まえ、かきあげる仕草。
音楽室からはピアノの音が聞こえている。あわせて響く金管の音。
カーテンと共にレンの制服のスカートがゆれた。
そのすべてに余計に照れくささを感じてしまって
「質問の前に……口、ふきなよ」
なんとなく目を逸らし、ぶっきらぼうな私。桂木瑞希。
唇の端に描かれた透明な線に気づき、慌ててレンはブレザーの袖口でそれを拭う。
行儀悪い、と舌を出して笑う彼女。
優しい時間。ゆったりとした時間。
この世界に存在するもののすべてを、愛せるような時間。
このまま世界が閉じたとしても、私はきっと後悔しない。そんな時間。
ふと彼女が話題を戻す。
「それで、どうしたの?」
「別に、なんでもないよ。ただ……」
「ただ?」
「……なんでもない」
……見とれていただけ。そう素直に言葉にするのはどうしても気が引けて、つい口を出る別の言葉。
そんな私を見て……レンはまるで、何もかも見透かしたように微笑んで、
「かわいい」
なんて言う。
どこが? ただの強がりなのに。そう思っても、なんだか嬉しくなってしまう心が悔しい。
目線と共にそれた私のあごを、彼女の細い指がくっと元に戻す。
反射的に閉じる瞳。そのまま少し上を向く。
そしてそっと触れる唇。
待ち望んでいたものの感触。閉じた眼の内に見える、絆。
ふとピアノの音が途切れて、1階の音楽室から、がたがたと楽器を片付ける音が響いてくる。
同時に離れる唇。離れる体温。最後に私の髪を一撫でする、薄い手のひら。
寂しさも、何もかも、隠さなくてはいけない頃だ。
私達の時間が続くのは、あの軽やかなピアノが流れる間だけ。校庭に響く金管の音が途切れるまで。
胸元のリボンを直し、コートを着るレン。私はそれをぼーっと見つめている。
その一挙手一投足を脳裏に焼く。彼女のすべてを見逃さないように。
どんな瞬間も、ずっと抱きしめるように。いつでもリフレインするように。
「また明日ね、瑞希」
「……うん」
挨拶がてら片手をあげ、そしてもう一度私をなでる彼女。
私の手を動かす、隠せない名残惜しさ、寂しさ。それでも彼女の手は捕まえられない。
すっと空気を縫うように、彼女は私から離れ、教室を去っていく。
私は、彼女が一度外を向いたら決して振り返らない事を知っている。だからまた目を逸らす。
教室の外へ。
2階にある教室から見下ろせる、昇降口へ。
しばらくそのまま見ていると、数人の男女が下校していく。
そして最後に現れる、
背の高い男子と、その横で笑う色素の薄い髪の彼女。
それを淀んだビー玉のような瞳で見つめる私。
沈む間際の夕日がなのか、それとも二人がなのか、眩し過ぎる私はビー玉にふたをする。
ふたを突き刺すオレンジの光には、まるで質量があるかのよう。
あまりに綺麗な質量に圧されたそのふたの内側から、透明なビー玉の欠片がすべり落ちる。
ぐるぐるとかき回されるような心。私自身の内側。どんなにふたをしても零れてしまう心。
真っ黒な感情が私を支配する。ずるい。ずるい。ずるい。ずるい。
でも好き。
ふとふたを開けてみれば、そこには紫に広がる空が私を見下ろしている。
「帰ろ」
つぶやいた私はかばんを手に取り、扉の向こうの現実に一歩を踏み出す。
昇降口から外に出て、校庭の向こうに落ちる夕日にもう一度目を向ける。
それはいつも夕暮れ時だった。
いつもと同じ光景。夕焼けに頬を染めて、オレンジの光の教室で、私達はキスをする。
どうしようもない二人。
だからどうしようもない位の気持ち。
我慢も仮面も必要ない、素の私。
ずっと、ずっと抱えていく。
きっと変わる事のない私達。
きっと永遠の、片想い。
光は次第に圧力を失い、そしてその優しさは私の表情に、日常の仮面を嵌めるのだった。
いっそ連載にしてきちんと描こうかなぁ。