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少年だけ魔術が使えない。  作者: 感謝感激雨霰
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少年、お引取り

引き続きご指摘などお待ちしておりますゆえ。


 いつから始まったのかは解らない。

 しかし、一見平穏な水面でも、その下では不穏な気配が蔓延りはじめた。

 表面上では異常が観測できなくとも、その水底では徐々に、確実に異常がきたし始めたのだ。


 事件の詳細を語る前に、まずこの世界の地理について整理しておこうと思う。


 この世界には暫定的に5つの大陸が存在している。


 1つは、魔術の発展競争で勝利を掴んだ先進国が更に邁進する前に、ひとまず安定した足がかりを確保しようと見定めた、開拓時代で根城として使われてきたこともあり、比較的大人しい魔物が分布しており、整った土地が多い、世界で最も大きな大陸《ノトス大陸》


 1つは、開拓時代を終えた現在でも、あまりにも凶暴すぎる魔物たちが闊歩しているため、ろくに手を着けられずまともな開拓を余儀なくされた世界最大の魔窟《魔大陸》


 1つは、世界を構成する5つの大陸の中でずば抜けて《ダンジョン》の保有率と質が高いことから、別名フロンティアとも呼ばれる、冒険者たちの夢と墓場で成る《オリム大陸》


 1つは、人類亜人種と分類される《エルフ》と《妖精》が住まう、自然と幻想で織り成される《カージ大陸》


 1つは、ありとあらゆる生物を凍てつかせんとするかのように、一面氷張りの絶対零度の不可侵域《オレオン大陸》


 上記5つの大陸が主要なものとされている。


 さて、事が勃発したのは《ノトス大陸》

 ここは説明した通り存在する先進国の9割が牙城を建てている大陸であるが、一方で発展速度の競り合いで負けてしまった敗戦国の8割が負けじと根を下ろしている大陸でもある。

 両者の分布を確かめて見れば、何かの境界線があるように一線を狭間にきっかりと先進国は先進国で集まり、敗戦国は敗戦国で集まっていた。

 

 今回の事件はその境界線のすぐ傍にある敗戦国サイドで起こったものだ。


 先ほどちらりと出てきた《ダンジョン》だが、これを簡単に言うならば宝と罠の集合体だ。死を冒してまで取りに行くほどの価値のある宝が《ダンジョン》最深部に眠っている。

 詳細は後ほどに省くが、そんな宝は当然だが、とんでもなく価値が高い。具体的に言えば今まで発掘されてきた中で最も高価な宝は、人生を2度は遊んで暮らせるほどの膨大な金を積んでようやく、というほど価値があるものだった。


 その宝は様々な形態や能力を有するが、一般的なのは《魔石》だ。

 読んで字の如く、魔力を宿した見目麗しい石のことだ。一目見れば「《魔石》とはこれのことか」と本能的に理解させるほど美しい色彩と覇気を纏っており、観賞用と実用性の両方を併せ持つ希少な代物だ。

 《魔石》には種類や大きさなど事細かに種別されているが、一番質が悪いと判断されても50万Gは下らない価値を持つ。

 と言うのも、《魔石》を手に入れる方法は2つしかなく、1つが《ダンジョン》を攻略しその最深部にて手に入れるか、もう1つが《魔大陸》に存在する鉱山で稀に確認されるだけ。つまり需要と供給が一方的に傾いてしまっている状態だからだ。


 そんな1つで小さな家をぽんと買えてしまえるほど高価な《魔石》が、秘密裏に出回っているのだ。

 突拍子も無く、そして騒ぎ立てられることなく、ひそひそと、だ。

 しかも奇異なことに、出回っているのが比較的財政難に陥りやすい敗戦国で、だ。


 魔術の発展に置いていかれてしまった敗戦国にはろくな財産は残されていないはず。なのに、どうしてそんなに高価な《魔石》を買える道理があろうか。

 更に奇妙なことに、それを買う相手は敗戦国の没落貴族、もしくは下位貴族のみ。王族や上位貴族にはそのお零れすら入っていないという。

 貧しい国の中で貧しい部類に入っている人間が買え、その中では裕福な部類に所属する人間は変えない。

 珍妙を通り越して、もはや不気味だ。


 これの一体何が事件なのかというと、《魔石》そのものの物価下降、下位貴族の突飛な出世、それによる経済混乱、もう少しあるが特筆するべきものは上記の3つだろう。


 まず《魔石》の価値降下というのは、市場の流れとして供給が満たされつつある《魔石》は当然値段が下がる。

 しかし、それは謎の《魔石》の流通が起こっている敗戦国だけでの話だ。

 1つ境界線を飛び越えた先には《魔石》は流通していないわけだから、物価は通常の高額のまま保たれている。

 少し頭を回せば、「敗戦国で手に入れた《魔石》を先進国に行って売り捌けば、手軽に大儲けができる」ということに気づくだろう。

 それが可能なのは、流通が許されている没落貴族、もしくは下位貴族。

 もしそれが実行されれば財政は瞬く間に潤い、敗戦国での上位貴族などあっさり追い抜けてしまうことだろう。

 するとここで、行政の逆転が発生し、目が回るような速度で位がチェンジされる。

 まさに下克上を表した図だ。


 仮の話だが、内政でごたごたしている国ほど隙だらけな国はないため、そこを狙われて攻められたらあっという間に潰されてしまう。

 今では国間での武力交戦は控えられているが、財政に飢えている敗戦国の今まで蓄積されてきた屈辱と不満を爆発させる絶好の起爆剤にも成り得る現状なのだ。

 それは水面の波紋に等しく、瞬く間に戦いが戦いを呼び、早くも《ノトス大陸》総出の大戦争となる可能性すら浮上する。


 先述の通り、まだこの事件は水面下で蔓延ったばかり。まだ水面に顔を出そうとはしていない。

 だから()()大事にはなっていない。だからこそ、当事者以外誰も気づけないのだが。


 本題に入ろう。


 そんな極秘裏に黙認されている事件の尻尾を、私ことアラン・クレアルトは偶然にも目撃した。

 以前、《ノトス大陸》では珍しい3階層ダンジョンを共に攻略した仲間と、急に連絡を取り合うことが出来なくなった。

 私は《エルメリア》というキャラバンに所属している身で、その仲間は敗戦国レジャールに居を構えるギルドの身。

 お互い所属しているキャラバンとギルドは明確な目標を定めているわけではなく、いわゆる万屋のような生業をしている。

 大概のキャラバンとギルドは生業を1つに絞り込んでいるため、似たような同業者は珍しく、共にダンジョンを駆け抜けた仲として互いの連絡先を交換し、ちょくちょくやり取りもしていた。


 それが、ある日を境にぷつんと途切れてしまった。

 最初は八面六臂な業務に巻き込まれ忙殺されているのかと思ったが、それが2週間も続けば考えが変わった。

 怪しいと思いリーダーに願い《レジャール》にある彼らのギルド本部に顔を出したら、何と彼らは2週間前に殉職、つまりクエスト執行中に死亡したらしい。

 ダンジョン攻略を生業とする冒険者は死亡率およそ50%を超えると噂されているが、私が彼らから直接聞いた話では、彼らはダンジョン攻略はなるべく避けて、自分の力量に見合ったクエストしか受注しないとのことだったので、ダンジョン攻略をしていたという線は無いだろう。

 ちなみに何故私とダンジョン攻略をしたのかと言うと、単純に彼らにはダンジョンのマッピングを依頼し、私と《エルメリア》のメンバーでダンジョンボスを倒した、ということだ。


 さておき、そんな彼らが急に死ぬものなのかと疑問に思った私は、その細部について独自に調査した。彼らが所属していたギルドはそれなりの規模があり、1パーティの生死に関していちいち調べていられないと断られたからだ。

 そうすれば案の定、彼らの死は人為的なものだったのだ。

 中規模以上のギルドの掟として、死亡したギルドメンバーの財産は基本的にギルドが保管することになっている。その親族が取りに来たときに引き渡すというものだ。

 なのでその親族の者と取り合って確認してもらったが、ダンジョン攻略の分け前として渡した《魔石》だけスッカラカンだった、ということだ。


 その後は芋づる式、地道な実地調査など行っている内に、敗戦国マルグナイダで闇商売をする男バン・イッジの尻尾を捕まえたのだ。

 キャラバンリーダーからは、「あんまり面倒事を引っ張ってくんじゃないよ。あたしは事務処理だけはやりたくないからね」と遠まわしにそこらで手を引けと忠告されたが、一瞬でも手を組んだ仲間の仇を討ちたいのもそうだし、何より事の重大さは見過ごせないものなのだ。ここで手を引いて後悔するのは最悪だ。


 と、ここまでは長い長い前置きだった。

 実は、もう1つ、上記の事件に匹敵するレベルの事があった。


 それが……



「アジェイベ。グイカイン?」



 私のすぐ目の前で可愛らしく小首を傾げて、聞いたことも無い言語(?)で話しかけてくる少年だった。


 バン・イッジを取り押さえた現場に偶然居合わせた少年で、その身なりと漂わせる体臭からして《マルグナイダ》の周囲にあるスラム街の者と思われる。

 《マルグナイダ》に限らず、どこの国にもスラム街はあるもので、同時に国に入るためには正面玄関となる関所に正式な通行手当を貰わなければならない。

 その通行手当は、失礼ながらスラム街の少年に支払えるような値段ではなく、どうやら不法入国しているらしかった。


 私には1人の人間として、不正を摘発しなくてはならない責任があるのだが、そのみすぼらしい姿を見ている内に躊躇われてしまい、結局その少年は目を瞑る形で流した。


 現場に巻き込まれた際に負った傷を治してやると、呆然とした顔から一転、知的好奇心いっぱいの笑顔を浮かべてきた。


 何この天使。お持ち帰りしてもいいですか?


 一瞬頭を狂わせた煩悩を無理やり押し込め、名前を問うた。



「オルセイユ・ルナ」



 と名乗った。

 なかなか聞かない、というかそんな奇妙な名前は存在すると思えないので、多分私の知らない言語で違うことを言ったのだと思われる。


 さて、そんな1悶着があり、ひとまず魔術で昏倒させたバン・イッジを取締ギルドに引き渡す手はずを考えながら彼の両手足をぎっちり拘束。

 それから現場の捜査をし始めた。


 そんなときに暫定的にルナと名乗る少年が、部屋の奥隅に置かれた樽を、まともに食べれていないせいか小柄な体で一生懸命持ち上げて私の前に置いて、冒頭のセリフに繋がる。


 樽を運ぶ姿にときめいてしまった私は不謹慎です。はい。


 そんな思考はおくびには出さず、少年が言わんとすることを大体察知する。

 樽の蓋をどけて見れば、自ら光を発する魅力的な鉱石が合計4つ入っており、その下には耐衝剤の藁が敷き詰められていた。見間違えることはない、ダンジョンで目にした《魔石》と一致する。

 この少年は《魔石》を知らないのか、「これはなに?」と聞いてきているように思える。


 答えてやりたいのは山々だが、先ほどのやりとりで私が覚えている5つの言語のどれにも当てはまらない言語を使っていることを知っているので、曖昧に笑いかけて誤魔化す。


 その際に口をもきゅもきゅさせるルナ君カワユス。

 頬や髪の毛、見につけているボロ布のせいでくすんで見えるが、その容姿は磨き上げれば一級品になるに違いない。私の目はそう訴えている。すでに未来予想図まで組み立てている。

 おお、これは素晴らしいものを見つけてしまった。《魔石》なんかよりもずっと輝いて見えるよ。


 ホクホクな私は魔術を使い、現場で差し押さえた証拠物品の数々を仕舞い込むと、ルナが目を輝かせて見入っている姿を見た。


 どれどれ、もっと見せてあげようかルナ君。

 どんな魔術を見せてやろうかと頭を動かそうとした、そんなときだ。



「なんだよ、もう終わってたのか」



 私が入ってきた入り口から同じように暖簾をたくし上げて入ってきたのは、入り口の天井に額をぶつけてしまいそうなほど背が高く、服から覗かせる肌には筋肉がしっかり付いていることが窺える青年だ。



「護衛は外にいた1人だけだったよ。闇商売してるのに、無用心だよね」



「さぁどうだかな。その1人はそこそこの腕はあったんじゃねぇの?」



「護衛なら初級土魔術ぐらい無効化(レジスト)できなきゃおかしいでしょ」



「どうせお前のことだ、無詠唱で吹っ掛けたんだろ」



「そりゃあね」



「言わんこっちゃ無い」



 軽口を叩き合うのは同じく《エルメリア》に所属する技工士レンジャー・ブレック。

 天然パーマの茶髪が特徴的で、いつも見ても同じ作業服をだらしなく着ており、いつもはだらしないの一言だが、役目をまっとうするときは人が変わったようにその才能を輝かせる青年だ。技工士としての腕は素人目からも解るもので、年は確か19歳。


 彼には後処理などを頼んでいたのだが、ルナに見られていた私が張り切って調査をしたので、9割方彼の仕事を奪ったことになった。

 手持ち無沙汰なレンジャーは肩を適当に叩きながら気だるげな足取りでのそのそと入ってきて、「んで」と言って私の隣にいるルナに目をやりながら「コイツは?」と言った。



「コイツじゃない。オルセイユ・ルナだよ」



「いや知らないけども。……まさかそのガキが共犯とか言うなよ?」



「言わないよ。そこに転がってるバン・イッズだけだよ」


 

 顔面に大きなたんこぶを作って気絶しているオジサンに顎をしゃくって示す。

 「マジで俺の仕事ねぇじゃん」とか言いながらどっかり椅子に腰掛けて続けた。



「で、アラン。その、ルナだったか? ソイツをどうするつもりだ? 見たところ不法入国したスラム街の住民のようだが」



「そ、そりゃあ……このまま捨て置くわけにもいかないし……」



「まぁ数少ないメンバーだから増えるのは一向に構わねぇが、エルメリアさんには許可取ったのか?」



「い、いや、まだ……」



 収縮しきっていると、もしゃもしゃの髪の毛をがりがり掻いたレンジャー。

 そこに今まで怯えていたのか、口をつぐんでいたルナが声を出した。



「アジェイベ、アンガス?」



「あ?」



 ふんぞり返って座っていたレンジャーが間抜けな声を上げて、奇妙なものを見る目でルナを見つめる。それにびくりと肩を震わせたルナが私の後ろに隠れるように動く。


 可愛い。無意識に服の裾を掴んできてる可愛い。

 こう、庇護欲が掻きたてられる姿です。


 

「おいアラン、俺2つしか言語知らねぇから通訳してくんねぇか」



「それが私も知らない言葉なんだよね……」



「はあ? お前が覚えてるのって主要な5つの言語だよな? ノトスでそれ以外の言語使う奴とか居んのかよ」



 ますます怪訝にルナを見つめるレンジャーだが、ひとまず置いとくことにしたのか私にフォーカスを合わせる。



「話戻すけどよ、確かエルメリアさん、大事な用件があるとかで一週間はキャラバン空けるとか言ってたぞ」



「えっ、じゃあ今いないの?」



「いない」



「どこに行ったかも?」



「あの人が言い置くと思うか?」



 だよねぇ、と頭を抱える。エルメリアさんとは名前の如く《エルメリア》のキャラバンリーダーを務める人だ。

 年配の人なのに自由奔放で子供っぽい人だが、魔術の腕は私を遥かに凌ぐ。


 まぁ突飛な外出をすること以外は良い人なのは間違いなので、ルナの所属は許されるとは思う。



「じゃあ、帰ってくるまでうちで預かりたいんだけど……」



「別にいいんじゃね? でもコミュニケーションはどうすんだ?」



 ご尤もな指摘だ。

 預かると言っても、ルナからしてみれば誘拐されたようにも思われるし、それをきちんと説明する手段が無い。

 それにスラム街で彼の両親がいるかもしれない……というのは高望みすぎかもしれない。スラム街にいる子供たちの大半が、このご時勢の貧乏空気に負けて、面倒を見ることは出来ないと捨てられた子供だ。子供は食べ物を良く食べる。だから重荷になってしまう。


 色々と頭を悩ませたが、最終的にこう結論付けた。



「よし、待っている間に私たちが使ってる言葉を覚えさせよう!」



「……はあ?」



 何言ってんだコイツ、という目を向けられながらも、私は僅かに残った作業をレンジャーに押し付けルナの手を引きながら意気揚々とキャラバンに向かったのだった。

















 《マルグナイダ》の大通りを出て、商店街を通って関所近くにあるキャラバンへ行こうと、商店街に差し掛かったとき、今まで大人しく着いて来ていたルナが急にブルブル震えだし、必死の形相で何か訴えかけてきた。



「オル! オル!」



「お、おる? 何がいるの?」



 多分全く違うことを言ってるんだと思うのだが、こんな時に言語の不自由さを呪うことになろうとは思ってなかった。


 5つの言語って平均的に見たら高水準のはずなんだけどなぁ……。

 ちょっと自信を無くしかけた。


 くいくいと着いて来てくれと言わんばかりに裾をひっぱり、商店街とは違う方角へ歩いていく。



「ちょ、どこにいくの?」



 私も解らないのだからルナも解るはずがないが、それでもどうしても聞いてしまう。

 彼は迷うことなくずんずん路地裏に入っていき、複雑に入り組んでいる道を手馴れたように進んでいく。

 この国にやってきてから1週間近く経つが、さすがに路地裏の道は把握しきれていない。体感的には関所の方に向かっているのだが、周りは全て店か家の壁なので確かめることは出来ない。

 空を見上げれば屋根から高い城壁が覗いており、そこに徐々に厳しい甲冑を着込んだ巡回騎士が歩いているのが窺える。

 少し耳を傾ければ商店街の方から人の雑踏が路地裏まで届いており、八百屋やパン屋の粋な商売文句が行きかうのが耳に捉えられる。

 まるで陰と陽だな、と思っているところでルナの先導が止まった。



「ベー、カイガンシ」



 相変わらず解らないが、ちらちら背後を振り返ってはため息を付くので、不法入国がバレルことを懸念したのだろうか。

 確かに商店街という人が激しく行きかう場所に今のルナのような身なりをした子供を見れば、それぐらいの見当は付く。

 少し不配慮だったかと反省しつつも、ルナの勘の鋭さにも驚く。何度か不法入国しているため手馴れているだけなのかは解らないが。


 商店街を通ることなく商店街を抜けた私は、自分が羽織っていたローブをルナに掛けてやり首から下を隠す。どちらかと言うと女物のローブだが、あどけない顔をしたルナだったら違和感は無かった。

 商店街の余韻が聞こえてくる場所から2分ほど足を進めれば、地面に突き立てられた『キャラバンブース』と書かれた木の看板を見つけ、足を踏み入れる。


 そこには《マルグナイダ》の町並みには相応しくない馬車のような家が置かれている。

 ブースにはおよそ10個のキャラバンが無造作に並んでおり、そのどれもが独特なデザインをしており、道行く人たちが物珍しそうに遠巻きから眺めて通り過ぎる。

 

 キャラバンとは、およそ一部屋ほどの大きさをした車輪と連結部が着いた家を列車のように繋げて、小規模の人数で移動する手段のことを指す。

 またはギルドの小型バージョンのことも指し、一般的に5~7人の集団が定義だ。


 キャラバン《エルメリア》は少し特殊で、各々の部屋が一車両として与えられており、一軒家に迫る巨大な車両が1つで構成されている。

 そのため移動するときは先頭がめちゃくちゃ大きく、その後ろを蟻のように各部屋が着いて行くような感じだ。一回外から眺めたことがあったが、結構滑稽だ。こんなキャラバン私たち以外居ないんじゃなかろうか。

 そこにエルメリアの性格が現れていると言えるだろう。 


 まぁ見た目の問題はあるが、中はそれ相応の快適さが保たれている。

 早速語学を施していきたいところだが、まずは身だしなみを整えるところから始めよう。お世辞にも良い臭いとは言えない。


 風呂が設置されている一軒家の車両に乗り込む。 

 床と壁はブラウンの木材で貼られており、基本的に家具も木製だ。花瓶などの装飾類はエルメリアが趣味で集めてきた骨董品などが並べられている。

 玄関を開ければ正面に大きなテーブルが置かれており、その背景に書斎のように5つ並べられた横1m縦3mの本棚いっぱいに厚薄様々な本が所狭しと収められている。高いところにある本は壁に立てかけられている梯子を架けて取れるようになっている。

 本棚の列を挟むように両脇に5段の階段が敷かれており、その上に見える木製のドアの奥がエルメリアの書斎兼私室だ。


 玄関を潜る前に、靴を履いていないルナの足裏を水魔術で軽く洗い流す。泥やらに隠れて見えなかった切り傷や青痣などが浮き彫りとなり、スラム街で過ごしていた生活の日々を窺わせる。

 その傷も治癒魔術で直しておき、手を取って風呂場に案内する。


 いざ洗おうかと思ったところで重大な事実に気づく。



(ルナって男の子だよね……)



 風呂ということは当然服を脱がないといけないし、私は女だし、ルナは男の子だし……



「アジェイベ、ガーイン?」



 顔が熱くなっているのを自覚しながらも、そんな私の顔を心配に覗き込んできながら何か聞いてくるルナ。

 「アジェイベ」というのが「お姉さん」らしいことが判明しつつあるが、とりあえずルナの上半身に申し訳程度に掛かっているボロ絹を脱がす。



「……」



 一応私のキャラバンにも男性は複数いるし、それに比例して奴らの上裸くらい何度も見たことあるが、どうしてルナの生の上半身を見るときだけは体の芯を燻るような感覚を覚えるのだろうか。

 というか、何で体とかろくに洗えなかった環境に住んでいたはずのルナの肌はこんなにも白いのでしょうか。羨ましい限りです。

 当のルナなきょとんと無垢な瞳を投げかけてきながらも、私に成されるがままになっている。 


 ……ゴクリ。

 

 遂にそのズボンにも手をかけようとしたが、寸前のところで理性が働き、ズボンは穿いたままでとりあえず頭と上半身は洗おうということで風呂場に入る。

 勿論私も服を着たままだ。


 二人入ってもまだ余裕のある風呂場で妙な沈黙が漂った後、私は水魔術でお湯を作り出してルナの頭のてっぺんからぶっ掛ける。



「アジィ!」



「あ、ごめん、熱かった?」



 その言葉は一緒なんだな、とどこか冷静に分析している私がいた。

 少し熱さを調整してゆっくり頭を流し、シャンプーを持ってきて頭に振り掛ける。

 最初はパサパサで髪に絡まって指が通らなかったが、次第にサラサラと絹のように抵抗なく指が通り始め、わしゃわしゃとルナの頭に泡を沢山作る。


 ……なんだ、この絵面は。


 冷静に考えたら負けだと判断してもう一度お湯を作って頭を洗い流す。



「うー」



「っ」



 心の底から気持ちよさそうに唸ったその声音に、頭の上がぴこんと反応したような気がした。


 いかん、今日は何か変なテンションだな……。ルナに気持ちが悪いと思われてしまう。

 

 抑えろー、何かを抑えるんだー、と脳内で棒読みしつつ手拭タオルを取り出してボディソープをそれにつける。

 勿論ルナは初めての文化を前にカルチャーショックのため、やり方なんて解らないだろう。ここで言葉の一つや二つ通じればここから先は自分でやってもらえたものを……。


 意を決してルナのうなじから洗いに掛かる。

 そこから両肩を撫でるようにタオルで擦っていき、腕に取り掛かる。意外なことにルナの両腕にはそれなりに筋肉が付いているようで、多少揉んでも強い反発力を感じた。それにいちいちドギマギしている私は一体何なんだ……。

 詳細を省いて無事上半身を洗い終えたので再びお湯をぶっかけてやる。


 さて……こっからが問題だよアラン……。


 ルナは腰掛に座らせた状態で、私はその背後に立っている形。

 濡れそぼった柔らかな髪に、何度もお湯をぶっ掛けられてぐしょぐしょになったズボンの役割を果たしていたボロ布。


 遂にこの瞬間がやってきてしまったか。しかしこうなったのも何かの運命、覚悟を決めていこう……。


 謎の決意を胸にズボンに手を掛けようとした、その時だ。



「レイメオン」



 そう言い私の手からソープ付きのタオルをするりと抜き取り立ち上がった。

 そして少し気まずそうに目を伏せて、私と風呂場の入り口をちらりちらりと行き来させた。

 ずっと気づかなかったが、ルナの顔が茹蛸のように真っ赤になっていた。


 

「あ、うん! それじゃあ洗い終わったら教えてね!」



 矢継ぎ早にそう告げ、私は風呂場を飛び出した。

 ドアを閉めて、そこに背をもたれさせ、そのままずるずると座り込む。


 今更になって早鐘のようにどきどきと鼓動が早くなる心臓を押さえつけて、ちらりと横目で備え付けられている鏡を見れば、同じようにのぼせたような顔になっている自分が映る。

 

 最後に見たルナの顔が脳裏に焼きついたまま離れない。それが再生されるたびに体が火照る。


 ハプニングの連続で風呂場前で悶々と頭を抱えていたが、ようやく冷静になった後になって、ようやくルナが初めての文化を目の前にしたのに、それを当然のようにあっさりと受け入れ、やり方を理解し、私の気持ちを汲み取って(?)いたことに気づいたのだった。


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