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少年だけ魔術が使えない。  作者: 感謝感激雨霰
1/4

スラム街の少年

初めての一次創作となります。

登場した設定などは随時後書きにて表記しますので、至らぬ点がございましたら容赦なく

ご指摘頂ければと思います。


初回は主人公の導入部分が8割占めているのでファンタジー要素が薄いのですが、よろしければ最後まで読んで頂ければと思います。


 突然であるが、世界は「魔術」に支えられていた。

 もし魔術の存在を確認できていなければ、きっと今とは全く違った世界となっていたに違いない。

 そう確信させるほど、魔術は世界の髄にまで浸透し、今だなお発展し続けている。

 

 遥か昔、世界中の人々は新たな境地を求めて未開の地に率先して踏み込んでいった。

 いわゆる開拓時代に当たるその時代に、魔術は発見された。

 魔物たちが蔓延る大陸のどこかにあった石版を、今では《魔術の父》と呼ばれている人物によって発見された。

 それ以来、神秘的な存在を手中に収めようと一時も研究の手を止めることなく、人類は発展していった。


 魔術によって物事の基準が定まり、魔術による社会が築かれ、魔術のための常識が生まれた。

 魔術を研究する者の誰かは、こう言った。



『我々の未来は眩しい。それは黄金の比ではないほど眩しい』



 彼なのか彼女なのかは不明だが、その者が言った通り、この世界は眩しかった。

 魔術が(もたら)す恩恵はそれほどまでに素晴らしかった。


 だが、それは世界の一面だけでの話だ。


 人という生き物に感情がある限り、成長するには競争が必要なのは自明の理だ。

 誰かの上に立つために努力し、また誰かの下になりたくないために努力し、その切磋琢磨の姿勢こそが発展であり、必要条件だった。


 しかし、競争という概念がある時点で、“勝者”と“敗者”は存在してしまう。


 勝者なら問題ないだろう。そのまま先を走り、後ろに続く者たちを更に突き放すように発展し続ければ、経済的に非常に潤うことだろう。


 では敗者は?

 先駆者たる勝者たちが食い荒らした道しか行く道がなく、発展する速度が遅くなり、更に差を付けられてしまう、負のスパイラル。

 徐々に貧弱になれば力を失い、勝者たちに逆らえなくなってしまう。


 つまり、魔術が齎した恩恵は、貧富の格差を代償に注がれる物だった。

 だから影に追いやられる者たちにとって、光という未来を占める者たちが眩しかった。

 

 














 



 彼らが眩しいというのは僕の意見だ。


 両手いっぱいのパンを抱きしめながら、肩で息をしながら、足が棒になったような疲労感を感じながら、それでも僕は走り続けなければならない。



「おいクソガキ!! 待ちやがれ!!」



 僕には彼らが喋る言語を理解できないため、何を伝えようとしているのかも解らないけど、とにかくそれを叫ぶ形相からしてそれを聞き入れたら危ないということは推測できる。

 彼らが住んでいる、食べ物や着物が沢山溢れかえっている通路を駆け抜けて路地裏に飛び込む。そこから複雑怪奇に入り混じる通路を決められた順番に駆ける。


 最終的に辿りついた場所は、僕の身長の3倍はある高い壁。つまり行き止まり。

 念のため後ろを振り返ってみるが、さっきの声を上げた人はまだ追いついていない。



「よし! みんな持ってきたぞ!」



 そう僕が行き止まりを作る壁の向こう側に呼びかけると、その壁の上に4つの顔がひょっこり覗かせる。

 僕の顔を心配していたという表情で見つめ、下に下がれば(よだれ)が垂れてきそうな表情を浮かべる。

 とにかく今この場でパンを食べるわけには行かないので、壁の向こう側から投げ渡された縄に掴まって、壁をよじ登る。その際にパンは向こう側に投げ込んでおかないと登れない。


 すでに何千回と繰り返してきた動作のため、ものの5秒で登りきった直後、僕の背中に怒鳴り声を叩きつけられた。



「テメェ次見たらぶっ殺すからな!!」



 同じように、僕は彼らが使う言語は理解できないため何を言っているのかも解らないが、その手に鈍い光沢を放つ包丁が握られていて、唾を撒き散らしながら真っ赤になっているところから、僕を捕まえて料理しようと考えているのかもしれない。



「ご、ごめんなさい!」



 とにかくこの件は全て僕のせいでもあるため、伝わらないだろうと思いながら謝っておき、ひらりと壁の向こう側に飛び降りる。

 ついさっきまで僕がいた壁の向こう側からには、まだ怒鳴り声が上がっていたが、暫くすると諦めたのか怒鳴り声は喧騒のなかに紛れ込んだ。


 ふぅ、と徒労と安堵のため息をこぼすと、僕の背に小さな手が置かれた。

 顔を上げると片手に焼きたての狐色をした細長いパン二つ持って、その一本を頬張るボロ布を纏う男の子だ。

 ところどころ頬が煤こけており、髪の毛もボサボサだ。



「ありがとうな、いつも持ってきてくれて」



 ニカっと笑い、その周りにいた僕と同年代らしき子供たちが、僕が持ってきたパンを必死に食べながらお礼を言ってくれる。



「大丈夫さ。僕にも必要な物だからね」



 そう言い、声をかけてきた子が持っていた僕の分のパンを受け取って、みんなと同じように噛り付く。

 

 両手に伝わる丁寧な温もりに、その狐色のパンに歯を立てるとガリガリと音が鳴る。

 硬いはずなのに、どこか優しいものが含まれているそれを口の中で何回も咀嚼する。

 外は硬く、中は溶けるほど柔らかい。

 それが僕たちの知る「パン」という食べ物だ。


 お腹を空かせていたためいつも以上に時間を掛けてゆっくり食べ終わると、集まって食べていたみんなは散り散りになる。

 僕が決めた日課では、お昼ご飯を食べた後は食べ物になりそうな物を探すことになっている。ただし、さっき僕がやったような方法以外で、だ。



 どたばたしてて遅れたけど、僕は“僕”だ。みんな自分を呼ぶときは“僕”と言う。そろそろ一人一人を呼ぶときに区別できるように、専用の呼び名を付けるころかと考えている。

 

 つい今しがた僕がやってきたのは“盗み”だ。

 今僕が座っている場所は、パンを盗んできたところよりも暗くて、全体的に汚くて、臭い。僕はとうに慣れた環境だけど、壁の向こう側の人たちにとっては耐えられない環境のようだ。


 壁の向こう側には溢れるような人たちが、綺麗に整頓された場所を、綺麗な身なりで当然のように闊歩している。

 それはこっち側にいる僕たちには出来ないことだ。


 何回も向こう側に行っている僕には解ることだけど、どうやらパンを貰うためには茶褐色に光る小さなコインのようなものをあげなければならないみたいだ。

 でもそのコインを僕たちは持っていない。すると、パンも貰えない。パンが貰えなければ僕たちはお腹を空かしてしまう。


 みんなの中に一人だけ、お腹を空かしすぎて動かなくなってしまった子がいた。どんなに揺すっても起きなくて、触ると硬くなっていてとても冷たい。そこにはパンのような優しい硬さは無かった。

 それを見て以来、僕たちの中で“お腹を空かしすぎてはいけない”という共通理念が生まれた。それを満たせるのが、パンだ。

 でもさっき言ったように、壁の向こう側の人たちからはパンを貰えない。


 だから僕は、コインを渡さずに勝手に持ってきた。これを“盗み”と言うみたいだ。

 とっても悪いことだと解っている。そうじゃなきゃさっきの人があんなに怒るわけもない。

 だけど、そうしなきゃ僕たちは生きていけない。


 たった一枚の壁を跨ぐだけで、こんなにも違うのだ。

 喋る言葉も、身なりも、環境も、全部。


 この壁は、壁の向こう側にある空にも届きそうなほど高い家に住んでいる人たちが作った物だ。向こう側の人たちは“城壁”と呼んでいたはず。

 “城壁”は大きな円を描いてぐるりと一周していて、一部にだけ門があるけどそこには人が立っていて、何か物を渡さないと入れないみたいだ。


 つまり、その“城壁”の中に入れる人たちは豊かなのだ。

 一方僕たちのように“城壁”の外にいる人たちは貧しい。


 “城壁”の外にいる人たちには色んな人がいる。

 元々“城壁”の外にいた人、“城壁”の中から追い出された人。本当にさまざまだ。

 僕の場合は前者にあたる人で、さっきいた皆も前者だ。


 どうして外と内とで貧富の違いが出てくるのだろう、と思ったことは何度もあるが、それを確認する手段がない。

 なぜなら、“城壁”の外に沿うように僕たちの住処が展開されているわけだけど、その更に外、つまり誰もいない場所に踏み出せないからだ。

 何人か更なる外に飛び出していったけど、誰も帰ってきていない。


 まともに生きるためには“城壁”の内側に住まなくてはならない。だけど、そのためには豊かにならなくてはならない。

 その方法を探るためには外にでなくてはならない。だけど、そのためには命を投げ打つ覚悟で飛び出さなくてはならない。


 このジレンマに苛まれ、結局僕は今の生活を享受しなくてはならない身に収まる。



「何か、奇跡のようなことでもないかな」



 自分でも笑ってしまうほどくだらないことを呟きながらも、僕はやるせない気持ちをパンと共に嚥下した。









 僕が決めた日課と言ったが、僕が住む場所にいる同年代の子供たちが僕が仕切るようにとお願いしてきたからだ。

 というのも、僕が物心付いてすぐのころ、何気なく辺りを見回していたところに、誰かが会話する声を聞いたのだ。

 その姿もすぐに見つけ、暫くその様子を伺っていると、どうやらそれで意思疎通を図っているみたいだ。実際会話している二人の大人の表情は会話を交える度に変化している。


 僕にはその会話で使われている言語を理解できなかった。当然だ、それを知る術が無かったから。

 ではどうすれば他の人たちと会話が出来るだろうか。簡単なことだ。


 僕は自分専用の言語を作った。

 

 とりあえず自分の口から出せる音を覚えて、それを色々組み合わせて自分の考えを示す暗号を作った。これを作るのに大体3年ほど掛かった。

 そして僕が言語を作っている最中に、たまたま僕と同じようにその様子を盗み聞きしていた子供が興味本位で呼びかけてきたのが切っ掛けだった。

 僕としてもきちんと会話が出来るか不安だったころだったので、作った中で比較的簡単な言葉をその子にどうにかして教えて、会話をした。

 きちんとした会話が出来るようになったのは教え初めて4日後だったが、確かにお互いの考えをきちんと交換し合うことができた。


 それからというものの、その子が「他の子たちにも教えても良い?」と言ってきて、当然それを許可した一週間後には10人ほど、僕が作った言語を使う子たちが集まったのだ。

 そして気づいたら僕はリーダー的な存在となっていて、今に至る。


 “城壁”の向こう側にいる人たちと会話ができず、“城壁”の外側にいる僕たちは会話できるのは、実はこういった事情があったからだ。

 パンという単語も、僕が初めて“城壁”の向こう側に侵入した際に聞いた単語を、狐色の食べ物のことを指しているのだと気づいて使っている単語だ。


 閑話休題。

 とにかく僕の周囲に集まる子供たちは、僕という司令塔を求めていた。

 だから僕は、僕がいつもやっていた事をそのまま教えた。それが僕が決めた日課となった訳だ。


 僕の日課は以下の通り。


 1.日が昇ったころに起きて、“城壁”に沿ってぐるりと一周して探索する。

 2.お腹が減ってきたと思ったら、秘密裏に作った“城壁”の抜け道を使って侵入、食べ物を盗む。

 3.食べ終わったら再び探索。同時に抜け道を作る。

 4.その日に得た情報を整理して、明日にするべきことを考えながら寝る。


 これだけだ。

 これを一人でし始めたのは理由があって、とにかく一人で生きていく術を見つけなくてはならない環境だと気づいた僕は、周りからその術を学ぶことにしたからだ。

 言語の製作をしたのも、実はこの日課の1番を実行していたときに偶然その現場を目撃できたのが理由だ。

 だから周りの子供たちにも、とにかく学び続けることが大事だと教え続けている。

 偉そうに言える立場ではないが、そうしなければ子供たちは死んでしまうかもしれない。


 今僕が活動できているのも、周りに僕と意思を疎通できる子供たちがいるからだと思っている。

 一人で活動しているときは本当に辛かった。闇雲に手探りで動かなくてはならなかったから、一つの失敗が命取りになる。

 だが何人かいれば活動を分担できるし、情報の交換もできる。無駄も効率も改善できるわけだ。


 さて、そういうことで僕も絶賛日課中なのだが、今まで経験してきた中で一番危ない場面に出くわしている。



「おう、こいつは珍しいものだな」



「だろう? 結構高くついたんだぜ。まぁ旦那はうちのお得意様だからな。大体20万G(ゴールド)にしておいてやるよ」



「う~ん苦しいな、もう少しまけてくれないか?」



 今僕は“城壁”の中に侵入している。

 だけど、今回はパンとか食べ物を盗みに来たわけではない。

 日課1番の延長線上、つまり探索の範囲を“城壁”の中にまで伸ばしたのだ。

 これは何度かしたことがあったのだが、その入った場所がまずかったみたいだ。


 僕が今身を隠している場所は木と鋲で作られた入れ物、樽と言われる物の中だ。

 対して樽の外で会話をしているのは男の大人二人。

 

 “城壁”を乗り越えて降りた先が天幕の破れた場所で、そのまま下に落っこちたら樽の中にすっぽり嵌り、逃げ出さなきゃと思った矢先に大人二人が部屋に入ってきて商談を始めた、というのが事のあらすじだ。


 さて、非常にまずい。


 なるべく音を立てないように、震えだしそうになる足を必死に押さえつけて身を丸めているが、僕の尻に敷かれている、もとい樽の中に入っていたのは青やら赤やらに輝く綺麗な石ばかり。


 初めて見た物だが、一目見た瞬間に本能的に悟った。

 この石はかなり高価なものではないか? と。

 幻覚を醸し出すような神秘さを内に秘めているようなその石は、それ単体で何か成せそうな雰囲気すらある。

 

 さらに樽の隙間から覗いて見れば、大人たちが座っている机の上に、同じような石が1つ置かれていて、いかにも裕福そうな身なりをした人たちが真剣な表情で値段を言い合っている。


 実際その見立ては合っているらしく、いつも盗んできているパンは1つで10Gで買えるらしいのだが、大人たちが言うには20万Gも掛かるらしい。

 万、という言葉は初めて聞いたが、大人たちが真剣に値段を言い合っているところを見ると、パンを2つ買えるような値段では済みそうになさそうだ。


 状況を整理しよう。


 僕は超高価な石が沢山入っている樽に一緒に入っている。

 大人たちはその石を売買するために話し合っている。

 もしここで僕が見つかってしまえばどうなるか。


 脳裏に先日のパン売りの人の表情と、手に持っていた包丁を思い出す。


 殺される。ほぼ確実に殺される。

 だってこの状況だけ見れば、どう考えても僕がこの石を盗もうとしたところに彼らがやって来て、急いで僕は隠れたようにしか見えないからだ。


 盗まれた人はめちゃくちゃ怒る。

 パンの4、5個くらい盗んだだけであの怒り具合だ。

 パン2つなんて屁でもないくらいの値段がするらしいこの石を盗もうとしていたなら……想像なんてしたくない。


 今まで窃盗をして包丁片手に追い回されたことは何度もあるが、ついぞ窃盗をするつもりは無いのに命の危機に晒されたことはなかった。


 しかし慌てて自暴自棄になるな。それこそ自分の首を絞めることになると学んだはずだろう。

 そう自分に言い聞かせ、何とかして打開策を練りだそうとするが、大人たちの商談の声に頭の中を掻き混ぜられてろくに考えが纏まらない。


 僕が人知れず頭の中で悶々としている間に商談はお互い納得いく結果に収まったのか、大人たちは愉快げな笑い声と共に、お互いの手をがっしりと握り合って少し上下に振った。


 まずい、もしあの石1つだけじゃなく、この樽の中に入っている石も買おうとしているのなら……!?


 脳裏に閃いた最悪の展開。

 それは、未来予知にも似たものだった。


 普段見慣れない服だったせいで良く解らなかったが、でっぷりとお腹が突き出ている人が椅子を軋ませて立ち上がり、何か買う側に話しながら僕が隠れている樽に向かって歩いてきたではないか。


 このままじっとしていれば見つかる。不意を付いて、驚いている隙に逃げ出すしかない!

 でもどこに? 店を出て、いつも行っているパン屋さんのあたりまで行けば何とかなる!


 矢継ぎ早にそう結論付けた僕がいざ樽から飛び出さんと姿勢を改めたとき。



「ぐあぁああ!!」



 僕でもなく、売る人でもなく、買う人でもない、この場にいない誰かが悲鳴を上げた。

 唐突なことで逆に僕が固まっていると、太った男の人は怒鳴った。



「まさかギルドの連中に見つかっちまったのか!? ちくしょう! おい旦那、さっきの商談は持ち越しだ! 合流の手はずは俺の方から連絡する!」



「わ、解った!」



 売る側の男の人は慣れているのか、怒りの色は含まれていたものの、冷静さは欠いていない声音で買う人に何らかの指示を出したみたいだ。

 対して買う人は狼狽しきった態度と声音で返し、机に置いてあった麻袋を引っつかんで懐に仕舞い込み、暖簾(のれん)をうっとうしそうに払いのけて走り出した。



「ちくしょう何だってんだ! 一体どこで尻尾を出しちまったって言うんだ!」



 一人で毒づいているのか声を荒げながら、僕が隠れている樽の1つ隣の木箱を丸々肩に担いで、買う人が逃げた方向に走り出す。


 いや、走り出そうとした。



「《闇商人》バン・イッズだね? もう逃がさないよ」



 ぴしゃりと言い放たれた言葉と共に暖簾をくぐって来たのは、女の子だった。

 先ほどの二人とは違った服装をしており、凛と整った顔には弾劾するような突き刺さる色が浮かんでいた。

 太った男はその女の子を憎憎しそうに睨んでおり、腰の後ろに手を回した。


 樽に背を向けている男。つまり、僕に背を向けている。だから何をしようとしているのか解る。

 だるだるのズボンからぬらりと現れたのは、包丁より刀身が短いナイフだ。

 あんなもので女の子がずぶりと突き刺されては、簡単に死んでしまいそうだ。


 それに気づけない女の子は変わらず男の退路を断つように立っており、敵対の意思を見せる。その姿に何故か頼もしさを感じるが、それが実際に何かに関わるかと言えば、答えは否だ。

 男はうろたえるような物腰だが、その瞳に揺らぐ怒りの炎は殺気と言い換えても差し支えない。


 その女の子は、大人じゃない。

 僕が子供のように、その女の子は僕より年上そうだけど、大人じゃない。

 普通に考えて子供は大人に勝てない。

 

 何よりこの男の大人はあんなに太っているのだ。よほど沢山食べているに違いない。

 対して女の子は全体的に細い。服からすらりと伸びる腕や脚は、その細さにより一種の艶かしさを感じさせるが、男と比べて非力そうだ。取っ組み合いになれば勝ち目は皆無に等しいだろう。



「それはダメだ!!」



 思わず声に出し、樽の中から飛び出した。

 僕の大声に驚いたのか、はたまた樽の中に忍んでいた自体に驚いたのか。目をまん丸にして振り返った男の背中にしがみついた。

 


「んだぁこのガキ!?」



 ぶよぶよで太い首に腕を回してしがみつく僕を、至極うっとうしそうに引き剥がそうとする男は持っていた木箱を落とす。中からは黄金に輝くコインがじゃらじゃらと溢れ出る。

 懸命に回す腕に力を込めるが、先述の通り僕の腕は子供の腕、あっさりと男の力に屈服して引き剥がされてしまった。

 男にとっては僕の体は空気のようなのか、片手でひょいと持ち上げて女の子の前面に突き出し、僕の首筋にナイフを這わせた。

 

 つぅ、と一撫でされた皮膚に一瞬冷たい感触が広がったが、次第に体が捩れるほど熱い痛みに変わる。



「てめぇ、このガキがどうなってもいいのか!?」



 さっきと打って変わって、勝機を得たとばかりに声高らかに言い放った。

 一回ナイフで掠め切られた僕の思考は一瞬にして凍てつき、まともな判断が出来ないほど混乱する。


 嫌だ、死にたくない。

 思えばどうして樽の中から飛び出してしまったのだろうか。もちろん女の子が殺されるのはダメだと判断したからだ。その後のことを全く考えずに動いた結果だった。

 それを正しく死ぬ覚悟と言うのだろう。こんなことが出来たのなら、更なる外側に行けたんじゃないか。そう思うと、やりたいことが更に頭の中に浮かんでくる。


 浮かんでくるたびに、死にたくないという思いが強くなる。

 死にたくないと言う思いが強くなるたびに、絶望的な現状が浮き彫りにされる。


 

 しかし、そんな僕を差し置いて、女の子の表情の変化は小さかった。


 まず僕が飛び出したときは大きな目が更に大きく見開かれたが、男に捕まってナイフを突きつけられている場面を見た瞬間、その目が鋭く細まった。

 そこに何の声は発せられていない。


 そう、彼女も怖気づいてしまったのだ。

 僕が彼女が殺されるのを恐れて飛び出したように、彼女も僕が殺されるのを恐れて動けなくなったのだ。


 

「おい! 解ったんならそこをさっさとどけ!!」



 ナイフで道を開けるような仕草をして怒鳴り散らす男だが、女の子は足を動かさなかった。


 代わりに、その細い腕がゆっくりと持ち上げられ、更に細い人差し指が男の顔に向けられた。

 あまりに頓珍漢なアクションに僕だけでなく、男も一瞬訳がわからずに固まる。


 ただ、女の子がこの状況においても、何一つ怖気づいたりしていなかったという事実。

 それを理解した瞬間は、男の運命を分かつ瞬間でもあった。



「《岩弾(ロックブラスト)》」



 女の子の淡桃の唇がそう紡いだ瞬間、世にも不思議な現象が顕現した。


 きめ細かく細い指先から、その指には全くと言っていいほど似つかわしくない、大人の頭1つ分のゴツゴツした岩が形成された。何も無い空気から、突如だ。

 それと同時に、彼女の胸の前に何かの紋様が浮かび上がる。


 その直後。

 音も無く、その岩は男の顔面を正確無比にぶち当たった。


 ボグゥ、と聞いたことも無いような音と共に男の顔は跳ね上がり、岩の破片をぶちまける。悲鳴を上げることも無く、どすんと砂埃を少し起こして仰向けに倒れたまま、ぴくりともしない。

 それと共に僕の首根っこを掴む男の手が緩み、するりと滑った。


 成されるがままに僕は地面に足を着けて、呆然とした。

 

 僕の生きる上での座右の銘は「周りから学べ」だが、今の刹那に一体何を学べた?

 初めて見た光景ということは、すなわち経験だ。必ずそこから何かを学べるはずだ。

 頭が現状についていけず、目の前の女の子を凝視する。


 奇跡のような事をしでかした女の子は腕を下ろし、かつかつと靴底を鳴らして僕の目の前まで歩み寄った。

 初めて見たときはか細く非力な印象を与えたその姿だが、今はそこらで歩いているであろう大男なんかよりも屈強な雰囲気を纏っているように思えた。


 そんな女の子に見下ろされゴクリと生唾を飲み込んだ僕だが、見下ろす目は先ほどの冷たさは全く無く、包み込むような温かい光が宿っていた。

 目線を合わせるように肩膝を突いて至近距離で僕の顔を覗き込んでくる。



「あ」



 緊急事態で、自分が思っていた以上に混乱していたようで、まともに女の子の顔を認識していなかったが、今この瞬間、僕の心臓が跳ねたんじゃないかと思うほど動悸を大きくさせた。


 大きな目を縁取る長い睫毛に、くっきりと刻まれた二重(ふたえ)

 つんと上向きの鼻に、潤った淡桃の艶やかな唇。


 僕の本能的な何かが、この女の子に強烈な感情を抱いた。

 何の感情か、僕が作った言語の中では言い表せない。

 解らないが、とにかく目の前の女の子のことで頭が埋め尽くされた、ということだけは解った。


 そこまで頭が回ったところで次第に顔が熱くなっていき、初めての事ばかりで再び頭が空回りし始める。

 急に岩が現れたり、投げられたわけでもないのに一人でに飛んだり、女の子の顔が脳内に焼きついたりと、もう何がなんだか解らない。


 そんな僕を安心させるような笑みで笑いかけ、ふと僕の首筋に目をやった。

 僕からでは見えないが、きっと赤い液体が体から流れていることだろう。いつか転んだときに膝から液体が出た時と同じ感覚が、首筋から訴えられているからだ。


 それを痛ましそうに見つめた後、再び唇を動かした。



「《治癒(ヒール)》」



 まただ。女の子の胸元から淡い光を放つ紋様が空中に浮き上がり、それと同時に僕の首筋にあった痛みが柔らかな温かみに包まれた後に消え去った。

 ゆっくり手を這わせるが、液体を触る感覚も無く、また傷らしき感触も無い。


 僕の動作を見て、少しおかしそうに微笑んだ女の子は改めて僕の顔を覗き込んで言った。



「キミ、名前は?」



 何かを聞いたのだろうが、何を聞いたのかが解らない。

 何度もあった体験だが、今まで以上に何故か猛烈な感情が胸のうちに滾った。


 10分ほどの時間の内に体験した内容は、多分僕が生きてきた14年間の経験に匹敵する質だろう。

 本当に唐突に起こった出来事に、僕はただ呆然と呟いた。



「何なんだよ、一体……」



 そう、いつか僕がくだらないと笑った奇跡が起こった瞬間だったのだ。


初回、ということでファンタジー要素をあまり入れられなかったので、一回読んだだけじゃ複雑な内容となってしまいましたが、申し訳ない、この場を借りて補足致します。


主人公“僕”が言う「“城壁”の中」が城下町です。その城下町が冒頭にあった「勝者」か「敗者」かは今後の展開にて。


続きまして「“城壁”の外」はスラム街です。もっと描写を入れて貧しさを表現できれば伝わりやすかったかもですが、よろしければご意見下さい。


「更なる外側」というのは城下町でもスラム街でもない、人の手が着けられていない大陸のことです。ドラクエで言う、町と町の間にあるモンスターPOPがある道、と言えば解りやすいでしょうか。


主人公はオリジナルの言語を使うため、城下町の人間の言葉を理解できません。しかし、スラム街に住まう子供たちには広がっているため、会話をすることが出来ます。


G(ゴールド)というのは本作での世界通貨です。もちろん他の通貨もありますが、それは後の展開にて。決してG(ゴキブリ)ではありません。


本文後半部分の要約をすると、主人公が城下町に侵入したところが丁度闇商売をする現場で、そこを取り押さえた、という流れです。

詳しくは次回。


本文にちらりと登場していた「青やら赤やらに輝く石」と「ギルド」は、今後の展開に必要な要素を含むので、後の展開にて。


岩弾(ロックブラスト)」は当然、魔術です。「治癒(ヒール)」も然り。

魔術に関する設定は次回に載せられると思うので、後の展開にて。


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