守備の要、見える物かジンクスか
実を言うと捕手にはある程度検討が付いていた。
というのも、うちのチームには昨年のドラフトで獲った捕手と合わせて捕手が四人しか居ないし、春季キャンプが始まる前から守備の要である捕手は熟考していたのだ。
捕手陣は、特に他のポジションの選手とやる気の出方は違うだろう。
球団の親会社が赤字を出す前、うちのチームには不動の正捕手が居た。
打っては三割三十本辺りをコンスタントに叩き出し、守っては強肩堅守で投手を助ける球界一の捕手、村上が。
追随を許さない圧倒的な実力、実績で他球団なら正捕手でも通用するような選手も出場機会は少なかった。
言う通りの化け物に、正捕手の実力を持つ控え捕手も”飛んだ”のだ。
日の目が当たるはずも無かった自分達に、日の目が当たるかもしれないのだ。
気合が入るのも当然だろう。
「捕手ばかりは試合を見ない事には難しいですよね」
バッテリーコーチ兼作戦コーチが捕手の動きに目を離さず話かけてくる。
「肩の強さと守備の動きだけで見れば、高橋なんですが…捕手はそれだけじゃないですからね」
高橋は打力は二軍でも結果を残せないが、肩と守備はそれを武器にプロに入ってきただけあって良い物を持っている。
大概の捕手はコンバートを前提にした指名以外”それ”を武器にしているのは当然なのだが。
高橋は俺も候補に入れていた一人。
肩と守備に加えて二十四歳と若く、今年を含める三年で二十七歳という全盛期を迎える年齢も魅力だからだ。
三年目に勝負をかけて、その後のチームの事を考えても高橋を中心に据えるのは重要な事。
「俺はタカアキも良いんじゃないかと思ってるんだがどうだろう?」
「えっ…タカアキですか?作戦コーチも兼ねてる身からしたら”ジンクス”は信用なりませんよ」
「確かにリスクは高いか…」
タカアキは二軍を回す為に居た”一軍戦力外”組なのだ。
二軍を良く知るので、若手の教育や若手投手の指導を球団から任された捕手。
実績が無くてもチームを知る捕手というのは意外に重要で、各球団に以外と一人はいるものだ。
”ジンクス”というのは、タカアキがマスクを被る試合で若手が投げると失点しにくいという物だ。
リードが良いのかというと、そうでは無くて二十代後半から後ろの選手にマスクを被るとそうはいかない。
いや、リード力が無いというと違和感があるか。
投手はプロに入ってしばらくすると自分で投球を考え始め、捕手のサインに首を振る事が増えてくる。
ましてや万年二軍のタカアキだから、舐められてしまうのかもしれない。
タカアキの出したサインに首を振って痛打されているという可能性も捨てきれない。
他に魅力といえば当たれば飛ぶくらいの物で、肝心の打率も低く、肩も守備も並とジンクスと言われるリードを除けば誰の目で見ても高橋、あるいは他の捕手の方が魅力的に映るだろう。
「しかし、安直に良い順に使っても力負けするんだ。そういうのがあっても良いと思わないか?」
「はぁ…監督がそう言われるのなら、タカアキも起用する前提で作戦とバッテリーも考えます」
コーチは言い終えて「が、」と一言付けたしこう言った。
「押本も候補に、頭に置いといてくださいね。あいつは便利ですから」
「わかった。よろしく頼むぞ」
各ポジションの練習を見て、大体の構想はまとまった。
後は対外試合をして、細かい所を詰めていく必要がある。
春季はまだまだ打者も調整不足な所があるから、投手にしても打者にしてもそれらを考慮に入れる。
あと気を付ける事があるとすれば、余裕だという意識を他球団に植え付けない事だろうか。
舐められてるのは承知の上だが、気を抜いたら危ないという意識を少しでも植え付けたい。
野球と言うスポーツにおいて、心の余裕は重要な要素だ。
ただでさえこちらの選手には余裕が無いんだから、あちらに余裕を持たれたらズルズル行かれる。
一年目は最下位にしても、来年もしくは再来年はもしかしたらという結果を出したい。