現状主力考察
「目ぼしい選手は見つけられましたか?」
「ええ。と言っても実戦を見ない事には決められませんが、先発候補を数人程」
「どれどれ…ほぉ。国松を入れますか」
投手コーチは俺のチェックリストを見ると、つっかえ物でもあるような声色で一人の選手の名前を言葉に出した。
「私は選手のボールしか見ていませんから、良く知る監督にしかわからない事もあるのでしょう。一先ず、口出しはしません」
投手コーチが国松を疑問に思うのもしょうがない。
国松は良くも悪くもオーソドックスな二軍の選手だ。
球速も138キロ前後、コントロールも良いと言う訳ではない。
社会人入りの二十七歳で、期待の起用という見方も無いだろう。
だからといって、俺は温情で国松を選んだのではない。
二軍の試合が参考の話だが、国松は先発として五回三失点や七回四失点など”微妙なゲームメイク能力”があるのだ。
これが一軍の打者相手でも同じように行くとは思っていないが、四回三失点でも七回五失点でも構わない。
「国松は何時もこれくらいにまとめる」という目安を野手に作らせる事が重要なのだ。
目標があるだけでモチベーションは変わってくる。
勿論野手も去年までは二軍の選手だったから、一軍の投手を相手にモチベーションだけで打てるようになるかと言えば断言はできないが。
国松には対外試合に二回は先発として投げて貰おうと予定している。
滅多打ちにされればシーズンも先発と行かないから、貴重な練習試合が失われるリスクはあるが、そのリスクを犯してでも試す価値はある。
俺はリリーフ候補に数人チェックを付けて、投手コーチに会釈をして野手の練習が行われているグラウンドに向かった。
俺がブルペンを出た瞬間、チャンスを掴もうと気張ってた奴が何人も居たのか、息を吐く音がいくつも聞こえてくる。
その後、投手コーチの喝が飛んで緩んだ空気が引き締まるのを背中で感じた。
…
野手はバッティング練習中だった。
やはり一軍だった山井の打撃に目が止まる。
一軍で期待されて代打で使われていたのは伊達じゃない。
一年目は二軍に居たから俺も多少は知っているつもりだったが、一軍に揉まれる内に、生き残ろうとする内に右打ちを身に付けていたようだった。
二軍の時は中距離のプルヒッターだったのに、打撃練習といえどライトにヒット性の強い打球を飛ばしている。
他の選手も見惚れているようだった。
その隣のボックスには大卒四年目で山井と同じ外野手の中里が入っていた。
二軍で何時も見ていたが、やはり凄いスイングスピードだ。
山井と比べるとやや力んでいるように見えるが、スイングスピードだけは負けていない。
ブンブンブンと音が聞こえてくるようだ。
しかし何時も通りバットには当たっていない。
打撃練習とはいえどいくらなんでも大きいのを狙い過ぎているし、バットにも当たらないのはプロとしてどうなんだろう。
ブルペン捕手も心なしか良くミットにボールが収まるものだから楽しそうだ。
実は、中里は一軍経験者だ。
ルーキーイヤーの時はドラフト二位という順位の通り期待されていて代打で起用されていた。
しかし守備について負けに繋がるような失策をやらかし、当時というより前任の監督の逆鱗に触れて二軍に幽閉されていた。
結局一軍の野手陣も足りてるから、二軍でいくら結果を残しても上がれなかった。
中里が三年目のシーズンを迎えて中頃くらいだっただろうか。
ある日、急に中里が話しかけてきた。
「分かりました。インパクトですよ」
一方的にそれを言って練習に戻った中里は現在のようなスイングをし始めた。
試合でも一発狙いの大振りで本塁打数こそ増えたが、ある程度あった打率は酷い事になってしまった。
打撃コーチの忠告も聞かずに、正しく”インパクトのある成績”を求めてスタイルを変えようとしなかった。
しかし、現状の戦力を考えれば中里は重要なキーポイントとなるだろう。
肩が弱く、守備が雑と外野手には致命的だが指名打者が無いうちのリーグでは、九番打者が投手になるから打力のある選手は魅力だ。
さて、内野手の方はどんな感じだろうか。