あなたと目があったその日から
別の生活を歩みたい。
中等部にいたある日、私はそう願った。
生活に不満があるわけではなかった。寧ろ裕福な家庭に生まれた私は、何一つ不自由なことはなかった。
神奈月、煌聖院、姫宮の通称“三大財閥”と呼ばれる世界でも知らない人はいない程の大きな財閥グループの1つ、神奈月の長女として生まれた私、神奈月実鈴。
年齢関係なく周りからは羨まれ育ったが、私としては
『息苦しい』
何処にいても肩身が狭く、居心地が悪かった。私はお嬢様という立場は合わなかったらしい。
そして中等部の時にあった事件で、ついに私の想いは爆発した。
身分がバレないように名字を変え、行くはずだった学校を蹴って、必死に勉強をし、実家よりも学校に近い父の別荘に引っ越し、家から離れた私立高校に無事合格した。
そして今日が入学式。
高校生活ってどんなのかなぁ。
私は校長の挨拶をぼんやりと聞き流しながら、楽しい高校生活を夢見ていた。
“私立桜園高校”
そこが今日から私が通う学校。設立して10年程だが、建物自体はそれを感じさせない白を基調とした外観で色落ちもしていないため、学生の間では人気がある。
私は名字を本名の“神無月”から“星野”に変えて、受験した。
一応校長に事情を話し、承諾してもらっているので入学上は問題ない。
「もう15分は喋ってるんじゃないかな、あの校長」
木造の体育館、舞台に大きく掲げられた校章、動くと少し軋む音をたてるパイプ椅子。今まで通ってきた学校とは全然違う風景に心が踊る。
早く校舎を見て回りたくて、校長の長い挨拶に少し苛立ち始めていた。
「早く終わらないかな…」
「そうだね、結構話してるもんね」
独り言のつもりで呟いた言葉に返事が返ってきたことに驚き、隣を見ると、長い茶髪をふたつに下の方で結い、赤い眼鏡をかけた焦げ茶の瞳を持つ女子生徒が座っていた。典型的な文学少女スタイル。
「あ、ごめんね!!つい私もそう思ってたから答えちゃって……!!」
目をキョロキョロさせて焦る彼女に小さく笑いが漏れた。
「そうだよね、話が長すぎて聞く気力もなくなってくるよね」
「毎年のことだけど、も、もう少し短くまとめて話してほしいよねっ」
緊張しているのか、さっきよりも背筋を伸ばして、しきりに眼鏡を直している。
「私、星野実鈴って言います」
「わ、私は斎藤穂乃果です」
よろしく、と挨拶を交わす。いい子そうでよかったとほっとした。気付けば校長の話は終わり、次の挨拶が始まろうとしていた。
校長が壇上から降りると、急に周りの生徒、主に女子がざわつき始めた。
頬を染めて、中には泣いている人すらいる。明らかにおかしい。
「ねぇ、この後も挨拶だよね??」
意味がわからず、しきりに眼鏡を直す穗乃果ちゃんに聞いてみた。すごく不自然だ……
「そ、そうだよ。でも次の挨拶は入学試験でトップだった人がするんだって」
「そうなんだ……。でも何で女子が騒いでいるの?」
確かに、学年トップともなればその人物に興味を抱く気持ちはわかる。でも騒ぐ生徒に女子が多い理由とそれは結び付かない。
「そのトップの生徒がすっっごくカッコいいらしいよ!!次の生徒会長候補だって先生も言うくらい頭がよくて、しっかりしてて、その生徒目当てに受験した女子も多いんだって噂なんだよ!!!」
「そ、そうなんだ」
興奮気味に目が輝やかせて話す穂乃果ちゃん。
目が……怖いです……。
しかし、あまりその辺を調べず、雰囲気だけで選んだのが仇になった。まさかそんな才色兼備がうちの学校にくるなんて思ってもみなかった。女子が怖いだろうな……
「どんな人なんだろうね。噂では、艶のある綺麗な黒髪に、宝石のような赤い瞳で、ミステリアス系王子様みたいなんだって!!」
「王子様かぁ……。あまり関わりたくないなぁ」
「どうして??」
「周りの女子の目が怖い。みんなその人と関わりになりたいんでしょ??抗争とかあったら怖いし」
「確かに……」
「私は平穏な学校生活を送るって決めてるから!!」
「私も一目見れたらそれでいいな」
「次は新入生代表の挨拶です」
先生のアナウンスが入ると、会場に緊張感が漂い、新入生代表を待っていた。
そわそわとする雰囲気は一層高まる。
「あ、星野さん!!出てきたみたいだよ!!」
穗乃果ちゃんの言葉と同時に女子の黄色い歓声が一斉に飛び交う。
出てきた人は、長身で細身、噂通りの艶のある黒髪に宝石のような赤色の瞳の少年だった。
壇上に上がると顔がよく見えて、さらに声が上がる。先生が注意しても収まる様子は無い。
「想像してたけど、すごい人気だね……」
「うん……。女子って怖い」
確かに、その少年はとても整った顔をしていた。つり目がちの目にクールな顔立ち、そして赤い宝石のような瞳が魅力をさらに引き立てる。王子と言われるのも納得できる。
彼は女子の歓声を無視して話を始めた。
「この度、新入生代表に選ばれました神崎結斗です。我々はこの桜園高校生として恥じぬよう一層の努力をしていくことを誓います」
一言喋る度にが騒がしくなる体育館。
確かにカッコいいけど、何か怖い雰囲気がするなぁ。
こう、なんというか……威圧的というか、うまく言葉では表せられないけど、私はあまり関わりたくないと思った。
すると、不意に神崎くんと目があった気がした。
……いや、目があった。
何故なら彼は確実に私の方を見て、目を見開いていたからだ。
「……み、れい」
マイクを通して、彼の口から出た言葉は確かに私の名前。
「……星野さん、知り合いなの??」
穗乃果ちゃんの声と女子のざわつく声を聞きながら、私の平穏な高校生活が終わった気がしてならなかった。