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 ダーリン

 あなたは私の王子様。


     ○


(あかね)ちゃん、見すぎ」

 あきらかに困ったような声で、幹直(みきなお)君は苦笑まじりにそう言った。

「……そお?」

 その声でようやく我に返って、けれど私は頬杖をついたまま視線をそらさなかった。お互いの膝がぶつかるほどぴったりと隣に座って、私はずっと、幹直君を見つめていた。

「見てちゃだめ?」

「……けっこうすごい視線感じるんだけど」

 パソコンからずっと目を離さなかった幹直君が、ふいに画面から視線を外して、私を見た。黒縁眼鏡の奥の濡れたような瞳に、私は胸がとくんと鳴るのを感じた。

 昼休みになると早々とお弁当を食べて教室を後にする幹直君は、いつも残りの昼休みをパソコン室ですごしていた。ネットで動画を探したりお気に入りのブログをチェックしたりしていて、他の男子と体育館でサッカーをしに行くということは決してない。

 そんな幹直君の隣に座って、彼の横顔を見つめるのが、私の日課だった。

 指摘されるくらいずっと見つめていたのだから、私はそうとうな視線をおくっていたということになる。

 でも私は、それをやめようなんて思わない。

「そんなに僕のこと見てて楽しい?」

「ずっと見ていたいくらい」

 間髪おかずに言うと、幹直君は一瞬、目を見張る。そしてすぐに切れ長の目じりをさげ、ふっと微笑んだ。

「……私に見られるの、いや?」

 その微笑みが、なんだか迷惑そうな表情に思えて、私はおずおずと尋ねる。やめる気なんてまったくないけど、形だけそうしてみた。

「いやじゃないよ」

 上目遣いに見上げる私に、彼はそう微笑んだ。ただ、と付け加えて、ブレザーのポケットから携帯電話を取り出す。それにイヤホンを取り付けて、私の耳に片方さし込みながら、言った。

「いつも一緒にいるのに、そんなに僕のことばっかり見てて飽きないのかなと思って」

 そのすこし照れたような声に、私は胸がきゅんとする。そして携帯電話を操作して音楽を再生する彼の頬も、すこしながら赤らんでいるんだとわかって、心の中でよし、とこぶしを握った。

 私たちを見てひそひそと噂しあう女子たちの視線は、まったくもって無視した。その視線に明らかな嫌悪が含まれてるもの知ってる。でも私は、そんなの全然気にしない。

 私は幹直君がいればそれでいい。

 私は彼を自分のものにしたかった。


 私の好きな人、それは幹直君。

 それから、テディ・ベアが好き。

 私は自分の部屋のベッドやクローゼットにたくさん並んだテディ・ベアのように、幹直君の情報を集めていた。

 森幹直。誕生日は五月十八日。牡牛座の、B型。私と同じ馬年で、一人っ子。

 そんなプロフィール、誰でも知っている。

 好きな食べ物。嫌いな食べ物。趣味。それぐらい誰でも知ろうと思えばいくらでも知ることができる。私は彼のそれらを、もうとっくに調べ尽していた。

 彼のすべてを知りたい。でも、私が知っているのはほんのわずかなことだけ。

 みんなが知ってる幹直君。それだけじゃない、家族しか知らないようなプライベートなことも、私は知りたかった。

 彼のはいている下着。そんなもの生ぬるい。私が知りたいのは、彼がどういう本を読んで、どんなDVDを見て、どんなふうに自分を慰めて夜をすごしているのかということ。

 幹直君のことが知りたい。何でも知りたい。

 彼を私だけのものにしたかった。

「幹直君、家でもそうやってパソコン三昧なの?」

「そうだよ。一度部屋にこもったら絶対出てこないよ」

「すごいなぁ。私、家に帰ったら予習復習しないと授業についていけないよ」

 彼のことは、中学校の時から知っていた。

 高校受験のために通っていた塾が一緒だった。当時はお互い自分の中学の子とつるんでいたから直接会話をしたことはなくて、ただ見知っている、という感じだった。

 初めて話したのは、入学式の時。

『まさか同じ高校だとは思わなかったよ』

 意外そうにそう笑った幹直君は、私の志望校が違うところだと思っていた。いや、実際そうだった。私の志望校はもともと、こんな進学校並みのレベルになんてとても手が届かないような平凡な学校だった。

 それを猛勉強して、幹直君と同じ学校に合格した。無理だと言われていたけど、執念で受かったようなものだった。

 塾で出会った彼に、なんとしてでも近づきたかった。眼鏡の向こうの力強いまなざしに見つめられたかった。甘く優しく響く声で名前を呼ばれたかった。その細身の身体で、抱きしめてもらいたかった。

 私は幹直君に、一目ぼれしてしまっていた。

「わかんないとこあったらまた教えてあげるよ?」

「ほんと?」

 昼休みのパソコン室には、いつも学年問わずたくさんの生徒がいた。幹直君のようにインターネットを楽しむ子もいれば、パソコン関係の資格をとるために練習をしている子もいる。話し声よりもキーボードを叩く音ばかりが響く落ち着いた空気をこわすのがはばかられて、私たちはいつも小声で会話していた。

 キーボードを叩いたり、マウスを動かす幹直君の大きな手。指は細いのだけど、関節の太さと手の甲に浮く筋や血管に、男性らしさを感じる。その手に自分の手を重ねてみたくなって、私は我慢した。だってもう、私の手は彼の太ももの上にある。いまはそれだけでじゅうぶんだ。

「今日帰りに新しい本買いに寄ろうかと思うんだけど、その後どっか寄って今日の課題一緒にやろうか?」

「行く! 幹直君の教え方わかりやすいからほんと助かるんだ!」


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