第五章 愛しい人
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勝負を始めてから1週間が経過した。朝一に丈二海が嘉華の元へ届けた封筒は白くて薄いピンクの花がプリントされていた。彼の報告書、と言ったモノだろうか。
「あらら、もう終わっちゃったんだ…」
「中身を見てあげないんですか?」
哉雅が机に置かれたままの封筒を見て言ったが、嘉華はもう結果が分かってるからと溜息をついた。
「しょうがないわね、約束、だからね…狐をここへ連れて来て頂戴、後、彼の編入届の用意。早くしてよね、学校にいつもの時間に着く様に行動して。」
嘉華の行動は時々哉雅達を困らせる。だが、嘉華がどんな無理難題を言ってもそれを叶えてくれるだけの力を哉雅は持っている。それは、初めて嘉華の専属執事になった時には持っていなかったモノ。
ガルデーニアを屋敷に連れてきたり、書類の手続きをしたりと朝から廊下を忙しなく走り回っている哉雅はいつ休んでいるんだろう?と周りの同僚達から思われている。実際の所、朝の起床は0時終業時刻は十時らしいのだが、実際哉雅はもっと働いている。休憩時間もほとんどなく、いや、有ったとしても休まないと思うが…休憩室に入ってきたところで、
「おい、この書類、間違いが多いぞ、やり直し、同じ文面があれば中身見ないからな。」
と言うに違いない。もしくは電話をしているか書類と一緒に行動をしているかだ。
「なぁ、聞いているのか?」
何か考えにふけていた哉雅の目の前には真っ白い頭があった。嘉華の部屋からの帰りだろうか、斜め後ろに丈二海が小走りをして着いてきていた。それ見るとどうやら彼は哉雅を見つけて走ってきたらしい。
「哉雅すまない、コイツ早くて…狐、俺より先に行くなって言っただろ!」
そんな説教もガルデーニアの耳を通り抜けていった。ガルデーニアは哉雅の顔をジッと見てユックリと口を開く、哉雅に向かって小声で何か話したようだが、丈二海には聞こえなかった。ただ、ガルデーニアが再び歩き始めた時横目で見た哉雅は眼を見開いて固まっていた。何を言ったのか聞いても彼は丈二海に教えてはくれなかった。
屋敷に帰った後、皆がガルデーニアを取り囲む様に周囲に集まってきた。どうやら結果を聴きによってきたらしい。
「んで、どうだったのよ?まあ、狐ちゃんの事だから特に問題はないはずよね、」
「そうそう、さっきお嬢様から電話があって荷物をまとめて来週の月・水・金の内のどこかで本邸に引っ越して来いだってさ、」
その事を言われてガルデーニアは少し心がズキリと痛んだ。その痛みの意味は知らない、だが、心の中にどこかで感じた事のある様な気持がジワジワとココロに広がっていく。
「念願の家族に会えるってなんか感動的だよね、よかったね、狐ちゃん。」
同僚の中にはそう涙ぐみながら言ってくれた人もいた。だが、ガルデーニアのココロの中は嬉しさより、悲しみより無が広がっていった。絶望とはまた違った…個人的にその感情が何なのか知らない。故に、モヤモヤした気持ちが蓄積されていく。
「……あっ…」
ガルデーニアが口を開くとほぼ同時に丈二海が手を鳴らした。ガルデーニアと光輝以外は通常勤務の時間になってしまった。次々にガルデーニアの側から人がいなくなってク光景を客観的に見ている様な不思議な感覚に陥るガルデーニアは、その場から動けずにいた。
「お前は時に仕事には出るな、哉雅さんからのお達しだ。分かったら部屋へ行け。」
少し不機嫌そうにそう言い放つ、顔こそ無表情だったが、その言葉には寂しさの感情が詰まってがルデーニアの心に飛び込んできた。
実質に戻って自分の荷物をまとめていると、無音の部屋にノック音が二回響く、部屋の持ち主の返事を待たずに部屋に靴の硬い音が入ってくる。
「何をそんなに怖がってるんだ?」
その質問は急だった、ガルデーニアは声の主の方に顔を向けて鼻で笑う。
「俺が怖がってる?何を言ってるんだ?逆に清々した、兄さんのいないこんな所での生活は苦痛だったからね。哉雅さんはわかってくれるだろ?」
哉雅は苦い表情をしたままガルデーニアを見下していただけだった。沈黙、その間にガルデーニアがそれをどんな解釈をしたのか知らないが、立ち上がって声を荒らげる。
「何だよ、そんな目で俺を見るな!俺は…俺は兄さんがいないこの一年が長かった、辛かった、この気持ちがおまえにわかってたまるか!」
「ああ、分からない、お前の感情もお前の考えも、お前が話してくれてもお前と同じ感情であることはない。だが、何かに恐怖したままのお前がこれから嘉華様と桜様と一緒に生活するのは俺が不愉快だからな、」
子供のような言葉を次々に言われ、呆れたように髪の毛を掻き上げて言う。つまりは、『一人になるのが怖いからウジウジしているガルデーニアがみててウザイ』と言うことだろう。
二人…いや、ガルデーニアが勝手に突っかかってきていただけだが、もめているとまた部屋に誰かが入ってきた。
「騒がしいな…哉雅…人が仕事に勤しんでるってんのに狐と遊んでんなよ……」
疲れたような顔を見せながら二人の側へ寄ってくる。それもそうだろう、哉雅程ではないが彼も今日はそんなに寝ていない。目元に薄らクマをつくって睨んでくる眼にはいつも以上に怒気があった。
「丈二海…寝むそうだな、しばらく寝たらどうだ?」
「丈二海さん、今日夜までヒバンじゃなかったっけ?」
騒いでいた二人が、特に何もなかった様に丈二海に向き直って話をする。丈二海の頭には幾つかの怒りが見えただろうが、きっと二人は気が付いていない。なぜならそのまま丈二海へ睡眠を促していたからだ。
「そう、俺は夜まで仕事がないはずだった…だが!俺の代わりがいないから指示を出してからと思って、さっきまで広間にいた……そして上へ来たらこの騒ぎ…一体どの口が俺に寝ろと、休めと言ってるんだ?」
「まぁまぁ、落ちつけよ。それに、俺は遊んでたんじゃねぇぞ?それにいくら知り合いだからってタメって言うのは…って昔から言ってんのに治らないから仕方がないな…」
何故かとてもめんどくさそうに髪を掻き上げる哉雅はタバコを一つ銜えると丈二海を横目で見ながらガルデーニアに一言言って部屋を出て行った。
「男なら決めた事で悩むなよ、ガキが。」
「がっ…ガキだと!俺はもう大人だ!」
はいはい。と手を振るがきっと頭の中には入っていないだろう。哉雅が部屋から出て行った後、何故か丈二海に説教をされるという理不尽な目にあってしまったガルデーニアは、それでも何故か少しだけ安心した。
散々な目にあってから再び独りになった部屋で横になると哉雅達が来る前より何故かすっきりしていた。
「………感謝の一つぐらいしてやるか…」
起き上がった時にまとめた荷物の中から一台のノートパソコンを手に取る。カタカタとキーを叩く音が静かになった部屋から聞こえてくる。
「今回、世話になったから少しぐらいの恩返しって…ね。」
エンターを押すのと同時に再び部屋に客人が来た。
――今日は客が多いね…
今度はノックさえなかったが、部屋の前でジッと部屋の中の様子をうかがう様にして誰かが立っていることに気が付くことは簡単なことだった。ガルデーニアが部屋の戸を開けるとそこには彼が愛してやまないたった一人の兄が立っていた。急な訪問だったためにドアノブに手を掛けたまま一瞬固まる。
「学校は?」
やっとの思いで絞り出した言葉が自分の事ではなかったのだから後で思えば笑える。
「今日は半日だったから…迷惑だった?」
そう言って俯いてしまうヴィーシニャを慌てて部屋の中へ入れるガルデーニアはとても嬉しそうに顔を緩ませていた。
部屋に入ったヴィーシニャはどう思っただろうか、一面ピンク色の弟の部屋を…
「僕の色だね。」
「そう、兄さんに会えなくて俺は一回死んだ。兄さんがいないのに俺の存在する意味が見当たらないからね。でも、兄さんにまた会えるって聞いて俺はここにいる。ちなみにこの部屋はお嬢様の趣味だって。」
必死にそう言ってくるガルデーニアを見てヴィーシニャはクスクスと笑った。ガルデーニアにはなぜ笑われているのか分からないが、楽しそうな笑顔を見れて自分も自然と笑ってしまう。
「フフフ、ガルデーニアがそんなに必死に言うなんてね。離れてる間に僕の知らない所が出来ちゃったかな?」
笑っていた反面、そういった心配否、不安があった。たった一人の家族で、お互いの事は何でも知っている。四六時中ずっといた時はそうだったが、離れていた一年は長かったみたいだ。ガルデーニアもヴィーシニャの事がよくわからなくなっていた。今までならなんで笑ってるのかなんで怒ってるか、悲しんでいるのか、分かったはずなのに、今は一向に分からない。
「俺は兄さんが知ってる俺だよ、何一つ変わってない。それを言うなら兄さんの方が変わったんじゃない?」
そうやって一年間の溝を埋めようと沢山話をした。哉雅が迎えに来るまで…別れ際にガルデーニアはヴィーシニャに一枚の紙を貰った。それに書かれているモノは仕事が終わってからユックリ独りで読もうと鍵付きの引き出しの中に閉まって今晩の仕事に向かった。
いつも通り、順調に仕事は終わった。返り血まみれのYシャツを脱ぎ捨てて体洗った後、部屋の違和感に気が付く、家具など自体は動かされていなかった。が、何か足りない気がした。大切な何かが…急いで鍵を持って引き出しを開けると手紙はちゃんとそこにあった。なのに何かが無くなっている…ガルデーニアは急いで探した。部屋をひっくり返して埃まで一つ一つ見た。だが、そこまでしても何が無くなったのか分からなかった。独り絶望に身を丸くしていたら一階の広間で何やら騒がしい声が聞こえた。
「っちょっと!押さないでよ!私が見つけてきたんだから!」
「いいじゃねぇーの、俺たちだって見たいんだからさ、夜仕事の無いお前らが取りに行くのは簡単なことだろ?」
部屋から出て下を見てみると何やら使用人の皆が一か所に集まって何かを熱心に見ていた。一体それはなんだろうと思い、一階に下りて聞いてみた。
「何皆で見てるの?」
「ん?お前知らないのか?そろそろ狐の坊ちゃんがいなくなるから坊ちゃんのPCデータ見てやろうってデータ部分だけ持って来たんだよ。」
「………ふぅ~ん…で面白いのあったの?」
「そりゃぁもう、桜様への思いを綴ったデータとかわいらしい写真……が………」
聞いてきたのが当の本人だという事を知ったのは画面から目を離した数秒前だった。笑顔で腕を組んで説明した男を見ていた。男は、何も言わずその場から逃げるようにして退散した。他の人はPCに夢中らしくガルデーニアに気が付いていない。
「さて、先輩方、人が留守の中勝手に部屋に入んないで貰いたいね…」
その声で周りの使用人たちは一斉にガルデーニアの方には目を向けなかったが、顔をそらしてダラダラと汗をかいていた。
ガルデーニアにコテンパンに絞られた後に、男たちは自分の傷とメイド達の傷を見比べた。
「あっ!狐!テメェ女に手加減しただろ?俺らには加減ないのに!」
半ベソをかきながら訴える男に冷たい視線を送ってから『当たり前でしょ?』と嘲笑う。
「とりあえず、人の部屋に無断で入らないで。今度入ったら代償で命、貰うよ?」
そう言ってデータを持って部屋へ急ぎ足で戻っていく。使用人たちは床に腰を落としたままヒソヒソと小さな声で話し始めた。
「バックデーターは?」
「バッチリ。っというか、なんであんな画像があったのか私は興味があるわね…アレきっと自撮りよ?可愛い顔をしてたわ…いつ撮ったのかしら?」
片手に隠し持っていたUSBを眺めてメイドの一人がそういった。そのUSBを誰かが上から取り上げる。メイドは何するの?と声を出したかったが、自分からUSBを取った人の顔を見て何も反論せずにただ、上げた目線を床へと落とした。叱られると思ったからだ。だが、彼の口からは意外な言葉だが出てきた。
「んじゃまっ、俺が中身確認して、楽しくなかったら捨てるが、面白いのがあったらそうだな…数人に焼きまわししてやる。」
「丈二海さん…からかう事が好きでも度を越してませんか?」
「ん?何を言ってるんだい?光輝、強い子を育てるためには度を超えている事が一番なのだよ♪」
とても楽しそうに言う丈二海の隣には光輝が苦笑しながらウキウキしている姿を眺めていた。
翌日早朝から屋敷は騒がしく、ガルデーニアも朝から働いていた。今日は使用人全員で仕事を回左ないといけないらしい。さらに、いつも有る食事の休憩、休息の休憩などは一切ない。後、六日と経たない内にガルデーニアは兄のいる本邸へと引っ越しをするがどうやらこの忙しさはそれが原因だったらしい。だが、いつもとの違いは昼間、屋敷内にいるかどうかと、帰る場所ぐらいだ、他に、夜の仕事は変わらず継続していくのでたったそれだけの些細な差だ。使用人の中では、その些細な差が大いに問題があるらしい。そして、今朝から馬車馬のように働いている。
「なんで、俺が、こんな事…」
文句を言いながら雑用を次々にこなしていくガルデーニアは他の使用人より作業するモノが多く割り当てられている。それに、『光輝の助手』という名目のはずなのに当の本人はガルデーニアの横で大きく欠伸をしているだけだった。
「仕方がないだろ?ただでさえ仕事をする人が少ない中、仕事ができるお前がさらにいなくなると、まぁ、こんなことになるよな…ふぁぁぁ…ちょっと部屋行ってくるわ」
そう言ってガルデーニアを一人、書類の山の中へ置き去りにして行こうと立とうと机に手を着くが、その手を引っ張られ机の上へ頭からダイブした。
「っ~…!何するんだよ!」
「俺はお前分の仕事やらないから自分でやれ、俺は未だ仕事が残ってるんだから!」
ガルデーニアは光輝と一緒に行動するように丈二海から言われている。だが、仕事の量は抜かりなく二人分、朝の弱い光輝がほとんど動かない為にガルデーニアが二人分やる羽目に…それなのに、自室へ行って寝ようとする光輝を止めるのは一時間で四~六回はいっていると思う。頭を抱えながら二人分の資料に目を通す、段々苛立ちがガルデーニアの中に蓄積されていく。単純作業だからこそストレスが蓄積されていく。そんなガルデーニアの事を察知してか、丈二海が栄養ドリンクと言う名の朝食を持ってきてくれた。
「作業の方は?」
その質問に答える気力はなかった。いや、有ったとしてもガルデーニアの目の前に高く積まれた書類の山が順調かそうでないかを語ってくれる。
「…まぁ、こんな事だろうと思った。」
そういうと椅子をガルデーニアの目の前に持ってきて書類の山へ手を伸ばした。どうやら見るに見かねて助け舟を出してくれたようだ。
「損な役回りをさせてしまったかな?」
「そうだな…俺は一年こいつの側にいたが、日中はほとんど役に立たないから、一緒に行動するように丈二海さんが言った時はマジで腹が立った。」
つい本音を話してしまう。まっすぐで嘘を付く事が苦手なガルデーニアは真直ぐな瞳で言った。
「それでも、ありがとう。昨日も、今日も…」
しみじみ言ってみたが、丈二海は、何の事?と首を右側にユックリと曲げた。ガルデーニアは自分の言った事が伝わらないことなんてなかったので、この時、妙に恥ずかしかった。っというか、昨日、自分の部屋に来た事すら忘れている様な何とも虚しい結果で終わった。
その日の十七時過ぎに再びヴィーシニャがガルデーニアに会いに屋敷を訪れた。そして、扉を潜った先に見た広間には、沢山の書類が床に散らばり足の踏み場もない状態だった。
「一体…何が…?」
「ん?あぁ、桜様、狐に会いに来たんですか?アイツは一番奥にいますよ、もしよろしかったら案内しますが…?」
疲労感が良い具合に溜った男がヴィーシニャに気がつき言ってくれたが、ヴィーシニャは案内を断った。その理由は、忙しそうと言う事と今にも倒れそうな表情をしていたからだった。律儀に靴を脱いであまり書類を踏まないように気をつけながら言われた通りに進んでいく。
「ん…?あぁ、桜様でしたか、おい狐、お姫様のご登場だ。後はやっといてやるから部屋行ってこい。」
後ろを振り返った丈二海が目の前で書類と睨めっこをしているガルデーニアに呼びかけた。二人の周りには栄養ドリンクのカンが沢山転がっていた、一体そこに何日間いたのかと思うほどの量だった。兄が来たことに気がついたガルデーニアは、疲れで暗かった表情が一気に明るくなっていくのを丈二海は見た。朝起きたときから特に変化のなかった顔を顔を見せただけで元気にさせてしまうのはこのだからこそできることだ。
「ヴィーシニャ!学校はもう終わったの?」
机と書類の山、丈二海を飛び越えて兄の側へと飛んでいたガルデーニアは兄の手を引きながら同僚たちに何も言わずに真っ直ぐ部屋に連れて行った。その姿を一階で皆、眺めていた。一つは微笑ましさ、もう一つは仕事という地獄から一人だけ逃れられているという妬ましい感情を帯びた目で見ていた。そして、階段を上がっていく二人を見て、一人が小声で言った。『双子なのに似ていない』と、その言葉は静かにしていた一階には反響して皆の耳に届いた。その疑問は誰しもが唐突に浮かんだ。
「桜様と狐は一卵性じゃないからだろ?それに、狐本人が言ってたんだが、かなり幼い頃に捨てられているから本当に自分が弟なのか知らないらしいぞ?」
丈二海がペンを手から話し上へ腕を伸ばして背伸びをする。伸びたところで体中の骨が軋むように痛かったのか目の端に薄っら涙を浮かべる。丈二海の言ったことで机に伏せていた光輝が片手を挙げた。
「じゃあさ、なんで狐たちは兄とか言ってるんすか?矛盾してますよね?」
その質問には誰もが納得した。納得と言うより、いつも素通りしていた物をマジマジと見て変化を発見したような物だが…
「狐たちを拾って育ててくれたおじさんがいるらしいが…恐らくソイツが決めたんだろうな。まぁ、村人に殺されたらしいがな。」
今になってガルデーニアたちの過去を少しだったが知った使用人たちは誰もが作業の手を止め、放心した状態になった。
「本人たちが言わないから言ったが…って、お前ら仕事の手を止めるなよ…」
何かを半分諦めたような顔をして斜め上を見ている使用人達は、丈二海の小言みたいな一言を受けるとまた話しながら作業を再開した。
その頃、部屋では兄弟二人である作戦を練っていた。誰にも知られてはならない危険な作戦を…
「……んで、この時に一緒に出て行こうね。って、ヴィーシニャ聴いてる?」
自分が一年かけて練った兄の救出計画、当の本人の兄はガルデーニアの顔を見たまま固まっていた。声をかけても返事がなければ、誰でも寝てるのと感違いする。
「聴いてるよ、僕の知らないところでガルデーニアは頑張ってきたんだって思ってね。」
何か気ままにそんな話を持ちかけられるとガルデーニアは目を点にして止まってしまった。再び動き出した時は涙が出るほど大笑いして兄に言った。『自分は兄の陰だから当然だよ』と、別かれる前も別れた後も自分は兄のため動いていた。と言っていた。ヴィーシニャはそれを聴いて複雑にも笑顔を曇らせた。自分は離れていたこの一年間、一体彼のために何をしてあげられただろう?と、嘉華と一緒に住み、嘉華と一緒の学校へ行き、哉雅が守ってくれいつも安全なところにいた中、ガルデーニアは命を張っていた…そう考えると、笑っていられなくなった。
「兄さん?屋敷の間取り、ちゃんと描いてきてよ?じゃないと脱走できないからね?」
作戦、と言ってもガルデーニアが今日初めて兄に言ったことだが、やはり、最終的には嘉華たちから兄を奪い返すこと。それ以外考えてはいなかった。そして、もう少しで幸運なことに兄と同じ屋敷で住むことができる。そう思ったら一年前離してしまった手を再び自分の…いや、自分だけのものにするために引き出しの奥に締まっておいた計画を出してきたのだ。熱心に自分のことを求めてくれているガルデーニアにどう答えようか、ずっと考えた。考えた末にあげた結論、それは案外簡単なものだった。
「間取りね、了解。後必要なものとかあるんなら準備しとくよ?」
「ううん、間取りがあればいいよ。だってあれもこれもって準備してたらバレちゃうよ?」
本当に楽しそうに笑うガルデーニアはヴィーシニャから見たら羨ましいぐらいだった。
「じゃあ、また明日来ればいい?」
「うん、待ってる。」
たった数時間の楽しい雑談も終わってしまい、ガルデーニアは再び部屋に一人になる。ヴィーシニャが帰った後でもやはり、楽しかった時間を何度でも頭の中で思い出す。兄の体温、表情仕草まで一つ一つ思い出して幸せに浸っていた。
そんな時にふと思い出した手紙。後で読もうと思っていて結局読まずに仕舞ったままにして一日が経ってしまっていることに気が付く。鍵を開け、貰った時のままの綺麗な封筒、破かない様にそして丁寧に開けて中身の紙を出す。
「ん…?一枚だけ?」
中に入っていたのは薄い一枚の便箋だった。そして、書かれている文字は恥じらいがあるのかいつものより小さかった。だが、一際他の文字より大きな字が一番最後に綴られていた。
『僕の大切で愛しいガルデーニア、早く迎えに来て――。』そこまで読んだら嬉しいはずなのに目の端から涙がこぼれていった。今まで兄から手紙を貰った事がなかったからかもしれないが、いや、そもそも嘉華達に連れて行かれるまでは一日の中で側から離れることすらまれだった。だからその場で本人に直接言えば済んだ。そして、一年間もの間、会う事も出来なかった自分をここまで思ってくれることはとても嬉しい。ガルデーニアは心の底か皆にお礼を言った。拾ってくれ、育ててくれて自分たちの為に命を失ってしまったおじさんに、兄に危害を加えないでいてくれる嘉華達に、自分と兄をもう一回合わせてくれるきっかけを作ってくれた丈二海達に…『ありがとう。』と。
ガルデーニアは、しばらくしたら一階に戻って無心で仕事に没頭した。
「狐、狩りだ。先、外行ってるぞ。」
朝とは違い、目が開いて黒い仕事用の服を着ている光輝が、ガルデーニアを仕事に呼ぶ。ガルデーニアは、いつもより足取りが軽く、光輝に突進していった。
「うげぇ!……んだよ…まだ今朝からの事を怒ってんのか?」
「ん、光輝は朝起きる訓練したら?」
ニコニコしながらガルデーニアは言ってその場から逃げるようにして屋敷前に止っている車に入って行った。光輝は、余計なお世話だ!と声を荒らげてその後をついて行く。そして、ガルデーニアのいつもの仕事の時間になった。