魔王の生贄改め……
『勇者のオマケ改め……』の続編です。読んでいない方は『勇者オマケ』からどうぞ。
「烈! 今すぐあのエロ魔王を討伐しろ!」
「無理」
この会話がされた回数……プライスレス
「もう今度こそブチ切れた! 私はこの城から今すぐ出て行く!」
「それが無理なのはもう骨身に染みてわかってるでしょ……」
私が怒りを露にしているというのに烈は疲れたように溜息をつくばかり。
本当に役に立たない勇者だな!
「今度こそ! 今度こそ逃げ切ってやる!」
「無理無理……あのクロウから逃げるなんて到底……」
「なんでそこで諦めるんだ! ネバーギブアップだ! おこめたべろー!!」
「何言ってんの?」
このネタが通じないとは……! 貴様それでも日本人か!!
烈との感動的再会から一週間が過ぎた。私はあの妙に視線が熱っぽいクロウに無理矢理……本当に無理矢理この王城に連れてこられた。
私が生涯絶対に近寄らないと決意していた王城に!
私がどれだけ「嫌だぁぁぁぁぁぁ!!」と叫んでも、奴はとろけるような笑みを浮かべるばかりで私を抱える腕の力を欠片も緩めはしなかった。
奴は魔王だ。いつも会うと笑顔だが奴は魔王に違いない。それも魔王の上に『エロ』がつくほどのセクハラぶり!! 貞操の危機を感じたのは一度や二度じゃない。この一週間の間に私がどれだけ疲労困憊したか!
私が半ば発狂したようにそう愚痴ると、烈は微妙な表情をした口ごもった。
「クロウが笑顔なのは刹の前だけだし……魔王っていうのには同意だけど」
私の前でだけ笑顔? なんだそれは……ハッ! まさか……
「……奴は真症のドSなのか……」
「は?」
そうか。それならば説明がつく。私にのみあの極上の笑みを向けるのは、私が恐れ戦き怖がる様を堪能するためなのだ。
なんというドS。だが私にはマゾ属性はない。やるなら他のドMさんとお願いしたい。
「私にはM属性なんて欠片もないし今後も目覚める予定はない! むしろMと言ったら烈だろう! なんで烈でやらない! 烈で興奮しない! 烈でハァハァしない!」
「え、ちょ、刹? 何恐ろしい事言ってるの?」
なにやら烈がうだうだ言っているが、私にはなんの関係もない。そう、何故私はこの事に気づかなかったのか。ドSにはドMをあてがえばいいだけの話だったのだ。
「よし、烈」
「え?」
「今すぐ服を脱げ」
「はい?」
「私が素敵にドMにコーディネートしてやる。まずはそうだな、絶対服従の証として語尾には『ワン』とつけろよ。そうした方が犬っぽさが出る。犬っぽさと言えば犬耳かもしれんがお前を萌えオタ向けにするつもりはないので、今回は犬耳は見送りだ。あ、尻尾はつけるぞ。尻尾は欠かせない。色っぽさ的な意味合いで」
私の頭の中ではすでにドM仕様になった烈の姿が鮮明に思い描かれている。あとはそれを現実にするだけだ!
「ちょ、あの、刹? 刹さん?」
烈が急に焦ったようにどもりながら後ずさりを始めた。
だが逃がさん!
「大人しくドM仕様☆烈となるがいい!」
「ちょ、ま……ぎゃあああああああああああああああああ!!」
今日もグランフール国は平和です。
********* セツ視点 **********
「完璧だ……まさに一分の隙もない」
そう呟いた私の前には……
「うっ……うっ……ひどいぃぃぃ……」
すっかりコーディネートされたドM仕様☆烈の姿が!
頭には黒髪のカツラ。服装は花のようにふんわりとしたピンクのドレス。後ろには私自作の犬尻尾。そして顔はほんのり薄めの化粧。
どこからどう見ても女の子! イェア! 女の子!
男が無理矢理女の子の格好をさせられて涙ぐむ姿! まさにドM! まさにドM仕様! 頬にさした羞恥の赤がいい仕事をしているぜ!
「私はもしかしたら今世紀最大のいい仕事をしたのかもしれない……ふっ……自分の才能が恐ろしいぜ」
「ちょっと刹さん何やりきったみたいな顔してんの。人の事地獄に叩き落しておいてその顔はないんじゃないかな」
さっきまですすり泣いていた烈が私に胡乱な目を向けながらなにやら言ってきた。まったく。ドMなら自ら地獄にダイブするくらいの気概がほしいところだ。
「そいじゃー、いよいよ魔王討伐に行くとしようか!」
「え。ヤダヨ? 僕は嫌だよ? こんな格好で人前に出るのも論外だけど、クロウさん討伐とか冗談でも僕死んじゃうよ?」
おお勇者よ! 怖気づくとは情けない! というか、お前には私以上のチート能力が付与されてるくせに何を甘ったれた事を!
「討伐っていうのは言葉のあやだ! 今すぐその姿で魔王を精神的に討伐してこいドM仕様☆烈よ!」
「無理です」
嫌がるドM仕様☆烈になど構わず、私は我が身に宿るすべてのチート能力を駆使して魔王の元へ勇者 | (生贄)を連れて行く事に成功した。
「こちらがドM仕様☆烈です」
「…………」
「…………」
……何故だろう。奴好みのドM仕様にしてやったというのに、奴の烈を見る目が……冷たい。
烈の目からはとめどなく涙が流れ、若干焦点がぶれている。ちょっと怖い。さらにはブツブツと何やら呟いている。
「……僕は空気僕は空気誰にも見えてない誰にもこんな醜態見られてない大丈夫大丈夫」
「…………」
何やら聞いてはいけないものを聞いてしまった気分だ。烈には新たな扉(マゾの世界)を開いてもらおうと思ったのだが、どうやら思惑とは違った扉を蹴り開けてしまったらしい。
「……それで?」
魔王 は冷たい視線を烈に向けながら冷たく言い放った。
それで……とは?
「お前が私にドSとして興奮しているのはすでにわかっている! だから私がわざわざお前が好みそうなドMな奴……まぁ烈の事なんですけどね……を! 連れてきてやったんじゃないか!」
フンッ!とふんぞり返って奴に指を突きつけながら言い放ってやった。屈辱的かつ背徳的な女装烈とは対照的に、今日の私は烈の服を拝借して男装だ。
毎日毎日ふわふわドレスやら過剰に露出度が高いドレスを着せられて羞恥に悶えていた私。おそらくそれが奴のドS的琴線に触れていたのだろうと推測して、今日はこの格好で来たのだ!
はっはっは! どうだ魔王よ! まったくMッ気のない男装女なんかより、わざわざドM仕様にしてやった女装勇者の方がドSアンテナに引っかかるだろう!
「……ほう?」
何やら魔王はいい事を思いついたとでも言いたげに笑い、周りをぐるりと見回した。
私もそれに釣られるように周りを見回す。
そこは王城の中庭みたいな場所で、貴族や彼らを警護する騎士達が多くいる開放的な空間だ。
今も女装勇者と男装女、そして魔王ことクロウ将軍の様子を遠巻きにしながら見ていた。
うん。いつもとあまり変わらない風景だ。
いつもと違うのは勇者が女装して私が男装している事くらいだろうか。
「ではそこの女は俺の好きにしていい……と?」
女……とはこの場合烈の事だろう。
「望むところよ。元々そのつもりで連れてきたのだからな」
「ちょ、勝手に僕の自由を取引しないで……」
烈がまたもや何か言っているが無視する。
「……ではそうさせてもらおう」
そう言うとクロウは、男にしては小柄な烈を抱き上げ、周囲に見せ付けるように寄り添い叫んだ。
「今日は皆に知らせたいことがある! グランフール国軍将軍であるクロウ・キサキはこの勇者の姉であるセツ・キサキと婚約した!」
…………
えーと……?
もう一度現状を確認してみよう。
今いるのは王城の中庭。貴族やら騎士やらがわんさかいる場所。
烈はいつもとは違い女装して、まさに女の子。
私は男装してて、一見女に見えない。
勇者に双子の姉がいる事は周知の事実。
私と烈は双子。
周りから見ればこの状況は、クロウが抱き上げている一見女の子が勇者の姉で、その横で呆然と突っ立ってるのが勇者に見えているはず。
あれ?
これって傍から見たら私こと刹と魔王ことクロウが婚約しましたって捉えられます?
「……あれ?」
クロウの報告を聞き、周囲では驚きと祝福の声があがる。今更「違うんです」と言ったところで誰も聞き届けてくれそうにない。
クロウを見上げれば、いつもの熱っぽい視線に悪戯っ子のような輝きが宿っていた。
「……あれ?」
気づいた時にはすでに魔王の罠の中。
【魔王の生贄改め……魔王の婚約者】完
※基本木崎家はアホな子です。