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現実的な動物愛護活動

掲載日:2026/04/11

 「動物が苦しんでいるって思ったら、やっぱり良くないって思うじゃないか。できる限り救ってやるべきだよ」

 

 高校の教室。

 その時、僕は議論をしていた。動物愛護運動の是非を巡って。僕がしていたのはこんな主張だった。

 「苦痛を与える方法で動物を殺すのは心が痛む。どれくらいまでやるべきかは分からないけど、それでも助けられるのなら助けてあげるべきじゃないだろうか?」

 そんな僕の主張に対し、他の皆は同意をしてくれなかった。冷ややかな目を向けて来る。

 「その“できる限り”ってのは、どれくらいまで?」

 皮肉っぽい馬鹿にした口調で、一人はそう尋ねて来た。

 「それは……、できる限りだよ。チャレンジしてみて、できる範囲は決めれば良いのじゃないかな?」

 すると、彼は軽く溜息を漏らした。

 「生け造りには反対?」

 「苦痛を与えている可能性があるのなら、避けるべきじゃないかと思う。特に必要は感じないし。なくなって困るものじゃないだろう?」

 「牛や馬を食べるのは?」

 「だからそれは、チャンレンジしてみて、できるのだったら止めれば良い」

 それに皆は顔を見合わせた。馬鹿にされている気がした。ただ、僕は自分が絶対に正しい事を言っていると確信を持っていた。だから退く気はない。が、そこで吉田というクラスメイトが突然口を開いたのだ。それまで本を読んでいたのに、どうやら話は聞いていたらしい。

 「心情的には理解できるよ。苦痛を与えるのを避けられるのなら避けた方が良い。でも、それを“正しい事”なんて主張するのは、傲慢だって僕は思うけどね。ただただ僕らがそれを見たくないからってだけなんだよ、きっと、そーいうのは。つまり、エゴなんだね。実際に、共感がし難い動物に対しては、そういう主張は少ないじゃないか。ゴキブリとか、ハエとかさ」

 僕は彼の主張に納得ができなかった。

 「苦痛から救われる動物がいるのに、それがエゴってどういう事だよ?」

 だから、思わずそう返してしまった。彼は全く動じなかった。淡々と答える。

 「救えないからだよ」

 「は? 救えない?」

 「自然の仕組み的に、どうしてもね」

 僕は首を傾げた。

 「自然の仕組み? いや、意味が分からないよ。僕らが食べなくなれば、食べられる動物がいなくなるのだから、救えているじゃないか?」

 彼はやはり淡々とした口調で答えた。

 「なら、質問しようか。例えば、牛を食べるのを止めたとしよう。その牛を、君はどうするつもりなんだ?」

 「そりゃ……、自然に返すのじゃないか?」

 「つまり、牛を野山に放すのだね? その場合、自然に適応できたとして、今は天敵が少ないから増え続けるだろう。すると、食糧が足らなくなって、やがては牛は飢えて数を減らす事になるはずだ。絶滅する危険だってある。しかも、自然環境を滅茶苦茶に破壊して。

 どうだい? 結局、救えていないだろう?」

 僕は彼の説明に言い淀んだ。そこまで深くは考えていなかったからだ。苦し紛れにこう返した。

 「じゃ、人間が養えば……」

 「それって、どうやってその資金を手に入れる? 膨大な費用が必要だと思うけど。それに膨大な飼料を手に入れる為には、やっぱり自然を破壊しなくちゃならないだろう。ま、牛に子供を産ませないってならやがては数が減っていくだろうけど、それって倫理的に考えてどうなのだろう?」

 それに僕は何も返せなかった。

 クラスの連中が呆れて僕を見ているのが分かった。

 「増えた動物を食べて減らす。

 これは自然界では常に行われている当たり前の事だよ。一種の助け合いだとすら言えると思う。人間だけそれをしたらいけないなんて思うのは、やっぱり僕には傲慢に思えるね。僕らはそんなに大した生き物じゃない」

 吉田は最後にそう言った。論破されたという事になってしまったのだと思う……

 ――でも、それでも僕には納得ができなかった。世の中には動物愛護活動をしている人達がたくさんいるんだ。彼らは何かしら答えを見つけて活動しているはずだ。何か吉田の指摘にも答えられるような。

 そう考えた僕は、だからネットで質問を投げてみたのだった。動物愛護活動をしている人達に向けて。

 彼らはどんな“答え”を持っているのだろう?

 

 『――“答え”は見つけているよ。我々は現実的な動物愛護活動をしているんだ』

 

 すると、ある日、そんな返信が来た。

 僕は感動を覚えた。それでこう尋ねてみたのだ。

 『それは具体的にどのような事なのですか? 是非、知りたいのです。クラスの連中に反省を促す為にも』

 その人は熱心な僕の返信に感心をしたようだった。

 『それなら、一度、僕らの活動を見てみると良い』

 僕はもちろん歓喜した。

 

 深夜だった。

 僕はその動物愛護団体の人に呼び出された。高級な住宅街で、立派な家の前に僕らは集まっていた。僕の他には大人が二人。何故か彼らはこっそりと静かに行動していた。

 ――まるで泥棒みたいだ。

 そんな印象を持った。

 疑問が沸く。

 そもそも、こんな場所で彼らはどうやって動物愛護しようと言うのだろう?

 「見てみな」と一人が言った。目を向けてみると、大きな庭に犬が繋がれているのが見えた。中型犬。僕らを見ても特に警戒している素振りはなかった。可愛いけれど、番犬としてはあまり役に立ちそうにない。

 「あの犬を、どうするのですか?」

 僕が尋ねると、動物愛護団体の人は言った。

 「あの犬を救うんだよ」

 そして、肉の塊を犬に向かって放り投げた。犬は嬉しそうにそれを平らげた。少しの間の後に眠ってしまう。その後で動物愛護団体の人は塀を乗り越えると、首輪を外し、犬を抱えて戻って来た。

 もしかしたら、この犬は虐待を受けていたのかもしれない。

 そう思って犬を見てみたけど、毛並みもよくて健康そうだった。大切に育てられているように思える。

 「この犬をどうするのですか?」

 僕はそう尋ねる。きっと、そこに彼らの言う“現実的な動物愛護活動”の答えがあるのだと思って。ところが、それを聞くなり彼らはこう返すのだった。

 「うん。安楽死させるんだよ」

 “は?”と、僕は思う。

 「あの…… それってどういう…」

 意味が分からずにそう尋ねた。すると、そんな事も分からないのか?といった様子で彼らは言った。

 「あんな場所に閉じ込められているなんて可哀想だろう? だから助け出したんだ」

 そこまでは分からなくもない。でも、問題はその先だった。

 「だったら、どうして安楽死なんて」

 「それは仕方ないんだ」と彼らは言った。

 「我々には犬達を養う財力はない。自然界に放しても、君の友達が言っていたような問題が起こる。なら、せめてこれ以上苦しまないように殺してやるしかないじゃないか」

 それを聞いて、僕は目を丸くした。

 “まさか……、まさか、この人達はこんな事を繰り返しているのか?”

 そもそもが犬はとても健康そうだったのに。きっと、仕合せに暮らしているに違いない。なのに、この人達は何の疑問も抱かずに犬を殺そうとしている。

 僕は底知れない恐怖を感じて、慄いていた。……そして、やっぱり、僕の考えは間違っているのかもしれないと、そう思ったのだった。

 

 ※ 単なるフィクションだと思う人もいるかもしれませんが、実際にアメリカの動物愛護団体が、さらったペットを殺害していたという事件が起こっています。“事実は小説より奇なり”ですね。暴走した偏った思想は、どこに行きつくのか分かったものじゃありません。

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