第8話:金曜日、1ポイントの愛と戦慄の公開オークション
金曜日の放課後。一週間の終わりを告げるチャイムが校内に響き渡ると、一条凪は達成感に満ちた表情でカバンを肩にかけた。
昨日から掲げた『自立した友人』という目標を、彼は見事に完遂した。聖奈にお弁当をねだらず、凛に荷物を持たせず、舞夜に甘えない。自分一人で平穏な日常を守り抜いたという自負が、彼の足を軽くさせていた。
「みんな、一週間お疲れ様! 今週はみんな忙しそうだったから、土日はゆっくり休んでね。月曜日にまた、元気な姿を見せてよ!」
校門の前で、凪は5人の美少女たちに向かって、これ以上ないほど爽やかな笑顔を向けた。
常識人ゆえの「先制ブロック」。それを受けた5人は、一瞬だけ頬を引きつらせ、声を揃えて返した。
「「「「「……ええ、おやすみなさい、凪(くん/先輩)」」」」」
凪が角を曲がり、その姿が見えなくなった瞬間。5人の空気は、春の微風から氷点下の戦場へと一変した。
「……行くわよ。会場はいつもの喫茶店。今週の『選ばれし5枠』を競り落とすわ」
今週のディーラー、一ノ瀬舞夜が、冷徹な声で号令を下した。
駅前にある喫茶店『ルナール』。その最奥にあるボックス席で、5人は円陣を組むように座った。テーブルの中央には、昨日25枚の欲望が詰め込まれたBOXが置かれている。舞夜がその中から無作為に5枚の紙を引き抜いた。
「……ラインナップが決まったわ。公開枠が3つ、非公開枠が2つ。……いい? 私はディーラーだから、今週の入札には参加できない。指をくわえて見守ってあげるわ」
舞夜が不敵に、しかしどこか名残惜しそうに告げる。現在の残高が、非情な数字として画面に羅列された。
舞夜:150pt、聖奈:130pt、凛:120pt、ほのか:107pt、凪沙:100pt。
木曜日の凪の「鉄壁ガード」により、全員が予定していた獲得ポイントを逃し、予算は極めて限定的だ。
「まずは【公開枠:1】。『バッティングセンターで勝負』。形式はオープンオークション。……始めなさい」
舞夜がニヤリと笑う。案の定、凛と聖奈が激突した。
「10ptだ!」「15ptよ!」「20!」「25!」「30!」
1pt刻みの泥沼。最終的に、凛が「60pt!」と叫び、聖奈を振り切った。
早くも資金の半分を失った凛。だが、彼女は「……これでいい。土曜日はボクのものだ」と血走った目で笑った。
「次よ。【公開枠:2】。『図書室でマンツーマンのテスト勉強』。形式はドラフト。……入力しなさい」
聖奈にとって絶好のチャンスだ。「誰も邪魔しないで……!」と、彼女は全財産の100ptを叩きつけた。
結果は聖奈の単独指名。100ptを消費し、彼女は凪との勉強会をもぎ取った。
3枠目の『公園のベンチで無言で30分』は、凪沙が10ptで落札。そして戦場はいよいよ佳境、正体不明の「非公開枠」2つが残された。
「……これに賭けるしかありませんぅ! ほのかの愛、全部持っていってくださいぃ!」
最貧民のほのかは焦っていた。一週間の我慢の果てに、週末が真っ白なまま終わる恐怖。彼女は残った97ptを、その伏せられた【非公開枠:4】に全て叩きつけた。
見事に落札。舞夜が、ニヤリと口角を上げて中身を開示する。
『出品内容:凪くんと15分間、無言で魚へんの難読漢字を暗記する会。出品者:霧島凪沙』
「……はぇ?」
ほのかの時が止まった。
「……あ。お寿司屋さんの湯呑み、カッコいいから。……覚えてほしかった」
凪沙が、淡々とクッキーを齧る。
「ひ、ひぃぃぃ! 97ポイントも払って、先輩と甘いイベントどころか、ただの暗記修行!? 鰰とか読めませんぅぅ! 権利放棄ですぅぅ!」
「ええ、放棄は自由よ。でも、支払ったポイントは返ってこないわ。……残念だったわね、ほのかさん」
ほのかは、一週間必死に凪のカバンを持って貯めた全財産が、一瞬にして「魚の名前を覚える権利」に消えた事実に、膝から崩れ落ちた。
「最後よ。【非公開枠:5】。……入札しなさい」
残るは聖奈の「30pt」と、凪沙の余力。聖奈は震える手で、本当の最後の一滴、30ptを入力した。
『支倉聖奈:30pt』
『霧島凪沙:1pt』
「落札者は、聖奈さん。……中身は、『凪くんの背中に、おんぶしてもらう権利』よ」
「「「「…………っ!!」」」」
30ptという信じられない安値で、今週最大の当たり枠を聖奈が掠め取った。
「……神は、私を見捨てなかったわ」
聖奈が、震える手で十字を切る。
対して、何も落札できず、ただみんなのポイントを回収するだけの舞夜は、膨れ上がった管理画面の数字を見て、複雑な表情でため息をついた。
「……いいわね、聖奈さん。でも、あなたが支払ったその130ptは、来週、私がすべて『力』として使わせてもらうわ」
今週のオークションが終了した。
聖奈は二枠を確保したが、ポイントは「0」。凛は半分を失い、ほのかは破産。そして舞夜の手元には、4人から徴収した「297pt」が積み重なっている。
「……以上で終了よ。各自、スケジュールを確認なさい。……異議は、ないわね?」
「「「「……異議、なし……」」」」
彼女たちのスマホには、今週の「生き残った4枠」に基づいた、一条凪の精密な週末スケジュールが共有された。
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■今回のオークション終了時の所持ポイント
一ノ瀬 舞夜:447pt(回収297pt+初期残高150pt)
支倉 聖奈:0pt(完全破産)
藍澤 凛:60pt
霧島 凪沙:89pt
瀬戸 ほのか:10pt




