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僕を共有した五人の乙女~告白は1億ポイントから!?~  作者: 寝不足魔王


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第5話:火曜日、すれ違う献身と「特別」の境界線

 火曜日の朝。

 一条凪いちじょうなぎが校門を潜ると、そこには昨日の疲れなど微塵も感じさせない、爽やかなスポーツ少女の姿があった。

 藍澤凛あいざわ りん。ショートヘアを春の風に揺らし、彼女は校門の柱に背を預けて、所在なげに地面を蹴っていた。


「あ、凪! 遅いぞ、待ちくたびれたぜ!」


「おはよう、凛。朝練は? いつもならまだグラウンドにいる時間だろ」


「へへ、今日は早めに切り上げたんだ。お前と一緒に教室まで行こうと思ってさ」


 凛はそう言って、僕のカバンをひょいと奪い取った。昨日のほのかちゃんと言い、最近の女子たちの間では「カバン持ち」が流行っているのだろうか。


「いいよ、凛。自分で持てるから」


「硬いこと言うなよ。ほら、行くぞ!」


 凛の歩幅はいつもより少しだけ小さく、僕のペースに合わせているのが分かった。

 彼女は先日のオークションで週末のデート権を勝ち取った代償として、手持ちのポイントをほぼ使い果たしている。平日の「放課後独占枠」や「お弁当枠」を競り落とす余裕など、今の彼女にはない。

 だからこそ、こうした「登校中の数分間」という、誰にでも許された共有の時間に、彼女は持てる限りの真心を詰め込もうとしていた。


「凛、いつもパワフルだな。おかげで僕も、朝からシャキッとするよ。ありがとう」


 僕が隣で笑いかけると、凛の耳たぶがふっと赤くなった。

 彼女のポケットの中で、スマートフォンが短く震える。

『【愛の証明】元気の付与:15pt獲得』


(……ポイントなんて、どうでもいい。こいつがこうやって笑ってくれるだけで、来週の軍資金なんて二の次だ)


 凛は内心でそう毒づきながらも、画面に表示された数値――凪が自分に抱いてくれた「プラスの感情」を、誇らしげに噛み締めていた。


 昼休み。

 一ノ瀬舞夜いちのせ まやが、僕の席に静かに歩み寄ってきた。

「一条君。ちょっといいかしら? 中庭で、学級行事の打ち合わせをしたいのだけれど」


「学級行事? ああ、いいよ。舞夜にはいつも頼りっぱなしだし、僕にできることなら手伝うよ」


 僕は素直に立ち上がった。

 中庭は、校舎に囲まれた箱庭のような空間だ。今は授業中ではないため、人気も疎らで、ベンチに座ると心地よい静寂が広がる。


「それで、打ち合わせの内容は……」


 僕が切り出そうとすると、舞夜は手元の資料を見るふりをして、僕の顔をじっと見つめた。

 彼女はこのシステムを立案した張本人だ。最も効率的にポイントを稼ぎ、最も合理的に凪を運用しようとする策士。しかし、そんな彼女の計算を、僕の不用意な一言が粉砕する。


「舞夜、本当にお礼を言いたかったんだ。君があの日、屋上でみんなと話し合ってくれたおかげで、僕は今、本当に楽しい学校生活を送れている。……君は、僕たちの最高の恩人だよ」


 僕は彼女の瞳を真っ直ぐに見つめて、心からの感謝を告げた。

 その瞬間、舞夜の表情が凍りついた。


「……え?」


「聖奈も凛も、ほのかちゃんも凪沙ちゃんも。みんなが笑い合っているのを見るのが、僕は一番嬉しいんだ。それを繋ぎ止めてくれたのは、舞夜、君だよ。本当にありがとう」


 舞夜の白い頬が、一瞬で耳まで真っ赤に染まった。

 冷静沈着な彼女の仮面がガラガラと崩れ落ちる。


「……あ、あら、当然のことをしただけよ。わ、私だって、グループの崩壊は望んでいなかったし……(な、何なのこの人。心臓に悪いわね、本当に……)」


 彼女のスマホが、これまでにないほど激しく震動する。

『【愛の証明】最大級の感謝:50pt獲得』


 五倍の単価。しかし、舞夜はもはやポイントの計算などできていなかった。

 自分の心臓の鼓動が、静かな中庭に響き渡っているのではないかと気が気でない。効率的な運用を説くはずの唇は震え、彼女は逃げるように資料をカバンに詰め込んだ。


「う、打ち合わせはまた今度にするわ! 一条君、もう教室に戻って!」


「えっ? ああ、分かった。……舞夜、顔が赤いけど大丈夫?」


「うるさいわね、風よ! 風のせいよ!」


 放課後。

 一人で帰路につこうと昇降口で靴を履き替えていると、背後に気配を感じた。

 振り返ると、そこには霧島凪沙きりしま なぎさが立っていた。


「……凪くん」


「あ、凪沙ちゃん。どうしたの?」


「……一緒に、帰る」


 彼女はそう言うと、当然のように僕の制服の裾をぎゅっと掴んだ。

 凪沙には、ポイントや「枠」の概念がほとんどない。他の四人が「今は誰の持ち時間か」と裏で必死に調整している間、彼女はただ「一緒にいたい」という本能だけで、僕の隣に音もなく現れる。


「いいよ、一緒に帰ろうか。凪沙ちゃんは、本当に放っておけないな」


 夕暮れの通学路を、並んで歩く。

 彼女は何も喋らないが、裾を掴む指の力だけは確かだった。

 影からその様子を窺っていた他のヒロインたちは、グループチャットで悲鳴を上げていた。

『ちょっと、凪沙さん!? あなた、今週の随行権は落札してないはずよ!』

『ズルいですぅ! ノーコストで先輩に触れるなんて規約違反ですぅ!』

『……いいえ、彼女はポイントがマイナスになっても気にしないタイプよ。ペナルティを恐れない相手が一番厄介ね……』


 そんな裏側の修羅場など知る由もない僕は、凪沙の不思議な空気感に癒されながら歩いていた。


 別れ際。僕はカバンの中から、一つの包みを取り出した。

 放課後の売店で、ふと思いついて買っておいたものだ。


「これ。みんなに良くしてもらってるお返し。聖奈たちにも渡すつもりなんだけど、凪沙ちゃんにも」


 手渡したのは、学園の売店で売っている、少しお洒落なクマのキーホルダーだった。

「これ、みんなでお揃いで持ってくれたら嬉しいなと思って。これからも、仲良くしてね」


「……お揃い。……うん。大事にする」


 凪沙の瞳が、僅かに潤んだように見えた。

 彼女はキーホルダーを胸に抱き、何度も頷きながら去っていった。


 その後、僕は聖奈、凛、舞夜、ほのかを呼び出し、同じようにキーホルダーを手渡した。

「みんな、いつも本当にありがとう。これ、友情の印だよ」


 五人全員に、平等に、真っ直ぐな想いを込めて。

 それが彼女たちにとって、どれほどの「報酬」になるか。


 その日の夜。

 五人のスマートフォンには、一律で莫大なポイント加算の通知が届いていた。

『【愛の証明】特別な贈り物:100pt獲得』


 一条凪の常識的な善意は、彼女たちのポイント格差を埋め、同時に「もっと彼に愛されたい」という欲望に火をつけた。

 ベッドの中でキーホルダーを握りしめる者。

 スマホの画面を見つめて、来週の戦略を練り直す者。

 そして、凪沙のように、ただ純粋に幸せに浸る者。


 一条凪は、窓の外を眺めながら独り言を呟いた。

「みんな、喜んでくれたかな。明日もまた、いい日になるといいな」


 彼が放った一筋の光が、裏側で行われている経済戦争のガソリンになっているとも知らず、平和な夜は更けていく。


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