第3話:次期総帥(ディーラー)決定戦! 鉄火場のボウリング大会
日曜日の午後。
一条凪が自宅で来週の小テストに備え、英単語帳を熱心にめくっていたその頃。駅前のボウリング場『ストライク・レジャー』の14番レーンは、女子高生五人による、およそレクリエーションとは呼べない執念と殺気に支配されていた。
「……さて。それじゃあ、次期ディーラー決定戦を始めるわよ」
一ノ瀬舞夜が、重い十六ポンドのボールを片手で弄びながら、冷徹な声で宣言した。
本来、ディーラーは持ち回り制の予定だが、記念すべき第一回となる来週金曜日のオークションだけは別だ。この「初代」の座を射止めた者は、入札方式を『ドラフト』にするか『競り上げ』にするかという、全権掌握にも等しい決定権を手にする。
自分に有利な戦場を作り上げるため、五人は友情を一時棚上げし、このレーンの上にすべてを賭けていた。
「舞夜さん、ディーラーになれば、全ポイントを徴収できるだけでなく、ルールの裁定権も握れる……。そんな特権、あなたのような策士に渡すわけにはいかないわ」
支倉聖奈が、事務的な眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせる。彼女にとって、凪のスケジュール管理は「聖域」だ。それを他人に掻き乱されることなど、断じて容認できない。
「へっ、理屈はいいんだよ。要はピンを多く倒した奴が『神』ってことだろ? ボクの野性が、ディーラーの座を獲れって吠えてんだわ!」
藍澤凛が、準備運動代わりにレーン際でシャドウスイングを繰り返す。その風切り音は、もはやボウリングのそれではない。
「……それじゃあ、投球順を決めるわよ。ジャンケン、いくわよ。最初はグー、ジャンケンポン!」
熾烈な心理戦の末、投球順は聖奈、舞夜、ほのか、凪沙、凛の順に決定した。
一番手、支倉聖奈がアプローチに立つ。彼女のフォームは、まるで教科書のような美しさだった。
「凪くんのワイシャツにアイロンをかける時、あのシワを根こそぎ伸ばす感覚で……。乱れは、即ち、悪よ……!」
家事の動作に脳内変換された投球は、寸分の狂いもなく中央へと吸い込まれ、全てのピンを粉砕した。
乾いた衝撃音が響き渡る。ストライク。
「……当然の結果ね。凪くんへの奉仕と同じよ。完璧でなければ意味がないわ」
聖奈が冷然とベンチに戻る。その後を継いだのは舞夜だった。彼女はボールを構えると、おもむろにスマートフォンを操作し、備え付けのスピーカーに接続した。
『あ、舞夜。テスト勉強、頑張ってね。応援してるよ』
レーンに鳴り響く、一条凪の録音ボイス。
「ちょっ……!? 一ノ瀬さん、何ですかその露骨なドーピングはぁ!」
「卑怯だぞ舞夜! それは以前、ボクたちがいない時に隠し撮りしたやつだろ!」
ほのかと凛が激しく抗議するが、舞夜は涼しい顔でボールを放り出した。
「これも凪くんというリソースの有効活用よ。……ほら、倒れたわ」
凪の応援に後押しされたボールは、吸い込まれるようにピンを薙ぎ倒していく。舞夜は確信に満ちた笑みを浮かべ、スマホの音声をループ再生した。
「次はほのか、あなたの番よ。立てるかしら?」
「うぅ……。先輩の膝枕がないと、ボールが重すぎて指が千切れそうですぅ……」
瀬戸ほのかは、文字通りボールに振り回されていた。放たれたボールは力なくゴロゴロと転がり、途中で力尽きたようにガーターへと吸い込まれていく。床に突っ伏した彼女は、芋虫のようにうねりながら「先輩ぃ……」と虚空を掴んでいた。
そんな惨状を他所に、霧島凪沙がふらりとアプローチに立つ。
彼女はボールを転がそうとはせず、なぜか両手で「捧げる」ように、ふわりと宙へ放り投げた。
「……凪くん、どうぞ」
ドスン、という鈍い音と共にボールがレーンの中ほどに着弾する。物理法則を無視した不規則なバウンドを繰り返し、ピンに触れた瞬間に「パキッ」と不自然な乾燥した音が響いた。
ピンが一本だけ、まるで磁石に吸い寄せられるように倒れ、他を巻き込んでいく。
「……え、今の何? どういう回転?」
「凪沙さん……あなた、本当に何者なんですぅ……?」
戦慄する一同を余所に、凪沙は「……お腹空いた」と、聖奈が持ってきたクッキーを勝手に食べ始めた。
そして最終走者、藍澤凛。
彼女の眼光は、もはや獲物を狙う肉食獣のそれだった。
「ボクが勝つ……! ボクがディーラーになって、来週の平日は凪をトレーニング三昧にしてやるんだぁぁ!」
凄まじい助走から放たれたボールは、もはや投球というよりは「砲撃」だった。
あまりの執念に、凛の視界ではピンの一本一本が「凪に群がる悪い虫」に見えていた。あるいは、ボールそのものが「凪」に見えていたのかもしれない。
「逃がさねぇぞ凪ぃぃ!」
絶叫と共に放たれたボールは、ピンを跡形もなく爆砕した。しかし、あまりに力が入りすぎたせいで、凛は指が抜けずに自分もレーンへと派手に滑り落ち、ファウルラインを大幅に越えて転がっていった。
「あだだだ……! でも、ストライクだろ!? ボクの勝ちだよな!?」
「いいえ。ファウルよ、凛。ラインを越えたわ」
舞夜が冷酷にスコアを修正する。
激闘の結果、初代(暫定)にして次期ディーラーの座を射止めたのは、計算高いスコア管理と「凪ボイス」による精神統一を完遂した一ノ瀬舞夜だった。
「……決まりね。来週金曜日、私は神になる。あなたたちは、私に媚びへつらってポイントを献上しなさい」
舞夜が高笑いし、敗者たちは屈辱に塗れてベンチに沈む。
しかし、その瞳からは戦意は消えていなかった。
「……見てなさい。明日からの月曜日、死ぬ気で凪くんに尽くして、あなたが驚くほどのポイントを叩き出してやるわ」
聖奈が眼鏡をクイと押し上げ、宣言する。
戦いは終わったのではない。明日から始まる「平日」という名のマイニング作業こそが、本番なのだ。
ボウリングを終えた五人は、駅前の喫茶店へと移動した。
注文したパフェや飲み物には目もくれず、彼女たちが議論しているのは、明日からの「運用戦略」だった。
「不自然な接触はケツバット対象よ。いい? 凪くんに怪しまれたら、私たちの契約はすべて白紙。全員が追放されるの。それだけは避けなきゃいけないわ」
「わかってるって。……あぁ、でも早く凪に会いたい。二日間も『補給』なしなんて、ボク死んじまうよ」
「私もですぅ……。明日の朝、校門で待ち伏せして、挨拶のポイントだけでも掠め取ってやりますから!」
テーブルの上で、恐ろしい計画が次々と練られていく。
凪が何気なく発する「ありがとう」や「助かったよ」という言葉。それをどう効率的に引き出し、自分だけのスコアにするか。彼女たちの頭脳は、今や高度な投資シミュレーターと化していた。
一方、その頃。
自室で英単語の暗記を終えた一条凪は、大きく伸びをした。
「……ふあぁ。さて、明日は月曜日か」
窓の外を見上げ、彼はふと微笑む。
「みんな、仲良くボウリングでも楽しんでるかな。屋上の時は心配したけど、あんなに仲良く連れ立って帰ったんだ。きっと、今頃は笑い合ってるんだろうな」
凪はカレンダーに目を向けた。
月曜日。
久しぶりに学校でみんなに会えるのが楽しみだった。
「今度、僕もボウリングに混ぜてもらおうかな。みんなと一緒なら、きっと楽しいだろうし」
一条凪は、まだ知らない。
彼が混ぜてもらおうとしているその「場」が、一歩足を踏み入れれば全身の骨が砕けるまで絞り取られるような、執念の鉄火場であることを。
そして、明日の朝から、彼の周囲で発生するあらゆる「親切」が、分単位で管理された緻密な運用計画の一部であることを。
「さて、おやすみ。みんな、また明日」
何も知らない主人公は、電気を消して眠りについた。
幸せな勘違いを抱いたまま、彼は一秒ごとに、五人の少女が支配する「共有資産」としての日常へと近づいていく。




