第15話:金曜日、インフレの狂乱と舞夜の「王座」
金曜日の放課後。一週間を締め括るチャイムが鳴り響くと、一条凪は達成感に満ちた表情でカバンを肩にかけた。
今週は月曜日から金曜日まで、一度も彼女たちに無理をさせず、自分一人で完璧に「自立」して過ごせた。……はずだったが、なぜか周囲の女子たちの「親切心」が日に日に過熱し、結果として毎日大量のお礼を言う羽目になった。
「みんな、一週間お疲れ様! 今週は本当によく助けてもらったよ。おかげで週末は溜まってた課題に集中できそうなんだ。だから土日は僕のこと気にせず、みんなもゆっくり休んでね!」
校門の前で、凪は5人の美少女たちに向かって、これ以上ないほど爽やかな笑顔で「週末の引きこもり宣言」を放った。
常識人ゆえの最大限の配慮。それを受けた5人は、一瞬だけ頬を引きつらせ、声を揃えて返した。
「「「「「……ええ、おやすみなさい、凪(くん/先輩)」」」」」
凪が角を曲がり、その姿が見えなくなった瞬間。5人の空気は、春の陽だまりから一気に1000度を超える溶鉱炉へと一変した。
「……行くわよ。会場はいつもの喫茶店。今週の『選ばれし5枠』を競り落とすわ」
今週のディーラー、一ノ瀬舞夜が、冷徹な声で号令を下した。
駅前にある喫茶店『ルナール』。その最奥にあるボックス席。
テーブルの中央には、昨日25枚の欲望が詰め込まれたBOXが置かれている。舞夜がその中から無作為に5枚の紙を引き抜いた。これが、今週の凪の土日を支配する「公式イベント」となる。
「……ラインナップが決まったわ。公開枠が3つ、非公開枠が2つ。……いい? 今週は凪くんの『お菓子爆撃(100pt配布)』のせいで、全員の懐が温まっているわ。先週のような安値(30pt)での落札は、万に一つもあり得ないと思いなさい」
舞夜が、567ptという圧倒的な資産を背景に、冷酷な現実を突きつける。現在の残高が、画面に表示された。
【現在の所持ポイント】
一ノ瀬 舞夜:567pt
霧島 凪沙:279pt
支倉 聖奈:190pt
藍澤 凛:185pt
瀬戸 ほのか:135pt
「まずは【公開枠:1】。『凪くんの家で一緒に朝食を食べる』。形式は――オープンオークション(競り合い)よ」
舞夜がニヤリと笑う。聖奈が絶対に譲れない「正妻枠」だ。
「30ptだ!」
まずは凛が先制する。先週の落札相場なら、これでも十分な額だ。
「甘いわ。80ptよ!」
聖奈が倍以上の数値を叩きつける。眼鏡の奥の瞳が、狂気を孕んで光る。
「くっ、90pt!」「100pt!」「120pt!」
一瞬で大台を突破した。先週なら週末のデート枠が買えたはずの100ptが、今や「朝食」という短時間の枠で平然とやり取りされている。
結局、聖奈が「150pt!」と絶叫し、凛を力でねじ伏せた。
150pt。先週の全財産を上回る額を、聖奈はたった一つの枠に注ぎ込んだのだ。
「……信じられない。凪くんの100pt配布のせいで、完全にハイパーインフレが起きているわ……!」
凛が、空になった財布を見て戦慄する。
オークションはさらに加速する。【公開枠:2】の『下校時の買い食い』は、舞夜が出品者のため、凛が意地の100ptで落札。続く【公開枠:3】の『おんぶ枠(再来)』は、凪沙が20ptという、もはや彼女のペースでしかあり得ない「無の境地」で単独指名。
そして、最後。正体不明の【非公開枠:4】。
中身を知っているのはディーラーの舞夜のみ。彼女は、資金が底をつきかけて焦っている瀬戸ほのかに向けて、甘い毒を吐いた。
「ほのかさん。……この枠、実は『凪くんと二人で動物カフェ巡り(デート枠)』よ。最低落札価格50ptの最高級品。……狙わないの?」
「……っ! い、行きますぅ! 130ポイント、全部突っ込みますぅぅ!」
ほのかは、一週間分の苦労をすべてスマホに込めて送信した。
見事に落札。舞夜が、唇の端を吊り上げて中身を開示する。
『出品内容:公園のベンチで無言で30分。出品者:霧島凪沙』
「……はぇ?」
「……あ。また、座りたかったから。……リピート」
凪沙が、淡々とクッキーを齧る。
「ひ、ひぃぃぃ! 130ポイントも払って、また無言修行!? 一ノ瀬さん、デート枠だって言ったじゃないですかぁぁ!」
「あら、ごめんなさい。……私の勘違いだったかしら? でも、支払ったポイントは返ってこないわ。……勉強になったわね、ほのかさん」
舞夜は冷徹に、ほのかから130ptを「徴収」した。これでほのかの残高は5pt。再びの破産である。
全工程が終了した。
舞夜の手元には、4人が支払った合計411ptが積み重なっている。
「……以上で終了よ。……ああ、忘れていたわ」
舞夜は、満足げに合計残高を確認し、次期ディーラーである聖奈に管理端末を渡した。
「聖奈さん。次週の管理者はあなたよ。……おめでとう。でも、来週の金曜日、あなたが私の『978pt』をどうやって落札額として回収できるか、楽しみにしておくわ」
「……っ!!」
聖奈は、再び0ptになった自分の画面と、舞夜の「1000pt」に迫る圧倒的な資産を見て、眩暈を覚えた。
けれど、聖奈の瞳にはまだ光がある。
「……ええ。存分に溜め込んでおきなさい、一ノ瀬さん。……来週、あなたが私の組んだ『地獄のオークション』で、そのポイントを吐き出さざるを得ない状況にしてあげるわ」
一ノ瀬 舞夜:978pt(回収411pt+残高567pt)
霧島 凪沙:249pt(20pt消費+報酬10pt)
藍澤 凛:85pt(100pt消費)
支倉 聖奈:0pt(150pt+40pt消費により完全破産)
瀬戸 ほのか:5pt
一条凪は、自宅で課題のプリントを広げながら、ふと思った。
「……なんだか、みんなの団結力がさらに上がった気がするな。明日の聖奈の『買い物』も、昨日の今日で申し訳ないけど、しっかり手伝わなきゃ」
自分の価値が1000ptの大台に乗り上げようとしていること。
そのすべてを知らぬまま、幸せな「商品」は、シャープペンシルを動かした。




