第14話:木曜日、前夜祭の狂騒と「掃除」の罠
木曜日の朝。一条凪は、校門へと続く緩やかな坂道を登りながら、背中に突き刺さるような「熱」を感じていた。
振り返れば、そこにはいつもの五人がいる。だが、今日の彼女たちは何かが違った。獲物を狙う鷹のような鋭い眼光を隠そうともせず、僕のわずかな挙動――カバンを持ち替えようとする、あるいは靴紐を気にするといった些細な動作――を、一秒たりとも逃さじと注視している。
(……みんな、明日の金曜日に抜き打ちテストでもあるのかな。あの集中力、半端じゃないよ)
凪は、自分の周囲に漂う殺気のような熱量を「学業への意欲」と脳内変換し、感心しながら教室へと入った。
しかし、教室内で行われていたのは、学問とは無縁の「集金」という名の格闘技だった。
現在、所持ポイント140ptまで回復した支倉聖奈が、猛然と仕掛ける。彼女にとって、明日は自分が「ディーラー(管理者)」として君臨する記念すべき日だ。だが、管理者になれば自分は入札に参加できない。つまり、今日が自分自身の週末を勝ち取るための「稼ぎ納め」だった。
「凪くん、おはよう。……あら、制服のボタンが取れそうだわ。今すぐ直してあげるから、脱いで」
「えっ? いや、しっかり付いてると思うけど……。それに、ここで脱ぐのはちょっと」
「ダメよ、緩んでいるわ。私の目は誤魔化せないわよ。……ほら、貸しなさい」
聖奈は半ば強引に凪を座らせると、裁縫セットを取り出し、神速の手つきでボタンを付け直した。
裏:聖奈のスマホに【身の回りの世話:20pt獲得】。
(よしっ! これで160pt……! 明日のオークションで誰かが高額落札すれば、来週の私は富豪の仲間入りよ……!)
聖奈が鼻息を荒くする横で、現・富豪の一ノ瀬舞夜が動いた。
547ptを保有する彼女にとって、もはや小銭を稼ぐ必要はない。彼女の目的はただ一つ。「他人に稼がせないこと」だ。
凪が「あ、喉が渇いたな」と独り言を漏らした瞬間、ほのかがペットボトルを差し出そうとしたが、舞夜がその手を扇子で制した。
「ほのかさん、甘いわ。……凪くん、そのお茶はもうぬるくなっているでしょう? 私が今、キンキンに冷えた高級茶を淹れてきてあげるわ。待っていなさい」
「えっ、舞夜、そんなに気を遣わなくても――」
「いいのよ。学級委員(聖奈)が忙しそうだから、副委員長の私がサポートするのは当然だわ」
舞夜は聖奈に勝ち誇ったような視線を送り、優雅に教室を出ていった。
裏:舞夜に【配慮の独占:10pt獲得】。
彼女はポイントを稼ぐ以上に、他人が凪から「ありがとう」を毟り取る機会を、資産力と権力で塗り潰していく。まさに独占禁止法違反ギリギリの立ち回りだった。
昼休み。最下位の瀬戸ほのか(130pt)は、焦燥感の極致にいた。
一週間前の「難読魚漢字ドリル」という地獄。二度とあんな思いはしたくない。彼女は一発逆転の加点を狙い、掃除用具入れから雑巾を取り出した。
「先輩! その靴、少し汚れてますぅ! 私が今、ピッカピカに磨き上げて差し上げますからぁ!」
「えっ、ほのかちゃん!? 床に跪いてまで……やめてよ、悪いよ! 靴くらい自分で拭くから!」
「ダメですぅ! 私は先輩の足元から支える女になりたいんですぅぅ!」
必死すぎるほのか。その姿は、周囲からは奉仕というよりは「何かの儀式」にしか見えなかった。
裏:【警告】ターゲットを極度に困惑させました。ペナルティ:マイナス5pt。
「……うわぁぁん! なんでですかぁぁ!」
ほのかの悲鳴が廊下に響き渡る。
そんな騒乱を他所に、霧島凪沙(239pt)は凪の机の横に立ち、無言で彼を見つめていた。
「……凪くん。肩、こってる?」
「ああ、凪沙ちゃん。少しね。最近、みんなのパワーに圧倒され気味でさ」
「……じゃあ、揉む。……魔法の手」
凪沙が凪の肩に細い指をかける。
凪は「あはは、ありがとう。凪沙ちゃんの手、ひんやりして気持ちいいよ」と目を細めた。
裏:凪沙に【癒やしの提供:30pt獲得】。
策を弄する者、資産を盾にする者、焦る者が潰し合う中、天然の凪沙だけが着実に凪の懐に入り込んでいく。
放課後。
凪は一日を振り返り、校門で五人を見送った。
「みんな、今日も本当に助かったよ。今週もみんなのおかげで、僕は最高の学校生活が送れてる。……明日も、よろしくね!」
凪の真っ直ぐな、一点の曇りもない感謝。
その瞬間、五人のスマホに一律で【一週間の総括:10pt】が振り込まれた。
「「「「「……明日も、よろしくね(お願いします)、凪(くん/先輩)」」」」」
五人の返答は重なり合い、夕闇の校庭に不気味なほどの調和を持って響いた。
凪が去った直後、舞夜が冷徹に口を開く。
「……さあ、戦士たち。今週の『マイニング』はこれでおしまい。……明日の放課後。BOXから何が引かれるか、そして誰が地獄を見るか。……楽しみね」
「一ノ瀬さん。……私が管理者になる来週、あなたの天下は終わるわ」
聖奈が不敵に笑い、眼鏡を指で押し上げた。
凪は帰宅路、夜空を見上げて独り言を呟いた。
「みんな、明日も仲良くしてくれるかな。……明日が終われば、また楽しい週末だ」
彼が楽しみにしている「週末」という商品が、明日の放課後、どのような高値で競り落とされるのか。
二週目の金曜日。インフレと執念が渦巻く、運命のオークションが目前に迫っていた。




