第12話:火曜日、平等すぎる贈り物とインフレの予感
火曜日の朝。一条凪は、通学カバンの中にずっしりと詰まった「重み」を感じながら、軽快な足取りで校門を潜った。
昨日、彼は確信したのだ。聖奈やほのかちゃんがあんなに必死なのは、きっと受験や将来への不安が爆発しているからに違いない、と。
(みんな、僕の知らないところで戦ってるんだな。……それなら、僕にできるのはこれくらいだ)
凪は、昨日放課後のデパ地下で奮発して買った、有名店の焼き菓子セットを思い浮かべた。
「糖分は脳のガソリンだ」という言葉を信じ、5人全員に同じものを、心を込めて手渡そうと決めていた。
午前中の授業が終わり、昼休み。
凪はいつものように賑やかになり始めた教室で、5人を中庭へと誘い出した。
「みんな、ちょっといいかな? 昨日、みんなにいつもお世話になってるお礼に、これ買ってきたんだ」
凪はカバンから、丁寧にラッピングされた小箱を取り出し、一人一人の目を見て手渡した。
「聖奈、いつもお弁当ありがとう。舞夜も本を貸してくれて助かったよ。凛、ほのかちゃん、凪沙ちゃんも、いつも仲良くしてくれて嬉しい。……みんな最近、勉強頑張りすぎてるみたいだからさ。たまには甘いものでも食べて、リラックスしてよ」
凪の真っ直ぐな言葉。裏表のない、純粋な善意。
その瞬間、5人の手元にあるスマートフォンが一斉に、激しく震動した。
『【愛の証明】ターゲットからの自発的な贈り物:一律100pt獲得』
「…………っ!!」
静かな中庭に、5人の息を呑む音が重なった。
特に、残高10ptで「破産」の淵に立たされていた瀬戸ほのかは、目の前のお菓子よりも、スマホに表示された『110pt』という数字を見て、膝から崩れ落ちそうになった。
(……100ポイント。……あんなに必死に荷物を持って、一週間かけて貯めるような額が、先輩の『ありがとう』一つで……!)
聖奈もまた、震える手でお菓子の箱を抱きしめた。
(25ptだった私の残高が、一気に125ptに……。これで、来週のオークションで戦える……! 凪くん、あなたの優しさが、私に武器を与えてくれたのね……!)
一方で、圧倒的富豪である一ノ瀬舞夜は、微笑みを浮かべつつも、冷徹な計算を脳内で走らせていた。
(……全員に100pt。これは、とんでもないインフレが起きるわね)
舞夜の現在の所持ポイントは、これで547pt。しかし、他の4人の底値が100pt以上も底上げされたことで、次回のオークションでは「10ptや20ptの刻み」は意味を成さなくなる。全員が「100pt」という大金を持って殴り込んでくる、血で血を洗う高額入札合戦が確定したのだ。
「……凪くん。ありがとう。大切にいただくわね。……ええ、本当に、大切に」
舞夜の言葉に、凪は満足げに頷いた。
「良かった。みんな、喜んでくれたみたいだね」
凪の視点では、これはただの「友人の労い」だ。
しかし、ヒロインたちにとって、これは「次回の戦争への軍資金供給」に他ならなかった。
「……あ。凪くんのお菓子。……食べる」
霧島凪沙(209pt)が、無造作に箱を開け、クッキーを口に運ぶ。
「……凪くんの、音がする。……サクサク」
「凪沙ちゃん、それどういう意味かな!?」
凪は苦笑いしながらツッコミを入れたが、凪沙の「無邪気な独占」に、他の4人の目が一瞬で据わった。
(……な、凪沙さん! それ、100ポイントの重みがある高級菓子なのよ! そんなに無防備に食べちゃうなんて……!)
昼休みが終わり、午後の授業。
5人の集中力は、もはや勉強には向いていなかった。
凛(160pt)は、お菓子の箱を机の中に隠し、時折指先で触れてはニヤけていた。
(60ポイントだったボクの資産が、これで160……。来週こそは、あの『おんぶ枠』をボクが奪ってやる。聖奈には一歩も引かねーぞ!)
放課後。
凪は、みんなの顔色が少し良くなった(ように見えた)ことに、深い達成感を覚えていた。
「よし。やっぱり甘いものは正義だね。みんな、また明日!」
凪が軽やかに帰路につく。
その後ろ姿を見送りながら、5人のグループチャットは、昨日以上の速度で「暗号」と「戦略」を飛ばし合っていた。
『一ノ瀬 舞夜:……全員、浮かれるのはそこまでよ。凪くんの優しさで潤ったのは全員同じ。……次回のオークション、最低落札価格は間違いなく倍以上に跳ね上がるわ』
『支倉 聖奈:望むところよ。……100ポイント。これだけあれば、あなたの独裁を止める一撃が打てるわ』
『瀬戸 ほのか:ほのか、もう魚の漢字は書きませんぅ! 来週は絶対に、先輩と甘い時間を過ごしますぅ!』
凪の純粋な善意という名の「ガソリン」が、5人の乙女という名の「火種」に注がれた。
深夜。
支倉聖奈は、貰ったお菓子の空き箱に「3月28日、凪くんから」と丁寧な文字で書き込み、神棚のように設えた棚の特等席に飾った。
そして、まだ125ptしかない自分の画面を見つめ、不敵に微笑む。
「……来週の金曜日、私が次期管理者になった時。……一ノ瀬さん、あなたが握りしめているその547ptを、すべて凪くんへの『献上金』として、一滴残らず没収してあげるわ」
一条凪は、明日もまた、「みんなが仲良く笑っている平和な学園生活」を信じて登校する。
しかし、彼の知らない裏側では、すでに第二次経済戦争の幕が、静かに、そして苛烈に上がろうとしていた。




