第11話:月曜日、格差社会と「搾取」の始まり
週が明け、月曜日の朝。
私立聖蘭学園、2年A組の教室は始業前の騒がしさに包まれていたが、一ノ瀬舞夜のデスク周辺だけは、冷徹な経営会議のような空気が漂っていた。
舞夜は登校するなり、手慣れた動作でスマートフォンの専用アプリを起動した。画面には、昨日のボウリング大会の結果に基づいた『公式運用ステータス』が表示されている。
【第1回ディーラー決定戦:最終スコア】
1位:一ノ瀬 舞夜(168点)―― 初代ディーラー(集金済)
2位:支倉 聖奈(152点)―― 次期ディーラー(来週金曜担当)
3位:藍澤 凛(145点)
4位:霧島 凪沙(112点)
5位:瀬戸 ほのか(89点)
この順位こそが、彼女たちの「序列」だ。舞夜はさらに画面をスワイプし、現在の資産状況を確認する。
【現在の所持ポイント】
一ノ瀬 舞夜:447pt
霧島 凪沙:109pt
藍澤 凛:60pt
瀬戸 ほのか:10pt
支倉 聖奈:0pt
「ふふ……。完璧だわ」
舞夜の口元が、勝利者の余裕を湛えて緩む。
1位の特権で4人の落札ポイントを総取りした彼女の手元には、447ptという圧倒的な軍資金がある。対照的に、週末の「おんぶ」と「勉強会」のために全財産を注ぎ込んだ2位の聖奈は、無残な『0pt』。
「……朝から嫌なものを見ているわね、一ノ瀬さん」
登校してきた支倉聖奈が、舞夜の背後から地獄の底を這うような声で囁いた。
その目はバキバキに充血している。全財産を失い、一文無しで迎えた月曜日。聖奈にとって、今日からの5日間は凪からの「感謝」を1ptたりとも逃さずに回収しなければならない、文字通りの生存競争だった。
「あら聖奈さん、おはよう。あなたのスコア、2位だったおかげで、来週の金曜日はあなたが管理者ね。……でも、今週はポイントがないから『入札』すらできないんだったかしら?」
「……っ。今に見てなさい。あなたが貯め込んだそのポイント、金曜日に私が管理者になった瞬間に、手数料(落札額)としてすべて回収してやるわ!」
火花を散らす二人。そこへ、本日の「商品」こと一条凪が、呑気な顔で教室に現れた。
「おはよう、みんな! 土日はゆっくり休めたかな?」
凪の爽やかな挨拶。それが、彼女たちにとっての「開戦の合図」だった。
聖奈が弾かれたように動く。
「おはよう、凪くん! 顔色が悪いわ、寝不足!? これ、特製の滋養強壮ドリンクよ! 飲んで! 今すぐ飲んで感謝して!」
「えっ、あ、ああ……おはよう、聖奈。……いや、元気だけど。ありがとう?」
凪は困惑しながらも、聖奈が突き出してきた瓶を受け取った。
聖奈のスマホが震える。
『【愛の証明】体調管理への奉仕:5pt獲得』
(たった5pt……! 足りない、全然足りないわ! もっと、もっと凪くんに貢献しなきゃ……!)
焦燥感に駆られた聖奈は、凪が席に座るや否や、教科書を広げる手伝い、消しゴムの準備、果ては机の上の埃を払う作業まで、猛烈な勢いで動き回った。
しかし、その「必死さ」は常識人である凪の目に、不自然に映る。
「……聖奈。無理しなくていいよ。なんだか、今日すごく気合が入ってるみたいだけど……もしかして、何か隠してない?」
「ひ、隠し事!? な、なんのことかしら!? 私はただ、凪くんのインフラを整備しているだけで……!」
『【警告】過剰な奉仕により、ターゲットが不審感を抱きました。加点なし:0pt』
「……っ、そんなぁ!?」
聖奈が絶望に打ちひしがれる横で、富豪・舞夜が動いた。
彼女は聖奈のようにがっつくことはない。ゆったりとした動作で凪の隣に立ち、カバンから一冊の本を取り出した。
「凪くん。これ、昨日発売された限定本の新刊よ。あなたが読みたがっていたでしょう? しばらく貸してあげるわ」
「えっ! これ、予約も即完売だったやつじゃないか。舞夜、わざわざ僕のために? 本当に、本当にありがとう!」
凪の目が輝く。心からの、深い感謝。
『【愛の証明】最大級の気遣い:30pt獲得』
舞夜は聖奈をチラリと一瞥し、勝ち誇ったように髪をかき上げた。
資産に余裕があるからこそ、相手の「今、一番欲しいもの」を冷静に見極め、高単価なポイントを確実に掠め取る。これが富裕層の戦い方だ。
昼休み。
教室内外で、さらに格差は鮮明になった。
破産寸前の瀬戸ほのかは、10ptという背水の陣で凪に肉薄する。
「先輩ぃ! あの、このパン、一口食べませんかぁ!? 美味しいですよぉ!」
「ほのかちゃん、さっき学食で食べてきたばかりだよ。ごめんね」
「……うぅ。……じゃ、じゃあ、この靴下のリボン、結び直してくださいぃ!」
「……え、自分でできるよね?」
必死すぎて、もはや「奉仕」ではなく「嫌がらせ」に近いアプローチを繰り返すほのか。対照的に、週末にバッティングセンターを堪能した凛は、60ptという「中流階級」の余裕を持って凪を屋上に誘っていた。
「凪、昨日の疲れ、残ってねーか? ほら、これマッサージ機だ。使えよ」
「ああ、凛。助かるよ。やっぱり親友だな、ありがとう」
凪は、凛の気遣いを純粋に喜び、笑顔で応じる。その裏で、凛は「おんぶ」をされた聖奈への対抗心を燃やしつつ、着実にポイントを積み上げていた。
放課後。
一人で帰り支度をする凪の表情は、どこか曇っていた。
(……最近、舞夜が大人っぽくなって余裕が出てきた気がする。逆に聖奈やほのかちゃんは、なんだか何かに追われているみたいに必死で……。……ああ、そうか)
凪は、自分なりに「常識的な分析」を導き出した。
(受験のストレスだ。……聖蘭学園は進学校だし、みんな将来のことを真剣に考え始めてるんだな。それで、情緒が不安定になってるんだ。……僕にできることは、彼女たちのストレスを少しでも和らげてあげることだよね)
凪は、カバンの中にある「みんなへの労いのお菓子」を握りしめた。
明日、これを渡してみんなを励まそう。そう決意する凪。
しかし、その「お返し」が、明日の市場にさらに大量のポイントを供給し、インフレを加速させることになるとは、彼はまだ気づいていない。
深夜。
支倉聖奈は、自室のベッドでスマホの画面を見つめていた。
残高は、今日一日の死に物狂いのマイニングを経て、ようやく『25pt』。来週、管理者として君臨するための準備としては、あまりにも心もとない数字だ。
「……笑っていられるのも今だけよ、一ノ瀬舞夜。……来週の金曜日、あなたが大事に溜め込んだそのポイントを、私への『落札額』として、一滴残らず絞り取ってやるわ……!」
0ptの底辺から這い上がろうとする聖奈の、執念の炎が暗闇に揺れる。
彼女たちの「愛」を数値化した経済戦争は、二週目にして、より陰湿で、より熾烈なフェーズへと突入しようとしていた。




