たった一人残された領主にできること
救いのない短い話。
一面の廃墟ばかりが広がっていた。
建物という建物はすべて壊され、折れた剣に放り出されたままの鋤や鍬。あちこちで燻る火が、実りを待つばかりだった畑を舐めて、何もかもが死んでいた。
誰も、誰もいない。
俺に答える者は誰も。
三方を山に囲まれた領地は平地も少なく、耕せる土地にも限りがあり、住民も決して多くはなかった。豊かではないけれど助け合って、厳しい自然の前に倒れる者があっても、残された者同士身を寄せ合って乗り切る。
そんな土地柄だから身分の隔たりもあまりなく。唯一の貴族であり領主である我が家とて、民に交じって汗を流すのが当たり前だった。僅かばかりの税収は、そのほとんどを領地へと還元するものだから、貴族の体裁を保つのもぎりぎりで。でもそうやって代々生きていたから、疑問に思うこともない。彼ら領民のために俺たち一家がいて、俺たち一家のために領民がいた。それは領地が小さく住民が少なかったからこその奇跡。規模が大きくなれば破綻するような、善意で繋がった関係。
風邪を拗らせてそのまま逝ってしまった父の代わりに、たった十五の俺が領主になるしかなくても。誰もが「若様」「若様」呼ぶばかりで一向に「領主様」なんて呼ばれなかったけれど。いつだってどんなことでも手を貸す、という意思の籠った視線を向けてくれていた。そんな彼らが。
少数精鋭と言えば聞こえは良いが、実際は読み書きできる人間で固めただけの家臣たちも、剣を振り回すより鍬を振り下ろすことの方が多かった騎士たちも。そんな彼らが。
もう誰一人残っていない。
数多の栄華に飾られた王都どころか、賑わう地方都市さえ遠い立地。山の向こうは他国ではあるが、険しい山をわざわざ越えてまでして、攻めて占領したところで旨味のない土地だ。飢饉に備えて備蓄を用意し、旱魃に備えて溜池を掘っても、戦うための備えも意識もなかった。
突然の隣国からの襲撃に、抵抗する術すらないまま蹂躙されたがそれは、山を穿って現れた大軍が王都に至るための通路が均されただけのことだった。
あまりにも無力で、それでも誰かを守ろうと碌に使えもしない剣を持って立ち上がった俺を、家臣の誰かが昏倒させて、領館の地下へと隠したのだろう。意識を取り戻した時には周囲にはざわめき一つなく。なんとか這いあがった瓦礫の下、残されたものは俺の命だけだった。
なあ。守るべきものが誰もいなくなったのに、俺一人生き延びて何になる。
そう問いかけても躯となった誰もが答えず、血だまりの中で沈黙だけがあった。走り抜けた軍団の姿すらとうに見えない。
彼らは、隣国は。難攻不落の山々という天然の要塞に守られたわが国を攻めるため、どれほどの年月をかけて山を穿ってきたのだろう。かの国は厳しい自然に晒された土地だと聞いたことがある。貧しいと言ったとて、我が領での暮らしすら彼らには甘い環境だったのかもしれない。辺境とも呼ばれるこの国の端。そこを過ぎると豊穣の約束された平地が一面に広がる。山の向こうにあるその豊かさに、彼らはどれほど焦がれたことだろう。
だがそれが。我が領を滅ぼす理由になぞなるはずがない。
瓦礫でどこか傷ついたのだろう。拭った涙が赤い。ペンだこはあっても剣だこさえない手が染まる。
もう守るものはない。もう守るべき理性もない。
ならば解き放とう。
我が家が自らこの果ての地に封じた忌まわしい血の力を。
俺は懐に残っていた小刀で手に傷をつけて。最後まで俺を守ろうとした魂なき家臣のひとりに近づいた。苦悶を刻んだ表情のまま、事切れていた彼を最初の一人に選んで。
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レゴラメントと名乗る一族がその国にはいた。彼らは皆、穏やかで学者肌の一族で、歴史こそ長かったものの表に立って活躍することもなく。爵位はあっても野心すらなく。望んで辺境に去るのを誰も止めなかった。それ程、取るに足らない一族だと思われていたのだ。それが、レゴラメントの意思故と知らず。
レゴラメントは生まれながらに忌まわしい能力を持っていた。それは血に潜み、遠い子孫であっても薄まることはない。だがそう生まれたことは彼らの罪ではなく。隠し通し、決して使わず、ただ人として生を全うするのを良しとした。能力は感情によって目覚めさせられるから、多くを学び、理性を保つように。万が一のことが起きた場合、被害を広めぬために人の少ない辺境へと。
その最後の一人。たった十五の少年が、長きにわたって一族が定めた掟を破る。彼にはもう、他に何も残っていなかったから。
その年、セルバージャ国の一軍が、豊かなアヴォンダンツァ国に攻め入って、大いなる災禍となった。すべての人員が戦士であるセルバージャの軍団は、王都にこそ辿り着けずに引き返したが、アヴォンダンツァの大地を蹂躙し、多くの人命を奪い、多くの財貨や食料を奪うその様子は、まるで悪夢のようであったと記録に残る。
だが、そこからがセルバージャの悪夢の始まり。
戦利品を抱えて凱旋した彼らは、変わり果てた故国に迎えられた。
愛する女や妻も、尊敬すべき老人たちも、未来を担う子供たちも。
誰一人として生者ではなかった。
誰一人として普通の死者ではなかった。
十五歳の少年領主は、見つけられるだけの領民の遺体に自分の血を与え、共に山に穿たれた穴を逆走してセルバージャ本国へ至ると、かつての領民を放った。
レゴラメントの血に潜むは死霊術。その血を媒介に死者を操る死霊術師の家系であったのだ。直接、一族の血を与えられた死者は眷属となり、眷属に触れられた生者は生きながら骸となって付き従う存在へと変えられてしまう。生ける躯が触れた生者もまた。
それによって、かつてのセルバージャの国民全てが死者となる。生まれたばかりの赤子ですらも。そこには一切の慈悲はない。
凱旋した戦士たちはそうと知らずに愛する家族と抱擁し、彼らもまた、そのまま生ける骸となった。死者の王として君臨する少年の命に従って、何十年とかけて掘りぬいた山の通路を埋めさせられ、最後には思考も感情も残ったまま、その通路に土と共に埋められたという。その身体が土に潰されても、完全に朽ち果てるまで心は残る。彼らの絶望の嘆きは少年王に届きはしたが、一顧だにされることはなく。
かつてセルバージャと名乗った国は、二度とアヴォンダンツァを攻めることはない。そこは、たった一人残った生者である少年が、今も王として君臨する死の国となったのだから。
少年領主は、死霊術を解き放った時点で身体の時間が止まります。飲食の必要もない。眷属となったかつての家臣や領民とは会話が可能。生ける躯はそのうち朽ちる(防腐処理はしてない)ので、眷属しか残らないことに。眷属は生前の傷も癒えた姿で蘇り、やはり飲食はいらず、暑さ寒さなどの気温も感じません。ただ少年もですが、日々眠りが訪れるのは救い。
セルバージャの建物はすべて残っているので、眷属という名のかつての領民たちとそこに住んでいます。彼らには自分の意思もあり、それを伝えることも許されているので、生ける死者からの解放を願えば叶えられるのですが、それを選ぶと少年を置き去りにしてしまう(少年本人は自らの生を終えられない。それが能力を解放した代償)ため、心優しい彼らにはできません。完全に滅ぶなら共に。その日が来るまで。
無駄に攻め込まれない限り、他国の脅威とはなりません。しかし、そこに大いなる宝があると勘違いして入り込んだ者たちの末路は自業自得ということで。
おそらくストームブリンガー級の特殊な魔剣でも持って攻めない限り、この国はずっと続く。
レゴラメント:意味は掟。
ハッピーエンド至上主義のくせに、時折暗い話が書きたくなるのは何故。次は反動で明るい話になるでしょう。ともかく、宵越しの金ならぬ書きあがった新作はさっさと投稿。




