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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。

短編)どうぞ、勝手に滅んでください。

作者: 黑野羊
掲載日:2026/02/04

「聖女様、お時間となりました。お願いします」

「わかりました」

 神官に促され、真っ白な祭壇の最上段にあがった(わたくし)は、こちらを見下ろす女神ステラ像に向かって膝をおり、祈りを捧げる。

 私、ロザリア・ネーヴェは、伯爵家の令嬢でありながら、大陸中央にあるルオーゴ王国の聖女だ。この国は外敵の侵入を防ぐ『聖結界』で全体を覆っており、こうして週に一度、聖女である私が祈りを捧げながら、聖魔力を注ぐことで維持している。

 代々聖女を輩出してきたネーヴェ家に生まれ、膨大な聖魔力を持つ私は、魔力を鍛え、勉学に励み、今では歴代最高の聖女となった。

 祈りを終えて祭壇から降りると、すぐに文官や神殿関係者に取り囲まれる。

「聖女様、東方の川が氾濫し作物に影響が!」

「西方の村では疫病が蔓延しており……」

「隣国に不穏な動きがありますので、そちら側の結界の強化を」

「すみません、順番にお願いします」

 地図を見ながら、不作や疫病の流行る地に回復魔法である『祝福の光』を届け、聖結界の強化が必要な箇所には魔力を追加する。

 本来であれば、聖女の仕事ではないけれど、困っている人たちを見過ごすことはできなかった。

 神官や文官達の話に耳を傾けていると、あっという間に時間が経ってしまう。

「申し訳ありません、聖女様。そろそろお時間ですので」

「まぁ、もうそんな時間なのね」

 聖騎士のトマス・フォスキーアがやってきたので、私は後ろ髪をひかれながら、彼と共に神殿から王宮へ移動する。

 今日はこの国の王太子であり、婚約者でもあるステファノ殿下と、月に一度お茶をする日。

 王宮につくと、侍女に王族専用の薔薇園へ案内された。その中に設けられたガゼポには、色とりどりの茶菓子と上品な茶器の用意されたテーブルがある。

 その席にはすでに、美しい金髪に碧い瞳の青年が座っていた。

「お待たせいたしました、ステファノ殿下」

 スカートを広げて頭を下げる。しかし彼はいつも通りの冷たい視線でこちらをチラリと見て、鼻をフンと鳴らすだけだった。

「……失礼いたします」

 向かいの席に座ると、近くの侍女がカップにお茶を注ぐ。

 お茶をひと口だけいただくと、私のほうから彼に声を掛けた。

「本日は神殿で辺境各地の惨状について陳情を受けました。特に西方の村は疫病の蔓延が酷いそうです。村への支援はどうなっていますでしょうか?」

 しかし彼は変わらず、お茶を飲んでいるだけで、何も言わない。

「隣国アルバに軍事強化の動きが見られるそうです。アルバ側の結界を強固にしておきましたが、可能であれば友好的な解決を模索していただきたく……」

 彼がガチャン、と音を立ててカップを置いた。そして冷たい視線をより鋭く尖らせて、私を睨む。

「女のくせに、政治に口を出すな!」

「……申し訳ありません」

「もうよい」

 そう言って立ち上がると、ステファノ殿下は全身で怒りを露わにしながら庭園を去ってしまった。

「聖女様、殿下が大変申し訳ありません」

 近くで控えていたトマスがやってきて、膝をついて頭を下げる。

「いいのよ、トマス卿が謝ることではないわ」

 トマスにネーヴェ邸宅まで送ってもらうと、私の専属侍女であるキアラが知らせを受けていたのか、門前で出迎えてくれた。

「お帰りなさいませ、お嬢様」

「……ただいま、キアラ」

 キアラの顔を見たらなんだかホッとして、つい抱きついてしまった。

「今日は王太子殿下とお茶をされる日のはずでしたが……」

「すぐ帰られたわ。最短記録更新ね」

「……そうですか」

「いいのよ、どうせ政略結婚だもの」

 何か言いたげな表情のキアラに、私は笑顔でそう言った。

 次期国王である王太子と私の婚姻は、国防と繁栄のために必要な聖女を国に縛り付けるためでしかない。お互いの気持ちなど、どうでもいいのだ。

「今日の湯あみには、お嬢様のお好きな薔薇を浮かべましょうね」

「ありがとう、キアラ」



 ◇



 ある日、ステファノ殿下から突然登城するよう知らせがやって来た。

 特に約束もなかったはずだが、と不思議に思いつつ侍女のキアラを伴って王宮に向かい、王太子の執務室前までやってくると、中から妙に明るい女性の声が漏れ聞こえている。

 嫌な予感を打ち消すようにノックをして中に入ると、ステファノ殿下と一緒に、美しい金髪と桃色の瞳が可憐な少女が出迎えた。

「お待たせしました。……殿下、こちらの方は?」

「ああ、ようやく来たか、()聖女よ」

「……はい?」

 ステファノ殿下の言葉が引っかかる。

 しかし、彼はこちらのことなどお構いなしに、可憐な少女の腰を抱きながら、私にこう言った。

「彼女はアンジェリーナ・グラニート。神殿が新たに認めた『真の聖女』であり、私の婚約者だ!」

「それは、どういう……」

「どうもこうも、言葉の通りだ。神殿はお前の聖魔法が弱まっていると判断し、彼女を『真の聖女』と認めた。そして私は彼女と出会ったことで『真実の愛』に目覚めたのだよ」

 ステファノ殿下はそう言って、私には見せたこともない愛おしそうな表情で、アンジェリーナの美しい金髪に口付けをする。

「アンジェリーナほど『聖女』にふさわしい女性はいない。聖女でなくなったお前との婚約は破棄させてもらう」

「なんですって!」

 そう叫んだのはキアラだった。下手をすれば掴み掛かりそうなキアラを制止し、私はただただ冷静に、気になることを確認する。

「聖女の認定も、婚約破棄も、国王陛下の承認が必要なはずです。現在閣下は外遊中のはずですが……」

「ふん、私は次期国王だぞ? 父上が外遊中の今、全ての決定権は私にある。それに、神殿が認めた『真の聖女』が新たに現れたのだ。婚姻を結び直すのは当然のことだ」

 ステファノ殿下の言葉を聞きながら、隣にピッタリ寄り添うアンジェリーナ様を見つめた。

 この国の『聖女』は、聖魔力を持つ者の中から最も強い魔力を持つ女性であれば、誰でもなることができるが――。

「……承知いたしました」

 私は色んな思いと言葉を飲み込んで、ただ静かにそう答えた。

 しかしそれすら、ステファノ殿下は気に食わなかったらしく、小さな舌打ちが聞こえる。

「こんな時でも涙すら見せぬとはな。まぁ、私もこれまで国に貢献したそなたを、そのまま放り出すほど悪ではない。元聖女と新たに婚姻を結ぶ者など皆無に等しいだろうからな」

 そういうと、ステファノ殿下は机の上に置いてあった手紙を、私に差し出して言った。

「そなたには、聖騎士トマスとの婚姻を命じる」

「……え、トマス卿と、ですか?」

「元とはいえ、これまで聖女であったことに変わりはない。アンジェリーナは『真の聖女』になったばかりだからな。聖騎士の妻となって、彼女を助け、支える存在になってもらうぞ」

 なるほど。表向きには聖女をアンジェリーナ様として妻に迎え、聖女としての仕事は私に押し付けるつもりなのだろう。

「その書状はトマス卿への命令書だ。彼なら断ることもないだろうし、届けるついでにそのまま婚姻の手続きをしてこい」

「……承知、いたしました」



 ◇



 王宮を後にした私は、キアラと共に神殿の近くにある聖騎士の宿舎へ向かった。

「お嬢様、本気ですか?」

「仕方ないわ、王命だもの。それに王家や神殿との繋がりがなくなったら、私の居場所はなくなってしまうし」

 私は『聖女』になるまで、両親から冷遇されて育った。もし王太子と婚約破棄されたと分かったら、問答無用で追い出すだろう。

 それならば、聖騎士であるトマス卿と婚姻を結び直したほうがまだいい。

 筆頭聖騎士であるトマス卿は、聖女としてお勤めをする際、護衛としていつも付き従ってくれる存在だ。殿下に冷遇される私にも親切な彼と婚姻できるのであれば、殿下との婚約破棄はむしろよかったのかもしれない。

 聖騎士の宿舎に着くと応接室に通され、しばらくするとトマス卿がやってきた。

「ロザリア様、このような場所までご足労いただいて、すみません」

「いえ。こちらこそ、訓練中に申し訳ありません」

 応接室のテーブルに向かい合って座った私は、殿下から受け取った書状をトマス卿に差し出す。

「トマス卿、殿下からすでにお聞きかと思いますが、こちらは私との婚姻命令の書状となります」

「……はい」

 書状を受け取ったトマス卿は、眉をひそめながら書状に目を通した。

「このような事態になってしまい、トマス卿も困惑されているかと思いますが、私は殿下の意向に沿うつもりです。不束者ですが、どうぞ……」

「――ロザリア様。申し訳ありませんが、この婚姻はお受けできません」

 殿下のワガママのような王命に頭を下げる私に、トマス卿は氷のように冷たい声で言った。

「え……?」

「私は『聖女』にこの身を捧げると誓った聖騎士です。お側で仕える方は『聖女』でなければいけません」

 思わず顔を上げると、トマス卿は今まで見たことがないほど、厳しい表情をしていた。

「『聖女』でなくなったあなたを守る理由はありません。申し訳ありませんがこの婚姻、なかったことにしてください」

 どうやら私は、勘違いをしていたらしい。

 トマス卿が殿下よりも親切だったのは、私が『聖女』だったから。

「それでは、失礼します」

 そう言って一礼し、応接室から出ていくトマス卿の背中を、私はただただ見送ることしか出来なかった。



 ◇



 神殿から正式に『聖魔法を失った者』と烙印を押され、王太子と聖騎士にそれぞれ婚姻を拒絶された私を、両親はひたすら『役立たず』だと罵った。

「これまで育ててやったというのに、恩知らずな奴め」

 白銀の髪に紫の瞳を持つ私は、八歳で聖魔法の適正があると分かるまで、茶色の髪に碧い目を持つ両親のどちらにも似ていないという理由から冷遇されていた。聖女候補として修行のため神殿と家を往復するようになり、国からいただける莫大な報奨金は全て両親のものとなったが、それでも彼らに育ててもらった『恩』を返すには足りなかったらしい。

「お前のような恥知らずは『最果ての修道院』に行ってしまえ」

 国の最北、国境近くの辺境にある『最果ての修道院』は、王都から一ヶ月以上かかる場所にある不遇の土地。聖女の祈りによる恩恵も届きにくく、作物も育ちにくい痩せた土地のため、人口の少ない寂しい場所らしい。そんな場所のためか、王都の罪人を追放する先として選ばれる場所でもある。


 そうして私は、両親に実質の『追放』を言い渡された数日後、『最果ての修道院』に向かう馬車に揺られていた。

「――あなたまで来なくてよかったのに」

「いいえ。私がお嬢様のお側にいたいんです」

 婚姻を二度も拒絶され、実家からほぼ身一つで追放された私に、小さい頃からの専属侍女であるキアラがついてきたのである。

「これまで国のために尽くしてきたお嬢様に対して、本当にひどい仕打ちです! 旦那様も奥様も、お嬢様の報奨金で散々贅沢をされてきたのに!」

 キアラはずっとこんな調子で、私の代わりに怒ってくれていて、それを見ているだけで、なんだか妙に救われた気持ちになった。

「でも、もし自分から王都を出ることになっても、きっと『最果ての修道院』を選んでいたと思うわ」

「それは『ミケーレ様』がいらっしゃるからですか?」

「ええ」

『最果ての修道院』の神父は、父方の従兄でもあるミケーレ兄様だ。

 辺境にありながら国内で最も古い修道院である『最果ての修道院』は、その存在価値の高さから放置することもできないため、歴代の聖女を輩出するほど聖魔力の強いネーヴェ家の血縁者が神父を勤めている。

 ミケーレ兄様も強い聖魔力を持っており、彼が赴任してからは一度も王都に戻ってきていない。

 街から町へ、村へと移動し、時折野営もしながら最北の地に着く頃には、出発から一ヶ月以上が経っていた。

 国境でもある巨大な山脈を背景に、広大で何もない荒野。その端に、古びた修道院が見える。

 最果ての修道院に到着すると、ミケーレ兄様があたたかく迎えてくれた。

「お兄様、ご無沙汰しています」

「遠くまでよくきたね、ロザリア」

 銀糸の髪に深い青の瞳を持つミケーレ兄様は、幼い頃に会った時と変わらない笑顔で、ロザリアをぎゅっと抱きしめる。

「長旅で疲れただろう。お腹は空いてないかい? 旅装を解いたら食堂においで」

 修道女に案内された部屋に荷物を置き、食堂へ向かうと、温かいパンとスープでもてなしてくれた。

「ここは不遇の土地と言われている通り、王都とは違ってこんなものしか出せないんだ。申し訳ないね」

「いいえ、パンもスープも温かくて、とても美味しかったですわ」

 王都から辺境のこの土地にくるまで、たくさんの窮状を目にしてきた。実際、温かくて美味しい食事を食べたのも久々だ。

 それに比べたら、この修道院はまだ豊かに見える。しかし、修道院の中を走り回る孤児たちの腕の細さからは、全く足りていないことが窺えた。

 自分がもっと王太子に辺境の改善を訴えられていたら、ここや道中の村々も、もう少し豊かに出来たのではないか。

 歴代最高の聖女などと言われながら、自分が成せたことは何かあったのだろうか。

 突然、心にぽっかりと穴が空いたような、そんな気持ちになってしまった。

「――ロザリア」

 呼ばれてそちらを見ると、兄様は全てを見透かしたような、優しい笑顔でこう言った。

「これまで大変だったね、ロザリア。でも、もう頑張らなくてもいいんだよ」

「……はい」

 殿下に婚約破棄を言われた時も、トマス卿に婚姻を断られた時も、両親に追放を言い渡された時ですら出てこなかった涙が、今になってようやく溢れた。

 そっと肩を抱くキアラの手を握り締め、私はただただ静かに泣いた。



 ◇



 修道院での生活は、驚くほどに穏やかだった。

 街や村は遠く、商店もなく、行商人も月に一度来るだけ。毎日の食事を確保するために畑を耕し、家畜の世話をし、洗濯も自分たちで分担して行っている。

 ここには、不要とされ捨てられた孤児たちと、王都を追放された者たちしかいない。

 かつて貴族だった者も平民も、みな身分関係なく協力し合っていた。

 ちなみに私の部屋は、キアラと二人部屋。

 私は全然問題なかったのだけれど、キアラは最初随分と遠慮していた。

「キアラ。私はもうお嬢様でも聖女でもない、あなたと同じただの修道女よ。だから大切なお友達として接して欲しいわ」

「分かりました、ロザリア様」

「もう、敬称も要らないのに!」

「すみません、こればかりは譲れません!」


 修道院に身を寄せるのは罪人が多いと聞いていたが、ここの修道女たちはみな朗らかな人ばかりで意外だった。ミケーレ兄様にそのことを尋ねると、理由は随分とあっさりしていた。

「ここには本当の罪人なんて殆ど残っていないよ。居たとしても、みんなここでの生活に耐えられず、国境を越えようと山に行ってしまうんだ」

 ミケーレ兄様はそう言って、国境に連なる巨大な山脈を指差す。

「山に行った人たちは?」

「さぁ? どうなったんだろうね」

 越えるだけでも大変なこの山脈は、天然の防壁だ。だからこそ攻め入れられることは殆どなく、越えようと考えるなど愚の骨頂といえる。

 たとえ無事に越えられても、山の向こうは敵対国。無事でいられるはずもない。

 遠く連なる山々を眺めていると、子どもたちがやってきた。

「ロザリア様! 今日は収穫日だよ!」

「一緒に行こう!」

 子どもたちと一緒に畑に向かうと、キアラがすでに土まみれになって芋を掘っている。

「まぁ、キアラ。成果はどう?」

「ロザリア様、見てください! こんなに大きいのがたくさん!」

 キアラの指差した畑の隅には、ここに来た頃には見ることのなかったサイズの芋がゴロゴロと積まれていた。

「うわー、豊作だぁ!」

「お芋いっぱい!」

 子どもたちが嬉しそうに芋の山を囲んで踊り出す。

「ロザリア様が『祝福の光』をかけてくださったからかもしれませんね」

「そっか! ありがとう、ロザリア様」

 聖女だった頃、結界を維持するための祈りを捧げる際、不作や疫病の蔓延る地域には『祝福の光』を届けていた。

 けれど、聖女にとってそれはやって当たり前の行為だったからか、感謝されることはなく、こうして喜ばれるのは本当に嬉しい。

「……どういたしまして!」

 その後は修道院のみんなで収穫し、大量の芋料理をお腹いっぱいになるまで食べた。

 夜、窓辺に座って星を眺めていると、キアラが白湯をもってやって来た。

「どうされました?」

「祈って、働いて、食事をして。王都にいた頃と、何ら変わらないことをしているはずなのに、すごく満たされた気持ちなの」

 窓から見える、たくさんの星のように、胸の中いっぱいに星が瞬いているような気分だ。

「食事なんて、屋敷やお城で食べていた時よりも粗末なものだし、仕事だって増えたはずなのに、ちっとも嫌ではないの。不思議ね」

 王都で過ごしていた日々が、まるで遠い昔のよう。

「……キアラは、ロザリア様がそのように微笑んでくださるだけで、とても幸せです」

 キアラの微笑む顔に、私も心からの笑顔を返した。


 ◇



 月日がめぐり、行商人がやってきた。しかし、以前より持って来た品物が随分と少ない。

「いやあ、王都はいま大混乱でして」

 行商人の話では、各地で災害が相次いでおり、一部地域では紛争も起きているという。そのため各地域の物流が滞り、ここに来るまでに寄った村々で品物が売れすぎてしまったそうだ。

 空を見上げたが、元々ここ最果ては結界が薄い場所なので、結界そのものが弱まっているのかどうかは分からない。

 ふと、王太子の執務室で寄り添い合っていた二人が頭によぎる。

 神殿と王太子が『真の聖女』と認めたアンジェリーナ様からは、聖魔力をまったく感じなかった。

 だからこそ、こうなることはある程度予想していたが、自分を引き摺り下ろしてまで『真実の愛』を選んだのだ。その責任は自分たちでとってもらわなければ困る。

 もう、私には関係のないこと。

 そう思っていた数日後、王家からの使者がやってきた。

「……再度婚約したい?」

「はい」

「『真の聖女』であるアンジェリーナ様がいらっしゃるはずでは?」

「彼女はその……亡くなりました」

 神殿で聖女の祈りを捧げている最中に地震が起き、女神像が崩れてその下敷きになったらしい。

 滅多なことで壊れるはずのない女神像が、地震程度で崩れたという事実は信じ難いことだった。

「私は神殿に『聖魔法を失った者』として追放された身です。私が戻ることは難しいでしょう」

 正式に戻るとなれば、神殿側が間違った判断を下したと認めなければならないが、プライドの高い彼らがそんなことをできると思えない。それに大々的に『聖魔法を失った者』と世間に喧伝した以上、自分が戻っても民衆への心象は悪いはずだが――。

「そこはご安心ください! その長い髪を切り、姿を変えて別人として戻れば、誰もロザリア様とは気付きません! 王太子殿下も別人のように扱うとおっしゃってて……」

「髪を切れですって!?」

 使者の言葉にキアラが憤慨する。この国の女性にとって、髪は命のように大事なもの。それを切ってまで王太子の尻拭いをしなければいけないなんて。

 私は王家からの手紙を、使者の目の前でビリビリと破り捨てて言った。

「私はロザリアであり、別の誰かになるつもりもありません。お引き取りください」



 ◇



 王家の使者を追い返して以降、月に一度行商人がやってくる程度の場所だった『最果ての修道院』に、頻繁に手紙や使者がくるようになった。

 特に実家からはひっきりなしに手紙が届く。

『戻ってきて欲しい』

『このままでは家が取り潰される』

 私をここに追放した実家には、王家が圧力をかけているらしい。戻ってくれば、好きなものを買ってあげるとか、美味しいものを食べさせるといった内容ばかりで、私はただただ閉口して無視をした。

 この地で食べたものは、王都のものより美味しいし、宝石も服も、ここでは必要ない。

 そうして無視を続けていたら、ついに招かれざる客がやって来てしまった。

「た、大変です! 王太子殿下がいらっしゃいました!」

 修道院の応接室に通し、キアラやミケーレ兄様同席のもと、私は彼と対面する。

 応接室の向かいの席にはステファノ殿下が座り、その後ろに護衛としてついてきたのか、トマス卿が控えていた。

「まったく、このような場所にいるとは思わなかったぞ。お前にはトマス卿との婚姻を命じたはずだろう!」

 厚顔無恥とはこのような顔だろうか。

 そんなことを思いながら、私はただただ事実を述べる。

「トマス卿には婚姻を断られましたので」

「も、申し訳ありません! 聖女様との婚姻など、私には勿体ないお話でしたので」

 慌てたようにトマス卿が頭を下げた。

「それに、殿下を深く愛されている方を、私などが幸せにできるとは思えませんし、一介の聖騎士が聖女様を妻にいただくなど、分不相応なのでお断りしたまでで……」

「……『聖女』でなくなった者を守ることは出来ないと、ハッキリ仰っていたはずですが?」

 私が言われたままの言葉を口にすると、トマス卿は気まずそうに口を閉じる。

「私は神殿から正式に『聖魔法を失った者』と断定され、この地にいるのです。どうぞ新しい『真の聖女』をお迎えください」

「神殿の判断が間違っていたことは、しっかり撤回させる! 聖女不在のこのままでは、国が滅んでしまうのだぞ? ワガママなど言わずに戻ってこい!」

「――ワガママ、ですって?」

 不遜すぎる言葉に、私は殿下をジロリと睨め付ける。

「対して調査もせずに私を『聖女』から引きずり落とし、『真実の愛』に目覚めたからとワガママを言って婚約破棄したのはそちらが先でしょう?」

「だからそれを謝っているではないか!」

 口先だけでも謝ればいいと思っているこの愚かな男が次期国王では、この国の未来はもうない。

 私は深いため息を吐いた後、仕方がないので事実を伝えることにした。

「申し訳ありませんが、私も『真実の愛』に目覚めましたので、殿下との婚姻はお受けできません」

「な、なに? まさかその従兄と!?」

「貴様、神父でありながら、聖女様を誑かしたのか!?」

 殿下とトマス卿がミケーレ兄様を睨みつける中、私は首を横に振る。

「いいえ。私の『真実の愛』は、こんな私を最後まで信じ、愛し、このような最果てまでついてきてくれた、キアラですわ」

 私はすぐ側に控えるキアラを仰ぎ見て、二人でにっこり微笑み合った。

「ここにはドレスも宝石も、豪華な食事もありませんが、穏やかで愛に満ちた時間があります。私はもう、欺瞞や虚栄、偽りの愛に興味はありませんの」

 そう言って私は指を組むと、短い詠唱を終える。組んでいた手を広げると、聖なる光を圧縮した珠がそこに浮いていた。

「その魔法は、まさか!」

 殿下たちが驚く間もなく、聖なる光はパァッと一気に広がり、修道院をゆっくりと取り囲むと、応接室にいた殿下とトマス卿を外へ追い出す。

 これは聖魔法による『聖結界』。

 本来は発動者に対して害意があるものを排除し、侵入を阻む魔法だ。修道院の外へ出ると、案の定、殿下とトマス卿は結界の外で中に入れろと騒いでいる。

 私は結界の内側から二人に向かってこう言った。 

「もともと支援のないこの最果てでは、国なんて関係ありません。私が戻らなければ国が滅ぶというのなら、どうぞ、勝手に滅んでください」



 ◇



 王太子の訪問以降、手紙も使者もぱったり来なくなった。

 月に一度やって来る行商人の話では、国内は戦況が悪化し、一部地域では疫病が流行るなど、散々な状況らしい。

 ルオーゴ国内を主に巡っていた行商人も、ルートを変えて隣国を中心に回るようになっていた。

 しかし『最果ての修道院』では、持ってきてくれる調味料や食材に異国のものが混ざるようになった程度で、大きな変化はない。

 行商人が隣国を回るようになったことで、国内の状況は分からなくなったが、最果ては穏やかなままだ。


 そんな生活が数年続いたある日。隣国アルバからの使者がやってきた。

 使者は張ったままにしていた修道院周辺の聖結界を難なく越えてきたので、私は応接室で出迎えるミケーレ兄様に、キアラと共に同席する。

「このような辺境の修道院にどのようなご用ですか?」

「つい先日、この地域は我々アルバの管轄となりましたので、居住している人数などの把握に参りました」

「なるほど、ルオーゴは滅んでしまったのですね」

「はい、先の大陸戦争で我々が勝利し、正式にこの地もアルバ国になりまして。……元ルオーゴ国の方には気の毒なことですが」

 少し申し訳なさそうに言う使者に、私はにっこり笑ってみせた。

「いえいえ、こちらは何の問題もございません。私たちは今までもこれからも、この地で穏やかに過ごせれば、それだけで幸せですから」


 数ヶ月後、行商人に頼んでおいた地図が届き広げてみると、そこにはもうルオーゴ王国の文字はなかった。



〈了〉

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― 新着の感想 ―
王子がゴミだからかその両親もダメってことなんでしょうね(ふつうこうなる前に手を打ったりする) 王家も神殿側も腐りきってたようですし滅んでいいと思うけどたいして悪い描写のない国民まで巻き込まれているのは…
命じられた再婚約先もクズなのは珍しい。でも見る目のないクズ王子の選ぶ先なんてそんなもんですね。 クズ2人は一回結界に拒まれたくらいで根性がないのか、聖女が知らない内にオートで拒まれてるのか。
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