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37.秩序の孤独と、泥中の花

母の葬儀を終え、私は実家を焼き払った。


思い出も、甘えも、すべて灰にした。


私に残ったのは、父が遺した錆びた剣と、「秩序」への妄信だけだった。



それからの私は、憑かれたように騎士団での昇進を重ねた。


ガリウスの言う「泥」を否定するために。


セリス・ヴァンドールの戦術書 を完璧に模倣し、感情を殺し、規則ルールだけを信じる「氷の騎士」。


それが、私の新しい鎧だった。



そして、入団から三年。


私は、異例の若さで小隊長を任されるまでになっていた。



「――シルヴィア小隊長。

ご武運を」


「ええ。

あなたも」

私に敬礼したのは、ヴァレリウス副長。



数々の武勲を立て、部下からの信頼も厚い、騎士団の鏡のような男だった。


整えられた髭、手入れの行き届いた銀の鎧。


彼は、私が目指すべき「正しい騎士」の姿そのものに見えた。



今回の任務は、彼が指揮する部隊の、支援。


南の森林地帯に潜む、『成り果て』の初期段階ボーダーの掃討作戦。



「報告によれば、敵性個体は十数体。

ヴァレリウス副長が先行して巣を叩き、我々は、退路を塞ぐ手筈だ」

私は、部下たちに、セリスの戦術書通りの、完璧なブリーフィングを行った。



「……シルヴィア殿」

馬上で、ヴァレリウスが、私にだけ、声を潜めた。



「実は、斥候から追加報告があってな。

敵は、十数どころではない。

……おそらく、五十は超える『巣』だ」


「……! なぜ、それを本部に報告しないのです!」


ヴァレリウスは、悪戯いたずらっぽく、片目をつむった。



「この作戦が成功すれば、私の『団長』昇進は確実だ。

そうすれば、君のような優秀な若手を、もっと引き上げてやれる。

……これは、必要な『演出』だよ」


「……!」


「これは、命令違反うそではない。

『現場の判断』という、裁量だ」


私は、息を呑んだ。


これは、セリスの戦術書には、ない。


「秩序」に対する、明らかな「背信」だ。



「……ですが、危険すぎます。

部隊の損耗が……」


「だから、君の小隊が、必要なんだ」


彼は、私の肩を、力強く叩いた。



「君の『氷の剣』があれば、五十が百になろうと、問題ないだろう? 君も、ここで『手柄』が欲しくないか?」


彼の瞳は、自信と、隠しきれない野心に満ちていた。


私を、共犯者として、値踏みしている。



(……『秩序』か、『手柄けっか』か)


脳裏に、ガリウスの言葉が蘇る。



『お前の剣は綺麗すぎる』


(……そうか。

これが、『泥』か)


『正義』だけでは、昇進ちからは得られない。


力を得なければ、より大きな『秩序』は守れない。


私は、自分にそう言い聞かせた。


母を殺した詐欺師とは違う。



これは、正義を行うための、必要な「清濁」なのだと。


私は、セリスの「合理性」を、自分に都合よく、解釈した。



「……御意に。

副長の『裁量』に、従いましょう」


「ハッ! それでこそ、だ!」



地獄は、そこから始まった。




ヴァレリウスの「嘘」は、桁が、一つ、違っていた。



五十ではない。


森の奥、巨大な洞窟に潜んでいたのは、五百を超える『成り果て』の、巨大な「ネスト」だった。



「――うわあああああっ!!」


「ひっ! 助け……!」


先行したヴァレリウスの本隊は、一瞬で、黒い津波に飲み込まれた。


それは、もはや「戦闘」ではなかった。


ただの「捕食」だった。



「……馬鹿な……」


高台から、その光景を「観測」していた私の足が、震えた。


私の「秩序」が、私の「正義」が、目の前で、音を立てて、崩れていく。



「……小隊長! 撤退を! このままでは、我々も!」

部下の悲痛な叫びが、私を現実に引き戻す。



逃げろ、と本能が叫ぶ。


だが、『秩序』は、上官を見捨てるなと命じる。



(……どうする? どうすればいい?)

(ガリウスなら、アラン様なら、どうした?)


私が、決断できずに立ち尽くした、その一瞬。



致命的な一瞬。



「ガッ……!?」

私の隣にいた、一番若い部下が、喉を食い破られた。


背後から、音もなく現れた『成り果て』の別動隊。



「――っ!?」

鮮血が、私の「完璧な鎧」を、汚した。



(……私の、せいだ)


(私の、「迷い」が)

(私の、「嘘」への加担が)

(……仲間を、殺した)


そこからの記憶は、ない。


ただ、私は、獣のように、剣を振るい続けた。


セリスの「型」ではない。



ガリウスが、あの時、私の木剣を折った、あの無造作な、ただ「殺す」ためだけの、剣。



どれだけ、斬っただろうか。


夜が明け、私が、血の海の中で、一人、立っていた時。


生き残ったのは、私だけだった。


私の小隊も、ヴァレリウスの部隊も、全員、食い尽くされていた。



ただ、一人を除いて。



洞窟の奥。


ヴァレリウスが、いた。



彼は、両足を失い、這いつくばりながら、出口へ向かっていた。


部下を盾にし、自分だけ助かろうとした残骸。



「……ひっ……ひぃ……」

彼は、血まみれの私を見て、引きつった悲鳴を上げた。



「……た、助けてくれ……シルヴィア君……! 報告するんだ……敵の規模が、予想外だったと……!」

まだ、嘘をつくのか。


自分の保身のために、死んでいった部下たちを踏み台にして。



「……黙れ」

私は、彼を見下ろした。


その姿に、あの日の「詐欺師」が重なる。


「星の涙」を売りつけ、母を殺し、金を持って逃げた、あの男。



「……お前の嘘が、彼らを殺した」

「ち、違う! 私は、騎士団のために……!」


「お前の嘘に、目を瞑った、私も同罪だ」

私は、剣を振り上げた。


魔族に向けるためではない。


この、腐りきった「偽物」の騎士に向かって。



「やめろ! 私は上官だぞ! 反逆罪だぞ!」

「構わない」


「……私は、騎士だ」

私の剣が、閃いた。


ヴァレリウスの首が、泥の中に落ちた。



「……嘘をつく騎士など、騎士ではない。

ただの、人殺しだ」


私は、その日、初めて「味方」を殺した。


「正義」を守るために、「法」を破った。


その矛盾が、私の心に、消えないクレバスを刻み込んだ。



(……『秩序』は、人を救わない)


(『うそ』は、人を殺す)


(私は、一人でいい)


(誰も信じない。

誰にも頼らない)


(すべての『偽物』を、この剣で断ち切る、孤独な氷になる)


そうして、私は「氷の騎士」になった。



◆ ◆ ◆


意識が、現実の灼熱へと、戻っていく。


喉の傷が、魔力で無理やり塞がれていく感覚。



(……だから、ゼフィルス)


私の脳裏に、あの男の姿が浮かぶ。



王都で初めて会った時、お前は、あの詐欺師と同じ目をしていた。


ヴァレリウスと同じ、薄っぺらな笑顔を浮かべていた。


だから、私はお前を憎んだ。

お前もまた、嘘で誰かを殺す「偽物」だと思ったから。



だが。



(……お前は、逃げなかった)


人喰い砦の前で。


泥にまみれ、吐瀉物にまみれ、恐怖で震えながら。


それでも、お前は、砦に向かって歩き出した 。


私を庇い、エルミナを庇い、その身を投げ出した。



(……ヴァレリウスは、部下を盾にして逃げた)


(あの詐欺師は、金を持って夜逃げした)


(……だが、お前は)


『偽物のまま、死ぬな』


私が最後に投げかけた言葉。


あれは、お前への、いや、私自身への、祈りだったのかもしれない。




(……ガリウス)


(あんたの言っていた『泥』の中に、咲く花があるとしたら)


(……私は、それ(ゼフィルス)を、見極めたい)



意識が、覚醒へと向かう。


私の魂が、リチェルカの魔力という「泥」を飲み込み、新たな形へと焼き固められていく。


「正義」でも「秩序」でもない。


ただ一つの、「真実」を見届けるための、新しい剣として。



「……まだ、死ねない」


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